間章・彼女達の戦場(9)
『…ハハッ!なるほど~確かにこれは、わたし達じゃ思い付かないねぇ~』
『えぇ、全く…一体誰の許可を得て、こんな物を作っているのよ。』
姫華の視界を通して、その場に姿を見せた物を確認した2人の、それぞれの感想を直接頭に聞きながら、彼女は照れたように笑う。その場に姿を現した物とは、姫華が両手にしている物と姿形が全く同じ、夜天と銀星の複製品だった。
それも、粗悪な複製品ではなく、長期の戦闘に耐えうるだけの性能を持った精巧な複製品が、それぞれ5振りづつ都合10本。彼女は己の存在を削って、それだけの戦力を産み出したのだ。
それらを産み出すと同時、姫華は迫る敵を視線だけで一望した後、再び意識を集中してイメージを膨らませていく。それに呼応するかのように、産み落とされた複製品達がブルブルと震えだし、姫華を中心に扇状に展開される。
『夜天!切断強化を付与しなさい!!』
『おっけぇ~スピード強化もちゃんと掛けなよ?』
『あんたに言われるまでも無いわよ!!』
これから何が起こるか察したらしい2人の慌ただしいやり取りを、頭の片隅に聞きながら、姫華はキッと力強い眼差しで蟲人達を見据え、扇状に展開した複製品達に、自分が思い描いたイメージを伝達する。そして――
「いっけええぇぇえッ!!」ヒュンッ!ヒュンヒュンッ!!
――そのかけ声と共に、まるでそれぞれに独自の意思でも宿ったかの様に、都合10本の複製品達が個別の軌道を描いて、迫る蟲人達に向かい突き進む。在る物は放たれた矢の如く、真っ直ぐ蟲人達を目指し、また在る物は大きく弓なりに弧を描き、はたまた在る物は軌道を読まれない様ジグザグにと、それぞれ全く違う動きを見せていた。
そして、それぞれが蟲人達と接触すると、そこから一方的な虐殺が開始される。夜天の能力『切断強化』と、銀星の能力『スピード強化』で強化された文字通りの凶器は、数の不利など物ともせずに、蟲人の身体をまるで紙切れの様に切り刻み、あるいは容易く貫き風穴を空けていく。
「Gu!」ヒュンッ!ザクッ!!「Or.iL!!」
「ba.GUR!!」ビュンッ!!ボッ!!「Ggyo.Oo!!」
固い外殻に覆われた、ナイトタイプの甲虫種ならいざ知らず、ソルジャータイプの中でも兵力だけが取り得の下級蟻人種に、その凶器の猛威を止める術など在る筈も無い。その兵力頼みに群がっていくが、複製品の勢いを衰えさせる事さえ叶わず、次々とその毒牙の餌食となっていくだけだった。
その凄惨たる惨状を、彼女はその場に留まったまま距離を置いて、完全に遠隔操作で制御していた。真に恐るべきは、10本からなる複製品の驚異的な攻撃力では無く、それを完璧に操作する強固なイメージ力と集中力だろう。
そしてそれこそ、優姫も思い描いた通りの、精霊としてあるべき戦い方でもあった。本来、現象を操る事の出来る彼女等は、人が呼吸するのと同じ位自然に、現実世界に干渉する事が出来る。
それこそ、視線で相手を殺すとはよく言った物で、目視した相手を発火させたり、氷漬けさせたりする事だって可能なのだ。実際イフリータは、何も無い場所に手も触れずに爆発を起こして見せたし、ガイアースも空間から突然岩を隆起させて優姫を攻撃して見せた。
それと同じ様な事が、優姫達にも出来ると言う事は、彼女もすぐに思い至っていた。しかし、それを実戦するには、如何ともし難い想像力という壁が立ちはだかっていた。
例えば、今までずっと地上で生活してきて、突然水中で呼吸出来る様に成ったから、明日から水の中で生活しようと言われて、快適な水中生活を想像出来る人間がどれほど居るだろうか?
例えば、目の前に切り立った崖があり、向こう側の崖まで見えない橋が架かっているから、安心して渡れと言われて、心の底から信じ切れる人間がどれほど居るだろうか?
