今日も1日!(お疲れ様でした~(3)
そんな事に思いながら、苦笑を浮かべて彼女達のやり取りを見ていた所、不意に迫ってくる気配に気が付いて、そちらへと視線を向ける。またぞろ蟲人達がやって来たのかと一瞬思ったが、その割には敵意や害意は一切感じられず、むしろこの感覚は――
「優姫ちゃあああぁぁぁ~~~んッ!!」
「いぃっ!?ちょっ!シルフィー!?」
もの凄いスピードで以て、躊躇無く真っ直ぐ向かって来るその姿に、あたしは驚きに目を見開きながらその名を口にする。彼女は、満面の笑顔で両手を広げ突進してくると、身を翻して避けようとしたあたしの動きを見てから軌道を修正すると、そのままあたしの顔面に覆い被さる様にして抱きついてくる。
――ガシッ!「優姫ちゃん優姫ちゃん優姫ちゃ~ん!良かったよ~無事だったんだね~!!」
「あぶなッ!?ちょ、シルフィー!!離れなさいよ!!」
「もぉ!ずぅ~っと心配してたんだからね!?このこのぉ~!!」
「テンション高!?ってかまたこのパターンな訳!?はぁ~なぁ~れぇ~ろぉ~!!」
「ハッハッハ~!照れ屋さんだなぁ優姫ちゃんは!!」
「誰が照れ屋さんか!!えぇい!離せ!離せえええッ!!」
身体全体を使って包み込む様にしてあたしの頭部に抱きつくシルフィーを、どうにか引き離そうと奮闘するも、キツく抱きついている為全くビクともしなかった。そんなあたしを嘲笑うかの様に、抱きつく側のシルフィーは、テンション高めにあたしの頬に頬ずりしたり、折角といた髪をもみくちゃにしたりと、好き放題してくれている。
本当に心配したんだぞって言うのを、全身を使って表現しているんだろうけど、いくら何でもテンション高過ぎてて手に負えない。と言うか、少し前にもアクアに縋り付かれたんだけど、精霊って抱き癖悪い奴多いんじゃない?
そして抱き癖悪い奴と言えば、忘れてはいけないヤンチャッ娘が1人居る。不意に殺気を感じて視線を巡らせると、なんかムスッと不機嫌そうにしている、愛しい我が子の姿が目に飛び込んできた。
嫌な予感に背筋に冷たい物を感じつつ、シルフィーを引き離そうと奮闘しつつ、距離を取ろうと後ずさりしたその瞬間――
「姫華だってずっと心配してたもん!」
「ちょっ!オヒ――」ドスッ!!「――ひぎぃ!?」
――シルフィーに対し、妙な対抗心を燃やしたらしいオヒメが、再びあたしの腹部に頭から突っ込んで抱きついてくる。
だからどうしてあんたは、そうお腹に突っ込みたがるのかと…と言うか、さっきあたしが痛がったばっかりだって言うのに、もうその事忘れてんじゃ無いかしらこの子…
「むむっ!ボクの方がずっとずっと心配してたよ!?ねぇ~優姫ちゃん!!」
「姫華の方がもっともぉ~っと心配してたもん!ねっ!?ママ!!」
「イタタタタッ!!ちょっ!なんでそんな事で対抗心燃やしてんのよあんた達!?わ、解ったから離れなさいって!!」
「「ヤダァ~ッ!!」」
「なんでそんな息ピッタリなのよ!?仲良しか!!」
2人掛かりで揉みくちゃにされながら、引き剥がそうと暴れ回る。しかし、あたしの抵抗空しく、2人共抱きついたまま離れようとしない。
未だ蟲人達の進行は続いているというのに、明らかに2人共途中から楽しがっている様で、巫山戯ているのは目に見えていた。あたしは助け船を求め、視線をエイミーへと向けるけれど、彼女はまるで自業自得と言わんばかりに、冷めた視線であたし達のやり取りを見つめため息を吐いていた。
――グラッ「え!?」
「わっ!?マ、ママ!?」バターン!
