子連れJK異世界旅~異世界の船窓から~(1)
――カンカンカンッ!カンカンカンッ!!
危険を報せる警鐘が、辺り一帯にこれでもかって位に鳴り響く。それまで道を行き交っていた人達は、みんな一様にその場で立ち止って、何事が起きたのかとざわめき立てる。
そんな中であたしは、警鐘が聞こえてくる方向に当たりを付けて、そっちに向かってウガァーッて感じで叫びを上げていた。当然、それを目にしていた見知らぬ人達が、これまた何事かという感じで視線を向けてくるけれど気にしない、あたし気にしない!
側に居たエイミーとアクアなんかは、周囲の視線をめっちゃ気にして、恥ずかしがってるようだけど、あたし知らんぷり。正に外道!
『旅の恥はかき捨て』って、よく言うじゃない?こんな事で動じてたら、2人共立派なレイヤーさんには成れないぞ☆
何?2人共あたしみたいに神経図太く無いんだって?どう言う意味じゃワレェ!
――カンカンカンッ!カンカンカンッ!!
「通ります!通りまぁ~す!!道を開けてくださぁ~い!!」
なんて馬鹿な事をしていると、あたしが振り返った道の先から、なんとも慌ただしい様子の女性の声が聞こえてくる。暫くして、その声の主と思しき女性が、人垣を掻き分けて姿を現した。
見るからに慌てふためいているその女性は、一見してスッチーさんみたいな制服を着ている。まるで見知らぬその人だけれど、あたしにはその制服に見覚えがあった。
「…ギルドの人?」
カタンの街で寄ったギルドの受付嬢さんと、少し色が違うみたいだけど同じデザインな事から、その人がこの街のギルド関係者何だろう事がすぐに解った。それに、人垣から姿を現した彼女の後に続いて、如何にも冒険者ですって風体の人達がぞろぞろ姿を現したからね~
「あの人…」
「ん?知ってる人?」
ギルドの関係者だろう女性の表情が、ハッキリ解る位にまで近づいてきた頃、背後からエイミーの呟く声が聞こえて振り返る。
「え、えぇ。先程ギルドに伺った際に、対応して下さった方――」
「あぁっ!!エイミー・スローネ様!!良かった!すぐに見つかりました!!」
振り返ってエイミーの返答を聞いていた所に、これまた背後から声を投げかけられる。唐突に呼びかけられたエイミーは、口に出しかけた言葉を飲み込むと、ビックリした表情でその声の方へと視線を向ける。
それにつられたあたしが、再び振り返ろうとした瞬間、バタバタと勢いよく人影が横を通り過ぎていく。ビックリしながらその影を目で追うと、ギルドの制服を着たあの女性が、抱き着かんばかりの勢いでエイミーの元へ駆けていく所だった。
「お、お願いします!助けて下さい~!!」
「え、えぇ?!ちょっ!ちょっと待って下さい!!いきなりどうしたのですか!?」
エイミーの元まで一気に駆け寄っていった女性は、抱き着くこそしなかったものの、まるで彼女を逃さないかのように、その両肩をガシッと掴み食い入るように迫っていく。だというのに、その表情は今にも泣き出しそうな位に怯えきっているもんだから、迫られている側の彼女も、どう対処して良いかわからない様子だ。
何が何だか解らず、呆気にとられているあたし達を余所に、ギルド職員の女性は、いよいよエイミーに縋り付くようにして更に続ける。
「お願いします!一緒に来て下さい!!」
「えぇっ!?どういう事ですか?」
「金等級の人がこの街に来ちゃうんですよぉ!!」
「はぁ?ちょ、落ち着いて下さい!!」
明らかにテンパっちゃって、意味不明な事を口走っちゃってる彼女に対し、強い口調に成りながらも根気強く付き合うエイミー。ちゃんと付き合う辺りが、実に彼女らしいわね~
あたしだったら、とりあえずチョップしちゃってる所だわ。
「…あ――」
なんて、呆気にとられながらもそんな事を思っていた所、何の脈絡もなく明陽さんが、とことこ2人へと近づいていき――
「まぁ落ち着け。」ガスッ!