それと一緒で、優姫にとって武具とは手足の延長でしか無く、それ単体がミサイルやジェット機の様に飛行するなど、想像は出来たとしても信じ切る事など出来無いのである。精々想像出来て、投擲して飛ばすくらいな単純な動作や、遙か上空から重力に任せて落とす位なものだろう。
それは、元々が武器である夜天や銀星も同じで、人の手に収まってこその武器という概念が強いため、自分達の本体を操作するという発想所か、自分達の複製を作るという発想にさえ至らないのである。
しかし姫華や、そしてこの場には居ない風華は、その限りでは無いのだ。正しく精霊である彼女達は、優姫や姉妹双剣の様な既成の概念が無いから、発想が自由だし想像力も豊かに働かせる事が出来るのだ。
そう言った理由もあって、若干枠に囚われがちだった夜天と銀星の指導に対し、本能的に理解する事を拒否して、ああ言った言動を取ってしまったのである。それは言うなれば、釈迦に説法・馬の耳に念仏、大空を自由に飛ぶ事の出来る鳥に、地面を走る楽しさを説く様な事だろう。
しかしそうは言っても、相手が物言わす考える事の無い案山子では無く思考する敵である以上、精霊としての能力だけで驚異を退けられるとは限らない。そう言う意味では、今後体術の習得は、最低限姫華に必須な項目と言わざるを得ないだろう。
「Aw.L!!」
「「Uarw.Ll!!」」
その証拠に、複製品達の猛攻を止められないと悟るや否や、リーダー格の上位種が姫華を指し示して号令を発する。それに伴って蟲人達は、防御を捨てて再び姫華に対し侵攻を再開する。
現象の操作のみで、蟲人達の脅威を退けられるのであれば、そもそも精霊達が体術を習得する必要性など無いのだ。性質上物理攻撃の方が有効だという事も在るが、目に見えた物を燃やしたり、凍らせたり出来ると言っても、それはあくまでも動かない物が標的である場合に限るのだ。
自由意志で動く標的に石をぶつけるのが、動かない物にぶつけるのよりも、遙かに難易度が上がるのが道理である様に、動く物体を標的に複製品のみで対処など出来る筈がない。ここから先は、相手の動きを先読みする能力と、経験則が物を言う領域だ。
その2つの要素が、今の姫華には圧倒的に足りていないし、おまけに蟲人達は捨て身で彼女を目指し突っ込んでくる。その押し寄せる波を、上手く捌く技術さえ彼女には無い。
何か1つに特出している能力があるからと言って、それだけで戦闘が有利に運ぶなど、決してありはしないのだ。故に精霊達は、圧倒的な力を有していながらそれのみに驕らず、技術や体術を磨き戦闘経験を積み重ねているのだ。
惜しむらくは、生まれて間もないが故に、今この瞬間その経験が姫華に無い事。そして、10本から成る複製品を操作する事に集中する余り、それ以外の事が覚束なくなっているという事だ。
彼女その場から、動かずに操作していたのでは無く、操作する事に意識が向き過ぎて、動けずに居ただけなのだ。初っぱなから、2桁の操作をして見せたのは確かに凄いが、いくら何でも初めてで飛ばし過ぎだと言わざるを得ないだろう。
しかし、彼女は決して考え無しでは無い。確かに彼女1人だったのならば、このまま動けず数の猛威に晒されていただろう…1人だったのならば。
『さぁ夜天、再びの出番ですよ。』
「応ともさぁ~!待ってましたぁ~!!」
今の彼女の内側には、頼れる仲間が2人も居るのだ。姫華は、押し寄せる蟲人達を見据え、口角をつり上げて不敵に笑う。
『姫華!あなたは私達の分身を操るのに集中しなさい!!』
『うん!ありがとう夜ちゃん銀ちゃん!!』
『お礼は全て終わってからにしなさい!夜天!!私の指示にちゃんと従いなさいよ!?』
「ほいほ~い!わ~かってるってぇ~!!エイミーとも約束したかんねぇ~姫ちゃんの身体に、傷の1つだって付けたりしないよぉ~!!」
手にした双剣を携え、嬉々とした表情で蟲人達へと向かって行く姫華は、周囲に複製品達を呼び戻し操作しながら、数の猛威など物ともせずに蟲人達と相対する。
それも一重に、体術・技術を司っている夜天と、精霊としての能力を最大限に発揮する姫華。そしてその2人を纏め上げ、随時的確な指示を出し続け銀星と、三位一体の強みを遺憾なく発揮しているからこそだろう。
単純な足し算では無く、相乗効果でそれぞれの強みを最大限に引き出しているからこそ、一騎当千の活躍が出来ているのだ。縦横無尽に飛び交う複製品達と共に、押し寄せる蟲人達をなぎ払い戦場を駆け抜ける姿は、正に剣の乙女の名にふさわしい。
しかし姫華の善戦も、勢いの衰えない蟲人達の侵攻の前に、段々と疲弊の色が見え始めてくる。
