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剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
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子連れJK異世界旅~異世界の船窓から~(3)

「優姫!」

「ママ!」


 そうこうしている間にも、先行していたエイミー達との距離は縮まり、追い着いて呼びかけられると同時に、走る速度を弛め早歩きに切り替える。笑顔であたし達の到着を迎えた彼女達の背後には、大きな帆船が列を成していた。


 アクアの反応が気になって、問い詰めたい気もするけれど、ひとまずそれは横に置いとくべきでしょうね。エイミー達とも合流出来て、これでようやく落ち着いて詳しい説明を、あの女性から聞かせてもらえそうだし。


 それに、到着した船着き場の空気がやたらピリピリしてて、それどころじゃないってのが、嫌って位伝わって来るしね。


「お待た――ちょっ!?」

「わ~いっ!」ぼすんっ!

「ッ!と、もうっ!危ないじゃない。」

「えへへ~」


 だっていうのに、そんなピリ付いた空気なんて、まるで知ったこっちゃないって言う子が1人。呆れるぐらいに脳天気な、天然元気娘の姫華さんです。


 アクアを引き連れエイミー達の側まで近寄っていくと、その胸に抱きかかえられていたオヒメが、すかさずあたしの胸目掛けてぴょんとダイブする。余りにも唐突で身構えていなかった為、慌てて両手を広げたあたしは、取りこぼす事無く胸の内にオヒメを迎え入れた。


 彼女を抱き止めた事に対して、ホッと胸を撫で下ろしつつ、けど親として危ない真似した事に対しては、しっかりと注意しておかなくちゃいけない。だっていうのに怒られてる本人は、その事に自覚がないんだから、本当に困ったちゃんだ。


「ありがとね、エイミー。この子重かったでしょ?」

「ムッ!姫華重くないよ!!」

「自覚無い子はみんなそう言うのよ。鍛えてる方のあたしだって、ずっとあんた抱えてると疲れんだから。」

「むぅーっ!!」

「フフッ、2人とも仲良しですね。」


 そんなオヒメが中心に居る事により、ピリピリとした空気感の中にあって、あたし達の居る周囲には、なんともおちゃらけた和やかムードが漂っていた。そんな場違い感丸出しなあたし達に向けて、刺さる様な冷ややかな視線が向けられる。


 この街に脅威が迫っているのは何となく解ったし、この場に居合わせる人達が、その脅威に立ち向かおうとしてるのも解る。みんな真剣に向き合っているから、きっと気持ちに余裕がないんだろう。


 そんな人達からすれば、こんな風にキャッキャ騒いでるあたし達は、物見遊山で野次馬しに来たと捉えられても、仕方無いんでしょうね。けど正直、この街で活動している人達の熱量に、いちいちあたし達が付き合う義理なんて無いんだから、その辺りは勘弁して欲しい所よね。


 こっちは詳しい状況も聞かされず、ギルドのお姉さんに請われるまま、付き合ってるだけなんだから、必然的に温度差だって出来るわよ。肩に力が入っていなきゃ、この場に居る資格が無いって言うんだったら、回れ右してライン大陸行きの船を探すだけだし。


「イテテテテ…全く、御主の所為で酷い目に負うたわ。」

「ひゃぅっ!?す、すみませんっ!!」


 不意に、投げかけられた声に視線を巡らせると、ようやく解放されたらしい明陽さんと、何事も無かったかの様にその後に続いて歩く譲羽さんの姿があった。あたし達に向けて声を掛けてきた明陽さんは、大層痛がりながら睨む様にあたしへと視線を向けてくる。


 それに愛想笑いを浮かべて誤魔化していると、自分が言われたと勘違いしたらしいギルドのお姉さんが、慌てながらにペコペコ腰を折って頭を下げはしめた。それを前にして、多少なりとも悪いと思っているのか、渋い顔つきになって視線を逸らすと、何やら出かけた言葉を飲み込んだ様だった。


「…まぁ良い。それでは、仕切り直しといこうかのう――何があったんじゃ?」

「…はい。実は――」


 しかしそれも一瞬で、気を取り直した彼女は、 普段見せる表情よりも幾分気を引き締めた感じで、ギルド職員の女性に対して話を切り出した。その言葉を受けて女性は、やや強張った表情に成りながら、今この街が置かれている状況を重い口取りで語り始めた。


