子連れJK異世界ぶらり旅シリーズ、は~じま~るよぉ~!(6)
「それにしても、本当に便利な能力ね『収納』って。」
一通りの説明を明陽さんから受けて、素直に思った感想を口にする。そうは言っても、異世界物じゃ割とお馴染みの能力だし、コレと言って目新しい訳じゃないんだけどね。
でも、お馴染みでシンプルな能力だからこそ、その利便性は良く汎用性も高い事を再確認出来た。あたしにも精霊界って言う、似たような精霊王の固有能力があるけど、自由に出し入れ出来るのは基本的に眷属だけだからね。
まぁ眷属以外の物も、手に持った状態なら持ち運び出来るし、例えばジープの中に入れたままの状態なら、一緒に召喚・送還出来るんだけどね。1度向こうに持ち込んだら、そのまま置いておく事も可能みたいだから、その気になれば箱庭ゲー感覚で家建てるとかも出来そうなのよね。
「確かに便利じゃが、収納出来る物には限りがあるでな。ここまで大きな物を出し入れ出来るとなると、あの女神から能力をせしめた儂等か、空間魔術師の中でも恐らく一握り位じゃろうて。」
「そうなんだ。」
あたしの呟きに対し、明陽さんは補足説明を口にしながら、再び車体に手を翳して収納の中へと収めると、元々ハーレーが在った場所に戻す。それを、律儀だな~と思いながら見つめ、ふと頭を過った疑問に眉を顰める。
「と言う事は、もしかして…このハーレーをお店に運び込んだのって?」
そう呟きながら振り返り、譲羽さんへと視線を向ける。すると目が合った瞬間、彼女は首を縦に振って応えた。
「やはり御主か。『3年位前に立ち寄った際に頼まれた。』じゃと。」
「やっぱり。ならさっき教えてくれれば良かったのに…」
「『聞かれなかったから。』」
「あ、さいですか。」
明陽さんの通訳を聞きながら、きょとんとした表情の譲羽さんに対して、ため息交じりにそう返す。ただでさえ喋れないから、その場でパッと返すって言うのも難しいんでしょうけど、それにしても清々しい位に悪びれた様子が無い。
まぁあたしも大概そうだけど、うちの家系ってゴーイングでマイウェイな人が多いからね。本家筋の人達はそれが特に顕著だから、いちいち気にしてたらキリが無いから、こういう時は華麗にスルーするに限るわ。
ってな訳で、彼女から視線を外したあたしは、ひとまず話を切り上げて、ハーレー以外に感じる気配の元を探る事にした。キョロキョロと店内を見回しながら移動して、手近のテーブルに掛けられた埃よけの布に手を掛ける。
――バサッ
「へぇ~色々揃ってるのね。」
アンティーク調の丸テーブルの上には、ブローチやイヤリングと言った装飾品やぬいぐるみ、果てはどこぞで見た事の在る、有名なキャラクターの描かれたマグカップ等が、所狭しと並べられていた。それらの中から眷属化出来そうなのは、一部の装飾品類だけだろう。
だけどその装飾品類を無視して、テーブルに並べられた品々の中で最も目を引いたサングラスを、徐に手に取って掛けてみる。その瞬間、当たり前だけど視界は暗転し、サングラスを掛けた状態のまま、明陽さんへと顔を向ける。
「どうかしら?」
「何がじゃ…」
「ママ格好いい!」
暗転した視界に、明陽さんの呆れ顔と満面の笑顔を浮かべたオヒメの表情が映し出される。まるで対照的な2人の表情に、悪戯っぽく笑いながらサングラスを取り外し、元あった場所に置き直した。
鏡も見当たらないし、似合うかどうか聞きたかったんだけど、あの様子だといまいちっぽいわね。まぁ、見るからに男性向けだし仕方無いか。
オヒメは格好いいって言ってくれたけど、この子の言う格好いいは、ゆるふわ系女子の言う可愛いぐらいに、当てにならなさそうだからなぁ~大型バイクにグラサンは必須(?)だけど、似合わないんじゃね…
なんて、しょうも無い事を考えていた所、店の奥から人の気配が大きくなるのを感じ取り、ようやくかと思いながら視線をそちらへと向ける。程なく、バタバタと大きな足音を響かせながら、あの中年男性が飛び出してきた。
「お、お待たせして申し訳ない!」
姿を見せるなり彼は、あたし達に向かって謝罪の言葉を口にする。その様子と奥から聞こえてきた音から察するに、恐らくは店の奥で荷物をひっくり返してでもいたのだろう。
汗だくになって肩で息を整えている彼の手には、小さな木箱が握られていた。
「客を放っておいて、忙しないのぉ~」
「す、すみません…コレを探していたもので。」
