子連れJK異世界ぶらり旅シリーズ、は~じま~るよぉ~!(2)
「やれやれ、全く…」
振り返ってきた譲羽さんにオヒメを託していると、明陽さんが呆れた風に呟いた。何となく気になって見てみれば、フードから僅かに覗かせている口元が緩んでいるのが確認出来た。
それを見た後視線を戻し、譲羽さんの嬉しそうな綻び顔を見て、あぁそうかと1人納得する。仕返しのつもりでいらん事を言ったんだろうなと、さっきはそう思っていたけれど、きっとそれだけが理由じゃないんだろう。
この街に入ってからというもの、殻に閉じこもってしまったかの様に、譲羽さんはあたし達に対しても、一切語りかけてくれなくなってしまった。長年に渡り染み付いた癖と言う事もあるんだろうけれど、みんなで朝食を摂っている間も手話のみで、それを理解出来る明陽さんとしかやり取りしていなかった。
車内の様な他に誰も居ない状況なら、彼女も多少は気を許すみたいだけれども、街中の様な開けた場所になると、途端に気を張り巡らせて周囲を警戒しているみたいだった。それは明陽さんもそうなんだけれど、譲羽さんの場合念には念をと言うか、すごく徹底しているのがよく解る。
同じ武神流の一門だから、その教えや心構えからくる所作なんだろう事は良く解るし、この世界の守護者としての立場という事も在るんだろう。けれどそれ以上に、きっと彼女達の関係性が一番強く関わってきているんだろう。
この世界では同じ守護者という立場だし、一見してそんな風には見えないだろうけれど、その間柄は本来主従関係の筈なのだ。同じ武神流の流れを汲んでいるからこそ、あたしも知識として知っているんだけど、武神流はその発生当時から、陸芸本家を頂点に据えたヒエラルキー組織なのだ。
知識としてと言うだけあって、今では時代錯誤も良い所だから、表だってどうこうという事は無くなったけれど、それでも当時の名残みたいな風習は残っている。その最たる例が、一族間での婚姻――所謂許嫁制で、実際あたし以外の兄妹達にも、話だけならいくつか出ていた位だ。
元々武家だけに、血を重んじているって言う事なんだろうけど、近親婚を問題視する様になってからは、『この2人がくっついてくれれば良いのに~』って言う短絡的な希望観で、お酒の席なんかで話題に出る位だ。だけど一昔前は、実際に近親婚が盛んだったし、ひとたび本家筋から求められたりしたら、分家の人間に断る権利は無かったとさえ聞いている。
全ては、武神流陸芸本家と六家の血を絶やさない為に――時代劇にでも出てきそうなフレーズで、今では考えられもしない様な話だけど、そんな時代が過去確かにあったのだ。
そして彼女達が向こうに居た頃の明治時代は、転換期を迎える前でまだまだそう言った風習が、分家に至る迄強く根差していた頃の筈だ。それを踏まえて考えると、本来譲羽さんは明陽さんの護衛と言う立場だった筈。
であればこそ彼女が、この街に着いてから周囲の警戒を徹底している理由も、自ずと解ってくると言う物だ。今の2人の関係性が元々なのか、それとも長い間この世界を共に渡り歩いた末に、辿り着いた物なのか、そこまではあたしには計り知れない事だけれど、幼少の頃の武神の教えが今もその根底にあって、明陽さんの身を護ろうとしているんだろう。
あたしが譲羽さんを見て感じた、仕事の出来る大人の女性然とした雰囲気は、彼女の心に染み付いた一族の教えを、今も守っているからこそ感じたんだろう。普段は明陽さんの事をからかっている様だけど、ちゃんと閉める所は閉めているって言う事なんでしょうね。
それ故に、些細な願望さえ表に出さずに我慢していた。それを汲み取った明陽さんが、代弁する為にわざとあんな言動を取ったのだろう事が、彼女が先程見せた仕草から読み取る事が出来た。