 事の発端は、今から数十分程前の事。ギルドで用事を済ませたエイミー達が、そこから立ち去るのと入れ違いで、『ベファゴ』が接近しているという報せが舞い込んだそうだ。


 通信魔術によってもたらされた情報によると、『ベファゴ』と呼ばれている件の化物が、何処に向かっているのかは、正確には解っていないらしい。ただこのままでは、風の谷――守護者・精霊王シルフィードの領域に、侵入する恐れがあるという。


 『ベファゴ』は過去に、水の精霊王ウィンディーネの領域を侵し、かの精霊王と激しい戦いを繰り広げたんだそうだ。その時の爪痕により、一帯の水域の生態系に甚大な被害が出たらしい。


 さっきアクアが、凄い渋い顔して乾いた笑い声を上げてた理由は、過去にそう言う事が在ったからって訳か。あの腰の重そうなウィンディーネも、やる時はやるのね~


 ともあれ、過去にそういった出来事もあるし、このままその『ベファゴ』とシルフィーが闘う様な事態になれば、またぞろどんな被害が出るか解らない。だからそうなる前に、その『ベファゴ』を可能ならば撃退、出来無ければ足止めせよとの緊急任務が、この街のギルドに飛び込んできた。


 勿論それは、この街だけに発せられた任務ではないんだれど、『ベファゴ』の進んでいる航路上に、クローウェルズ以上に規模の大きな港町はないらしく、この街に掛かる期待はかなり大きいらしい。それなのに――


「――昨日、風の谷で起きた異常事態を調査する為に、この街に居合わせていた金・銀等級の皆さんを集めて、ラッツォさんが向かったきり、まだ戻って来ていないんです!!」


 ――タイミングの悪い事に、とある事情によりこの街は現在、冒険者の頭数が少ない状態だった。それもただ人手不足と言う訳ではなく、金銀等級のベテラン勢ばかりこぞってだ。


 今この街に居る冒険者は、銀等級が1名に銅が15名。あとは中堅以下が数十名で、その中から戦力として期待出来るのが、精々20名居るかどうかと言った所らしい。


 成る程、だからなのね。この場に居る他の冒険者達が、必要以上に肩に力が入ってて、やたらピリピリしている様に見えたのわ…


 ラッツォという人は、この街の冒険者を束ねるリーダー的な存在らしく、こういった有事の際に先頭に立って、他の冒険者達を指揮するんだそうだ。その人が不在な上、ベテラン上位の冒険者達が軒並み居ないという事は、この街を護る要にして、彼等の精神的主柱も欠いた様な状態に違いない。


  そんな状態で、街を壊滅させかねない化物が突然現れたら、不安で肩に力が入り過ぎて、ガチガチに緊張してしまうのも頷ける。あれじゃ、肝心な所で取り返しの付かないミスが、起こりかねないわね。


「すぐに馬を走らせて、ラッツォさん達に報せを向かわせていますが、彼等が戻ってくるのを待っている訳にもいきません…」


 心許ない戦力とは言え、だからといって何もしないでいたら、どんな被害が出るかも解らない。ましてや、相手は最悪この街を目指しているかも知れないんだから、ギルドとしてもとにかく動くしかない状況って訳ね。


 そりゃ、通りすがりでふらっと立ち寄っただけの金等級を、慌てて追いかけて泣き落としでも何でもして、引き入れたくなる状況よね。更に、その連れに白金等級が2人も居たんだから、言動にまで気が回らずに、不躾にも成っちゃうわよね。


「譲羽よ。今年の当番は、どの組じゃったかのう?」


 説明が一段落した所で、ふと明陽さんが隣に立つ譲羽さんへと問い掛ける。その質問に対して彼女は、両手を開いた状態でそれを自分の頭の両側へとあてがった。


 きっと動物のものまねなんだろうけど、仏頂面な所為でなんともシュールな光景だ。もっと朗らかなら絵になるのに、勿体ない…


「…あぁ、今年はあの犬っころじゃったか。全く、雑な仕事をしおってからに…」


 譲羽さんのものまねで、どうやら意図が通じたらしい。しかしてその内容は、明陽さん的にどうやら面白くない様で、苛立たしげに苦々しく呟いた。


 なんぞ?個人的に苦手な人なのかしら。


「あの…それでなんですが…」

「うん?」


 その明陽さんの様子に、ギルドのお姉さんはビクビクしながらも、精一杯の勇気を振り絞り声を掛ける。そして、視線が向けられたと同時に、思い詰めた表情で勢いよく頭を下げた。


