間章・そろそろ例のフラグを回収します(4)
軍国では幼少教育課程の段階から、人族以外の事を一括りに『亜人』と定義し、あからさまに差別してきた歴史が続いている。その為、ルアナの地で『亜人』冒険者達と軍国の兵士でもすれ違えば、何かしらのいざこざが起きる事なんて、それこそ日常茶飯事なのだ。
それで済めばまだ良いのだが、それで治まらなかった場合、国に目を付けられて罪人に仕立て上げられるというのがもっぱらの噂だ。実際、それで収監され裁判に掛けられ、奴隷兵となったという話もあるし、捕まりそうになって寸での所でルアナを逃げ出したという話も耳にする。
それ程までに、異種族に対してのあたりが強く、身の危険が多い地なのである。シフォンが金等級とは言え、油断する事など決して出来無いだろう。
むしろ金等級という事が露見すれば、戦力増強という名目で、真っ先に目を付けられてもおかしくない。そんな地に向かうというのだ。覚悟無くして赴く事など出来よう筈も無い。
「一応聞くけど大将、今から浮遊魔術であの船に乗り込むってのは、流石に無理なのかい?」
「無理ですわね。私1人ならまだしも、貴女とジョンさんもとなるとね。それに、この港に着くまでに、大分無理をしましたからね。正直、魔力の残量だって危ういですわよ。」
「白銀の魔女も、魔力が枯れちまったら形無しさねぇ。こうなったら、一か八かアタイのスキルであの船狙ってみるかい?今ならまだ、ギリギリ届く範囲にあるしねぇ。」
「止めておきなさいな脳筋娘。そんな事して船が沈みでもしたら、犯罪者共と一緒に、捕まっている方々まで海の藻屑ですわよ。」
その言葉が冗談と解っていながらも、呆れ顔で真面目にツッコミを入れて返すシフォン。何せリンダの事だから、ツッコミを入れずにスルーしたら、真に受けたとか思われて、『とりあえずやってみっか』等と言い出しかねないからだ。
彼女の冗談は、7割冗談なのだが大体残りの3割位は、割と本気で言っていると思っておいた方が良い。なにせ、何でも最終的には力業で解決出来ると、割と本気で信じているタイプの筋肉万能論者なのだ。
「…そういや、そのジョンはどうしたんさね?」
相棒の真面目なツッコミに、一頻りくつくつと笑ったリンダは、ふと思い出したかの様に今し方話に出た人物の事を、突然渋い顔になって気に掛ける。なにせ――
「ジョンさんでしたら…」
そう呟くとシフォンは、眉間に皺を寄せて嘆息しつつ背後を振り返る。それに倣う形でリンダも振り返ると、そこにお目当ての人物を見つけて、こちらは呆れた様子でため息を吐くのだった。
彼女達よりかなり離れた建物の影、今し方起きた戦闘の難を逃れたその場所に、蹲っている金髪の少年の姿があった。恐らくは、泣いているのだろう、苦しみに呻く野太い声に紛れて、幼い子供の嗚咽が僅かに聞こえてくる。
「――ヒック…ヒック!グスッ…」
「ジョン、大丈夫かい?」
示し合わせたかのように、息ピッタリに2人は歩き出すと、嗚咽を漏らすジョンへと近づいていき、そしてどちらからとも無くすぐ側の所で立ち止まり、代表としてリンダが彼に対し声を掛ける。足を抱えそこに顔を埋め、声を掛けられビクリと肩を震わせるその姿は、まるでこれから怒られるんだと、悟ると同時に恐怖で震える子供そのものだ。
そして、覚悟を決めたかのように、膝に埋めた顔を持ち上げたジョンの表情は、涙に鼻水にと絵に描いたように予想通りの物だった。
「ヒック!す、すいません…リンダさん。ぼ、僕の所為で…僕が見つかった所為で、こんな事に…」
そしてジョンは、顔をくしゃくしゃにして悔恨の言葉を口にする。一言一言口にする度、彼の中で後悔の念が増していくのか、流す涙の量がどんどんと増えている様だった。
