間章・そろそろ例のフラグを回収します(3)
「冒険者だあああぁぁぁーっ!!」ガンッ!ギィンッ!!
――夜のしじまを切り裂く様な叫び声と共に、激しい金属のぶつかり合う音が響き始めた。
「出航の準備を急げええぇぇっ!」ガィンッ!!ドカンッ!!
「それ以上船に近づけさせるな!!迎え撃て!!」ドゴンッ!!
人目を避ける為に、わざわざこんな夜更けを選んで作業を進めるあまり、それこそ波が打ち付ける音位しか、辺りに響いて居なかったというのに、それが今ではまるで嘘のように怒声と爆音が轟く。こうも騒ぎが大きくなってしまったのだから、人目が増えるのも時間の問題だろう。
ならばと言う事で、船上で作業していた者達が一斉に、それまで行っていた作業を中断し、蜘蛛の子散らして右へ左へと駆け回る。運び込む途中の積み荷を、男達はそれぞれ放り投げると、或る者は碇を海から引き上げに向かい、また或る者達は帆を張る為にマストを登っていく。
「敵方に魔術師が居るぞ!障壁を張れ!!船を護れッ!!」ゴオゥンッ!!
「な、なんだこの女!?」ガンッ!ギンッ!!「手練れが1人居るぞ!!うわぁっ!?」ドカンッ!!
方や船外では、冒険者達と犯罪組織の者達との激しい攻防が、今も繰り広げられているらしい。檻に入れられて居る彼・彼女達から、その様子を見る事は出来無いが、魔術による火柱やスキルによって起きたので在ろう破砕音から、戦闘の激しさだけは窺い知る事が出来た。
「…冒険者が来た?」
「マジか、助けが来たのか?」
船上も船外と同じく喧々囂々としている最中、その様子を檻の中から伺っていた黒豹族の彼女は、しかし腑に落ちないと言った素振りで首を傾げ、譫言のように呟いた。一方で有翼種の彼は、当然の事に暫く呆けていたものの、彼女の漏らした呟きを耳にして、降って湧いたような出来事に希望を抱いたらしく、確認する様に呟いてから顔を綻ばせた。
「うおおおっ!マジか!?これは、ひょっとするとひょっとするんじゃ無いか!?」
そしてそのまま、監視の目も気にせず喜び勇むあまりガッツポーズを取ると、そのまま黒豹族の彼女へと向き直った。本来で在るならば、そんな手放しに喜ぶべきでは無いのだろうが、見咎める者達がそれどころでは無いのだから問題ないだろう。
しかし、そんな彼とはまるで対照的に彼女は、船外で巻き起こっている戦闘を、真剣な面持ちでジッと見つめていた。時折上がる火柱が、その表情を紅く照らし、未だ鳴り響く激しい金属音を聞き逃さぬ為にか、その獣耳がピクピクと忙しなく動き続けていた。
「な、なんだよ怖い顔して…お仲間が助けに来てくれたんだろう?」
それまで、手放しに喜んでいた彼だったが、彼女のその様子に気圧され不安を覚えたらしく、怖ず怖ずとした様子で問い掛ける。そんな彼に彼女は、チラリと一瞬だけ視線を配った後、僅かに嘆息して再び船外へと視線を向ける。
「…あたしに仲間なんて居ないよ。」
そして、ぶっきらぼうにそう返し、手枷が付いたままの手で頬杖を付き、改めて大きくため息を吐きなおした。その様子からは、これ以上考えても埒があかないという雰囲気が伝わって来る。