それを見て取ったあたしは、援護は期待出来ないと悟り諦めて身体の力を抜き、身を投げ出す様な勢いで、思い切り背中から地面に倒れ込んだ。そして抱きついたままだった彼女達は、突然のあたしの行動に驚いたらしく、そこでようやく身体から離れて、あたしだけが盛大に音を立てて地面に寝転がる形となった。
そのままあたしは、起き上がる事無く大の字になっていると、恐る恐るといった感じでシルフィーとオヒメが顔を覗き込んでくる。その瞬間あたしは、腹部の痛みに若干半べそをかきながら、星が瞬きだした夜空の向こうに向けて――
「もういっそひと思いにやってくれぇ~!!」
――やけっぱちになってまな板の上の鯉よろしく、抵抗はしないという意思表示の元、慟哭に似た思いの丈を曝け出しました。
「…あ、アハハ!ちょっと悪ふざけが過ぎた…かな?」
「ちょっと所じゃ無いってのよ、全く…」
「マ、ママ…ごめんなさい…」
暫くの沈黙の後、笑って誤魔化す様に言うシルフィーに、身体を起こしながら不機嫌さを隠そうともせず、彼女に対してぶつくさと文句を垂れる。そんなあたしを見て反省したのか、あからさまにしょげた風のオヒメに対し、あたしはため息を吐きながらその頭に手を置いて左右に揺らした。
まぁ、行き過ぎた感はあったけれど、2人共あたしの身を案じていたからこそ、あんな行動に出たのは解っているから、強く怒る気にはなれなかった。
…さてと。
気を取り直してあたしは、その場に身を起こした姿勢のまま、視線をエイミーへと向ける。より正確には、気配を消して彼女の背後に居る人物へと――
「そんな所に居ないで、そろそろキミも話に参加したらどうだい?それとも照れ屋さんなのかな?」
「え!?」
あたしと同じく、一見してエイミーに向かって、人の悪そうな笑みを浮かべながら声を発したシルフィーに、彼女は驚きに声を上げながら自分の後ろを振り返る。そして――
「やれやれ、姦しい娘子達よのぉ御主等は。何時もその様な調子なのかぇ?」
――遮蔽物の一切無い道の先に気配のみを見事に消し去り、堂々とした姿勢で仁王立ちになっているのは、日本刀を腰に佩いた白装束姿の小柄な少女だった。
日本人形を彷彿とさせる様な、見事なまでの前髪パッツンに肩口で切り揃えられたお手本の様なおかっぱヘアーに、その髪型が非常によく似合う幼い顔立ちで、一見して小学校低~中学年としか思えない。少なくとも見てくれだけで言えば、彼女も娘子同然なのだが、その中身が見た目とかけ離れているというのは、あたしにでもすぐに見て取れた。
やたら古めかしい言葉遣いというのもあるけれど、その幼い顔立ちに似つかわしくない獰猛な笑みとその鋭い眼光。そして何より姿を見せているにも関わらず、完璧に気配を絶っているその身のこなし等、ほんの些細な身動ぎ1つからでさえ、彼女が猛者である事を雄弁に語っていた。
正直、殺意を向けられても居ないのに、その身に纏う雰囲気を見ただけで鳥肌が立つ相手なんて、本気で怒らせた時のじいちゃん含めて数人しか会った事が無い。間違い無い、彼女こそ――
「この場合、初めましてで良いのかしら?皇旺――それとも、大婆様とでも呼んだ方が良いかしら?」
「儂は別に、武神流の家長では無いでな。まぁ好きに呼んだら良いさ、鴻の分家、鶴巻家の娘よ。」
あたしの言葉に対し、彼女は気を悪くした素振りも無く笑顔で――しかし、相変わらず眼光は鋭いまま、ゆっくりとした足取りであたし達の元までやって来る。
一応断っておくと、大婆様って言うのは悪口でも何でも無く、武神流総本家である皇家で家長を務めるおばあちゃんを指す愛称だ。皇家は女系家系だから男児が少ないのよ。
何処まで真実か解らないけれど、彼女がこの世界に召喚されたのが話を聞く限りだと80年前。地球の年数に換算して約120年前だから、あたしの知ってる皇家現家長の大婆様よりも年上の筈だ。そうは言っても、エイミー同様全くそんな風には見えないんだから、異世界理不尽クオリティーここに極まれりって感じだけれども。
「御主も初めましてじゃな。風の精霊王殿。」
「そうなるかな~よろしくねスメラギちゃん!まぁボクはキミの事、遠目に観察していた事もあるけれどね~」
驚きに風華を手にしたまま固まった、エイミーの横を通り抜けた皇旺は、シルフィーと相対して挨拶を交わす。悪びれた様子無く、しれっとまたとんでもない事を口にするけれど、恐らくは思い当たる節でもあるのだろう、苦笑を浮かべて肩を透かしてみせる。
それから彼女は、視線を巡らせてオヒメを見やると、口の端をつり上げて意味深な笑みを浮かべる。その瞬間、人見知りとは無縁に思えるオヒメが、ビクッと肩を震わせた後、慌ててあたしの背後に回り込んで身を隠してしまった。
「やれやれ、嫌われてしまったかのぉ~」
「そんな剣呑な気配を纏っているからよ大婆様。この子は見た目がこれでも、まだ産まれたばかりで危険に敏感なんだから。」
