今日も1日!(お疲れ様でした~(2)
彼等の亡骸と共に、あたし達は空間を渡って現実世界へと戻って来た。移動はほんの一瞬で終わり、あの幻想的だった風景が、一瞬にして岩山ばかりの光景へ切り替わる。
「ッ!!暑!って言うか熱っ!!ちょ、何よ一体ッ!?なっ――」
移動するなり、さっきまでのシリアスな雰囲気も裸足で逃げ出す位、急激な温度上昇に悲鳴を上げて、状況を確認する為視線を彷徨わせ、程なく原因とおぼしき物を見つけ驚きに目を剥いた。
「――何じゃこりゃあああぁぁぁ!?」
眼前に現れたのは、太陽かと思うような炎の塊。それを目の当たりにして、思わず例の名台詞(じいちゃんが好きなのよ)を吠える。
驚いてる割には、迷わずネタを口走る余裕があるじゃんって?そりゃ~真っ赤に燃える太陽が目の前にあったら、吠えるのが作法ってものでしょうよ、オタクですもの。
それに、これでもちゃんと驚いてるんですよ?その証拠に、袴姿のままですもの。余裕在ったら、ジーパンに履き替えてから吠えてますもの。
まぁ、ジーパン眷属にしてないから持ってないんだけどね!浩太さんが確か履いてたから、あん時眷属化しとくんだった、しまったわぁ~
え、話が脱線しすぎだって?何を今さ…ゲフンゲフン!サーセン。
あたしの悪ふざけは、まぁいつもの通り置いとくとして…過酷な熱さに吹き出た汗を拭いながら、その太陽の如き炎の塊を改めて見て、真っ先に思い出すのはイフリータの試練の際に見た、あの大技『炎帝』の事だった。
あの時見た物よりも目の前にある炎は、倍以上大きさが違うけれど、いずれにせよあんな物を産み出す事が出来るのは、イフリータとその娘達で間違い無いだろう。そう考えて居た所、空に浮かぶ炎の玉の少し下側に人影を見つけて注視すると、そこには見知った人物の姿があった。
「あれは…ルージュさん。」
イフリータの住まうカザンウェル山から、帝都まであたし達を護衛してくれた、炎の高位精霊ルージュの姿がそこにあった。彼女はあたしに気が付いた様子は無く、気のせいか心なし疲れている様にあたしには見えた。
彼女が何に対して疲れているのかはさておき、やはりあの太陽は、彼女ないし他の炎の精霊によって、産み出された事は間違いないだろう。そして、その炎に群がる蟲人の多さときたら、ハッキリ言って異様だった。
まるで篝火に飛び込む蛾の様に、蟲の性なのか知らないけれど、本当に知能があるのか疑わしくなる光景だ。まぁ、人事なのでそんな事はどうでも良い。
とにかく今は――
「マ、ママ…あ、暑いよぉ~…」
「そうね。このままここに居たら、干上がりそうだわ。」
兎にも角にも、一刻も早くあの炎の塊から遠離る事が先決だ。蟲人の習性を逆手にとって、空に開いた穴の近くに陣取ってるんだろうけど、何も知らずに戻って来たら味方の攻撃で倒れましたとか、笑い話にもなりゃしないわよ。
状況も確認出来た事だし、風華の言葉に同意しつつ身を翻し、炎の塊とは真逆に向かって走り出す。地面を踏みしめ蹴る度に、腹部がズキズキ痛むけれど、折角蟲人達が太陽に向けてバカみたいに突っ込んでいるのに、宙を走って彼等の注目を浴びたくは無いから仕方が無い。
「ここまで来れば大分マシになったわね。ふーは大丈夫?」
「う、うん…まだ暑いけど…」
大分離れて空気の感じが変わった所で、ようやく落ち着けそうだと判断して立ち止まり、振り返る仕草をしつつ髪の中に居る風華に問い掛けると、返事は耳元のすぐ側から返ってきた。
「そりゃ、ずっと髪の中に居りゃ暑いでしょうよ。いい加減出てきたら?」
大分離れたとは言え、あの炎の玉に外気が熱されている所為で、猛暑の日本程では無いにしろまだ暑い。なのに髪の中なんかに隠れていたら、蒸れるわで余計暑いのは当たり前だ。
そんな彼女を心配して、外に出てくる様に促すけれど、当の本人は髪の中でイヤイヤと首を横に振るのが気配で伝わってきた。それにあたしは呆れながらに苦笑してから、更に火の玉から逃れようと歩き出す。
全く、天岩戸の逸話でもあるまいに、引きこもっちゃったこの甘えんぼちゃんの気を、一体どうやって引いたもんかと、そんな事を考えながら歩いていると。
「ママーッ!!」
「ん?オヒメ!」
遠くから、元祖甘えんぼちゃんこと、オヒメの叫び声を耳にして視線を巡らせる。そして程なく、彼女の姿を見つけて自然と顔がほころんだ。
あたしを見つけ満面の笑顔になったオヒメは、あたしが編んだ三つ編みをなびかせながら、一生懸命走り続ける。見たところ怪我とかは無い様だけれど、顔や髪に着ている物まで泥(?)で汚れきっていた。
その姿を見ただけで、彼女がどれ程の戦いを繰り広げたのかが、あたしにも容易に想像出来た。全く、無理はするなと言ったのに、言いつけを守らず大分無理したようね。
ため息交じりに苦笑しながら、労う意味でも抱きしめて迎えようと、両手を開いて彼女の到着を待ち構える。その瞬間、見るからに嬉しそうに笑顔を深め――
「…んぇ?ちょっ!!」
――もうすぐそことなった時、その身体が光輝いたかと思うと、彼女達は元の姿となって、あたしに向かってダイブする。
それを目の当たりにして、額には嫌な脂汗が浮かぶのを自覚すると同時に、思わず心の中で悲鳴を上げる。『何故このタイミングで元に戻るか!?』と。
「ママーッ!!」ドゴンッ!!