彼女が何に対して疑問を抱いたのか――それは、冒険者ならば誰もが普通に抱く様な疑問だった。
まず、先程彼女が自分で口にした通り、彼女は基本的にソロで活動していた冒険者だった。こうして捕まる原因となったクエストは、少人数で受けるには困難なクエストだった為、その場限りでパーティーを組む事となった連中ばかりで、顔見知り程度の者は居たが仲間と言うには、彼女からするとやはり違うのだろう。
その者達の何人かは、先程語った通り犯罪組織と通じていた者達だ。そして後の者達の半数は、彼女同様奴隷として売られる筈で、更に残りの半数は無残にも殺害され、首を落とされる所を彼女は目撃していた。
彼女の受けた依頼が、犯罪組織が出した偽依頼で在るとは言え、ギルドに依頼として出された以上、依頼の達成をしなければ当然怪しまれる。だからその為に、誰と判別出来無いほどに傷付けて、それを達成の証としてギルドに提出でもしたのだろう。
つまり、今現在彼女はギルドから戦死扱いになっている訳で、元々ソロで活動していたが故に、誰も彼女の死に疑問を抱いていないのだ。彼女が今も生きていると確信し、犯罪組織の手によって、今正に奴隷として軍国に売られようとしているなど、誰も知り得ない情報なのである。
それを知り得る者も居るが、それは彼女達を嵌めた冒険者――もとい、犯罪者達のみだろう。まさか、一度売った人間を取り戻そうと彼等が動いたなどと、そんな都合のいい話もあるまい。
「え?じゃ、じゃあ…あいつらと闘っている冒険者って言うのは、一体…」
「さぁね。聞くけどあんた、ギルドに高い依頼料出してまで、助けてくれそうな知人に心当たりはあるのかい?」
「は、はぁ?そんな奴が居たら、借金で首が回らなくなっちまう前に、そいつに金を立て替えて貰うわ!!」
ならばと思い、ふと思い至った考えを口に出してみた彼女だったが、返ってきた答えが余りにもあんまりだった為か、呆れ顔で再びため息を漏らした。
「聞いたあたしが馬鹿だった。てかあんた、つくづくクズだねぇ…羽根付きが清廉潔白ってのはやっぱ眉唾か。」
「アルビオンの連中が潔白だって?!悪い冗談だろう、高い場所から下を眺めるのが好きな連中なんだぜ?上の連中は。そんな奴等と俺を一緒にしないで欲しいね。清廉かどうかは別として、俺のこの白さときたら…」
「そりゃ『潔白』じゃ無くて『漂白』って言うんだよ、アホめ…」
この期に及んで場を和ませようとでもしたのか、アホな事を堂々と口に出す彼の図太さに、多少関心しつつ苦笑しながらも、三度ため息を吐いて答える黒豹族の彼女。ともあれ、これで彼を助けに来たという可能性も低くなった。
何せ冒険者というのは、現実主義で合理主義な連中ばかりなのだ。特に戦闘職の冒険者は、命の危険だって普通にあるというのに、何の利も無く己の命を危険に晒すような真似はしない。
公式には死んだ事になっている黒豹族の彼女、借金まみれでここに居るのが自業自得の有翼種の彼。そのどちらにも、助けがやって来そうな理由が思い浮かばないのであれば、では全く別の依頼――例えばこの犯罪組織を壊滅する為に、この場に乗り込んできた冒険者達か?
