子連れJK異世界旅~洋上の異世界クルーズ~(2)
彼女にそう問われて、あたしは目を細めて視線を落とした。けど別にだからと言って、意識を集中しこの船の情報を読み取れるのか、その確認をしていると言う訳では無い。
正直に言って、何となくそう聞かれるんじゃ無いかと、うっすらそう思っていた。相手は大海の覇王だとか呼ばれている様な怪物で、その鼻先に回り込んで立ち回ろうとしているんだし、万が一に備えて船自体の防御力に気を回すのは、むしろ当然の事だろう。
それに船自体の強度が低ければ、ベファゴの攻撃で破壊されるとか言う以前に、アクアの海流操作や風華の魔法によって発生する、想定以上の外圧に船が耐えられなければ、折角機動力を確保したのにそれを活かしきれず意味が無い。この船が一般的な商業船や漁船と比べるべくもなく、頑丈に補強された軍艦だとは言え、基本的に木造なんだから。
そう言った諸々の問題を、一挙に解決させる案としては、船の眷属化というのは正に妥当な選択肢だろう。船全体の強度は勿論上がるし、多少破壊されても魔力での修復が可能にもなる。
それにあたしの意思で操舵する事も可能だし、波や風に逆らっての航行も可能。ついでに転覆のリスクだって無くなる筈だ。
けど…
「出来る出来ないで言えば、出来ます。」
「ふむ?なんじゃ、意味深な返事の仕方じゃのう。」
実際、この軍艦に足を踏み入れた瞬間から、この船に関する情報が頭に流れ込んできていた。それなりに古い船のようで、情報量も多いからいちいち精査なんてしていられないから、ほとんど右から左に流してるけれど。
因みに、この船の正式名称は、アルゴー船ではなくノーチス号でした。
もちろん明陽さん達には、精霊としての能力は知られている訳だし、今更隠し立てしても意味が無いから、質問に対しては素直にそう答える。そしてそれを耳にし、言葉に含みを持たせた事を正しく理解した彼女が、訝しがりながら聞き返してくる。
明陽さんに聞かれた通り、確かに船の眷属化は可能だ。眷属化させれば、強度や性能も上がるし、あたし達だけで無く乗組員達の安全面も、大幅に向上する事だろう。
けど、だから良いでしょうと言って、そうホイホイ眷属化出来無い理由があるのだ。何しろ――
「眷属化させるのは、割と簡単ですよ。あたしが精霊化して、ヴァルキリーの魔力をこの船に注ぎ込めば良いんですから。けど問題はその後ですよ。」
「ふむ?何が問題なんじゃ?」
「あたしは、眷属化させた物を元の状態に戻す方法を知りません。」
――メリットばかりが目立つけど、それも全て眷属化させた後での話だ。武具の精霊・ヴァルキリーの権能『眷属作成』は、眷属にする事の出来る物質に微精霊を注ぎ込み、疑似精霊として使役出来ると言う物だ。
単に魔力を注ぎ込むというよりかは、対象となる物体に微精霊を定着させ、同化させると表現した方が正しい。ここまでは良いとして『眷属作成』の一番の問題は、今し方語ったように、同化させた微精霊を分離させ抜き取る方法を、あたしが知らないという事だ。
「そもそも、元に戻せるのかも怪しいですしね。」
恐らくイリナスなら、元に戻す事が出来るかも知れないけれど、きっとあたしには無理だろう。なんせあたし――ヴァルキリー・オリジンに求められている役割は、その眷属を増やしこの世界の戦力を強化する事なんだから。
1度眷属にした物を、わざわざ元に戻すメリットが無いもの。けど、いくらそう言った役割を求められているからって、手当たり次第に我が物顔で眷属化させていたら、それはもうただの泥棒と変わらない。
盗人や強盗と背比べなんて、出来たらしたくないもんね。精霊として召喚されたからって、人の道を外れて良い理由にはならないわ。
もしもこの船がヤマト所属だったら、事後承諾って事も可能だろうけど、残念ながら全然違うみたいだし。現状『あたし武具の精霊です!眷属増やしてこの世界の戦力増強します!!』って、公言出来ない身の上だから、説明して協力を得るって訳にもいかない。
…なんて事を考えていたから、聞かれるかも知れないと解っていて今まで黙っていたんだけど、どうやら彼女の考え方は、あたしの180度真逆だったらしい。
「…じゃから、一体それの何処が問題なんじゃ?」
あたしの返事を聞いた明陽さんは、まるで言っている意味が解らないとでも言いたげな雰囲気で、不思議そうに首を傾げ聞いてくる。
「御主がこの船に乗っておらんと、動かんく成るとか言うんかえ?」
「え?い、いや、そんな事は無いですけど…」
そして間髪入れずにそう聞かれ、予想外の反応に呆気に取られしどろもどろになりながら、取り繕うようにそれだけ返した。直後――
「なら実質、実害無しじゃろう。」
――真顔でそう断言され、その瞬間頭の中で『ポク、ポク、ポク、チーン!』と言う、例の効果音が聞こえた気がした。
…え?実害??確かに無いけど…え゛?アレッ?!