「ひぎっ!?」
引き攣った悲鳴を上げながら、頭からお腹に突っ込んできたオヒメをなんとか受け止め悶絶する。なんであんたは、そうお腹に飛び込みたがるのかと、ちょっと問い詰めたくなる気持ちが湧き上がってくる。
「マ、マスター!大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫…」
じゃないけど、悪気の無い彼女達にそう言うのも流石に気が引けて、続く筈だった言葉をなんとか呑み込み、苦痛を堪えながらどうにかこうにか笑顔を向ける。けれど、流石に隠しきれていないのだろう、あたしの顔を覗き込む銀星が、とても心配そうな表情をしていた。
「ママ!怪我したの!?大丈夫!?」
そんなあたしと銀星のやり取りを聞いてか、お腹に顔を埋めていたオヒメが、バッと顔を上げたかと思うと、一気に捲し立てて聞いてくる。若干意地悪したくなり、『あんたの所為だよ』と笑いながら言って、小突いてやろうかとも思ったけれど、本当に心配そうなその表情を目の当たりにして、喉まで出かかった言葉を再び呑み込んだ。
「重傷って訳じゃ無いから大丈夫よ。」
「本当?」
「うん!本当本当!!」
「えへへ!良かった!!」
正直ズキズキ痛むけれど、ここで素直に痛がるときっと泣かれると思い、強がってそう言い笑顔を向けて彼女を安心させる。それが功を奏したのか、オヒメの表情に笑顔が戻る。
その笑顔に、あたしがホッと胸をなで下ろしていると――
「優姫!オヒメちゃん!!」
再び呼ばれて視線を向ければ、オヒメが駆けてきた方角から、今度はエイミーの駆けてくる姿があった。彼女もまた、息を弾ませながら真っ直ぐあたし達の元まで駆け寄ると、両手を広げてオヒメ毎あたしに抱きついてくる。
「良かった、2人共ちゃんと無事で…」
「エイミー、ごめんね?心配掛けちゃって…」
あたしに抱きつくと同時、彼女は心底心配した様子で、あたし達に対してそう告げる。その言葉に真っ先に反応して、返事を返したのはあたしでは無くオヒメだった。
そのやり取りを聞いて、彼女達が別行動を取っていたのだろう事は、容易に想像が出来た。そして――
「本当ですよ…」
「んぇ、エイミー?」ギュッ!「あ、あの首締まってるんですけど…」
「エ、エイミー!苦しいよぉ!!」
――普段よりも、若干声のトーンが下がったかと思いきや、あたしとオヒメに抱きつく腕の力を強める。それに不穏な空気を感じるも時既に遅く、暗に逃がさないという雰囲気が、彼女の胸の内から伝わって来るかの様だった。
「本当に、あなた達親子は…私がどれ程心配したと、思っているんですか…」
あ、やっべ!これマジオコで説教なパターンだ…
「ひ、ひぃ!エ、エイミー!?ご、ごめんなさい!!」
冷や汗をかきながら、抱きつく彼女のうなじ部分に視線を向けていると、同じく隣でエイミーに捕まっているオヒメが、引き攣った声で悲鳴じみた声を上げていた。
「ほらぁ~やっぱりエイミー怒っちゃったじゃん。どうすんのさ?銀。」
「ちょっ!なんで私の所為みたいに言うのよ!?あの時は、エイミー達を巻き込まない為にも、ああする他――」
「銀星ちゃんと夜天ちゃんも!そんな所に居ないでちょっとこっち来なさい!!」
「「ひ、ひぃ!?は、はい!!」」
ちゃっかり少し離れた所で、事の成り行きを見守っていた双子達も、エイミーの有無を言わせぬ迫力に怯えながら、お互い抱き合いながらゆっくり近づいてくる。それを見てあたしは、怒られているという自覚があるのにも構わず、思わず笑みを浮かべてしまった。
「優姫!何を笑っているんですか!?私は怒ってるんですよッ!!」
それに気が付いた彼女が、伏せていた顔を上げて、あたしを真っ直ぐ見つめてくる。普段温厚な彼女にしては珍しく、本気で心配していたからこそ、本気で怒っているのだろう、眉も目尻もつり上げ頬を紅潮させながら、歯を食いしばっている様はまるで赤鬼の様だった。
なんて美しい赤鬼だろうと思いつつ、その目尻にうっすら浮かぶ涙を、あたしは指で掬って微笑みかける。
