間章・彼女達の戦場(12)
絶体絶命の危機に陥って、3人仲良く幻聴を耳にした――そう解釈しようとした次の瞬間。
「童が無理をするで無いわ。自殺志願者であるのならば、儂等も止めはせんがのぉ。」
「『『ッ!!』』」
「GorO.OoO!!」ガキンッ!!
再び背中越しに声が響き、慌てて視線を戻した先には、長身で結わえた長い髪を身体に巻き付けた白装束の女性と、同じく白装束を着た、襟首辺りで綺麗に切り揃えられた髪の、酷く小柄な女性の背中が其処には在った。彼女達は何時からそうしていたのかと思う程――むしろ本当に今そこに存在しているのかと疑う程、今も全く気配を感じ取る事が姫華には出来無かった。
しかし、彼女達は実際にそこに存在しているのは確かだった。何故なら、グラディエーターも姫華達同様、彼女達の存在に気が付いたらしく、動く物を獣の様に襲う習性の通り攻撃を仕掛けたらしい。
驚くべきは、姫華達をたった1発で窮地に追い込んだその攻撃を、長身の女性は槍一本で――それも片手で受け止めたらしい。
「Gu...BA?」
しかも片手のまま押し返し、その動きを完全に封じている様子だった。その光景を彼女は、訳もわからずぽかんと口を開けて眺めていた。
「御主の戦い振り、しかとこの目で拝見させて貰ったぞ。なかなかやりおるのぉ?顔立ちからして、鴻の分家の娘の関係者であろう?」
「え?!あっ…おおとり?――」
「――ママの事?」
小柄な女性――と言うよりも、まだあどけなさが残る様な顔立ちの少女は、そう言いながら振り返ってくる。話掛けられて我に返った姫華が、怪訝そうな表情でそう答えると、その人物は何やら感心した様子で目を丸くする。
「御主、あの会談の席に居った下位精霊か!成る程成る程、得心がいったわい。」
「え?会談の席って――」
「――ちょっと待って!あなた、下位精霊を見た事があるの!?」
「うん?何をそんなに驚く必要があるのじゃ。別に霊視などそう難しい話でも無かろうに。」
事も無げにそう話す少女に、思わず表に出てきたらしい姫華は、唖然とした表情で彼女を見つめる。それを気にする素振りも見せず、その少女は人の悪そうな笑みを浮かべて、グラディエーター級の蟲人に視線を向ける。
「ともあれじゃ。御主の戦い振りを酒の肴に観察しておったら、良い塩梅に上物が釣れたからのぉ、思わず出てきてしまったわい。見たところ御主もへばってきているようじゃし、儂等にこやつを譲ってはくれんかのぉ?」
「え!?」
薄笑いを浮かべながら、色々突っ込みたい発言を始めた少女に対し、色々と理解の追いついていない頭で整理し始める姫華。しかし、彼女が考えを纏めるよりも早く――
「どぉ~ぞどぉ~ぞ~」
「おぉ!そうかそうか!すまんのぉ~」
『ちょっ!夜天!?』
『夜ちゃん!?』
姫華が表に出たかと思うと、平伏しかねない勢いで、待ってって下さいと言った意味合いのジェスチャーをし始める。それに嬉々とした表情で食い付いた少女は、満面の笑みを浮かべて本当に嬉しそうにしていたのだった。
『何勝手な事言ってんのよ!相手はグラディエーター級よ!?いくら実力者だとしても、万全を期して高位精霊2人掛かりで挑む様な相手なのよ!!』
『そ、そうだよ!!姫華達を襲ってきた相手なのに、他の人に丸投げなんて出来無いよ!!』
姫華の勝手な言動に対し、内に居る2人から避難と抗議の声が上がる。しかし、そんな2人に対し彼女は、苦笑を浮かべながらしみじみとした雰囲気で口を開いた。
「いやぁ~多分わたし達の心配なんて必要ないよぉ~?」
『なんでそう思うのよ!』
「だってあの人達、多分守護者だよぉ~?それも相当強い。多分マスター以上の実力者だよぉ~?」
『えぇ!?』
『嘘ッ!そんな都合のいい話…』
姫華の説明に耳を疑う彼女達だが、彼女達の中で最も武に長けた姫華が断言するのだから、何か感じ取る物があったのだろう。そして実際、彼女の判断は正しかった。
「良かったのぉ、譲羽よ…うん?何じゃと?」
小柄な少女が、隣に立つ長身の女性に何か話しかけると、その人物はグラディエーター級を押さえ付けたまま、あろう事かよそ見をしながら、何やら片手を振って印を作っていく。それを目の当たりにし、今更驚きも何も在った物ではないのだが、その行動以上に彼女が口にした名前に銀星は食い付いた。
『ユズリハ…まさか正義のユズリハ!?じゃぁあの隣の小さい人が、希望のスメラギ!!』
『えぇ!それってママの親戚の人じゃ無かったっけ!?』