元の世界の時間にして、1世紀以上共に過ごした2人なのだ。今更一族の教えも立場も関係無いというのが、実際の所なんだろう事は、彼女達の明け透けたやり取りを見てすぐに気が付いた。
けれど、そう頭で理解していても心の奥底に根付いた従属意識から、ついそう言った行動を取ってしまうんでしょうね。それに気が付いて、明陽さんがさりげなく矯正しようとしてるって、そんな所かしら。
なんて、ただの憶測でここまで語ってみたけれど、当たらずとも遠からずなんでしょうね。そう思う根拠は――
「…なんじゃい?」
「いえいえ、別に何でも無いですよ。」
――妄想の域を脱しない微笑ましい2人の関係性を想像して、1人考えを巡らせニヤニヤしていたあたしを、フード越しに目聡く見つけたらしい明陽さんが、不機嫌そうに問い掛けてくる。それに対して、にやけ顔のままそう返すと、彼女は不愉快そうに鼻を鳴らしながら、視線を身体毎通路の先へと戻してしまう。
「小娘が、生意気にも見透かした様な表情をしおって…」
そして、忌々しげにそう呟くのだけれど、顔を背ける瞬間にフードの奥に隠れている彼女の頬が、僅かに紅潮しているのをあたしは見逃さなかった。
今し方語った彼女達の関係性は、一族の者として知り得た知識から推測した、唯の当てずっぽうに過ぎない。けれど、オヒメを抱きたい事を言い出せず、我慢していた譲羽さんの気持ちを真っ先に汲み取り、明陽さんが代弁したという事実に変わりは無い。
何でも無い時は、2人共ちょっかい出し合ってじゃれ合っている癖に、深い部分ではお互いに気遣い合っている、親友と言うよりもむしろ悪友同士みたいな、そんな関係性が微笑ましくも羨ましく思う。あたしもエイミーと――
「これ譲羽よ!何時までもそうしていないで、さっさと先に進むぞ。」
その一言に、嬉々とした表情でオヒメを抱きしめていた譲羽さんは我に返り、いつの間にか歩みを再開していたらしい明陽さんを追って、振り向きざま小走りになって通路の先へと向かっていく。そして思わず物思いに耽ってしまっていたあたしも、我に返ると同時に頭を振って、それまで考えていた事を振り払ってから歩みを再開する。
――これ以上、深く考え込んではいけない。そう遠くない将来、元の世界に戻る事に成るあたしが、これ以上の関係を望めば、別れの時が辛くなるだけだろう。
考えを振り払ったとは言え、その瞬間の情景を思わず想像してしまった所為で、少し胸が締め付けられる様な感覚に襲われる。それをぐっと飲み込んで、極力表に出さない様に――特にオヒメと風華にだけは、決して悟られない様にしないといけない。
いずれは伝えなければならないと解っているけれど、母親だと言って懐いてくれている甘え盛りな彼女達を、必要以上に悲しませる様な事、あたしには出来そうに無い。それがただの問題の先延ばしだとは、重々承知の上だけど、今はまだ――
「――ほれ、見えたぞ。あそこが言うとった店じゃ。」
――その声を切っ掛けに思考を切り替え、視線を行く手の先へと向ける。見れば裏通りの通路の先に、それらしい看板のこじんまりとした店を見つける。
この街に着いてから感じていた気配も強く感じ、そこが目的の場所で間違い無い事がすぐに解った。けれど――
「ふむ。店が開くにはまだ早かったかのぉ?」
「お店の中真っ暗だね!」
――そのオヒメの言葉通り、店内に明かりは灯っておらず真っ暗だった。明陽さんの言う通り、時間的にもまだ早いし、開店前かも知れないし休みという可能性だってあるだろう。
けどあたしは、お店の窓から窺える店内の様子を見て不思議に、眉根を寄せて思い訝しがる。仮にまだ開店前や休みだったとして、商品に埃が付かない様にする為のシーツを、ほぼ店内全部に被せる物だろうか?
