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剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
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間章・「フハハハハッ!話に水を差して申し訳ない!!」(1)

 ――再び時刻は遡り、約10時間程前。


 カラクニド海岸より真っ直ぐと北上した、北極点にほど近いここジザ海域では、間もなく本日1度目の朝を迎えようとしていた。ライン大陸・ダリア大陸の北部に大きく広がるこの海域は、人の住めそうな島はいくつか点在する物の、行き来するには不便な程離れている為、海洋都市を構築する迄には残念ながら至らず、大陸から近しいいくつかの島を除いて、そのほとんどが手付かずの無人島だった。


 天然の海洋資源が、豊富に期待出来る海域だ。なのに船での行き来が不便だという理由だけで、それを無駄にするのは、実に勿体ない気もするだろう。


 地球で言う所の、中世以前の造船技術ならばそれも仕方も無いだろうが、ここは地球の技術体系とはまるで違う異世界。科学よりも魔術が、世間一般に幅を効かせているし、それこそ空を飛べる種族だって多く居る様な場所だ。


 ならば、何も海路に拘る必要も無く、魔術に頼って何らかの手段を講じる事だって十分可能だった筈だ。にも関わらず、この海域の中央付近の島々には、誰1人として移り住もうなどと思う者は、残念ながら現代に至る迄現れる事は無かった。


 一体何故か、その理由は――


 ――ギィッコ…ギィッコ…


 北極点に程近いここジザ海域は、1年を通して気温は氷点下を下回る。更に北上を続ければ、地球の北極・南極のように、幾つも浮かぶ流氷とダイアモンドダストが織りなす、幻想的な風景が見られる事だろう。


 ここからでも、ダイアモンドダストとまではいかない迄も、明け方の寒い北国ではお馴染みの蒸気霧が、日に2回は見る事が出来る。海面から湯気の様に立ち上り辺り一帯を白く覆い隠し、それが朝焼けに照らされた風景は、まるで海面自体がゆらゆらと燃えているかのように幻想的だ。


 そんな燃ゆる海面を、2隻のボートが連なってゆっくりと進んでいた。人も住みたがらない様なこの海域に、大型の帆船では無くボートで船旅をするなど、ハッキリ言って自殺行為に等しいだろう。


 ならば、海難遭難者を乗せた脱出ボートの類いだろうか?それにしては、乗船している者であろう、朝霧に浮かんだ人物のシルエットが大層奇妙だった。


 大きく見積もっても、2~3人乗りだろうそのボートには、それぞれ1人づつ乗船しているらしい。手こぎ式だろうそのボートに、しかし乗船している者達はオールで漕いでいる様子は一切無い。


 所か、2隻の内先を進むボートに乗船しているその者は、海面に揺れて不安定だろう足場にも関わらず、船首に立って二の腕を組みふんぞり返っている様子だった。更に言うなら、その者の霧に映し出されたシルエットは、人の形を取ってはいるがそれにしては異様だ。


 やたらとボリューム感のあるその体躯、頭の部分とおぼしき場所には、ピンと突き出した獣のような耳、やたらと前面に細長く突き出た横顔と、獣人の特徴がこれでもかと映し出されていた。程なくして、霧の中から姿を現したその姿は獣人のソレで、その顔つきは犬――と言うよりも狼だろう。


 寒さ厳しいこの海域で、全身を銀色の長い天然の毛皮を纏った彼こそ、世界で14人しか存在しない、白金等級の冒険者にして、魔神教が定めた7人の守護者の1人。『傲慢』の位を与えられた、その名もレイチェ――


「吾輩は!レオン・ハートである!!」


 ………


「フハハハハッ!」


 …レオン・ハートこと、本名レ――


「レオン・ハートであ~る!!フッハーッハハハハッ!!」


 …朝霧の中、馬鹿のように高笑いする彼こそ、もう1つの地球と呼称される場所よりやって来た異世界人、怪異『人狼』レオン・ハートその人だ。見た通り快活にして豪快、あとおつむも若干足りない人物で、同僚である他の13人の白金等級の面々からは、『駄犬』『馬鹿犬』等と呼ばれているのは、まぁご愛敬だろう。


