子連れJK異世界旅~異世界怪魚列伝~(2)
――5分後。
「痛い痛い…マジで痛い…」
「戯けが。自業自得じゃろう。」
みっともなく甲板に四つん這いになりながら、しこたま痛む顔面を両手で覆いながら、若干ガチ泣きしつつ繰り返し呟く。そんなあたしに向かって、頭上から呆れた様子の明陽さんの呟きが、容赦無く投げつけられる。
いやぁ、剥ぎ取られると思いきや、まさかアイアンクローとか…心の中で宣誓したにも関わらず、余りの痛さに寝を上げて降参したっていうのに、開放してくれないとか、マジ鬼だこの人…
いやぁ~頭蓋骨ミシミシ言い始めた時は、流石に頭潰されるかと思ったわ…あたしの身体、片手で軽々持ち上げるし、どんな腕力してんのよ…
「ママ大丈夫?」
「流石にふざけ過ぎですよ、優姫。」
「割と本気だったんだけどなぁ…そんなに駄目だった?」
「むしろ、優姫さんが少しでも本気だった事が驚きですってば。ねぇ?エイミーさん。」
未だ甲板に這いつくばるカッコ悪いあたしを気遣い、オヒメとエイミーが声を掛けてくる。そんな2人に視線を向けそう聞くと、此処ぞとばかりにアクアが、嘆息混じりに言葉をぶつけてくる。
同意を求められたエイミーは、否定も肯定もせず、困った表情で苦笑しながら誤魔化していた。はっきりとした明言は避けたけど、内心アクアと同意見でしょうね。
「別に、あんなのただの仮装じゃない。人の視線集めて印象付けるのが目的何だから、目立たなきゃ意味ないでしょう。」
「物には限度があるじゃろうが戯け!御主はこの世界でチンドン屋でも始める気かえ?全く、御主の情緒どうなっとんじゃ…」
「多分、さっき通された船室のベットの下辺りに、コロコロ転がってるんじゃ無いかしら?」
「下らん冗句を言える位回復したんなら、いい加減とっとと起きんかい!」ゲシッ!
「ちょっ!?スメラギ様、何も蹴らなくても…」
未だ四つん這いでブツブツ言うあたしに対し、痺れを切らしたのか、苛立たしげに捲し立てると、その勢いで思いっきりお尻を蹴りつける。
まさかのスパンキング!?この歳でお尻叩かれるとか、マジ無いわぁ~…
「ってか、情緒云々の件、明陽さんには言われたくないんですけど…」
ぶつくさと文句を口にしつつ、顔面とお尻に走る痛みに顔を顰めながら、よろよろと力なく立ち上がる。そして視線を背後に向けると、不機嫌そうに腕を組み口をへの字に結ぶ明陽さんと目が合った。
「小娘にんな事心配されとう無いわ。全く、余計な手間をかかせおってからに…」
不機嫌そうに言う明陽さんの隣で、何やらエイミーが可笑しそうにクスクスと笑っていた。似た者同士とでも、思ってんのかしらね?
ともあれ、ギャグパートはこの位にして、そろそろ本題に入るとしよう。時間的にも、良い感じに過ぎた事だしね。
「…それで、船長との話して、作戦は纏まったんですか?」
未だ痛むお尻をさすりつつ、明陽さんに対しそう話を切り出しながら、今着ている白装束の複製品に追加で魔力を注ぎ込み、首回りの生地を余分に生成する。その新しく作成した襟首部分を引っ張り上げて、鼻から下の部分をスッポリと覆い隠した。
さっきのやり取りで、この船の乗組員さん達には強烈なイメージを植え付けられただろうから、ひとまず目的は達したし、一応良しとしとこうかな。けどその所為で、あたしにかなり注目が集まっちゃったから、やっぱり顔は隠さないとなのよね。
正直、どうせこの後、人の格好なんていちいち気にしてらんない様な、激しい戦闘になるんだろうから、あのままガスマスクでも良いじゃんって思うんだけどね~(未練たらたら
まぁ、蒸し返してもしょうが無いし、急場はこれで凌ぐとしよう。
「当然じゃ。のう?」
「えぇ、問題なく。」
あたしの問い掛けに対し、不遜な態度で答えた明陽さんが、エイミーへと同意を求める。話を振られた彼女は、そこでようやくクスクスと笑うのを止めると、首肯しながら返事を返した後、あたしへと視線を向ける。
「基本方針は、スメラギ様が立案された通りです。」
「そう。なら…」
「うむ、全面的な協力を約束させたわい。やはりあの船長、話の通じる御仁であったよ。」
そう言いながら明陽さんは、にやりと人の悪そうな笑みを浮かべる。まぁね、いくら緊急事態だからって、一国に所属する軍人がそう簡単に指揮権を明け渡すなんて、普通考えらんないからね。
それもこれも、明陽さん達が居てからこそだろう。もしもクローウェルズで、あのギルドのお姉さんに手を引かれるまま、エイミーとあたし達だけが連れてこられていたら、きっとこうは成らなかった筈だ。
