今日も1日!(お疲れ様でした~(4)
所か、あたしの上半身が露わになったその瞬間、みるみる顔を顰めて辛そうな表情に成ってしまった。その理由は至って単純で、あたしの腹部の傷が予想以上に酷かったからだ。
「なんでこんなに成るまで…道理で精霊化を解かないと思ったら…」
「…ヒッ!?ママ!ママ!!ご、ごめんなさい!!」
あ~あ、こういう反応が返ってくるのが解っていたから、出来れば見せたくなかったんだけれど…
あの一瞬、ロードにわざと打たせた腹部の打撃痕は、青痣を通り越して色は紫にまで変化して、明らかに内出血を起こしている様子だった。それを目の当たりにして、皆の表情が一様に青ざめ、オヒメに至っては今にも泣きそうになって縋り付きそうな勢いだった。
エイミーの指摘通り、戦いを終えて現実世界に戻ってからもずっと――一瞬気を失っていた時でさえも、精霊化を解く事をしなかった。解いていたらきっと、血反吐を辺り構わずまき散らして、痛みにのたうち回っていた事だろう。
「とにかくすぐに治療しないと!優姫そこに横になって下さい!!『契約に従いて、我が元に汝のその力、顕現させよ』――」
鬼気迫る勢いで彼女にそう言われ、促されるままその場に再び寝転がる、遂に泣き始めて、胸に覆い被さって来たオヒメの頭を、苦笑しながら撫でてやる。
「――『癒やしの水よ、傷付きしかの者に安らぎの御手を差し伸べよ』ウィンディーネ!!」ゴポッ…
そうして発動された精霊術で、顕現したウィンディーネの分体が、1つに纏まって大きな水玉になったかと思うと、それが腹部の患部に押し当てられた。
「ッ!!いったたた!!痛い痛い痛い!!」
「当たり前です!!もう…まだ精霊化は解かないで下さいね。本当に、無茶ばっかりして…」
余りの痛さに、半泣きになりながら声を上げて痛がると、若干鼻声になったエイミーの声が頭上から響いてくる。胸から首回りにしがみつく、オヒメの影に隠れて見えないけれど、彼女もきっと泣きべそをかいているのだろう。
目に見えないその姿を想像して、きっと綺麗な泣き姿なんだろうなと、この期に及んでそんな事を考えてしまう自分に、呆れ果てて自嘲しながら苦笑を浮かべる。そして心の中で、そんな美しい泣き姿の彼女を思い描きながら、心の中で謝罪と決意を述べる。
ごめんねエイミー。今回の事で、自分が粋がっているだけの小娘だって痛感したわ。
風華に不安な思いをさせて、今はみんなにこうして不安な思いをさせている。余計な不安はさせたくないからと、痛みを堪えて痩せ我慢していたのに、今はあたし以上にみんなの心が痛そうだ。
周りに与える影響も考えず、独り善がりで突っ走っていたあたしは、バカみたいに粋がっているだけの子供と言わずして、何と言うのだろうか?そう思い知らされる位、今彼女達が浮かべている表情は、あたしにとって今日一番の精神的ダメージを与えている。
それだけ、彼女達にとってあたしの存在が大きく成っているという事だし、あたし自身彼女達には笑顔で居て欲しいと思っている。なのにそれが出来ていないという事は、ただただお互いにとって悲劇でしか無い。
だからこそ、もう2度とそんな表情はさせないと、今この瞬間にあたしは誓う。口に出したら『またそうやって』なんて言われそうだから、胸の内にしっかりと刻みつけよう。
その為に、何を為さなければならないのかは解っている。もっと彼女達をしっかり頼り、それでいてちゃんと心配されずに、頼られる人へと成ろう。
今までみたいに、自分のペースでひたすら前だけ見て走るんじゃ無くて、隣に立ってくれる人達の手を取り、その歩幅に自分から併せられる人になろう。それをきっと、人は『大人』と呼ぶんだろう。