「あたしよりずっとお母さんしてるなって思ったら、つい…ね。ごめんねエイミー、心配ばっかりかけちゃって。」
「またすぐそんな風に、しおらしくして…」
「いや、いつも反省してるんだけど、今回は身に染みたって言うか…あたし、向こう見ずな性格だからさ、エイミーみたく叱ってくれる人って貴重なのよ。地に足着けていない様な所があるって、自分でも理解してるからさ、そんなあたしを地に足着けさせてくれる存在っていうかさ。」
「優姫…」
そう言って、エイミーの胸に倒れ込む様にして顔を埋め、そのまま自分の体重を半分彼女に預けながら、その背中に腕を回して抱きしめる。
「ありがとう、エイミー…あたし達を叱ってくれて。これからも迷惑掛けるけど、よろしくね?」
「優姫――」
彼女の胸に顔を埋めながら囁く様にそう呟くと、あたしの背中にも彼女の腕が回されて、そして――
「――今度ばっかりは、その手には乗りませんからね。」
「…へ?」
――逃げられない様に拘束されました。あれ~?
「いつもいつもいつもいつも…そうやって私を絆そうとして…」
「えッ?いや!?そんな事思ってないってば!!ちょ、エイミーさん?く、苦しいんですけど!?」
相当頭にきていたらしく、あたしの言動にあらぬ誤解を抱いたらしい彼女が、腕の力を更に強めて背中――と言うか、もうほとんど後頭部を、抱きしめて離そうとしない。顔全体に、彼女のや~らか~い感触が広がってマジ天国な反面、息苦しくてマジ地獄。
全く心外だわ!いつも本音で対話しているつもりだったのに、絆そうだなんてそんな腹黒い事、あたしが考える訳無いじゃない!そりゃまぁ?割とチョロ…ゲフンゲフン!
「優姫!今失礼な事考えていませんでしたか!?」
「いやいや!してないしてない!!本気で反省してるから、だから許してぇ~!!」
まるでエスパーかって言う位、鋭いその突っ込みに、あたしは冷や汗をかきながら否定する。今日の彼女は、なんだかキレッキレで隙が無いわ~
そんな風に怒る彼女だけれど、最初に抱きつかれた時に感じた、普段よりも低い彼女のトーンは、今ではすっかり元に戻っている事に気が付いている。だからこれは、怒っている様に見せていて、実の所悪ふざけに近かった。
「…あら?」
そんな彼女が、何かに気が付いたらしく、頭に回していた腕の力を緩めると、徐にあたしの髪をまさぐり、そこから何かを掴んで引きずり出した。もちろんそれは、言わずもがな――
「…えっ!?」
「きゅ、きゅ~…マ、ママ…め、目が回るよぉ~…」
「あ~ぁ、だから言ったでしょ?ふー、さっさと髪の中から出てきなさいって。」
エイミーは、自分の手の中で目を回している風華を見て、驚きに目を白黒させていた。そんな彼女達を、ボサボサになった髪を直しながら、まるで他人事の様に苦笑しつつ呟いた。
「ちょ!えぇ!?ゆ、優姫!!何を落ち着き払ってるんですか!?」
「わぁ!ママ!!この子もしかして!!」
「うん。新しいあんた達の妹よ。」
「名前!名前はなんて言うの!?」
「それは本人に直接聞きなさい。」
自分の行為によって目を回した風華を、あたふたしているエイミーを余所に、その手の中の目を回している彼女を覗き込んで、パッと明るい笑顔を周りに振りまきながら、嬉しそうに聞いてくるオヒメに苦笑しながら答える。
さっきまで、あたしと一緒にエイミーに怒られてたって言うのに、本当に現金な子だ。
「ちょ!それよりも優姫!!説明!説明して下さい!!どうしてこの子が髪の中に潜り込んでいたんですか!」
「え、聞きたい所そこなの?それより、そんな激しく動かしたら、その子更に気分悪くなっちゃうわよ?」
「え?あぁ!ご、ごめんなさい!あなた大丈夫!?」
「きゅ~…」
そしてこっちはこっちで、さっきまでの鬼の形相が嘘の様に、慌てふためく姿が実に可愛らしい。これで千歳越えだって言うんだから、ほんと反則級だわ。
兎にも角にも、エイミーのオコも最後まで続かない辺り、結局締まらなくって実にあたし達らしい話の落ち方よね~本当に、帰ってきたって言う感じがするわぁ~」