明陽さんの嫌みったらしい軽口に対して、彼は苦笑しながら手に持った木箱を上下してみせる。そして息を整え姿勢を正すと、真っ直ぐ譲羽さんに向き直って、手にした木箱を差し出した。
「どうぞ。じいちゃ――祖父からです。」
そう言われて彼女は、眉を顰めながらも差し出された木箱を受け取った。
「何じゃ何じゃ?」
「何?何??」
直後、興味津々と言った様子で明陽さんとオヒメが、慌ただしく譲羽さんの両脇に陣取り、彼女の手元を覗き込もうと身を乗り出した。それを目の当たりにしてあたしは、思わず吹き出しそうになるのを、空気を読んで必死に堪える。
このお店の亡くなられた店主が、常連だった譲羽さんに宛てた物なのだ。と言う事は、その箱の中身は形見分けのような品なのは間違い無い。
本来なら物憂げな雰囲気の中、重苦しいやり取りに成りそうな物だけど、この2人の言動でその空気は完璧にぶち壊しだ。ここであたしが吹き出したりなんかしたら、それこそ反感さえ買いかねない。
オヒメは生まれて間もないベイビーだから許されるけど、そのベイビーと一緒の思考回路の明陽さんって…
「ほれ早う!早う箱を開けるんじゃ!」
「早く!早く!!」
そんなあたしの心境など露知らず、2人は待ちきれないと言った様子で、譲羽さんの腕を引いてせがみ立てる。
心なしか、譲羽さんの表情が強張ってるけど、きっとオヒメの手前我慢してるんだろうなぁ…彼も顔を引き攣らせて固まっちゃってるし。
明陽さんの言動に再びドン引きしながら、暫くその光景を見守っていると、譲羽さんが諦めたようなため息を吐いた後、せがまれるままに木箱の蓋を持ち上げる。そして次の瞬間、箱の中身を目にした彼女達の表情が、思い思いの表情へと変化していった。
「わぁ!綺麗だね!!」
「うむ。なかなかの品物じゃな、コレは。」
と、目をキラキラさせながら、満面の笑顔で箱の中身を見つめるオヒメと、まるで眩い物でも見たかのように目を細め、感嘆の表情でそう頷きながら応える明陽さん。そして、驚きに目を見開いていた譲羽さんは、その表情のまま箱の中に収められている物を手に取り、ゆっくりと眼前に持って行く。
箱に収められていた物、それは――
「凄い綺麗な簪ですね。」
そう言いながら彼女達へと近づいていき、譲羽さんの手にしたそれをじっくりと観察する。彼女の手にしたそれは、紅い玉に細かい金の細工が施された簪で、細部に至るまでしっかりと作り込まれており、素人目にもそれが安物で無い事が見て取れる。
「祖父が倒れる半年程前に、買い付けた物だそうです。自分が亡くなった後、もしも貴女が現れたらそれを渡してくれと、亡くなる前に頼まれていたんですが、守護者である貴女と祖父が知り合いだとにわかには信じられず、引き受けた手前店の奥に仕舞っていたんですが、お恥ずかしながら今の今まで忘れていまして…」
あたし達がその簪に魅入っていると、不意に男性が後頭部を掻きながら、気恥ずかしそうに語りだした。そう言いながら、どことなく彼が申し訳なさそうにして見えるのは、きっと亡くなられたと言うおじいさんに対する、罪悪感を感じて居るからだろう。
とは言え、彼がおじいさんの言葉を疑うのも、正直無理からぬ事だろう。あたしだってテレビでしか見た事無い様な有名人が、実は両親と友達でしたなんて言われたって、実際に見てそれを確認するまで信じられないと思う。
その位、明陽さん達守護者という存在は、この世界の一般の人達からすると遠い存在なんだろう。そんな人達が、何の前触れも無く急に現れて、おじいさんの言葉が嘘じゃ無かったんだと知れば、そりゃ目を白黒させて慌てて家捜しだってするわよね。
「…受け取って頂けますか?」
そんな苦労をおくびにも出さず、苦笑じみた微笑みを浮かべた男性は、怖ず怖ずと譲羽さんに申し出る。それを受け彼女は、優しく微笑んで頷いた後、手にした簪を箱に仕舞い大事そうに胸に抱き抱える。
そして微笑みを浮かべたまま、徐に右手を箱を持った左手の甲に当て、縦に垂直にあげる仕草を見せる。彼女が男性に対し何と伝えたかったのか、手話をほとんど知らないあたしでも、その手の動き位なら知っている。
「『ありがとう』じゃとよ。」
「良かった。受け取って貰えて、きっと祖父も喜んでいますよ。」
譲羽さんの伝えたい気持ちを、ぶっきらぼうに通訳する明陽さんの言葉を受けて、男性はうっすら目尻に涙を浮かべながら、胸を撫で下ろした様子だった。きっとおじいさんの最期の願いを叶えられて、安堵したんだろう。
まぁ何にしても、話が無事に纏まってくれて良かったわ。誰かさんが空気読まずに、場の雰囲気ぶち壊そうとしてた時は、流石に肝が冷えたけど…
