子連れJK異世界旅~洋上の異世界クルーズ~(3)
閑話休だ――え?結局トイレどうなったかって?いやもう、そんなイジんないで下さいよ恥ずかしい…
まぁ、意識集中させるのを止めたら、自然と会話も遠のいていったんで、きっとそれで大丈夫だと思うわ。流石に男子トイレに乗り込めないから実際にチェックしてきた訳じゃ無いけど、階下の騒々しさも収まったみたいだし、きっと平気でしょうと。
そんな事より本題です!無事戦艦の眷属化を終えたあたしに対し、まるで次だと言わんばかりに、無言で自分の刀を差し出してくる明陽さん。
まぁ、眷属化の詳しい説明を求められた時点で、こうなるんだろうなぁ~とは思っていましたともさ。
「…良いんですか?」
けど、だからってこうもあっさり武器を差し出してくるなんて思ってもみなかったから、流石のあたしも驚きで受け取るのを躊躇してしまう。だって武芸者にとっての武器とは、己の半身であり誇りそのもので、親兄弟であろうと軽々しく預けたりしない物だ。
…まぁ、ぶっちゃけじいちゃんの受け売りで、あたしにはあんまりピンと来ない感覚だけど。
浪人だの武士だの、斬った張ったの切り捨て御免が、罷り通っていた頃の感覚だからね。現役JKのあたしには、正直縁遠い感覚だわ。
あたしに解る感覚で置き換えるなら、バンドマンのベースやギター然り、料理人の包丁然り、漫画家のGペン然り…要するに、物としての価値以上に思い入れのある、その人にとって命の次に大事な物、或いは命よりも大事な物って事だろう。
それを差し出したという事は、在る意味明陽さんが生殺与奪の権利を、あたしに与えたに等しい行為と言える。
「良くなければ、ホイホイ獲物を渡す訳無かろう。ほれ、とっととせい。」
「…じゃぁ遠慮無く。」
受け取る事をあたしが躊躇っていると、彼女が呆れた様子で苦笑交じりに、更にはジェスチャーまで交えて催促してきた。改めて許可を得た事で、ようやく受け取る気になり、差し出されたその刀を恐る恐る両手で受け取った。
そして受け取った瞬間、その刀にまつわる情報が、触れた部分から頭にどんどんと流れ込んでくるのが解った。京反り中鋒のたれ刃文の打刀――
――スラッ…
「…草津安古作『陽光』」
「ほぉ、触れただけでそこまで判るのか。」
刀身を鞘から見事な造りの白刃を引き抜き、それを観察しながら譫言でも言うかの様に、その銘をあたしが口にすると、感心した様子の明陽さんそう答える。有名所ならまだしも、まるで無名の刀工を言い当てたのが、意外だったんだろう。
天下五剣を筆頭に、世に知られている有名な刀匠は数多い。あたしんちの家宝、九字兼定の作者である和泉守藤原兼定も、そんな名だたる名匠の1人だ。
けれどそれ以上に、知る人ぞ知る刀匠というのも多く存在する。そう言った人達は、大抵が流派お抱えの専属刀匠であった場合が多い。
当然、武神流にもお抱えの刀匠が、古くから何人も居たそうだ。この刀の作者である草津安古という人も、その内の1人で間違い無いだろう。
なんせ明陽さんの名にちなんだ、所持銘が刻まれているみたいだからね。彼女の為に打たれた刀で、間違い無いだろう。
「良い刀ですね。」
「じゃろう?」
素直に思ったまま、その刀の感想を口にする。その言葉を受けて、まるで自分の事のように、顔を綻ばせて喜ぶ明陽さん。
その表情を見ただけで、彼女にとってどれだけ大事な刀なのかが伝わって来る。ちょっとでも粗末に扱ったら、きっとどやされるわね…
そんな物を眷属化して良いのかという思いもあるけれど、まぁ本人の許可も出ている事だし、ちゃちゃっとやっちゃいますか。もたついてても叱られそうだし。
そんな事を思い苦笑しつつ、手にした刀に意識を向ける。その直後、手にした部分から刃先に向けて、蒼白い淡い光が広がっていく。
「…実を言えばな、イリナスから御主の話を聞かされた時に、儂等の獲物の眷属化を勧められてはいたんじゃよ。」
「そうなんですか?」
その光景を、間近で見守っている明陽さんが不意に語り始め、眷属化を続けながらあたしは、彼女に向き直りながら相づちを打った。
「うむ。最初は得体も知れんし、半信半疑じゃったから一蹴したよ。なまじ武器の性能に依存して、腕が鈍っても適わんからな。」
「でしょうね。きっとあたしでもそうしてたと思いますよ。」
続いた彼女の言葉に苦笑しながら同意しつつ、眷属化の終えた刀を鞘へと戻して差し出した。
「はい、終わりましたよ。」
「ふむ…」
それを受け取った明陽さんは、違いを確認するようにマジマジと見て回る。けど、一見して何も変わった様子の無いその刀に、眉を顰め首を傾げる。
「…まるで違いがわからんな。手の馴染み具合も何もかも、以前と全く変わらぬか。」
「複製品と比べれば、微妙な違いに気が付くと思いますけどね。密度…というか、存在感がまるで違いますから。」
「そうか。で、なんぞ特殊な能力は発現したのかえ?」
その問いに対しあたしは、ニヤリと笑って力強く頷いて見せる。流石守護者の愛刀と言うべきか、期待を裏切ら無い結果と言った所ね。
なんせ特殊能力が発現したのは、夜天と銀星を眷属にして以来だからね。あれから大分眷属が増えたけど、茜丸や風華の依り代にした偃月刀でさえ、特殊能力が発現する事は無かったんだから、発現する確率の低さは相当低い。