その可能性も恐らく低い。何せ軍国の様な大国と、太いパイプを持つ様な組織なのだから、恐ろしく根が深く規模も大きい組織だろう。
ならば当然、安全対策の観点から見ても、ギルドをあげて大規模な部隊が編成され、大掛かりな作戦が組まれていてもおかしくは無い。しかし、彼女の鋭敏な耳が捉えた戦闘音は、大体2つか3つ程度と言った所だろう。
更に言えば、戦闘を開始したタイミングもおかしい。最初から戦闘を行うつもりでいたのであれば、もっと早くても良かった筈だ。
まるで、どさくさに紛れて船に忍び込もうとして失敗して見つかったかのような、なんともバツの悪さが伝わって来るような、不自然なタイミングだ。しかし、そうだと仮定すれば、戦闘音の少なさにも納得がいくというものだ。
「それで結局、奴さん達の狙いが一体何かって事だけど――」ガコン…
状況を整理しつつ、ブツブツと独り言のように呟いていた彼女は、ふと檻の隅で小さくなっている少女へと視線を向ける。相も変わらずメアリーは、両手で耳を塞ぎ瞳を強く閉じたまま、ガタガタと震え続けていた。
突然起こった戦闘音から、必死に逃れようとでもしているのだろう。そんな幼気な少女に、彼女が視線を向けるのとほぼ同時、船がゆっくりと動き始めたのだった。
「ぎゃぁーっ!動き出しちまった!!おおぉーいっ!助けてくれぇ~!!」
「――まさか…ね。」
船が動くと同時、有翼種の男が檻の端へと掛け寄り、今も戦闘音が鳴り続ける船外へと向けて、悲鳴じみた声を上げる。その声に掻き消されようとも構わず、黒豹族の彼女は呟きを漏らしたあと、それまでの考えを振り払うかのように軽く頭を振った。
色々と考えを巡らせてみたけれど、肝心の助けに来た冒険者達が、無事にこの船上に辿り着く事は無く、残念ながら出航の時間と相成ってしまった。であれば、これ以上考えた所で結局は徒労――そう彼女が思い至った直後だった。
「オオオオォォォーーーイッ!!聞こえてるかあああぁぁぁーっ!!」
「「ッ!?」」
それは、船外の――未だ戦闘音の鳴り響く間から、割って裂くように轟く女の声だった。
「其処に居るんだろうッ!!異世界から来た娘えええぇぇぇーーーッ!!」
「異世界から来た…」
「娘?」
次いで響き渡ったその言葉に、有翼種の彼と黒豹族の彼女の視線が、同じ檻に入れられて居るメアリーへと注がれる。しかし当の本人は、未だ耳と目を閉ざしたままで、辺りに響くその女性の声も聞こえていない様子だった。
「良いかい!!もう少し辛抱しておくれよぉ!!アタイ達が絶対に――」
しかし、そんなメアリーの様子が向こう側に伝わる筈も無く、尚も女性の力強く自信に満ちた叫び声は続く――
「――絶対に救い出してやるからねぇッ!!」
そう締めくくられた彼女の力強いその言葉は、しかしやはりメアリーに届く事は無かった。その代わりに――
「異世界人…そうか、そう言う事かい。」
「マジかよ…噂にゃなってたが、マジでそんな子まで、商品として扱ってるのか…」
――まるで捨てられた子犬のように、未だ震え続ける少女を前にして、どこか納得した様子の彼女と、露骨に嫌悪感を表に曝け出し、忌々しそうに苦虫を噛みつぶす彼なのだった。
彼・彼女等を乗せて、一路ルアナ大陸を目指し出航した船は、夜の暗い海に白波を作りかき分けて突き進むのだった――
………
……
…
――ミッドガル港、船着き場
「うぅ…」
「いてぇ…いてぇよぉ…」
あちらこちら、そこかしこから、苦しげな男共のうめき声が上がっている。本来であればこの時間、このミッドガル港の船着き場は、夜のしじまにさざ波の音だけが響く、なんとも物寂しい筈の場所で在った筈だ。
しかし今は、しじま所かさざ波の音さえ掻き消すような、野太い男共のうめき声で埋め付くさんとしているかの様だった。更に、パチパチと魔術の残り火が至る所でくすぶり続け、夜の闇の中にぼうっと照らし出された船着き場の惨状たるや、まるで地獄絵図そのもの。
其処が地獄だとするのなら、地獄に付きものなのは当然鬼だろう。ならばその光景の中、昏い海を正面に見据えて、身の丈と変わらぬ戦斧を手にして仁王立ちする彼女こそ、きっと鬼の中の鬼なのだろう。