「い、いやいやいや!倫理的に問題じゃ無いですか!?誰かの所有物を、勝手にどうこうしようとしてるんですから!!」
目から鱗は出なかったけれど、余りにも気持ちよくそう断言されて、つい納得しかけた自分の思考を慌てて巻き戻し、これでもかって言う正論を一気に捲し立てる。そんなあたしの様子を見て、呆れたように深いため息を吐く明陽さん。
「じゃからと言って、御主がこの船をどうこうしたい訳でも無かろうよ?そりゃ召喚だの送還だのを御主がすれば、この戦艦も強制的にどうこうなるじゃろうが、そう成らない限り人の手でこれまで通り運行されるのじゃろう?であるのなら、特に何の問題も無いでは無いか。」
「いや、そうかもしれないけど…」
「倫理だのと、まどろっこしい事を考えるのぉ?黙っとればバレやせんわい。それに、この船の性能も向上するんなら、乗組員達からすれば棚牡丹や濡れ手に粟も良い所じゃろうて。若いのに気を回しすぎなんじゃよ、禿げるぞ?」
そんな事で禿げてたまるかい!って言うか発想が雑…
これ以上明陽さんと話しても、あたしの考えは理解されないだろう。ならここは1つ、常識人に助け船を出して貰おうと思い、異世界代表の良心エイミーへと視線を移し――
「…まぁ、緊急事態ですし、スメラギ様の言葉にも一理あると思いますよ?」
――視線に気付いた彼女は、何時もの困った様な表情で微笑みながら、期待した言葉とはまるで逆の台詞を口にするのだった。あれ~?
あれ?これってもしかしなくても、気にしてるのってあたしだけ?こいつがジェネレーションギャップって奴か!(違
「あれじゃあれ!超法規的措置っちゅ~やつじゃな!!」
むつかしい現代用語知ってんじゃんよ、ロリババァ。ってか、ほんとに明治生まれかこの人?
「優姫は根がとても真面目なんですよ。」
止めてエイミー!そのフォロー今一番聞きたくないヤツ!!
「この船の守りが堅くなれば、その分船員さん達の被害だって減るじゃ無いですか。ね、優姫?」
「…解った、解りましたよ。眷属化すれば良いんですね?」
そして諭すようにそう言われ、なんとも言えないバツの悪さを感じながら、ぶっきらぼうに返事を返した後、直ぐさま精霊化して意識を軍監へと向ける。エイミーに諭されたからって言うのもあるけれど、あたしも色々と余計な事を考え過ぎだったかも知れない。
これが正解かどうかはさておき、化物の鼻先にこの船を着けようとしているんだから、それによって起こりうる被害を、真っ先に考えて然るべきだった。個人のちっぽけな価値観や倫理観が、人の命より尊ぶべき物じゃない事ぐらい、小娘の頭でだってその位理解出来る。
「最初っからそうしとけば良いんじゃよ。全く、まどろっこしい娘じゃなぁ~」
「ちょっ!スメラギ様…」
意識を集中する最中、明陽さんの茶々が張り込んでくるけど無視。ほんと一言多いんだから…
――ポゥ…
なんて事を頭の片隅で思い呆れながら、精霊化によって身体の内側から発生した微精霊達を、通された船室の壁・床・天井へと、どんどん浸透させていく。物体の大きさや機構の複雑さによって、眷属化に必要な魔力量に大分差が出るのが、今までの経験から解っている眷属化のルールだ。
この軍監は、機構の複雑さはジープに比べれば全然だけれど、単純に大きい所為で少し時間が掛かるようだった。尚も微精霊の放出を続けていくと、やがて頭の中にこの部屋を中心とした、船の見取り図のイメージが、段々と広がっていくのが解った。
「ふむ、大分時間が掛かるんじゃな?」
その最中、ふと明陽さんに呼びかけられ、視線をそちらに向ける。
「これだけの大きさですからね、必要な魔力の量もそれに応じて増えるんですよ。」
「ほぉ、そんな物か。」
あたしの答えを聞き興味深そうに頷いた後、彼女は自分の腰に下げた刀へと視線を落とした。
「所で話は変わるが、御主のその眷属化っちゅ~のをすると、具体的にどう変化するんじゃ?」