意識高い系の店主だったら、そりゃ欠かさずするかも知れないけれど、大きなシーツを所狭しと店中に毎日広げては畳んでとなると、それだけで結構な重労働だ。このお店の品は、店主のコレクションが中心と言う事だし、商品に並々ならぬ愛着がありそうだから、その位苦にならないのかも知れない。
けれど、窓から差し込む陽の光に照らされて、僅かに埃が舞っているのが見える事からも、少なくとも数日間は人の出入りが無さそうだった。その証拠に成るか解らないけど、建物からは人の気配が一切感じられなかった。
店先も暫く掃除された形跡が無く、夜逃げした後とまでは言わないまでも、数日間店主不在なのは間違い無いだろう。その所為か、家主の帰りを待ち侘びている様な、そんな物寂しささえ伝わって来そうな雰囲気が、今目の前にあるお店あった。
「…ふむ?『この時間ならば、既に店主が来て居る筈』か。」
「なら、今日はお休みなのかもしれませんね。」
譲羽さんの手話を読み取り代弁する明陽さんの言葉に対し、直ぐさま楽観的な意見を口にする。単なる考え過ぎかも知れないし、明日になったら普通にやってたりしてね。
それならそれに越した事は無い。まぁその場合、今日出航するつもりで居るから立ち寄れそうにも無いけれど、頭を過った最悪な考えよりかは、その方が何倍もマシだろう。
「…う?譲羽おばちゃん?」
それに、同じく嫌な予想をしているだろう人を前に、その不安を掻き立てる様な真似は、あたしも明陽さんにも出来そうに無かった。聞こえた声に、チラリと視線だけをそちらに向けると、オヒメを抱きしめたまま、フードの奥には難しそうな表情をして、人気も無く灯りの消えている店内をジッと見つめる彼女の姿があった。
ここが彼女の行きつけの店なら、あたし達以上に察する部分も多い筈だ。そんな彼女が、険しい表情をしているという事は、単なる定休日という事は無いんでしょうね。
「…休みであるならば仕方無いな。また次の機会にでも来るとしよう。」
「えぇ、そうですね。」
ジッとお店を見つめている譲羽さんを、あたし達は横目に気遣いつつ、それと気付かないふりをしながら会話を始める。気がかりだけど、だからってこのままここに居たって、閉ざされたドアが開く事なんか無いものね。
目的の場所はもう目の前なのに、引き返さないといけないのは正直やるせないけれど、無理矢理押し入って目的を果たす訳にも行かない。残念だけれど、ここは諦めて船着き場へと向かい、ライン大陸に渡る船を確保するべきだろう。
そう判断して、先に踵を返し歩き始める明陽さんを追ってあたしも歩き出す。けど、その後に続く気配を感じずに、肩越しに視線をお店へ向けると、そこには未だに閉ざされた扉と向かい合う譲羽さんの姿がある。
「譲羽よ、何時までもそうしていても仕方が無かろう。ほれとっとと行くぞ。」
動こうとしない彼女に気が付き、その場で振り返った明陽さんが声を掛ける。すぐに反応は返ってこなかったけれど、少し待つと落胆した様子ながらも、ようやく譲羽さんが動き始める。
それに安堵して、歩みを再開しようとした、丁度その時――
「――おや?あんた達、うちの店に用かね?」
不意に聞こえてきた声に、再び歩みを止めて声の下方角へと視線を向けると、そこには木製のバケツに掃除用具を手にした、口髭を携えた中年男性の姿が、きょとんとした表情で道の先に立っていた。建物がひっきりなしに立ち並ぶ、狭い裏路地の通路にあって、お店の看板が吊されているのは、今し方あたし達が向かい合っていた雑貨屋だけだ。
ならば、その男性が言う店とは、正にあたし達が今まで向かい合っていた所で間違い無い。なんだ、やっぱりただの考えすぎかと、胸を撫で下ろしながら視線を譲羽さんへと向ける。
思い入れのあるお店だったのだろう、普段の雰囲気とは違う事に、殊更不安がっている様子だったのだ。そんな中、こうして店主が現れてくれたんだから、きっと彼女も安堵している筈に違いない。
そう思って振り返ったのだけれど、しかしその予想とは裏腹に、フードから覗かせた彼女の口元は、キツくへの字に結ばれていた。少し離れてしまった為に、その奥の表情までは窺えないけれど、少なくとも安堵している様には見えなかった。
それを裏付けるかの様に、彼女の胸に抱かれたままになっているオヒメは、心配そうな表情に成って、そこから見えるのだろうその表情を見上げている。
「御主の店か?」
「え?あぁ、そうだが…」
「すまんな。儂の記憶では、確かあの店の店主は、長い白髪に口髭を携えたじいさまだったとおもうんじゃがのぉ?」
そんな中、明陽さんが現れた男性と話し始める。そしてふと出たワードを耳にして、眉根を寄せて再び男性へと視線を向けた。
どうやら現れた彼は、2人が知る店の店主とは別人らしい。それがつまり、どういう事かと言えば――
「あぁ、この街じゃ見ない顔だと思ったら、じいちゃんの知り合いだったのかい。なら、タイミングが悪かったな…じいちゃんは、つい10日程前に――」
その瞬間、まるでその言葉をさらっていくかの様に、強めの海風があたし達の間を通り抜けるように吹きつけた。そして、その男性から告げられる筈だった、決定的で強い威力のあるその単語を、自然が気まぐれで起こした悪戯は、まるでオブラートの様に優しく包み込んで運ぶのだった。
「――…そうか、逝ったのか。」