「フハハハハッ!辛辣!!」

「…誰に対して喋ってるデス?いよいよ馬鹿をこじらせて、幻聴でも聞こえだしたデスか?」


 そんな彼に対し、彼が乗るボートの後ろに着いて進む、もう一隻に乗り込んだ人物が、モゾモゾと身を起こして呻くように呟いた。声の感じからして、女性で間違いないだろう彼女は、全身これでもかと言う程黒一色で、恐らく星と月を象ったのだろ意匠の施された、長い杖をその手に握っている。


 恐ろしく分かり易い迄に、魔術師然とした格好の彼女は、トロンと眠たげな目を擦りながら、あくびを必死に堪えている様子だった。目深に被ったフードから覗かせたその表情は、一見して人族の成人女性と何ら変わらない。


 しかし、彼女のその肌は暗褐色にして銀髪。更にその右側の額には、人族には決して無い鋭く長い1本の角が生えていた。


 魔人族――魔族領域に住まう彼・彼女等は、エルフがその地で暮らすようになって変質し、ダークエルフと呼ばれるようになったのと同様、人族が変質して後発的に生まれた種族だ。


 とは言え、その能力は人族よりも全体的に高く、今では完全に別種と呼んで差し支えない。この世界に住む他の種族達と比べても、魔力面身体面共に非常にバランスが良いのが特徴で、故に人族の上位互換などと呼ばれる事がある程だ。


 この魔人族が所謂『魔族』と呼ばれていると、割と異世界人達には思われがちなのだが、実際に『魔族』とは『魔族領域に住まう者達』の総称である。理由は至極単純で、長年その地で暮らしてきた者達には、魔人族・ダークエルフ同様に身体的変化が現れるからである。


 しかし、だからと言って他の精霊種や獣人種達が、ダーク何たらだとか、魔かんたらだとかと呼ばれる事は無い。では何故、かの種達のみがそう呼ばれるようになったのかというと、元となった人族エルフ族が、自分達と余りにもかけ離れたその姿を見て、蔑視するようになって同種である事に異を唱えたからなのである。


 なんとも分かり易い差別である。人類共通の敵が存在するこの世界においても、種族の垣根を越え1つに纏まるというのは、やはり何処の世界であったとしても難しいのであろう。


 閑話休題、話を元に戻すとしよう。レオンの高笑いによって、惰眠を妨げられ不機嫌らしい彼女こそ、彼と同じく白金等級であり、魔神教が定めし7人の守護者の1人、『怠惰』キサラ=ベルシュその人だった。


「おぉ!!ようやく起きたかキサラ嬢!!」

「…そりゃ、そんだけでかい声で騒いでりゃ、流石の私も起きるデスよ。」

「フハハハハッ!それは申し訳ないのである!!」

「…それ、申し訳ないと思ってないデスよね?喋れば喋る程、馬鹿が露見するデスから、レオンは喋らない方が良いデスよ。」

「フハハハハッ!これは手厳しい!!」


 キサラの辛辣な物言いに対して、これと言って特に意に介した様子も無いレオンは、変わらず馬鹿みたいな高笑いを上げながら、ボートの船首に仁王立ちで立ったまま、船の進む先より視線を外そうとはしなかった。そんな彼の姿を、後方のボートより気怠そうに見上げた後、眠たげな眼をそのまま視線を左右に動かす彼女。


 大海原の真っ只中、右を向いても左を向いても、彼女の位置から見えるのは、朝焼けの鮮やかな赤色に染め上げられた、海より立ち上る湯気のみだ。まるで、世界中からたった2人だけが取り残された――等と形容したら、きっと彼女は不機嫌になるだろう――様な状況で、一体何を探すというのだろうか。


「…その様子だと、まだ現れそうにね~みたいデスね?」

「うむ!!吾輩を待たせるとは、なかなかに不遜な輩よ!!」

「そりゃ、相手が相手デスからね。おデートの約束を取り付けた訳でもね~デスから。」

「フハハハハッ!吾輩、婦人との約束で相手より先に来た事しか無いのである!!故に待つのは得意なのであ~る!!」

「…いや、あんたの情事なんて、私の知ったこっちゃね~デスよ。」

「フハハハハッ!」


 なんとも要領の得ない会話内容だったが、その話の内容から察するに彼等は、この広大な海のど真ん中で、何かが現れるのを待って待機していると言う事なのだろう。ならば彼等は、一体全体何を待っていると言うのだろうか?