「お、お願いします!どうか皆さんの力を貸して下さい!!」


 切羽詰まっているんだろう、勢いが良すぎた所為もあり、彼女は少しバランスを崩しかけたけれどなんとか持ち直し、腰を大きく折ってジッとあたし達の返事を待っていた。緊張の所為で力んでいるのか、それとも怪物がこの街に近づいてきている恐怖の為か、その身体は小刻みに震えていた。


 そんな、お世辞にも美しいとは言えない、あまりにも不格好な所作だった。けどだからこそだろう、彼女なりのどうにかしなきゃと言う強い思いが、ヒシヒシと伝わってくる。


 けどま、その皆さんの中にあたしは、きっと含まれてないんだろうけどね~この場に居合わせただけの、通りすがりの無名異世界人Aですもの、あたし。


 だって言うのに、胸に抱えているオヒメが、助けてあげようと言わんばかりに、目であたしに訴えかけてくるんだから困ったもんだ。この情に流されやすいチョロ子ちゃんめ!


 そしてそれは、あたしの隣に立つエイミーも同じらしい。視線を感じてみてみれば、あたしとギルドのお姉さんとを、忙しなくチラチラ見やって困っている様子だった。


 流石です、チョロフさん。そんなチョロい2人の様子に、苦笑を浮かべため息を吐きながら、あたしは首を縦に振った。


「姫華手伝うよ!ね、エイミー!!」

「そうねオヒメちゃん。微力ながらお手伝いさせて下さい。」

「あっ!ありがとうございますぅっ!!」


 2人の言葉を受けギルドのお姉さんは、直ぐさま下げていた頭を上げ表情を緩ませる。緊張の糸が緩んでホッとしたんだろう、その目頭にキラリと輝く雫が浮かんでいた。


 まぁ、こんな事で安心して貰えたんなら何よりね。このお姉さんには、ちょっとしんどい思いをさせちゃったし(主に明陽さんが


 けど、2人にも困ったものよね~あたしが『よし!』と言うまで待つなんて、忠犬じゃ無いんだからさ~


 なんて事を考えながら、1人自嘲しながら肩を竦める。オヒメはどうか解らないけど、正直受ける以外に選択肢なんて無いって、エイミーだって解ってんだろうから、あたしに気を遣わずちゃちゃっと受けちゃえば良いのにね。


 これだけ大事に成っているんだから、悠長にライン大陸行きの船なんて出せる訳が無い。きっと、ここに並んでいる帆船全てが、そのベファゴの足止めの為に使われるんだろう。


 そうなったらあたし達は、作戦の成功を祈りながら無事に船が戻ってくるのを、ただ指を咥えて待つ事しか出来無い。それで無事戻ってくるならまだ良いけど、1撃で街を破壊出来る様な怪物が相手では、そもそも船がちゃんと戻ってくる保証さえないのだ。


 つまり、数時間ここで足止めをくらう程度ならまだ良いけど、最悪の場合この街からの渡航が、不可能になる可能性だってある。早くライン大陸に渡って、リンダ達を追いたいあたし達にとって、それはとんでもない悪手でしか無い。


 だからここは、多少の時間を取られてもギルドの作戦に便乗して船に乗り、そのベファゴってのを撃退するのに手を貸して、その足でライン大陸に送って貰う。それがあたし達の最適解で、最初からそれ以外の選択肢なんて無いのよ。


 そもそもこの街の戦力不足は、昨日風の谷で起きた侵攻の影響による物だ。あの時集まってくれたこの街の冒険者達には、シルフィー達もあたし達も感謝してる。


 なんせ昨日の出来事は、回り回ってあたしにも責任の一端があるからね。そもそもあたしがこの世界に召喚されなければ、昨日の侵攻戦は本来起きえなかった出来事なんだから。


 そんな精霊側の不祥事にこの街を巻き込んじゃって、今更知らん顔なんて出来無いっての。


 それに、宿屋のおば――お姉さんに、次は必ず泊まるって約束しちゃったし。あの雑貨屋さんにだって、また顔を出したいしね~


 全く…人の縁って本当に不思議よね。今朝立ち寄ったばかりの街だってのに、護る理由がもうこんなに出来ちゃってるんだから、あたしも大概チョロいわね~

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