そんな彼を目の当たりにして2人は、困った様子で互いの顔を見つめ合い、呆れ気味にため息を漏らした。しかしそれは、決して彼を見損なった等という理由からでは無い。
この港で彼女達は、異世界人の娘を救出するつもりで居たのに、不注意から敵に見つかり、やむなく戦闘が起きてしまった。それを自分の責任だとジョンは言う。
けれど、そもそも2日分の遅れを取り戻す為、通常乗り合いの馬車で1週間、ただ直進に対岸を目指した場合3日は掛かる道程を、不眠不休で馬を走らせ常時『追い風』の魔術を発動し、約40時間という早さで走破したのだ。そんな強行軍でライン大陸を横断し、休む間もなく情報収集に奔走し、下準備も何も無しに行き当たりばったりでここまで来たのだ。
そんな状態でここまで来たのだから、当然作戦を立てる時間など在ろう筈も無く、ほとんどその場の勢い、出たとこ勝負だったと言っても差し支えないだろう。ベテラン勢の2人ならば、それでも難なくこなして見せただろうが、ついこの間までエルフの隠れ里で、荒事とは無縁の生活を送っていたジョンにまで、それを求めるのは酷という物だろう。
「貴男がそこまで気に病む事では無いですわよジョンさん。むしろ、謝るべきは私達の方ですわね。」
「あぁ、大将の言う通りさね。目先の事に意識が向き過ぎてて、あんたの事をつい蔑ろにしちまった。」
無論それは、2人も十分理解している事だった。だから2人も、自分で自分を責めている彼を、これ以上責めるような事はしなかった。
「けどっ!でも、僕の所為で…」
しかし時として、責められる事で逆に楽になるという事も在る。正に今がその時だったようで、責められなかった事によって、更に罪悪感が増してしまったらしいジョンは、いよいよ堪えられなくなったのか、今にも声に出してわんわんと鳴き始めそうな勢いだった。
しかし、そんな小さな子供のように縮こまるジョンを前に、2人は――
「…そのまま泣いていて、何か解決するんですの?」
「ッ!」
「だねぇ。全く…男が何時までもめそめそと泣いてるんじゃ無いよ!」
――失敗に対して慰めの言葉を掛ける筈も無く、それを何時までも引きずっている事に対し叱責する。突き放すようなその言葉に、顔を伏そうとしていたジョンは、それをぐっと堪えて再び上げると、未だ涙を流しながらも2人に対し視線を向けた。
「先にも申し上げました通り、貴男だけの責任ではありませんわ。私達のペースに、ルーキーの貴男が着いてくるのもやっとだったでしょう。なのに貴男は、弱音も吐かずにここまで必死に着いてきた。」
「正直あんたの根性に、あたいも大将も感心しててね。ちぃっとばかし無理させ過ぎちまったって、反省してんだよ。」
「なのに貴男は、まるで自分1人に責任があるかのように振る舞って。ハッキリ言って烏滸がましいですわよ。」
「ウッ…」
眉をつり上げ不機嫌そうに言い放つシフォンに対し、その勢いに圧されて泣き止んだジョンは、思わず言葉に詰まり怯んだ。その様子を見て、声を押し殺しながら愉快そうにリンダが笑う。
「相変わらず、言う事がきっついねぇ大将は。」
「当たり前でしょう。私達は、今チームとして動いているんですのよ?気を遣って言葉を選んで慰め合っている内は、ただの馴れ合いでしかありませんわ。」
リンダの言葉にシフォンは、不機嫌そうに鼻を鳴らしそっぽを向くと、つっけんどんな物言いでそう返した。そんな子供っぽい仕草を見せたかと思いきや、それもほんの一瞬の事で、直ぐさま真面目な表情となり、真っ直ぐジョンの瞳を見据える。
「貴男が過労で気を抜いて、敵に見つかってしまった事は事実です。しかしそれを言ってしまうと、ずっと一緒に居た私やリンダが、その事に気が付いて然るべきでした。」