身の丈2mはあろうかと言うその恵まれた肉体は、つま先に至る隅々迄鍛え抜かれており、これでもかと言うぐらい筋骨隆々なその様を、全身余す所なく自己主張している。それもその筈、その人物が身に着けているのは、ほぼ下着と変わらぬビキニアーマーで、必要最低限女として隠すべき部分のみしか覆っていないからだ。
その肌は健康的なまでに浅黒く、だからこそブロンド色の長い髪がよく映えるのだろう。顔は彫りが深く実に凜々しく、女性として見ても十二分に美しい。
彼女が鬼だというのなら、なんとも美しい鬼も居たものだ。そんな彼女――銀等級冒険者リンダは、長いブロンドヘアーを海風に弄ばれるのも気にせずに、港より離れて行く船をジッと見据えていた。
「…貴女、先程のアレは一体どういうつもりでしたの?」
そんな彼女の背中に向けて、1人の女性が呆れたような声を投げかけ、そのまま彼女の横に並び立った。こちらはリンダとはまるで対照的な、可愛らしい銀髪の小柄な少女だ。
その肌は暗褐色で、エルフのように尖った耳からも、彼女が魔族領域に居を構えて変質した、エルフ亜種――ダークエルフだという事がすぐに解る。であるならば、十代半ば位の少女にしか見えないが、その実年齢は恐らく千を軽く超える事だろう。
身に着けている物も、ほぼ裸のリンダとはまるで違い、こちらはしっかり上下に服を着用していた。更に胸当て、手甲足具と防具もきちんと揃え、腰には細身の剣を一振り佩いている。
そんな肌の露出も少ない、おとなしめの服を身に着けている彼女だが、リンダ同様に自己主張の激しい部分が1つある。胸当てによって無理矢理押さえ付けられているが、その上からでもハッキリと解るボリュームは、小柄な彼女にとって余りにも不釣り合いで、ハッキリ言ってバランスが悪い。
しかし紛う事無き天然物で、それ故に彼女を悩ませる一番の原因でもあった。そんな彼女――金等級冒険者シフォンは、相棒の横に並び立ち同じ景色を見つめながら、海風にさらわれそうになった自身の美しい銀髪を、無造作に手で掻き上げてから押さえ付けた。
「どう…とは、一体何の事さね?」
「惚けるんじゃありませんわよ。無責任に『絶対に助ける』だ等と…安易に希望を持たせるべきではありませんわよ。」
「あぁ…」
相棒にして、冒険者としてのなんたるかを一から教わった相手でも在る、師匠のような存在でもあるシフォンに、先程の行為を諭すように咎められリンダは、自嘲気味に苦笑しながら肩を竦める。
「なんつ~か、わっかり易く意思表示をしようと思ってねぇ。これで覚悟が改めて決まったっつ~か、いよいよ引き下がれなくなっただろう?」
「全く、貴女と来たら…」
そうして返ってきた、あまりにもリンダらしい真っ直ぐなその答えを聞き彼女は、呆れたように呟きつつも可笑しそうに微笑んだ。しかしそれも一瞬の事で、直ぐさま表情を引き締めると、どんどんと遠くなっていく船を睨み付ける。
「そうですわね。覚悟は必要ですものね――」
――軍国バージナルと、最悪敵対するかも知れないという覚悟が。
どんどんと離れて行くルアナ行きの船を、お互い無言で睨み付ける。流石は長年連れ添った相棒同士、考えている事もまた同じだった。
エイミー達には、自分達は軍国に向かうと手紙にそう残してきたが、それはあくまでも最悪の事態に成った場合の話で、可能であるならばここミッドガル港にて、決着を着けたかった。何せ事実上ルアナ大陸の半分は、軍国バージナルの領域である。
かの国は、人種人族の入国のみしか認めておらず、従ってそれ以外の種族が国に居ると言う事は、その全てが全員奴隷という事に他ならない。しかしそれは本国に限った話であり、ルアナ大陸に渡る事自体は、他種族でも普通に可能である。
とは言えだ、ルアナに人族以外の種が立ち入る事は、平時の際は決しておすすめ出来ない。何故ならかの国の者達は、他種族を奴隷として扱ってきた歴史が、建国以来ずっと続いて来たからだ。




