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剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第三章 精霊編
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今日も1日!(お疲れ様でした~(1)

「――マ…」

「…ん?」


 微睡む意識の中、呼ばれた様な気がして意識が覚醒へと向かい始める。それは聞き慣れない少女の声だけど、その人物の事をあたしはちゃんと知っている。


「ママ…」

「…風華?」

「ママ!良かった!!」


 薄目を開けると、目の前にはエメラルドグリーンでマッシュボブに近い髪型の、人形程の大きさをした少女の姿があった。前髪が長い所為で、目がほとんど隠れてて表情が解り辛いけれど、あたしの意識が戻ってホッとした様子だった。


 ――ズキンッ!「っ!ツゥ…」

「ママ!大丈夫!?」

「えぇ、この位平気よ。」


 完全に意識が覚醒すると同時、忘れていた腹部の痛みが襲いかかってくる。あたしが顔を顰めて腹部を押さえると、彼女は慌てた様子であたしを気遣い、それに痛みを堪え痩せ我慢しながらも、笑みを浮かべなんとかそう答えて安心させる。


「あたし、どの位気を失ってたの?」

「んと…ほんのちょっとだけだよ。1分位?」

「そう…」


 返ってきた返事を聞きながら、あたしはため息交じりに返事を返した。どうやらあたしは、戦い終わった格好のまま気絶していたらしい。


 ロードの首を跳ねた後、茜丸を血振りして納刀した後、残心の構えを取った所までは覚えているけれど、そこから風華に呼びかけられる迄の記憶が完全に飛んでいた。まぁ、倒れず座したままなのは居合いの使い手らしいけど、負傷していたとは言え残心の途中で気が緩んで失神するなんて、あたしもまだまだ未熟って言う事か。


 今この場にじいちゃんが居たら、きっと呆れられていたに違いないわね。敵の全滅も確認せずに、気を緩めるなど情けないとか、そう言いそうだわ…


 なんて事を考えながら構えを解いて、呼吸を整えて集中力を高めていく。それに伴って痛みが和らいでいくのを自覚しながら、あたしは周囲へと視線を向ける。


 場所は変わらず、ヴァルキリー・オリジンの精霊界だ。地面が一面が雲の様な物に覆われていて、銀色の光が天へと向かって登っていく幻想的な世界だ。


 そんな見惚れる程美しい世界だと言うのに、目を覆いたくなる様な凄惨な現場がすぐ目の前に広がっていた。無残なまでに切り刻まれた、蟲人の死骸の数々が転々と辺りに散らばっていた。


 風華に任せた、甲虫種達の成れの果てだろう。その断面を見る限り、武器化した彼女の切れ味たるや相当の物の様だった。


 それは兎も角として、凄惨な光景を前にしているというのに、少しも嫌悪せず落ち着き払っているのは、相手が人では無く蟲人の所為か、それとも一族の血統の所為か、はたまた精霊化が進んでいる影響か。いずれにせよ、嫌なジグソーパズルもあったもんだと真っ先に思う辺り、あたしも大分毒されてきているわね。


「…ちゃんとあたしの言いつけを守ってくれたのね。ありがとう(ふー)、助かったわ。」


 そう言って微笑みかけると、風華は照れたのか頬を染めて、口元を緩めて俯いてしまった。褒められて照れている彼女の姿が妙にいじらしくて、その頭を人差し指の腹で優しく撫でた。


 風華はそれを、されるがまま受け入れて、恥ずかしそうにモジモジしていた。そんな彼女から視線を外し、あたしは再び凄惨な殺人現場へと視線を戻す。


 正直、褒めるべきか悩んだけれど、この惨状はあたしが命令して、彼女にやらせた事に他ならない。ならそのあたしが、彼女の行いを褒め讃えないで、一体誰がするというのだ。


 オヒメに続いて風華までも、生まれたばかりの彼女達を戦いに巻き込んだ、それがあたしの責任なのだ。その責任の一環としても、この光景を目に焼き付けて戒めなければならない。


 決して忘れるんじゃ無いわよ、あたし(兼定)…あたし等が不甲斐ないばっかりに、子供を危険な目に合わせた上、役に立とうとして躊躇無く殺戮を繰り広げた、これがその結果なんだから。