「嬉しそうで何よりで。けどだからって、あんま無茶な指示は、出さないであげてくださいね?」
「当たり前じゃろう、儂を何だと思っとんじゃ御主は?」
すぐ手と足が出て、都合悪くなると幼児退行しちゃう、困ったロリババァ――とは、口が裂けても言えません。
それは兎も角、人の悪そうな笑みを浮かべてる人に、念の為の釘を刺した所でエイミーの方へと身体を向ける。
「それじゃ、役割分担を改めて確認しときましょうか。」
「えぇ、そうですね。」
向かい合うと同時にあたしが話を切り出すと、それに応じてエイミーは、微笑みを浮かべながら力強く頷いた。そしてその笑顔のまま、今や立派に成長したオヒメへと顔を向ける。
「まずオヒメちゃんと風華ちゃんには、船尾に陣取って貰い、そこで風を起こして貰う事になりました。」
「うん!任せて――」
「――が、頑張るねママ。」
「うん。風もオヒメもよろしくね。」
エイミー呼ばれた途端、元気よく返事をするオヒメ。だと言うのに直後、いきなり気恥ずかしくなったかの様に、頬を赤く染めてモジモジとしだし呟く。
途中で人格が入れ替わったんだろう。違和感が凄くて見てて面白いけど、慣れる気がしないわね。
何とも可愛いらしい、そんな娘達の様子を見て返事を返した後、ふとエイミーと目が合って、どちらからと言う訳でもなく、互いクスリと笑い会う。しかしそれも一瞬、視線を巡らせる彼女を見て、その向かう先に顔を向ける。
「それとアクアさんですが、海流操作をして貰う旨を説明して、操舵を任せて貰える事に成りました。」
「えっへん!」
そして次の番となったアクアは、エイミーの説明を聞き終えた直後、これ見よがしにさして大っきくも無い胸を張って、今日1番のドヤ顔をここぞとばかりにしてみせる。彼女の態度に、あたしは当然としてエイミーも、半ば呆れている様子だ。
嫌だからさぁ…そんなんだから残念精霊なんじゃないのよ。しかも口に出して『えっへん』とか、もう痛々しいったら…
「ムッ!?馬鹿にしてますね!!」
そんなあたしの表情を読んでか、一瞬にして険しい表情となった彼女は、食って掛からんばかりの勢いで、そう聞いてくる。それに対してあたしは、微妙な心中の思いを吐き出す様にため息一つ。
「…勘だけは本当に鋭いのにね~その通り、正解よ残念精霊さん。」
「また残念って言ったぁーっ!!」
直後、苦笑交じりにそう告げると、そのワードに直ぐさま反応し、大声を張り上げる。あたかも、瞬間湯沸かし器が、沸騰を笛の音で報せるかの様だ。
「ちょっ、優姫…そんな事言わないで上げてください。」
「エイミーさ~んッ!!」
そこですかさず、彼女を庇う様に割り込んでくるエイミー。やれやれ、これじゃまるであたしがいじめっ子みたいじゃない。
「…自信満々なのは良いんだけど、アクアのポジションが一番重要だって、ちゃんと理解してる?」
「わ、解ってますよそんなの!」
「なら良いんだけどね。この船の乗組員の命は、あんたのそのちっこい肩に掛かってるんだからね?」
「うっ…」
あたしがそう告げた途端、さっきの勢いは何処へやら、急に怯んでしまった様だ。その様子を見て、あたしは再びため息を吐いた。
船長に作戦を伝えに、明陽さん達が向かおうとした際、アクアに操舵をさせる事を思い付いて、それをそれとなく伝える様に言ったのは、実はあたしだったりする。一応言っとくけど、別にアクアがアッシーちゃんだからじゃ無いよ?
素人に船の操舵なんて、普通そんな無茶苦茶な要望、いくら何でも突っぱねられて然るべきだ。けど、船の航路上の水流を操作するんだったら、必然的に操舵手との連携が必須になってくる。
しかし連携なんてのは、一朝一夕で身に付く様な物じゃないし、時間的猶予なんてまるで無い。異世界最大級の怪物相手に、ぶっつけ本番なんてただの自殺行為だ。
であるならば、ズブの素人とは言え、水流操作をするアクア自身が、舵を手に操舵した方がまだ良いだろう。本人が操作した海流に合わせて、舵を切れば良いだけなのだから。
…と、言うのが表向きの建前で、真の狙いが別にちゃんとあるのよ。ほらほら、何か大事な事を忘れていませんか?ってね。
耳を澄ましてごらん?そうすると、ホラ――
『――ふぅ、』チョロチョ――ブツンッ!
…エヘッ☆
あ、あれぁ~?おっかしいな、こんな筈じゃ無いんだけど…脳内周波数の変更の仕方、どなたかご存じ在りません?
え、え~…オホン。つ、つまりですね!?今やこの船は、あたしの意のままって訳ですよ!!