「痛い!?」
――ぴょんと可愛らしく跳び上がったかと思いきや、ギルド職員の女性の後頭部目掛け、チョップと言うより厳つい手刀を、まるで躊躇いなくいきなり入れた。当然ながら彼女は、短い悲鳴を上げた直後、後頭部を押さえながらその場に蹲ってしまった。
ひ、ひでぇ…一応手加減はしてるんだろうけど、仮にも守護者なんて呼ばれてる人が、一目で素人と解る人相手になんて事してんだ…
あたしも思った手前同類だけど、流石にもっと軽い感じで入れてるわ。ごめんね名も知らないギルド職員のお姉さん、その人うちの親戚なんです…
「ちょっ!?い、いきなりなんて事するんですか!!だ、大丈夫ですか!?」
「ふ、ふえええぇぇぇ…」
「軽く小突いただけじゃろうが、そう慌てんでも平気じゃよ。」
「いやいや、正中線的確に狙っといて軽くも何も無いでしょうよ。もうちょっと考えて行動して下さいってば。」
蹲ってしまった彼女を、直ぐさま気遣いながら抗議の声を上げるエイミーに対し、あっけらかんとした様子で応える明陽さん。それに対してあたしが、呆れながらに苦言を呈すと、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「冷静さを欠いとる奴を落ち着かせるには、これが一番手っ取り早いじゃろう。それに、誤作動したもんは叩けば大抵治ると聞いたぞ?」
「何その嫌な民間療法!昭和のテレビか!!」
一体何処の誰よ、この人にそんな中途半端な知識吹き込んだの…
「お姉ちゃん大丈夫?」
「ふ、ふえええぇぇぇ…大丈夫じゃないです~」
「連れの者が、本当に申し訳ありませんでした。立てますか?」
少しして落ち着いたのか、オヒメとエイミーに気遣われながらも、よろよろと彼女は立ち上がった。けれどやはりまだ痛むらしく、泣きべそかきながら後頭部を押さえたままだ。
大事に至って無くて本当に良かったけど、それより彼女が引き連れてきた筈の冒険者達が、彼女ほっぽって先に船着き場の方に向かってっちゃったんだけど、マジ何なん?薄情過ぎじゃね?
突然鳴り響いた警鐘といい、このお姉さんの慌てっぷりといい。それどころじゃないって感じが凄い伝わって来たけど、か弱い女性置いてけぼりにするとか、マジ信じられないんですけど。
「…で?一体全体何があったんじゃ?」
どうやら明陽さんも、あたしと同じ事を考えているらしい。フードに覆われているから、ハッキリとはその表情が解らないけれど、冒険者達が去って行った方に顔を向けながら、少しドスの効いた声でギルド職員の女性に問い掛ける。
その様子から、去って行った冒険者達に対して、大分オコなのが手に取るように解った。んだけど、そんな不機嫌丸出しで、今し方危害加えた人と接したりしたら…
「ピッ!?」
明陽さんの凄みに呑まれた彼女は、小動物の鳴き声みたいな小さな悲鳴を上げ、ブルブル震えながらエイミーの背後に隠れてしまった。あ~ぁ、完全に萎縮させちゃって…どうすんのよこれ?
「…スメラギ様。すみませんが、ここは私に任せて頂けませんか?」
そのやり取りを中心で直に見ていたエイミーは、珍しく眉間に大きく皺を刻んで、ため息を吐きながらも周囲に気を配り小声で苦言を呈した。流石の明陽さんも、小動物のように怯える女性を前にして悪いと思ったらしく、エイミーの言葉に怯んだ様子だ。
そのやり取りを前にして、まさかの人物が意外な反応を示したのは、その直後の事だった――
「…スメラギ?ま、まさか!希望のスメラギ様ですか!?」
――そのまさかの人物とは、エイミーの背後に隠れていた、ギルド職員の女性に他ならない。彼女は、エイミーが口に出した名前を聞くや否や、それまで見せていた怯えた様子は何処へやら、その場から身を乗り出し明陽さんに詰め寄った。
「…そうじゃ。」
彼女のその勢いに呑まれてか、僅かに後ずさった明陽さんは、一拍置いた後ため息を吐くと、観念したかのようにそう告げてフードを取り払った。それを目の当たりにした女性は、驚きに目を丸くした後、勢いよく譲羽さんへと向ける。
そして、それに併せて顔を背ける譲羽さん(笑
「あの、ではそちらは…正義のユズリハ様…ですか?」
「…譲羽よ。」
明陽さんに促され、こちらも観念したらしい。これ見よがしに大きなため息を吐いた後、譲羽さんも目深に被ったフードを取り外して素顔を晒した。
その直後から、立ち止まって事の成り行きを見守っていた野次馬達が、未だ鳴り止まぬ警鐘の音を掻き消す程に色めき立つ。けれどそれが面白くないんだろう、まるで聞こえないかのように明陽さんも譲羽さんも、素っ気ない態度で無視を決め込んでいる様だった。
まぁね、目立ちたくないから、わざわざフードを目深に被っていた訳だしね。仕方無いとは言え、こうなったのは不本意なんだろうなぁ~
まぁでも、概ね明陽さんの自業自得なんだけどね!その事実マジ揺るがねぇ!!