「…ママ?」

「ん、どうしたの?」


 ふと、頭を撫でられていた彼女が、撫でていたあたしの指を掴んで語りかけてくる。再び彼女に視線を向けると、風華はあたしの指を両手で抱えながら脇に退けて、前髪越しにあたしを見上げる。


「んとね、あた()ね?ママが頑張ってる姿を見て、あたちも頑張りたいって思ったの。怖かったけど…でもでも、ママと一緒だったから怖く無かったよ!」

「|ふー…」

「んとね、んとね!だからね!だから…あたちのお願い、聞いてくれてありがとう、ママ。」


 そう言って、小首を傾げてはにかんだ笑顔を浮かべた瞬間、彼女の前髪が横に揺れて前髪に隠れていた瞳が垣間見えた。その瞳は、少し垂れ気味なグリーンの瞳で、どこか気弱そうで儚げな印象を受けた。


 そしてその印象は、恐らく正しい。闘っていた間は夢中だったから、恐怖を忘れていたんだろう、怖かったとうっかり口を滑らせているし、何よりあたしの指を持つ手がうっすら震えている。


 それでも、あたしの表情を読み取ったらしい彼女は、心情を察しあたしを励まそうとしているのだろう。こんな子を、戦いに巻き込んでしまったのかと思うと同時、その優しさに脱帽する。


 全く、風の属性が色濃く出たからって、そこまで敏感に空気を読む必要なんて無いのにね。と言うか、あたしが顔に出し過ぎたのがいけないのか…


「んとね!だからね!!えっと…えぇ~っと…」

「慌てなくても大丈夫よ、ふー。ちゃんとあなたの気持ちは伝わっているから。」

「う、うん…」


 すぐにあたしが反応しなかった所為か、彼女は取り繕う様にしどろもどろになりながら、掴んでいたあたしの指を離してわたわたし始める。その姿を見てあたしは、苦笑しながら言って落ち着かせると、再びその頭を指の腹で投げ上げる。


「さっきも言ったけれど、お礼を言うのはあたしの方よ。ありがとうねふー、あたしのピンチを救ってくれて。」

「ママ…」

「あたしが無事なのは、ふーが怖い思いをしてまで頑張ってくれたお陰よ。我慢させちゃってごめんね?」

「そ、そんな!ママが謝る事無いよ!」


 あたしの言葉に、風華は慌てた様子で言い返してくる。そんな彼女に対して、自嘲気味に苦笑を浮かべて、その身体を手の平で優しく包み込んだ。


「ならあなたも、あたしに気を遣って我慢する必要は無いわよ。恥ずかしい事でも何でも無いんだから、ちゃんと怖いなら怖いで表に出して良いのよ?」

「う、うん…あのね、ママ。」

「うん?」

「あのね!本当に闘ってる時は怖くなかったんだよ?けどね!けど…」


 そこで彼女は言葉を区切ると、俯きながらしがみつく様にあたしの手をギュッと掴んだ。


「…ママが、負けちゃうんじゃ無いかって…それが一番怖かったの…」

「あ~…」


 そっちか~まぁ、そりゃそうよね。


 呟きながら思いの丈を吐き出す彼女の姿を目の当たりにして、自嘲気味にでは無くしっかりと反省する。あの時は、ああするより他に勝ち筋を見いだせなかったし、それを説明する余裕も無かったけれど、風華からしたら目の前で起きた事が全てでしか無い。


 彼女からすれば、あたしが負けて殺されるという事の方が、自分が闘うよりも恐ろしい事だったのだ。そんなの、少し考えれば解りそうな物だけれど、全然頭に無かった自分の鈍感さにめまいさえ覚える。


 あたしにしてみれば、筋道を立てた自分に出来る精一杯の無茶の範疇だけれども、そんなの知る由もない周りからすれば、ただの無謀にしか映らない行為だろう。その事をあたしは、もう少し自覚するべきよね。


 こっちに来てから今まで、突拍子の無い出来事の連続で、余り深く考え無い様にしてきたけれど、今のあたしはこの子達にとって手本となるべき存在なのだ。そのあたしが、その事に無自覚で何時までも居るのは、ただの怠慢であり無責任だ。


 こんなんだから、オヒメに無理はするなって言って反論されるのよね。本当に、親だ何だと振る舞っておいて、情けない話よね。


「…心配させてごめんね。もうそんな思いさせない様に、ママも気をつけるから。」

「…本当?」

「うん。だからそんな不安そうな顔しないで頂戴、ね?」


 そう言って、空いた方の手で彼女の頭を再び撫でると、風華は口元を緩めつつ照れた様に俯いた。その表情を前に、ホッと胸をなで下ろしながら、あんなしょげた表情をさせない様、軽率な行動は慎もうと心の中で思うのだった。