大婆様の言う通りね…武神の末席を汚す者として、全く以て不甲斐ないわ。もう2度とみんなを不安にさせない為にも、今よりもっと強くなろう…肉体的にも、精神的にも。
「まぁまぁ、そう言わないであげてよエイミーちゃん。優姫ちゃんは、高位精霊が万全を期して2体以上で挑む様な相手に、たった1人で立ち向かって行ったんだからさ。この位の傷で済んだのは、むしろ僥倖と言っても良い位だよ。」
されるがまま治療を受けて、1人心の中で決意を抱いていた所に、空中で器用にあぐらをかいているシルフィーが、苦笑を漏らしながらエイミーの事を宥める。彼女も皇旺同様、あたしの負傷に気が付いていたんだろう。
「お疲れ様、優姫ちゃん。キミの活躍のお陰で、どうにか大事に成らずに事態を収拾出来そうだよ。」
「随分気が早いじゃ無い。まだ空に開いた穴はそのままだっていうのに…」
「それももう、時間の問題だよ。ほら、見てご覧?」
そう言って彼女は、夜の帳が下りた空を振り仰ぐ。それに倣って、寝転んだ状態のまま瞬く星空を見上げていると、やがて白い何かがゆらゆらと空から静かに舞い降りてくる。
「…雪?」
「イリナスちゃんの微精霊だよ。」
「あれが?綺麗ね…」
そうあたしが呟くと、首にしがみついていたオヒメは泣きべそをかきながら。不安そうにしていた夜天や銀星、それに風華とエイミーもきっと、その光景に目を向けた事だろう。
それは、あたしの青みがかった銀色とはまるで違う、汚れを知らない程に白い微精霊だった。時間が経つにつれて、1つ2つとその数を増していき、やがて数え切れない量の微精霊達が、空を埋め尽くしていく。
それはまるで、星屑が雪となって降り注いでいるかの様に美しい。あの透き通る様に白く、下手をすれば不意に消え入ってしまう程、儚いあの女神に相応しい。
「綺麗…」
その余りの美しさに、感極まったかの様に声を漏らしたエイミーに、ふと疑問に思って視線をそちらへと向ける。
「エイミーにも見えてるの?この光景…」
「え、えぇ。不思議です…微精霊が私にも見えるだなんて。」
あたしが疑問を口にすると、彼女もまた戸惑ったかの様に声を漏らした。そう、以前聞いた話だと、精霊種でも微精霊が見えるのは、魔力と強い親和性を持つフェアリー達位だと、彼女自身がそう語っていたのだ。
「ハハッ!別にそう不思議がる事も無いだろう?」
そんな風にあたし達が不思議がっていると、面白そうに笑いながら、シルフィーが話に入ってくる。
「どういう事よ?」
「だってエイミーちゃんは、イリナスちゃんから直々に加護を受け取っているんだよ?ボク達精霊とは少し違うけれど、普通の精霊種とは違ってその上位の存在――そうだね、差し当たって『ハイエルフ』とでも名付けようか。まぁ、そんな風に、存在がボク達寄りにシフトしたんだよ。」
事も無げにそう言われて、驚きよりも先に納得する辺り、改めて大分毒されてきたなと思い知らされる。恐らくそれは、エイミーも一緒なんだろう、驚くよりも合点がいったという様子だった。
「多分だけど、今後イリナスちゃんの力が更に馴染んでいけば、他属性の微精霊も目視できるようになるだろうね~おめでとう、これでエイミーちゃんは、真に『精霊の寵愛を受けた者』だね!」
「だってさ。おめでとうエイミー。」
あたし達の祝いの言葉に、彼女はただただ苦笑を浮かべるだけだった。その気持ち、あたしすっごい解るわぁ~
「さぁ~てと。空間の修復も始まった事だし、ボクももう少し頑張っちゃおうかなぁ~」
そんなこんなで一旦間を置いた後、不意にシルフィーがそう言って、片腕をグルグルと回しながら、白い微精霊が舞う夜空の向こうに視線を向ける。