「あ、あの!」
周囲の人達が色めき立つ中、エイミーの背後からようやく姿を出したギルド職員の女性は、思い詰めた様子で前に進み出ると、唐突に腰を折り曲げて頭を下げ出す。
「お、お願いします!!お2人もどうか一緒に来て下さい!!」
「…なんじゃ?藪から棒に…そちらのエルフ殿に用があったのではないのか?」
「は、はい!勿論そうなのですが、お2人も一緒に来て下さると、尚心強いというか…」
「わからんのぉ。儂等まで駆り出されるような案件なのかぇ?」
「そ、それは…」
周囲の反応が、よっぽど不満なのだろう。八つ当たり気味に受け答えする明陽さんにそう問われ、ギルドの女性がチラチラと周囲を気にし始める。
それがどうやら気に入らなかったらしく、みるみる不機嫌さを増していく明陽さん。流石にまずいと思い、助け船を出すべく口を開こうとした瞬間――
「はっきりせんか戯けめ!理由も説明せず協力など出来る訳無かろうが!!」
「ピャッ!?」
――わたしよりも一瞬早く、厳しい口調で声を荒らげる明陽さん。責める様な強い口調に彼女は勿論、側に居ただけで関係の無いアクアやオヒメまで、驚きに身体をびくつかせていた。
そりゃ確かに正論だけど、いくら何ででそんな言い方無いじゃない…
「ちょ、明――旺さん。いくら何でも短気が過ぎるわよ。」
「そ、そうですよ。スメラギ様…」
たまらずあたしとエイミー、2人掛かりで明陽さんを宥めようと口を開く。その直後――
「ベ、ベファゴがこの街に向かってきてるんですぅッ!!!!」
――カンカンカンッ!カンカンカンッ!!
今までに無い声量で、突然彼女がそう叫んだ瞬間、まるで水を打ったかのように周囲が静まりかえり、それまで喧騒に掻き消えていた警鐘の音だけが、不気味なぐらいハッキリ鳴り響いていた。
…え、なんぞ?この空気??
あれだけ色めき立っていた周囲の人達も、それに苛立っていた明陽さんや譲羽さんも、エイミーやアクア、更にはオヒメまでもが、一様にギルド職員の女性の事を、無言のまま注視しているこの状況。当の本人は、なんかプルプルしながら目をギュッと瞑り、口を思いっきりへの字に結んでいるので、自分が注目を浴びて居るだなんて、夢にも思ってないんだろうなぁ~
ってか、ほんと何なん?ベファゴって何さ??
――カンカンカンッ!カンカンカンッ!!
「――き…」
沈黙が訪れ、何度目の警鐘が鳴らされた頃だろう。波1つ立っていない静かな水面に、一石を投じたかの様な声が、どこからともなく上がり――
――キャアアアァァァーッ!!ワアアアァァァーッ!!ギャアアアァァァーーーッ!!
――直後、堰を切ったかの様な怒号が、大通りのありとあらゆる場所から響き始め、警鐘の音を完全に掻き消した。
「え、えぇっ!?ちょっ!何なんマジで!?」
当然始まった阿鼻叫喚に、あたしは訳も解らず耳を塞ぎながら、我先にと逃げ惑う人達に視線を向けてる。逃げ惑う人々は、完全にパニックに陥ってまるで周りが見えていないのか、何人もの人が問答無用であたしに迫ってくる。
それを右に左にと避けながら、心配になって仲間達の方へと視線を向ける。明陽さんと譲羽さんは、心配するだけ損なのでとりあえず無視!
オヒメは…良かった、エイミーが胸に抱きかかえて保護してくれたみたいね。んでアクアは…
「あわっ!あわわっ!!アバババババッ!!」
…なんか、あばあば言いながら狼狽えてるんだけど、とりあえず無事みたいね。ってかあの子本当に上位精霊なのかしら?