「奴等がルアナに渡る前に、決着を着けようと気が焦っちまって足下が見えてなかったのさね。だからあんた1人の責任じゃ無いさね。」
「無論、責任を感じ反省するは大いに結構ですわ。けれど、それにかまけて膝を抱え蹲る様では、ただの愚か者と大差ありませんわね。」
その言葉の通りに蹲っていたジョンは、涙を服の裾で拭い鼻をすすって、彼女の強い口調に促されるようにゆっくりと立ち上がった。彼がちゃんと立ち上がるのを待ってから、シフォンは再び口を開く。
「…失敗を失敗と受け止め次に活かす。私達は全員、完璧とは程遠い存在ですの。そんな私達でも、同じ失敗を繰り返さない為にその位の事は出来ますのよ。」
そう言い終わると同時、シフォンは不意に歩き始めジョンの横を通り過ぎていく。
「ま、要するに、何がいけなかったのかちゃんと考えて、次に備えましょうってそう言う事さね。生きて立ち止まらず歩き続ける限り、きっと次があるからねぇ…」
そしてリンダも、ジョンに対しそう告げてその肩にポンと一度手を置いた後、歩き始めたシフォンを追って彼の横を通り過ぎていく。そして――
「あんたも来るんだろう?それとも、そこで立ち止まっているかい?」
「…行きます!!」
――背後から彼女にそう問われジョンは、未だに涙で歪む視界をゴシゴシと手で拭い、大きく鼻をすすって振り返ると、泣きはらし赤くなった瞳をつり上げ大きく一言返事を返し、彼にとってはそれと同じ位に大きな1歩を踏み出した。
後悔の念は未だ断ち切れず、反省するべき点も多く、気持ちの整理も未だ着いていない。そんな中途半端な状態だけれども、だからと言って時間は待ってはくれない。
ならせめて、置いていかれない様必死に走り続けるしか無い。それが、彼が憧れ目指した世界であるのなら尚更だ。
幸いにも彼には、彼が立ち上がるのを待ってくれる先達が居る。優しく手を差し伸べては、きっとくれないだろうけれど、先を征く彼女達の背中を目指し若き冒険者は、自分の無力さを噛みしめながら走り出した。
そして一行は、一路ルアナ大陸を目指すのだった――
………
……
…
――現在、クローウェルズ
「…だそうです。」
手紙に記された内容を一通りエイミーから聞かされ、珍しく沈痛な面持ちとなった優姫は、読めもしないだろうに差し出されたその手紙を受け取ると、彼女はそれを黙って拡げてジッと見つめる。そこに、普段のおちゃらけた雰囲気は一切無い。
恐らくは、奴隷として扱われ売られようとしている、同郷の少女の身を案じているのだろう。名も知らない出会った事も無い少女だけれども、今そんな子がこの空の下に居ると知ってしまった以上、知らん顔して軽く流せるような軽薄な人物では、彼女は決して無いのだ。
「どうします?シフォンの事だから、きっと大丈夫だと思いますけど…」
それを承知しているからこそ、エイミーも言い難そうにしながらも、そう聞くしか無かったのだろう。彼女がそう聞かずとも、優姫ならば当然――
「決まってるじゃない――」
――強い意志を瞳に宿し力強くそう宣言する姿を、ギルドでシフォンの手紙を受け取った瞬間から、エイミーには簡単に思い浮かべる事が出来ていたのだろう。だから、優姫が言い終わる前から彼女は、ため息を吐きつつも仕方無いなと言った雰囲気で苦笑しながら、紡がれるその言葉を受け止める事が出来たのだ。
しかし――
「――あたし達も行きましょう!軍国バージナル。」
――カンカンカンッ!カンカンカンッ!!
――流石の彼女を以てしても、優姫のその宣言と同時に街全体に突如として響き渡ったその警鐘までは、まるで想像だにしていなかった事だろう。