「何言ってんのよ!シルフィーだって、ずっと結界張り続けたりして頑張っているじゃ無い。もうすぐ空間が塞がるって言うのなら、あなたこそもう休むべきよ。大分無理してるんでしょう?」
「ちょっ!優姫!!動かないで下さい!」
そのまま彼女が、彼方まで行ってしまいそうな気がして、治療中にも構わず少し身を乗り出し、エイミーに注意されながらも、慌ててその小さな背中を呼び止めた。すると彼女は、嬉しそうに満面の笑顔を浮かべて振り返る。
「アハハッ!心配してくれてありがとう!!けどボクはこの谷を守るのがお仕事だからね~」
そしてそのまま、風の谷全体を見渡すかのように視線を巡らせて再び口を開く。
「優姫ちゃん達は勿論、みんながこの谷を護る為に、今も沢山頑張ってくれているんだ。ボクはこの谷の長として、その頑張りに少しでも報いたいんだよ。」
「シルフィー…」
そう言う彼女の横顔は、昼間見た無邪気に笑う子供じみた表情とは違い、世界の守護者たる精霊王としての貫禄が、にじみ出ているようにあたしには見えた。けれどそんな表情も一瞬で、その次の瞬間には、いつもの屈託無い笑顔を浮かべてあたし達へと向ける。
「そんな心配そうな顔をしないでおくれよ!精々雑魚の相手位しか出来ないって言うのは、十分承知してるからさ!無理はしないって!!」
「…そう。」
笑顔でそう言う彼女に対し、苦笑を浮かべながら呟くと、身を起こしたままの状態で、拳を握って右手を突き出す。それを見た彼女は、屈託無い笑みを更に深めると、拳を握って迷う事無くあたしの拳にぶつける。
――ゴツンッ!「約束、覚えてるわよね?」
「もっちろん!」
「「ちゃんと無事に帰ってきて、また一緒に楽しく遊ぼう!!」」
まるで示し合わせたかのように、互いに笑顔で同じ言葉を高らかに宣言し、交わした約束を確認し合う。それはきっと、あたし達にとっては誓いの言葉で在ると同時に、自然と笑顔が溢れ元気が漲る特別なお呪いだ。
「じゃぁ行ってくるね!あっ!優姫ちゃんは怪我の治療が済んだからって、また無茶しちゃ駄目だかんね!?」
「しないわよ!そんな事したら、エイミーに朝まで説教されちゃいそうだし。」
「むしろさせませんよ?」
シルフィーのお小言に対し冗談半分でそう返すと、真横から本気トーンの呟きが聞こえてきて、思わず身の危険を感じ身震いしてしまう。怖いから振り向けないけど、きっと笑顔で笑ってないんだろうなぁ~
「アハハッ!エイミーちゃんが居れば、ボクの心配なんて必要ないね!それじゃ行ってくるね!!」
あたし達のやり取りを楽しそうに眺めた後、彼女は最後にそう告げて、来た時と同じく一瞬にして去って行き、その後を追うようにゴォーッという風音が辺りに響いた。彼女は本当に風の精霊王の名に相応しく、襲来から去り際に至る迄、風のように忙しないななんて、そんな事を1人考えて苦笑する。
「…優姫。治療を続けるからちゃんと横になって下さい。」
「うん、ありがとう。」
暫く、彼女の去って行った先を見つめていたあたしに、隣のエイミーが声を掛けてくる。その言葉に従い身体を地面に横たえると、再び視界にあの白い微精霊達が舞う夜空が映る。
「ママ…大丈夫?」
そうしていると、直ぐさま視界に姫華の心配そうな顔がにゅっと飛び出し、遅れて夜天に銀星の心配そうに佇む姿と、顔の真横に風華の気配が現れる。今更だけど、こうしていると何だがガリヴァー旅行記に、迷い込んだ気がしてくるわ。
「平気よ。大分痛みも治まってきたし。しっかし、魔法って本当に便利よね~」
「ごめんね、ママ…」
その謝罪は、恐らくは負傷している腹部目掛けて、2度も抱きついてしまった事に対してだろう。あたしは苦笑を浮かべながら、オヒメへと視線を向けてその頭を優しく撫でる。