 漁師ならば、回遊する魚の群れを待つのが道理だろう。しかし彼等は冒険者――それも、荒事が専門中の専門で、この世界に14人しか存在しない守護者を名乗る者達だ。


 そんな2人が、たまの休みに誘い合って、早朝の海釣りにやって来た――なんて、ボートの中に釣り道具の1つだって無いのに、そんな訳があろう筈も無い。


 ならば2人が出向かなければいけないような相手が、この海域に姿を現せると考えた方が、理に適っていて自然であろう。問題は、その相手が一体何かと言う事で、それが奇しくもこの海域の島々に、人が住みたがらない原因でもあるのだった。


 突然だが、この世界には守護者と呼ばれる者達の他に、守護獣と呼ばれている存在が居る。龍王を頂点に、フェンリル・4種のドラゴン・ユニコーン等がそれにあたるのだが、彼等は空と陸に対応した守護獣ばかりで、では海に対応した守護獣は居ないのだろうか、という疑問にきっと思い至るだろう。


 その疑問を、この世界の者達に投げかけたのならば、きっと満場一致でこう答える事だろう。『海を守護する守護獣は、居ると言えなくも無いが、居ないと言った方が正しい。』と――


 この世界には、害獣と呼ばれる野生動物――ゲーム風に言う所のモンスターと呼ばれる存在も、数多く生息している。地球に比べて重力の弱いこの星だ、犬猫のような小型サイズの動物達から、ドラゴンや巨人族が普通に生息しているのだから、そのサイズの動物達だって普通に生息しているのだ。


 体躯が大きくなれば、力だって普通に強くなる。巨大な害獣達の中には、守護獣には及ばないものの、強力無比な種も数多く存在するのだ。


 なのに何故、その野生動物達は『害獣』等と呼ばれているのか?害獣と守護獣を、明確に分け隔てる線引きは何か?


 神より加護を受けているかどうか、と言うのも確かにあるのだが、それ以上に重要なのは、その者に『知性』と呼べる物が存在しているかどうか――その一点に尽きるのだ。


 どんなに強大な力であったとしても、『知性』無しに振るわれるは暴力であり、『理性』が働かなければ制御など出来無い。見境無しに暴れ回る巨大な力など、そんな物はただの災害でしか無いのだ。


 先程の回答をより正確に言い現すと、守護獣と同等の力――海中限定で言えば、それ以上の力を持つ海洋生物は確かに存在する。しかし、その生物に『知性』と呼べる物が存在していない為、守護獣と呼ぶには値しないのである。


 ここジザ海域は、そう言った『知性』無き害獣――海獣魚達が多く生息している、世界有数の地域なのである。海の中では無類の強さを誇る上、水陸両用の種も数多く生息している為、1人としてこの海域に定住する者は居ないのである。


 屈強な海の男達でさえ、この海域での漁は腰が引けると言うし、七つの海を股に掛ける海賊達でさえ、海獣魚と出会したのなら象徴たる船を、乗り捨ててでも逃げろと教わる程だ。それ程までにこの海域は危険と隣り合わせで、間違って迷い込んでしまった多くの船が、毎年海の藻屑となっているのだ。


 そんな海域に、手漕ぎのボートで侵入してきた2人が無事なのは、一重にレオンが周囲を警戒し、同時に威圧しているからに他ならない。『知性』の無い害獣・海獣魚達だが、それ故に生物としての純然たる本能には忠実なのである。


 其処は腐っても白金等級冒険者。ただ馬鹿みたいに高笑いしているように見えて、その実力に疑う余地は無いのである。


「フハハハハッ!馬鹿みたいなは余計であるな!!」


 ………


「…だから、さっきから一体誰に向けて話してるデス?おつむに蛆が湧いちゃって、やっぱ幻聴聞こえてね~デスか??」

「フハハハハッ!流石はキサラ嬢!キレっキレの悪口であるな!!」

「鬱陶しいわぁ…」


 寝起きで大分不機嫌らしい彼女は、悪口と解っていて全く意に介さないレオンに対し、心底腹立たしいと言った雰囲気で、頭を抱えながら呻くように呟くのだった。そうこうしている内に朝陽は登り、あれだけ幻想的だった朝焼けに照らされて、紅く燃え盛る様だった光景もすっかりと色褪せ、今はただ水面に濃霧が立ちこめるだけとなっていた。

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