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剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
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間章・そろそろ例のフラグを回収します(1)

 ――時間は少し遡り、風の谷迎撃戦終了前後の深夜。


 ライン大陸西岸に位置するミッドガル港において、深夜にも関わらず出港準備中の船が一隻停泊していた。深夜に行う漁がある位なのだし、漁船であるならさほど不思議でも無いだろう。


 しかし、その船にそれらしい装備は一切無く、作業にあたる者達の腰には、まるで漁師に似つかわしくない剣が納められた鞘があった。何よりも、深夜の作業だというのに一切の灯りを点ける事も無く、まるで人目を避けている様だった。


 次々と荷が積み込まれていく帆船の一角に、まるで猛獣でも押し込めておくかのような、頑丈そうな檻があった。頼りなく薄暗い月明かりに映し出された、その檻の中に凶暴な猛獣の姿はまるで無く、その替わりとばかりに複数の人影が確認出来た。


 その檻の中、確認出来た人影は都合3人分。人種も性別もバラバラだが、一貫してぼろ切れの様な衣服を着せられていた。


 1人は背中から純白の翼を生やし、更にその翼と同じく白く長い髪をした、有翼人種の男性だった。翼と髪の色程では無いが、その身体は色白で線が細く、見るからに不健康そうな彼は、しかし態度だけは図太いらしく、檻の中に閉じ込めているというのにも関わらず、その中央付近で地ベタに身体を預けて横に寝そべり、あくびをかみ殺しながら寛いでいる。


 もう1人は、獣人種黒豹族の女性だった。顔は人のそれでは無く、紛れもなくネコ科の動物のそれで、頭の上には丸みを帯びた獣耳に、夜の中にあって僅かな光量を反射して光るつぶらな瞳。


 鼻の両サイドには、当たり前のように猫髭が幾本も生え、その下の口からは鋭い牙を覗かせていた。そして全身短い黒毛で覆われているのだが、その上からでも鍛え抜かれ磨き抜かれている事がよく解る。


 だと言うのに全く筋骨隆々という感じは無く、獣人の女性特有にしなやかで柔軟性にも富んでおり、更に身体の凹凸も女性として十分に魅力的だった。なのにその両手両足には、彼女にまるで似付かわしくない手枷足枷がはめられており、更にそこから伸びる鎖は牢の一角に繋がれてあった。


 しかし彼女は、そんな事を特に気にした様子も無く、闇の中で光る目をぱちくりさせて、地べたに横たわる男性と向き合う形で、中央付近であぐらをかいて座っていた。だからと言って、檻に入れられた状態でリラックスしている訳は無く、その証拠に彼女の長く綺麗な尻尾は、パタパタと忙しなく左右に振られていた。


 そして、最後の1人は――


「…随分忙しなくなってきたね。」

「そろそろ出航するんだろう。」

「こんな夜中にかい!?」

「脛に傷のある奴等なんだ。堅気に混じって真面目に太陽の下で働く訳が無い。取り扱う商品が商品(非合法奴隷)だぞ?」

「マジかよ…灯りも無しにこんな夜更けに出航だなんて、正気の沙汰じゃ無い。」


 牢屋の中、闇に輝く目をキョロキョロとさせて、辺りを伺っているらしい彼女が口を開く。誰に対して呟いた訳でも無いだろう、独り言に近いその言葉に、床に寝そべる彼が事も無しと言った具合に、気怠そうに返した。


 それまで無言だった檻の中で、ふと漏れた言葉を皮切りに会話へと発展する。実の所彼・彼女等は、ほんの30分前に別々の場所から連れられてきた、初対面同士なのである。


「正気かどうかはさておき、夜の渡航は奴等にとっちゃ日常茶飯事過ぎて、お手のもんだろうさ。きっと快適な船旅になる事だろうよ。」


 黒豹族の女性の言葉に、有翼種の男性は寝そべったまま、卑屈な笑みを浮かべそう返す。すると、その言葉にムッとしたらしい彼女は、バシバシと尻尾を床に叩き付けながら、目をつり上げて牙を剥く。


「随分と事情通じゃないか。あんた、まさか奴等の元お仲間で、何かヘマをやらかして商品の側に回ったんじゃ無いだろうね?」


 もしそうならば、腹いせに喉笛に噛み付くと言わんばかりに、獣らしく苛立たしげに威嚇してみせる。しかし男性は、そんな彼女を前にして怯むどころか、ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべる。