「あ~、やっぱかぁ~マスターの事知った風だったし、そうじゃないかなぁ~って…」
3人がその事実に思い至るのに、そう時間は掛からなかった。そんな風に彼女達が驚いていると、守護者2人の間に不穏な空気が流れ始める。
「なんじゃと!?御主、まさか独り占めする気ではあるまいな!!」
『な、何?』
『なんか揉め始めたわね、あの人達…』
「『酒を飲んだから危ない』じゃと?御主も呑んでたでは無いか戯け!!」
「うわぁ~ほんとに呑んでたんだ…」
「『身体が小さいと酔いが回る』じゃと!?どう言う意味じゃ!!貴様そこに直れ!!」
「G...Ga?」
『…なんか、流石にあそこまで無視されてるの見ると、いくら蟲人でも可哀想に見えてくるわね…』
『う、うん…』
「うわぁ~うわぁ~駄目な大人だぁ~」
若干忘れ去られているのでは無いかと思う位、完全に空気となっているグラディエーターを放置して、守護者2人のやり取りは進んでいく。とは言え、端から見る限りでは、どう見ても譲羽の一方的なパワーバランスで話が進んでいる様で、2人の体格差が決め手となり、見た感じの構図が完全に、落ち着き払った大人とキレた子供の様相を呈していた。
しかし、キレた子供はキレれば怖い。何せ腰に下げた刀に手を掛けて、今にも抜き放たんとしているのだから。
「あ゛ぁ!?この間の件?…確かにあの時は、儂の方が獲物を多く捕ったが…それを今蒸し返…あぁもぅ!!解ったわ!勝手に所為このデカ女!!フンッ!」
暫くして、ようやく話が纏まった(?)らしく、とは言え納得していないのだろう、不機嫌そうに鼻を鳴らしたかと思うと、ズカズカと無遠慮な足取りで、姫華達の方へと向かって来る。その所作からは、先程迄の達人然とした物腰は一切無く、最初に気配を感じ取れなかったのが、まるで嘘の様に思える程だ。
「ほれ!御主も一緒来い!!」むんず!
「うえぇ!?」
『ちょ、ちょっと!!』
『ひ、姫華達何処連れてかれるの!?』
無遠慮な足取りで姫華に近づいたかと思うと、彼女は唐突に姫華の身につけた長着の襟首を掴んで、有無を言わさず引っ張り始める。その力は、今の姫華よりも小柄な人物とは思えぬ程強く、容易に振りほどけそうにも無い。
「別に取って食うつもりなど無いわ。ここに居ったら、御主も巻き添えを食うからのぉ~」
「あ、あの!でもユズリハさん1人で平気なんですか?加勢した方が…」
「あのデカ女の心配など不要じゃぞ。グラディエーター級程度なら、2体同時に相手にした事もあるからのぉ。」
「う、嘘…」
「嘘では無いわ。と言うか、1度ぐらい痛い目を見れば良いんじゃ!あのバカ女め…腹に風穴こさえて苦しめ!!」
「う、うわぁ~」
『子供の喧嘩…』
などと会話を交わしながら、暫く襟を引かれるがまま後ろ歩きに進み、大分離れた位置まで来た所で――
――ドンッ!!ガンッ!バキンッ!!
「Ago.OOoOO!!??」
「南~無~」
轟音と共に哀愁を感じさせる絶叫が辺りに木霊し、後ろ歩きのまま思わず、姫華は合掌して彼の冥福を祈るのだった。
「ところで御主。」
「あ、はい!」
「あの娘…優姫と言ったか。あの娘は今どこに居るんじゃ?」
「えっ…」
「そう警戒するでないわ。単に挨拶しておこうと思っただけの事よ。」
暫くして、辺りに轟音も轟かなくなり、掴まれていた襟首も解放されて、何故か隊列に並んで歩いていると、急に皇から話を振られてぎくりとする。何を聞かれるのかと思い警戒すれば、優姫の名前が出るもんだから、更に警戒度を跳ね上げた。
それが背中越しに彼女に伝わったのだろう、苦笑を浮かべながらそう言われ、恐る恐る口を開こうとしたその瞬間――
「…ママ?」
「うん?」
唐突に何かを感じ取ったらしい姫華が、明後日の方向に顔を向け呟く。
『姫ちゃん!』
『姫華この気配!』
「うん!ママッ!!」
「あ、これ!何処に行くんじゃ御主!」
「あのね!ママが戻って来たの!!」
「何じゃと?」
突然奔り始めた姫華は、皇の問いに手短に答えると、振り返りもせず一心不乱に走って行く。その途中――
「あっ!オヒメちゃん!!ようやく見つけた!!」
「エイミーッ!!ママが!ママが戻って来たよ!!」
「えぇ!?あ、待ってオヒメちゃん!!」
彼女を探して1人で行動していたらしいエイミーと鉢合わせするが、彼女はそれだけ告げて颯爽と走り去ってしまう。今の彼女の――彼女達の頭の中には、1秒でも早く優姫に会いたいと、それしか無かったのだった。