ともあれ、めでたく発現した『陽光』の特殊能力は――
「――『属性強化』。属性付与した際に、その効果が倍加されます。」
「ほぉ!」
発現した能力の説明を端的にすると、目を丸くしながら感嘆の声を明陽さんは漏らした。直後、ニヤニヤと意味ありげな薄笑いを浮かべ、眷属化を終えた愛刀を掲げている。
「確か御主の説明では、これ単体で属性付与が行えるんじゃったな?しかも、別途術師による付与魔術の重ね掛けも可能…」
「えぇ、はい。」
「重ね掛けした属性にも、その効果は適用されるのかえ?」
「えっと…多分そうなると思います。」
「なら、使い方次第では高位魔術に匹敵する威力が出せるやもしれんな。」
彼女の質問に対し、発現した能力の詳細を改めて確認してから答える。その様子から、どうやら眷属化の結果は、彼女にとって予想以上の成果になってくれたらしい。
「譲羽よ、御主もほれ。」
そして上機嫌のまま明陽さんは、顔を譲羽さんへと向け呼びかける。それにつられ、あたしも視線を巡らせ肩越しに振り返る。
見ると譲羽さんは、まるで興味が無いのか、無表情のまま壁際に立っている所だった。唐突に話を振られて、チラリと視線だけをこちらに向けると、徐に右手を挙げて手話で返事を返してくる。
けど正直、何と伝えたいのかサッパリだった。この場に居るのはあたし達だけなんだし、車内の時みたいに、テレパシーで語りかけてくれても良さそうなものなんだけどね。
いまいちこの人の考えが読めないのよね~謎が多いわ。
「…まぁそう言うでないよ。何かとメリットも多いようじゃし――まぁそうじゃが…」
この場で唯一、手話を理解出来る明陽さんが会話を進めていく。その内容から、譲羽さんが眷属化に対して、乗り気じゃ無い事だけは伝わってきた。
まぁ、見るからに典型的な『我が道を征く』ってタイプの人だし。逆に明陽さんは、新しい物好きそうよね~
「――ならば、予備の槍を眷属化しておくのはどうじゃ?それを投擲用にすれば、呼び戻す事も出来ようて。のう?」
「え?あぁはい。」
会話の内容が全くわからず、口出しせずに2人のやり取りを見守っていた所、唐突に同意を求められ慌てて頷いた。確かに明陽さんの言う通り、眷属化すれば1度手から離れた武器を、呼び戻したりする事も可能だ。
なので、投擲技が色々在る槍術とは、そう言った部分で相性が良いのは間違い無い。けどだからって、無理強いしなくても良いと思うけどね。
なんせ2人共、武器に頼らずとも十分強いんだし。まぁイリナス的には、更に武器の性能を上げて、その強さを確固たる物にしたいって思惑があって、2人に眷属化を勧めたんだろうけどさ。
会話が途切れ暫くした後、軽くため息を漏らした譲羽さんは、徐に壁際から身を離し近づいてくる。そして、背に担ぐ大きな槍を手にして、それをあたしへと向けて差し出してくる。
「えっと…」
不承不承と言った感じで差し出され、その表情と差し出された槍とを、戸惑いながら交互に見やった後、肩越しに明陽さんを一瞥する。
「安心せい。当人も納得済みじゃ。」
「…わかりました。」
あたしが困っている姿がそんなに面白いのか、他人事のようにニヤニヤといやらしく笑う明陽さん。当人の許可で無い事に、釈然としない思いを感じながらも、意を決して差し出された槍を受け取った。
…重い。こんな重い武器を軽々と扱うなんて流石ね…
手にした瞬間、ずっしりとした重みを感じ両手でしっかりと握りしめ支える。リンダの戦斧や、風華の依り代にした偃月刀程じゃないけど、それでも10キロはありそうだった。
一口に槍と言っても、その種類は様々だ。穂先の形や柄の長さによって、その用途は千差万別と言って良い。
その中で彼女の槍は、大柄で長めな穂にしっかりとした太めの柄が特徴的な、大身槍と分類される槍だった。代表的な所だと、天下三名槍と呼ばれている槍もこの分類に属していて、筋力と膂力に自信が無いと、満足に扱えない事でも有名だった。
それな扱いの難しい武器を好んで使う辺り、流石は武神流槍術宗家・天津家の人と言った所だろう。けど…
「それはただの槍じゃからな。気にせず眷属化せい。」
戸惑うあたしの表情を見て取ったのか、明陽さんが苦笑交じりにそう告げて来た。その言葉通り、あたしが受け取ったその槍は、少し扱いの難しいと言うだけで、特別業物という訳でも無い普通の槍だった。
普通と言っても、鋳造された量産品とかでは無く、歴とした刀匠により手ずから打たれた一品だ。けれど作者は無名で銘も無く、明陽さんの『陽光』の後だと、2ランクは落ちる出来と言わざるを得ない。
一流の使い手は武器を選ばないとは言え、譲羽さん程の人ならもっと良い武器を遣っていても良さそうなのに――なんて、偉そうな事を思わず考えてしまい、それが顔に出てしまった様だ。
けれど、明陽さんに言われて、自分の勘違いにようやく気が付いた。ずっとその背中に背負われていた槍が、譲羽さんの愛槍だと思い込んでいたけど、それこそが予備の槍だったらしい。
そう考えると、急に気が楽になるんだから、あたしも大概小心者よね。本来なら愛槍を差し出してくれなかった事を、気にするべきなのかしら?