なんて事を思いながら、ふとその誰かさんに視線を向けてみる。たしかに最初こそ、子供じみた言動を取っていたけれど、その後は一貫して一歩身を引いて居たように思う。
もしかして、必要以上に湿っぽくならないように、わざと振る舞っていたとか?なら、質の悪い道化師も居たもんだわね。
人の悪そうな笑みを浮かべて、譲羽さんを見守る明陽さんを見て、そんな事を考えながらに苦笑する。あたしも大概そうだと自覚してるし、あの2人も似たり寄ったりだけれども、性格の悪さっていうのも一族の血統によるものなのかしらね。
まぁそれは兎も角、ようやく新店主が戻ってきてくれたんだ。水を差すようで申し訳ないけれども、そろそろ元々の要件を済ませる事にしよう。
「あの、それでコレなんですけれど…」
「え?あぁ!すみません、そうでしたね。」
タイミングを見計らい声を掛けると、彼は慌てた素振りでお店のカウンター裏へと向かって行く。事務作業用に備え付けられた物だろうその裏から、分厚い紙の束を取り出しカウンター上に置くと、それをペラペラと1枚ずつ捲っていく。
「ちょっと待って下さいね。え~っと…あぁきっとコレですね。」
商品のリスト帳なのだろう紙の束から、程なくしてお目当ての1枚を見つけたらしい彼は、そこに書かれている内容を指でなぞりながらチェックしつつ、確認するようにハーレーに視線を向ける。
「そちらの品は金貨20枚に成ります。」
「え、そんなにするんですか!?」
そして告げられた値段に、思わず目を見開いて驚いた。それもその筈、予想していた金額を遙かに超える額だったからだ。
この世界の通貨は全部で6種類、銅銭・銅貨・大銅貨・銀貨・金貨・大金貨と言った具合だ。
銅系の通貨は、単純に重さが価値のベースになっていて、銅銭20枚で銅貨1枚分、銅貨5枚で大銅貨1枚分の量が使用されている計算になる。一方その上の銀貨は、大銅貨20枚分の価値があり、金貨に至っては銀貨10枚の値段に等しい。
その上の大金貨は、銅のように重さが価値のベースにある訳では無く、現代で言う所の債券のような物で、1枚で金貨50枚分の価値があるそうだ。だから基本的には国庫や貴族の資産、商人なんかが大口の取引の際に使用する位で、一般で使用される事は無いらしい。
なので帝都で資金を貰った時も、一番価値のある大金貨じゃ無くて、嵩張るけど金貨で100枚も支給されたのよね。普通のお店じゃ崩せないし、悪目立ちするのが目に見えてるから。
帝都で買い物した時の感覚でいくと、銅銭1枚が大体日本円で10円位の価値があるっぽい。その感覚で行くと、銅貨1枚200円、大銅貨1枚千円、銀貨1枚2万円、金貨1枚20万円。
と言う訳で、金貨20枚のハーレーのお値段は、日本円で400万円位かしらね。いくらハーレーが高級車だからって、新品でもそんなするの?
それに動かせるならまだしも、ガソリン無くてただの置物化してる代物に、何がどう転んだらそんな価値が付くって言うのかと。いくら希少価値があるとは言え、売る気が無いとしか思えないわ~
告げられた金額に若干引きつつ、眉間に皺を寄せて腕組みして、改めてハーレーを見つめる。一応、帝都で支給された金貨は、まだ十分にあるから購入出来なくは無い。
けど金額が金額だけに、衝動買いも流石に出来ず割と真剣に検討する。商品として売られている以上、勝手に眷属化するなんて事は、倫理的にもしたくない。
それに今後の移動手段を考えても、ここでハーレーは手に入れておきたい。リンダ達と合流したら、流石に全員で車に乗るのは無理だもの。
ジープの複製品を作るって手もあるんだけど、武具と違って内部の機構が複雑な所為か、バカみたいに魔力を消費するみたいだから、もっと位階を高めないと無理そうなのよね。時間を掛ければ出来なくも無さそうだけど、その労力とコストを考えると、お金払ってここでハーレー手に入れた方が断然手っ取り早いし。
それに、向こうの世界の品を回収するのもヴァルキリーの役目なんだし、今購入しなかったとしても、いずれは回収する事になるだろう。なら、早いか遅いかの違いでしかない。
なら迷うまでも無く、即決で購入すれば良いんだけど…ぶっちゃけ手持ち金貨10枚しか持ってきてないのよね。
いやだって!そんなジャラジャラ持ち歩くのも物騒じゃない!!金貨10枚でも200万よ!?いくら希少価値が高いったって、それだけあれば大抵の物は買えるって思うでしょ普通!!