そう、あたしがこの船の実質支配者なのだ!!だからこれは覗きでも何でも無いのだ!!(若干テンパってます
ともあれ、何が言いたいのかというと、この船にあたしが乗っている限り、舵で操舵しなくてもあたしの意思で動かす事が出来る。戦闘が始まったら、その力を利用して操舵するつもりで居た。
だけど、それを公には出来無いから、この船の操舵士に舵を握っていて欲しくないって言うのが、真の理由だった。けどそれとは別に、アクアが舵を握って欲しい理由がある。
その理由とは、先程も述べた通りの連携に関してだ。いくら意思通り動かせるとは言え、それだと結局元々の操舵手かあたしかの違いでしか無い。
初対面で無い分いくらかマシでしょうけど、だからって阿吽の呼吸で意思疎通なんて、はっきり言って出来る訳が無い。ならどうするか?
アナログだけど、手信号か何かでやり取りする?それも良いけど、もっと簡単な方法があるじゃない。
ほら、耳を澄まして――(この件2回目なので以下略
――船を操作出来るって言う事は、当然それに併せて舵も独りでに動くという事だ。ならそれを握っていれば、あたしがどちらに船を動かそうとしているのか、それで自ずと解るってもんでしょうよ。
そう言った理由から、この船の舵を握るべき人物は、今回に限りアクア以外に考えられない。なんせ水の道を作るなんて芸当、彼女にしか出来無いんだから。
割と簡単に言ってるけど、道ありきでそれに沿って船を進めるのとは真逆、船を向けた瞬間に道が現れる様な物だ。阿吽の呼吸で意思疎通出来たとしても、アクアが担当する負担は、相当に大きい筈だ。
だって言うのに、全く…解ってんのかねぇ?この残念精霊は…
「そんなにプレッシャーを与えなくても良いじゃ無いですか。流石に意地悪ですよ?」
「エ、エイミーさ~ん!」
アクアを擁護する様なその言葉に、当の本人は感極まったかの様に、目をうるうるさせながらエイミーに抱き着く。その様子を前に、三度ため息を吐いた。
もうエイミーったら、本当に優しいんだから…
「この程度のプレッシャーに押し潰されてるようじゃ、先が思いやられるってもんでしょう?」
「うっ…」
「そんなんじゃいつまで経っても残念精霊のままね。」
「ううっ~…」
「もう、優姫ったら…」
そんな2人を前に、エイミーの窘める言葉も無視して、アクアに向かって憎まれ口を叩く。すると直後、あたしの言葉に反応して、見る見る恨めしそうな表情となって、犬の様に唸り始めた。
それを見たエイミーが、仕方無いと言った感じで苦笑する。それに構わず、あたしはフンとこれ見よがしに鼻を鳴らし――
「――あんたの事、頼りにしてるんだから、もっとシャンとしなさいってのよ。」
「…へぇ!?」
直後、不機嫌さを装いながら彼女に対しそう告げる。彼女にとっては、その言葉が余りにも予想外だったのか、すぐには理解が追い着かなかったらしく、暫く間抜けな表情を取っていた。
なんだかんだ憎まれ口を叩いたけれど、これでもあたしアクアの事、結構頼りにしているのよ?例えそれが精霊達の存在理由だとしても、昨日の風の谷での戦いで、ボロボロになるまで闘ってくれていたのは、紛れもない事実だ。
それに今回だって、ベファゴって名前を聞いただけで、ウンザリした様な表情する位、彼女達ウィンディーネにとってあまり相手にしたくないだろうって言うのに――まぁ、エイミーの気を引きたいって思惑が見え透いてたけど、自ら協力を名乗り出ていたしね。
当人の様子からは、なかなかそうと解らないけれど、アクアは昨日の戦闘で大分消耗しているのだ。勿論それは、あたし達もそうなんだけど、親であるウィンディーネの側に居ない今の彼女は、あたし達以上に回復するペースが遅いのだ。
なのに、それを感じさせない様に振る舞いつつも、進んで協力してくれてるんだから、それだけで信頼に足るってもんじゃ無い?けどま、煽てたってすぐ調子に乗るのが目に見えてるからね、エイミーが優しい分、あたしが憎まれ口を叩く位で丁度良いのよ。
「が、頑張ります!!」
ようやく思考が追い着き、あたしの言葉が理解出来たのか、何やらやる気を出したアクアが、鼻息荒めにそう叫んでくる。ほらね?この子チョロいわぁ~
「…素直で無いのぉ御主…」
一連の様子を、1歩引いた所で見ていた明陽さんが、直後に半眼になりつつそう呟く。その言葉を耳にしたあたしは、肩を竦めながら苦笑する。
「いやだから、明陽さんには言われたくなってのよ、その手の台詞…」
「儂は御主程解りにくくないぞ?」
彼女に対しあたしが反論すると、直ぐさまそう告げられて思わず苦笑い。そんなあたし達のやり取りを見てエイミーが、まるで似た者同士を目にしたかの様に、再びクスクス可笑しそうに笑うのだった。