「別に、謝る必要なんて無いわよ。あんた達を受け止めるのが、あたしの役目なんだから。」
「ママ…」
「どんな状態だろうと、抱き返してあげるのが母親の勤めなんだから、オヒメがそんな事気に病む必要は無いのよ。何時でも抱きついていらっしゃい、受け止めたげるから。」
「うん、うん!ママッ!!」
あたしの言葉に、早速抱きついてくる甘えん坊の節操無しちゃんに、軽く嘆息しながらその背中をポンポンと優しく叩く。このやり取りのお陰で、場の雰囲気も少しは和んだようで、皆の表情にも笑顔が戻る。
その事に安堵しながら、あたしは首を動かして逆側に居る風華に視線を向ける。
「ふー、あんたもそろそろ、お姉ちゃん達にちゃんと自己紹介しなさい。」
髪に隠れた風華の目を見据えそう告げると、彼女は俯きながらあたしの髪を掴んで暫くモジモジした後、耳まで真っ赤にしながら頷いた。そして顔を上げて、いざ口を開こうとした瞬間、みんなの視線が彼女に集まっていた事に驚いたのか、慌てた様子であたしの髪の中へと潜り込んでしまう。
それを目の当たりにして、ため息交じりに苦笑しながら、出てくるように促そうと口を開こうとした瞬間、そこから怖ず怖ずと顔だけ出してきたので、出かけた言葉を飲み込んで待つ事にした。
「…あたち、風華って良います…よ、よろしくお願いします。」
「風ちゃん!風ちゃんって言うんだね!!よろしくね!姫華だよ!!」
「夜天だよ~よろしくね~」
「銀星よ、よろしくね。」
どうにかこうにか、自分から自己紹介する事が出来た風華は、その後に続いたオヒメ達の挨拶を聞いて、ホッと安堵した様子で口元を緩め微笑んだ。それをジッと見守っていたあたしも、その笑みにつられてホッと安堵する。
これでようやく、今日1番の難所を乗り越えた感じね。やれやれまったく、内気な照れ屋ちゃんの背中を推す事の方が、頭真っ白にして闘うより何倍も厄介で大変な気がするわ。
新たに産まれた妹と早速仲良くなろうと、体当たりなコミュニケーションでグイグイ行くオヒメと、それに怯えてあたしの髪の中に潜り込む風華の攻防を見守りつつそんな事を考える。手の掛かる小さな子供以上に厄介な強敵なんて、きっと三千世界見回したって見つかりっこないだろう。
エイミーも似たような心境なのか、彼女達のやり取りを何時もの優しい微笑みで見守っていた。そんな彼女とふと目が合い、お互いに笑い合った後、あたしは身体の力を抜いて頭を投げ出す。
そして再び視界に広がったのは、白い微精霊達が舞う星空だ。あんなに小さな光の1つ1つが、空間に空いた穴を修復するという責務を果たす為に、せっせと働いているのだろう。
後数時間もしないうちに、今日という激動の1日も終わるだろう。目を細めながらそんな事を思い、その光景を見つめながら大きく息を吸い込んだ。
「あぁ~~~もう!!今日1日で3回位死んだと思ったわぁ~」
「フフッ、お疲れ様でした。」
唐突に吐き出した胸の内に、エイミーが苦笑しながら労いの言葉を投げかける。そのままあたしは苦笑して瞼を閉じると、1日の出来事が瞼の裏を駆け巡ると同時に、抗いようのない睡魔が容赦なく襲いかかってくる。
まったくもって、長い1日だった…どの位かって言うと4ヶ――え、そんなメタな発言は要らないって?サーセン
ともあれ、この3時間後、無事に空間に空いた穴は修復され、後に『風の谷迎撃戦』と呼ばれる事になる、ダリア大陸を初の舞台とした中規模侵攻戦は、多くの精霊達の活躍により周辺に一切の被害を出す事無く、精霊達の圧勝によって幕を下ろす事となった。
その戦いに、新たに誕生した精霊王とその眷属達の活躍が在った事を、一般の者達が知る必要は無いだろう――