エイミーだって、そんな大金持ち歩きたくないって言うから、残りの金貨は全部車の中、ダッシュボードのボックスの中だ。こっちの世界じゃ、車上荒らしなんて行う不逞の輩もいないだろうし、普段は精霊界って言うセキュリティ万全な駐車場に駐めてあるしね。
流石にジープをこんな所で召喚する訳にもいかないし、人の目があるのにあたしが向こうに行って取ってくるのも問題がある。こういう時、精霊界って応用が利かないから不便よね。
…仕方無いわね、向こうに居る銀星と連絡取るか、風華に頼んで持ってきて貰おう。エイミーに相談せず、こんな大金使ったら後で怒られそうな気もするけど、二度手間になるのも嫌だしね。
「…解りました。その金額で大丈夫なので売って下さい。」
「えぇ!?」
ハーレーを前にして色々検討した結果、出した結論を男性へと告げる。すると彼は、その答えが余りにも予想外だったのか、驚きに目を剥いてあたしの表情を伺う。
「あ、あの…金貨20枚ですよ?本当によろしいんですか?」
「えぇ。」
確認してくる店主に対し、あたしは嘆息混じりに首肯して答える。その反応も無理ないだろう、何の役に立つかも解らない物を、大金はたいて購入しようとしている上、それをこんな小娘が出そうとしているんだから。
「あの…差し支えなければ、どういった理由でお買い求めになるのかお聞きしても?」
次いで紡がれたその言葉に、あたしはニッコリ満面の笑顔を浮かべ――
「差し支えますんでお聞きしないで下さい♪」
――それ以上は、深く追求するなと言わんばかりに答えたのだった。帝都のクライムさん時は、経緯上仕方無かったけど、誰彼構わずみだりに話すなって釘刺されてるかんね~
その後、風華経由で足りない分の金貨を取りに行って貰い、無事に精算を済ませてハーレーゲットだぜ!他の物も一緒に購入しようかと思ったけど、流石にこれ以上お金使うのも気が引けるので、今回は止めておく事にした。
いくら資金がまだあるとは言っても、今回の事で想像以上に高価な物もあると解ったし、今後これ以上の品物が出てくるとも限らないから、なるべく資金は残しておきたい。今更な気もするけど、金銭感覚がおかしくなりそうだし、エイミーにガチで怒られそうだ。
「あ、ありがとうございました…」
店主の引き攣った笑顔に見送られ、あたし達は雑貨屋を後にする。お店の中で眷属化する訳にもいかないので、ハーレーは明陽さんの『収納』の中だ。
「随分大きな出費になったのぉ。」
「ですね。まさかこんなにするとは思いませんでしたよ…」
なんてお喋りしながら、来た時と同じく明陽さん達の後を付いていく。あたしの用事も済んだし、いよいよ次は、港でライン大陸に渡る為の船を手配しなければ。
雑貨屋で大分時間も取られたし、もしかしたらエイミー達もシフォン達と合流して、既に港で待機しているかもしれない。そんな事を考えながら、期待に胸を膨らませて歩いていると――
「…エイミー?」
「あっ!優姫ッ!!」
裏路地から大通りへと出た瞬間、ふとエイミーの気配を感じてその場で振り返る。待つ事数秒、人波の切れ目からエイミーとアクアの姿が現れる。
向こうもあたし達のすぐに見つけ、急いで駆け寄ってくる。そして残念ながら、期待した3人の姿は何処にも見当たらなかった。
「まだこんな所に居たんですか?」
「ちょっと色々あってね、船の手配もこれからよ。それよりもそっちはどうだったの?」
「それが…」
あたしがそう聞いた途端、彼女は表情を曇らせて言い淀む。ふと、その手には手紙らしき物が握られており、あたしはそれを訝しがりながら見つめる。
その視線に気付いてか、彼女は手にした手紙をあたしへと差し出し――
「シフォン達は、軍国に向かったそうです…」
――同時に重苦しい口調で、文字の読めないあたしの為に、そこに書かれている内容を端的に口するのだった。