「銀~流石に数が多過ぎだよコイツらぁ~」
『言われなくても解っているわよ!兵が減った側から、上位種が眷属を次々召喚しているんでしょうね。』
「冷静に分析してないでぇ~何か作戦考えてよぉ~!」
『なら、手っ取り早く上位種だけ斬り殺しなさいよ。ハック&スラッシュ好きでしょあんた。』
「それ作戦て言わない~簡単に言わないでよぉ~もぉ~!しっつこい男はモテないんだぞぉ~!!」
疲弊してきたとは言え、それだけの軽口を叩く余裕はまだあるらしい。とは言え、このままではそんな軽口を叩く余裕も、何時無くなるか解らないのも事実だ。
最悪、エイミーが合流するまで保たせれば良いのだが、このまま合流するのもかえって危険かも知れない。そう考えて、司令塔である銀星は、夜天にせがまれる迄も無く、打開策を色々と模索しているのだが、ネックなのはやはり上位種の存在だった。
ナイトタイプの上位種とは違い、蟻人種の上位種は眷属召喚が出来るだけで、戦闘能力は下級兵と余り大差が無い。故に、倒す事自体はそう難しい事では無いのだが、数に物を言わせ下級兵を前に出し、後方で眷属召喚に専念している様子だった。
視界に捉える事が出来れば、姫華の能力で複製品を向かわせるのだが…正面は疎か、右を向いても左を向いても、上も下も後ろに至るまで、下級兵達が邪魔で視界が遮られている状態だ。
気配だけで的を絞るには、夜天なら可能だろうが今の姫華では難しいだろう。となると、周囲の敵を一気に吹き飛ばすか、一点突破を仕掛けこの包囲網を抜けだし、上位種を一気に殲滅するしかないだろう。
しかし、それだけの火力となると、今度は残存魔力が心配になってくる。上位種を殲滅しきるまで出来たとしても、それまでにエイミーが冒険者を率いて来なければ、姫華が下級兵達如きに袋叩きに遭うのが目に見えている。
さてどうした物かと、軍師も頭を捻って悩んでいると、思いも寄らない所から天恵が降ってきたのだった――
『――ねぇ、銀ちゃん。』
『何ですか姫華?』
『あのね?思ったんだけど――って、姫華にも出来るかな?』
思いも寄らない所から出された提案に、銀星は思考を加速させて、それが可能かどうかの精査を始める。
『確かに、マスターと同じ姫華の能力なら…精霊の力は精霊に聞けって言う事か…』
「銀~!!1人で納得してないでさ!!もうそれ!それで行っちゃおうよぉ~!!コイツ等頭数ばっかりで、歯ごたえ無くって、もうわたしウンザリなんだよぉ~!!」
『慌てんじゃ無いわよ夜天!頭数ばっかの歯ごたえ無い敵なんて、ハクスラするには最適じゃ無い。良いから無双無双してなさいよ。』
「なんだよぉ~!わたしの方がお姉ちゃんだぞぉ~!!銀のばかぁ~!!」
自分自身に冷たくあしらわれ、泣き顔になって抗議の声を上げながらも、変わらず蟲人達と立ち回っていく姫華。そんな主人格を余所に、脳内会議は更に続いていく。
『それで姫華、どの位で準備出来そうなの?』
『えっとね、用意するだけならそんなに時間は掛からないと思うけど、今のままだとちょっと厳しいかな…』
『なら、複製品の主導権を私に譲りなさい。出来るわよね?』
『え?う、うん。出来るけど、でも…』
『心配には及ばないわ。散々見てイメージは概ね掴んだし。それに、あなたに出来るんだもの、私にだって出来るわよ。』
『うっ…』
「姫ちゃ~ん。言い方キツいけど気にしなくて良いよぉ~今のはねぇ~『1人で何でもかんでも抱え込もうとしないで、私の事も頼りなさいよ!』ってそう言う意味だからぁ~」
脳内会話に対し、表に出ている主人格が、先程のお返しとばかりに銀星の口真似をして反撃に出る。流石姉妹だけあり、その完成度はなかなかだ。
『う、うるっさい!あんたは良いから無双無双してなさいよ!!』
「銀~ちゃんと素直になった方が良いよぉ~?そんなんだから、マスターにツンデレ要員って、思われてるんだよぉ~?――」
「――黙れっつってんのよ!!」
四方八方を取り囲まれ、大立ち回りを繰り広げているというのに、脳内だけでは飽き足らず、表に出てまでコントする辺り、まだまだ元気そうだと思えてくる。しかし、このままでは状況が好転しないのはやはり事実で、一通り馬鹿騒ぎし終えて気が済んだのか、主人格は再び姫華へと託される。
『ともかく!やれるだけの事はやるわよ。2人共良いわね!?』
『うん!!』
「応ともさぁ~!!」
そうして、脳内に響く銀星の号令の元、彼女達は心を1つにして立ち向かう。まぁ、ちゃんと1つに成っているかは、若干不安の残る問題ではあるのだが…