「そんな訳ね~だろ。何かヘマやらかしたら、真っ先にバラされるに決まってる。」

「なら一体、あんたはどういった経緯で、連れてこられたって言うんだい?」

「なんだ、そんな事が気になるのか?」

「そりゃそうだろう。よりにもよって軍国に、これから売られるって言うのに、随分と落ち着き払ってる奴が居るんだからね。」


 次いで彼女にそう問われ、有翼種の男性は自嘲の笑みを浮かべ肩を竦める。


「単に借金で首が回らなくなっただけだよ。」

「それで軍国に売られるって?よっぽど質の悪い所に借りたんだね、バカな男だ。」

「言ってくれるじゃねぇか。まぁ、確かにその通りだがよ…」


 問われるままに男が素直に答えると、歯に衣着せない物言いでそう彼女に返され、流石にムッとしたらしく僅かに眉をつり上げる。しかし、彼女に言われずとも自覚しているのだろう、それ以上反論する気も無いらしく、不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、同意の言葉を漏らした。


「そう言うあんたこそ、随分と落ち着いてるじゃ無いか。一体全体、何で連れられてきたって言うんだ?」


 そしてお返しとばかりに、今度は男性の方から女性に対して質問を投げかける。すると次の瞬間、再び不機嫌となった彼女が、目をつり上げ牙を剥きグルルと喉を鳴らした。


「仲間だと思っていた奴等に裏切れただけさ。」

「冒険者か。」

「あぁ。賊の討伐を請け負って、何人か集めて根城に向かったら、集めた連中の中に賊の仲間が居たのさ。」


 そう語る彼女は、当時の事を思い出しているのだろう、頭の天辺から尻尾の先に至るまで、全身の毛を逆立たせ憤る。その姿は正に猛獣そのもので、今にも男性に向かって飛びかからんとする勢いだ。


 そんな彼女を前にして、それまで図太く寛いでいた男性も流石に肝を冷やしたようで、ただでさえ色白だと言うのに、その顔色は青ざめると言うよりも真っ青だった。鎖に繋がれた理性ある獣だったから事なきを得たが、これが本物の獣だったのなら、きっと失禁位はしていただろう。


 彼女が憤るのも当然だが、実を言えばそれが奴等の常套手段なのだ。奴隷と一口に言ってもその種類は様々で、特に軍国が国を挙げて仕入れる類いの奴隷は、邪神との最前線だけに奴隷兵の割合が一番多い。


 ならば当然、即戦力に成るような奴隷が喜ばれ、高値で取引されるのは当たり前で、そこで言うと冒険者という人種は、商品として正に打って付けとだと言える。戦闘系の冒険者は言うまでも無く、非戦闘系の冒険者でさえ、最低限の護身術位を身につけている者が多く、一般人よりかは戦力として期待出来るのも当然だろう。


 更に言えば冒険者という職種の者達は、基本的には根無し草の者が多く、依頼があれば地方にだって平気で赴くし、非戦闘系の冒険者達は、それこそ世界中を股に掛けて旅している様な者達だ。よく言えば自由人と言えるのだが、自由故にその身分が国に保証されている訳では無い。


 いつだって危険とは常に隣り合わせだし、今日知り合ったばかりの冒険者が、3日後その姿が無くなっていたなんていう話は、グラム幾らで売れずに掃いて捨てる程ある。つまり逆を言うと、冒険者がフッと姿を消した所で、そこまで大騒ぎにならないのである。


 姿を消した所で、何も告げずに次の街に旅立ったか、力及ばずに依頼の最中力尽きたか――誰もがすぐに思い浮かぶ理由はきっとそんな所で、誰しも後者で無く前者であれば良いと、期待を込めて楽観視するのだ。


 そんな彼等冒険者に犯罪組織が目を付けるのは、ある意味皮肉でありそして順当だっただろう。なにせ戦闘系の冒険者達からしても、犯罪組織の人間というのは金ズルでしか無いのだから。


 地域にもよるが、ギルドに持ち込まれる依頼の多くは、人が起す犯罪案件が実に多い。窃盗・強盗・殺人等々…


 現代であればそう言った不逞の輩は、警察組織によって取り締まれるのが妥当だろう。しかしこの世界において、警察組織という仕組みは存在せず、その代わりに成る組織が、各国が自衛手段として組織した騎士団だろう。


 臣民在ってこその国である以上、臣民を護る事も騎士の勤めであり、その生活を脅かす犯罪組織を取り締まる義務がある。しかし騎士の数にも限りはあり、国の自衛が第一である以上、領国内の小さな町や村にまで、騎士が常駐している訳では無い。