「…さてと。それじゃそろそろ向こう(現実世界)に戻りましょうか。あっちもどうなったのか気になるし。」


 暫くしてから、風華の拘束を解いて話を切り出し、身体の痛みを堪えながら立ち上がる。すると、先程まで笑みを浮かべていた風華が、その言葉を切っ掛けに急にへの字に口を結んで、不安そうに俯き押し黙る。


「…さっき言ったでしょ?怖いのを無理して我慢する必要は無いって。ふーはここに残ってても良いのよ?」

「ち、違うよ!」


 風華の反応を見て、苦笑しながらそう語りかけると、慌てた様子で言い返してくる。


「や!ち、違わなくて…その、少し怖いけど…」

「うん?」


 かと思いきや、さっき言ったあたしの言葉に、素直に従って言い淀む姿はなかなか可愛い――じゃなくて、その反応を見る限り、彼女の抱く不安はもっと別の所にある様だった。それに疑問符を浮かべながら、あたしは再び彼女が口を開くのを根気強く待つ事にした。


「…あの…ね?その、お姉ちゃん達って…どんな人達なの?」

「え?」


 暫く待って、ようやく意を決したらしい彼女は、頬をうっすら染めモジモジしながら、言い難そうに小さく呟いた。


「ふー、もしかしてあなた、オヒメ達に会うのが恥ずかしいの?」

「――ッ!!」ヒュンッ

「わっ!?ちょ、ちょっと!」


 彼女の反応を見てそう問い掛けると、彼女は顔を真っ赤に染めあげて、目にも留まらぬ速さであたしの髪の中へと飛び込んでくる。そして、髪の中でモゾモゾしながら、あたしの耳の側に彼女は顔を近づけ、聞き取れない程小さな声で『うん』と呟いた。


「…プッ!フ、フフフッ…」

「や!笑っちゃヤダァ~!!」

「フフッ、ごめんごめん。あんまりにも可愛い反応だったから、つい…ね。ふーちゃん、機嫌直して出てらっしゃい。」


 彼女のその可愛らしい反応に、あたしが思わず吹き出して笑うと、直ぐさま可愛らしい抗議の声が耳元から聞こえてくる。それに笑いを堪えながら謝るけれど、笑われた事が大層気に入らなかった様で、耳の裏辺りで不機嫌そうに唸るばかりで、髪の中から出て来ようとしなかった。


 そんな彼女の初々しい反応を、誰よりも先に独り占め出来た事に満足しつつ、現実世界へと戻る為に意識を集中しようと視線を下ろす。すると視線の先に、切り飛ばしたロードの首を見つけて、それまでの和やかな雰囲気を一変させて、表情を引き締め(しるし)を静かに見据える。


 別に、自分の行いを正当化するつもりも、言い訳するつもりも一切無い。ただ単純に、降り掛かる火の粉を払っただけという認識しか、あたしの中にはないのだから。


 彼等とは、立つ位置も立場も違ったと言うだけの話だ。あたし自身は、彼等に対して恨みも無いし、進んで闘う理由さえ無かったけれど、放って置けばエイミーやオヒメ達、それにシルフィー達を襲うと言うんなら、それ以上の闘う理由なんて必要ない。


 だから、こうなってしまった結果に後悔は無い。むしろ力量差を考えれば、逆の結果だって十分あり得た事だと、これに増長せず肝に銘じておいた方が良い位だ。


 それだけ彼は強者だった。あたしが勝てたのは、彼が正しく侮り焦ってくれて、そこに運が加勢してくれただけに過ぎない。


 そんなあたしが、彼の死出の門出に手向けるべき言葉など、ある筈も無いのだけれど、それでも敢えて添えるのであるならば――


「…ママ?」

「ん…何でも無いわ、行きましょう。」


 ――あなたのお陰で、あたしは1つ壁を乗り越える事が出来たわ。


 心の中で呟いて、あたしは現実世界へと通じる扉を開いた。


 生者は死者の為に煩わされるべからず――勝者の生はこの先もただ続き、敗者は言葉亡くただ土塊へと還るのみだ。

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