その視線の動きと言葉から、彼女が何を聞きたいのかを理解したあたしは、現状判明している眷属化について説明を始める。単純に性能が向上する事、簡易的な魔道具と成り、属性付与などが出来る事、眷属にする武具によっては、特殊な能力が発現する事等々…
「ふぅ~む…」
一通りの説明をし終えた後、何やら思案顔で物思いに耽り始める明陽さん。丁度その時だった――
『――急げよおまえ達!準備を怠るな!!』
『『はい!』』
「ん?」
――それまで、まるで聞こえなかった船室外の慌ただしいやり取りが聞こえ始め、思わず天井を見上げていた。
「優姫?どうしました?」
「いや――」
『――火薬と砲弾ありったけ持って来てくれ!』
『解りました!』
『おぉ~い!こっち誰か手を貸してくれ~』
『はいよ、了解――』
「――何でも無いわ、気にしないで。」
エイミーにそう問い掛けられた後も、そこかしこから鮮明に人のやり取りが聞こえてくる。更に喧騒だけで無く、船外に吹く風の勢いだとか、潮の香りだとか、水の心地よさだとかも、五感の感覚として伝わって来るのが解る。
ふと、放出を続けていた微精霊達が、まるで行き場を失ったかの様に、船室の中を漂い続けている事が確認出来た。どうやら、この船艦の眷属化が終わったようだ。
なら、今耳にしている喧騒や感覚は、突然壁や床が薄くなったとかでは無く、この船自体が感じて居る事を、あたしが共有しているという事なんだろう。まるで、大きな着ぐるみの中にいて、その着ぐるみ越しから感じるような、なんとも言い得ない不思議な感覚だ。
乗り物を眷属化すると、こういう事も出来るのね。ジープみたいな狭い空間じゃ、見渡すだけで済んじゃうから気が付かなかったわ。
なんて事を思いながら、意識を戦艦の内部へと向けてみる。あちこちで、それぞれの役割を担って、忙しなく動き回る人達の気配は、どうやら全員男性のようだった。
その総数34名、それだけの人員を以てして、このノーチス号は運航されているようだった。それが多いのか少ないのか、素人のあたしには全然解りましぇ~ん。
1番慌ただしい様子なのは、やはりと言うべきか甲板の様だった。アルゴ船長が中心となって、船員達が何の迷いも無い動きをしているのが、手に取るように伝わって来る。
何時までも、こんな事に気を取られている場合じゃ無いんだろうけど、物珍しさから来る好奇心に負けて、意識を船内へと向けてみる。船の構造とか男の子が好きそうな分野だけど、ミニチュアのお城とかでする人形遊びみたいで、女子は女子で惹かれる物があるのよね~
どうやら隣にも、この部屋と同じ位の部屋が用意されてるみたいね。下の階は…船員さん達の居住スペースで、更にその下の階は倉庫みたいね。
なんて、暢気に構えていられたのも、この時迄でした…
食料庫に台所…お風呂なんかもちゃんとあるのね。それに、トイレ――トイレ!?
「ん゛っ!?」
「優姫?さっきから本当にどうしたんです?急に固まって――」
『――あれ?』ガチャガチャ『ドアが開かない…』
…
『おぉ~いッ!!』ドンッドンッ!『早く出てくれよ!!』
……
『いや、それがドアが開かないんだよ!あれぇ~壊れちまったのか?』
『おいっ!こっちも開かないぞ!?』
………
『こっちもだ!!て言うか急に閉まって開かなくなったぞ!?一体どうなってんだこれ!!』
………エヘッ☆
「――…大丈夫ですか?」
「ダイジョブダイジョブ、ナンデモナイヨ?」
「何じゃ急に、カタコトになりおって…と言うか、下の階が騒がしくなっておらんか?」
シラナイ、キコエナイ、アタシナニモミテマセン。
「…御主、なんぞしたか?」
あからさまにジト目になって、訝しがる明陽さんのその問いに対しあたしは、絵に描いたような作り笑いを貼り付けて、これ見よがしに目をぱちくりさせるのだった。
船員の皆さん、お騒がせしてサーセンorz