 更に、各国の騎士団が犯罪に対し連携するケースは、限りなく無いに等しい。現代でも同じ様な物だが、例えばA国に拠点を置く犯罪集団が、B国で犯罪行為を繰り返しいたとして、B国の騎士団がA国に無断で介入して討伐する事は出来無い。


 現代ならば、その国の警察組織に協力要請を出し、連携するなりその国の当局に任せるなりするが、余程国交が良くでも無い限りこの世界の国は、他国の犯罪に対しては無関心だ。むしろ敵国に対し、国が犯罪組織を指揮していたケースさえある。


 そう言ったケースの場合、泣き寝入りするのかと言えばそんな訳が無く、ならば強行して騎士団を介入させるのかと言えば、無闇にいちいちそんな軽率な事をしていたら、邪神の軍勢に備える事も出来無い程に、各地で戦渦が巻き起こり疲弊している事だろう。


 そこで登場するのがギルドであり、冒険者達なのだ。そもそもギルドとは、世界中を股に掛ける冒険者達の相互扶助組織である。


 その為、騎士団が常駐していないような、中規模以上の街には必ずギルド支部は存在し、その周辺の小さな村や町に、必要ならば専任冒険者を派遣したりして、治安維持に大きく貢献しているのだ。更にその性質上、国からの命令系統から完全に独立しているので、各国に点在するギルド同士のネットワークが構築されている。


 従って、犯罪者の捕獲或いは討伐を国が依頼すれば、ギルドを通じて他国に逃げた犯罪者を、取り締まる事も可能なのだ。要するにギルドは、この世界における警察機構の役割も果たしているのである。


 しかし、元よりその役割を期待して設立された訳では無いし、そこに所属している者達は、ギルドが身分を証明しなければ、見る者からすれば無頼漢と大差が無い。なにより腕っ節自慢の多い戦闘系冒険者は、完全実力主義の世界である為、いつまで経っても評価されず本物の無頼漢になる輩も多い。


 そのまま犯罪者となって、手配されるなり法で捌かれるなりすれば話は至極単純で済むのだが、厄介な事に悪知恵の働く者というのは、万国所か異世界共通で存在するものだ。黒豹族の彼女が請け負った依頼というのも、犯罪組織と通じた元冒険者のならず者が、商品となる冒険者を狙ってギルドに依頼した物だった。


 嘆かわしい事にこの手の事件は、ギルド設立から今に至る迄絶たないのが現状だった。何故なら、ギルドは冒険者達の相互扶助組織では在るが、あくま冒険者という身分の保証と、見知らぬ土地ですぐに生活出来るように、その為の仕事の斡旋が主だった役割だからだ。


 多くの冒険者が、特定の国に属さない事を選んだ者達なのだから、その行動は全て自己責任だ。そして先述した通り、冒険者と名乗る者達は、急に居なくなったとしても誰も不審には思わない。


 ならば、人身売買を専門に行う犯罪組織からすれば、正に格好の獲物だと言えるだろう。ギルドと犯罪組織の関係性は、表裏一体と言うよりむしろ、まるで2匹の蛇が互いの尾を飲み込まんとしているような物なのである。


 とは言え、力関係で言えば公的に認められている分ギルドの方が当然強い。彼女が請け負ってしまったような偽の依頼も確かに存在するが、気取られる程多く出回っている訳も無く、それこそ交通事故にでも遭うような確率だろう。


 冒険者なら、誰もがその依頼を受ける可能性があり、彼女は単に運が悪かったのだ。むしろ、彼女と共にその依頼を受け、偽装工作の為に犯人役として殺されただろう冒険者達よりも、今現在活かされている分運があったのかも知れない。


 何度も言うが、危険が常に付きまとう冒険者達の行動は、その全てが自己責任なのである。しかし、だからと言って納得するなど出来る筈も無く、彼女の怒りは至極真っ当なものだろう。


「そ、そいつは災難だったな!気持ちは解るが、けど少し落ち着いてくれ。ほ、ほら!あの子だってすっかり怯えちまっているじゃないか!!」


 とは言え、彼女を陥れた訳でも無い者達からすれば、そんな剥き出しの殺意を向けられるのは、傍迷惑な話でしか無いのも当然だ。それまで寝そべっていた有翼種の男は、彼女が放つ殺意にたまらず身を起こすと、檻の隅に座っている少女を引き合いに出した。


 ――鶴巻優姫と同時期にこの世界へとやって来てしまった彼女、メアリーが其処に居たのだった。

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