「おぉ!これはすまなんだ。つい癖でのぉ~すまんな童よ。」
苦笑しながら少し寂しげに呟く彼女に、あたしは呆れながら注意する。あたしでさえ見ただけでおしっこチビリそうなのに、そんな雰囲気纏った人に睨まれりゃ、オヒメなんて裸足で逃げ出すに決まってるじゃない。
だって言うのに、謝罪しておきながらも雰囲気を解こうとしないんだから、本家筋の人は本当に食えないわね~まぁ、事態が事態だし、常駐戦陣って事なんだろうけどさ。
「姫華!ピンチを助けて貰っておいて失礼でしょ!?」
「ん?どういう事銀星?」
未だあたしの背後から出て来ようとしないオヒメに対し、ぴゅんと飛んでやって来た銀星が、慌てた様子で彼女に声を掛ける。
「あのねマスター、わたし達グラディエーターに襲われてやられそうになった所を、この人達に助けて貰ったんだよぉ~」
「そうなの?!」
同じく飛んであたしの側までやって来た夜天が、銀星の代わりにあたしの質問に答えてくれる。グラディエーター級と言うのが、どの程度の相手なのかいまいち解らないけれど、2人の様子を見る限り、強敵だったという事はすぐに察しが付いた。
それを聞いてあたしは、直ぐさま皇旺へと視線を戻すと、その勢いのまま深々と頭を下げた。
「そんな事とは露知らず、失礼しました大婆様。この子達を助けて頂き、ありがとうございます。」
「助けたのは儂では無く譲羽じゃがな。それに、こちらも獲物を譲って貰ったし、それでおあいこじゃろうて。」
「そうだとしても、ありがとうございました。大婆様達が居なければ、この子達の無事な姿も無かったかも知れません。ほら、あんた達も…」
「「どうもありがとうございました。」」
頭を下げたまま目配せして促すと、それに素直に従って夜天と銀星も、それぞれお礼を述べて頭を下げる。しかし、未だオヒメはあたしの背後から出て来ようとはしなかった。
「…姫華。あんたもちゃんとお礼言いなさい。」
「…うん。」
「怖がんなくても平気よ。この人は、あたしのばあちゃんに当たる人なんだから。」
「ママのおばあちゃん?」
「そうよ。だから、あんたのおばあちゃんでもあるんだから、ちゃんと自己紹介して、ちゃんとお礼言いなさい。」
視線だけを背後に向けてそう言って促し、暫く待ってようやくオヒメが背後から前へと進み出ると、皇旺と向かい合ってぺこりとお辞儀する様に頭を下げた。
「姫華です!ママの子です!さっきは助けてくれてありがとうございました!!」
「童共が…さっきも言うたが、そう気を遣わんでもええわい。」
未だお辞儀したままのオヒメを前に、ぶっきらぼうにそう口にして出すが彼女だが、その言い方と身に纏った雰囲気とは裏腹に、表情はとても穏やかで嬉しそうだった。その表情を見せたのも一瞬、彼女は身を翻してあたし達に背中を見せると、そのまま来た道を逆に辿り始めた。
「礼ならば譲羽に直接言ってやれ。あのグラディエーターの攻撃を受け止めたのは、儂では無くあのデカ女じゃしな。」
「あれ?もう行くのかいスメラギちゃん。」
「風の精霊王殿とも顔合わせ出来たしのぉ。それに、そちらの娘子達ともな…姫華と言うたな?」
「う、うん!」
「それからそちらの小さいの。名は何と言うのじゃ?」
「銀星です。」
「夜天だよぉ~」
「童等の戦い振り、なかなかに見事じゃったぞ。疲れたじゃろう?後の事はこの婆等に任せておけば良い。」
そう告げてから、彼女は身の毛もよだつ様な殺気を辺り構わずまき散らし始め、腰に下げた刀を抜き放って悠然と歩いて行く。そして暫くしてから、ふと思い出したかの様に立ち止まると、その場でくるりと振り返り刀の切っ先をあたしに向け、呆れた様子で鼻を鳴らした。
「それと御主。」
「んぇ!?あ、あたし?」
「御主も武神の末席を汚す者ならば、もうちっとすまーとに勝てぬのか?その腹の傷、サッサとそこのエルフ殿に見て貰え。」
「えぇ!?優姫!怪我してるんですか!?」
「あ、あはは~」
オウバレて~ら。そしてバラされて~ら。
彼女のその一言で、事の成り行きを見守っていたエイミーが、慌てた様子で風華を抱えたまま駆け寄ってくる。その光景を見て満足したらしい皇旺は、人の悪そうな笑顔を浮かべた後、不吉な気配をまき散らしながら去って行った。
「もう!怪我してるのになんですぐに教えてくれないんです!!」
「い、いや、だって目まぐるし過ぎて、教える暇なんて無かったじゃない…」
「言い訳なんて良いですから!ほら早く患部見せて下さい!!」バサッ!
「きゃー!?エイミーの御大胆様~!!」
皇旺の背中を見送る最中、近づいてきたエイミーはそう捲し立て、有無を言わせぬ勢いであたしの長着を引ん剥いて、上半身スポブラ一丁にさせられる。エイミーの場を弁えない行為に、悪ふざけ半分努めて明るく抗議の声を上げるけれど、その声が彼女の耳に届く事は無かった。