けどまぁ、いくら同じ一族の人間だからって、昨日今日知り合った人間を、手放しに信用するって言うのもおかしな話よね。今だって、テレパシーで語りかけてくれない辺り、打ち解けていない良い証拠よね。
明陽さんがざっくばらんでやたらフレンドリーだから、逆に気を弛めないって言うのも、理由としてあるんだろう。本来譲羽さんは、明陽さんの護衛兼従者って立場だった筈だし。
譲羽さんとの今後についてはさておき、受け取ったその槍へと意識を向けて眷属化していく。大きさの所為か、明陽さんの刀よりかは時間が掛かったけれど、程なく無事に眷属化を終える。
「…終わりました。」
そして、残念ながらというか予想通りというか、特殊能力が発現する事は無く、少し申し訳ない気持ちになりながら、預かった大身槍を譲羽さんへと差し出す。彼女は、特に手話で何か語りかけるでも無く、無表情のまま1つ頷いて見せた後、片手で軽々とその槍を受け取り背中へと担ぎ直す。
「終わったか。ならばどうせじゃ、次は儂の予備も眷属とせい。」
彼女が槍を受け取った直後、不意に背後から脳天気な明陽さんの声が投げかけられ、思わずあたしはため息を吐いた。護衛対象がこうもあっけらかんとしていれば、そりゃ護衛する側からしたら、気を引き締めざるを得ないってなもんだろう。
ほんと、凸凹コンビってこういうのを言うんなぁ~
「はいはい。どうせこの際だからついでにやります――」
半ば呆れつつ、そう言いながら振り返ったあたしは、目の前の光景を前に目を見開き、一瞬言葉を失った。
「――って!何その量!?予備って量じゃ無いじゃない!!」
振り返った先に在った物は、うずたかく積み上げられた武器の数々だった。刀や槍は当然として、手斧や弓矢等々その種類も実に多彩で、個人で持つ予備の範疇を間違い無く超えている。
何処に忍ばせていたかと言えば、勿論『収納』なんだろうけれど、これだけの数の武器持ち歩いてるだなんて、武器庫かこの人…
そんなあたしの反応を前にして、彼女はカラカラと愉快そうに笑い、積み上げられた武器の山に視線を向ける。
「予備っちゅうか、まぁほとんどが戦利品じゃな。向こうから来た血気盛んな者達が、この世界で皇旺の名に引き寄せられて、名声を上げようと無謀にも挑んでくる輩が多いんじゃよ。」
「まさか、その人達から巻き上げたっての!?これ全部!?」
「うむ♪」
嬉しそうに頷いて見せたその姿は、見た目年齢と相まって、まるで宝物を自慢げに披露して、無邪気に喜ぶ子供そのものだ。けれど、その見た目とはまるで裏腹な、余りにもぶっ飛んだ話の内容に、開いた口が塞がりそうに無い。
武器庫じゃ無く、五条大橋で刀狩りする女版弁慶でした。異世界来てまで、何やってんだこの人…
どっちかって言うと明陽さんは、弁慶よりも牛若丸だろうに、本当残念な人だなぁ…と言うか、あたしよりもよっぽどこの人の方が、武具の精霊としての素質あるんでない?
「…オヒメ。」
「ん?なぁ~に??」
「悪いんだけどあんたも手伝って。」
「はぁ~い!」
ともあれ、何時までも口を開いたままという訳にもいかない。軽い頭痛に頭を押さえつつあたしは、オヒメという強力な助っ人の力を得て、その山の眷属化に乗り出した。
やれやれ。帝都といい風の谷といい、殺伐とした武器の山も、流石に見飽きてきたっての…




