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剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第三章 精霊編
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間章・彼女達の戦場(1)

 ――帝都ヤマト


 シルフィード達が蟲人達を」迎え撃つ準備を整えていた頃、ここ帝都ヤマトの王城は、蜂の巣を突いたかのような慌ただしさを見せていた。それもその筈、今まで安全だと思われていたダリア大陸に、蟲人出現の報せが、女神イリナスから直接告げられたのだから、その情報の真偽を疑う余地等あり得ないだろう。


 有史以来の緊急事態に、国中から招集された職業軍人が、慌てた様子で鎧を着込んで詰め所から足早に走り出し、そこに収まりきれなかった隊兵士達が、王城の至る所で磨き抜かれた自慢の肌を晒して、自分の装備を改めながら装着していく。


 勿論、その場に居るのは兵士達だけでは無い。文官とおぼしき人物達は、兵士達の間を縫うようにして、大量の書簡を持ってあちこち奔走し、メイド服を纏った女中達も、兵士達の為に急拵えで用意した携行食を配って回っていた。


 やがて、武器庫から運び出された大量の武器類が搬入され、着替え終わり準備の整った兵士達から順番に、それぞれの武器を手にして移動していく。


「準備の整った者は王城前に集結せよ!小隊長は兵達を纏め隊列を組ませ、大隊長クラスは我が元に集結!!」


 大量に搬入された武器と一緒に、広間に姿を現しさも当然と指揮を執るのは、この国の王であるヤマト王だ。彼は黄金に輝く甲冑を身につけて、要所要所に指示を飛ばしていく。


「伝令兵!各国に早馬を走らせ事態をいち早く報せよ!!『軍を編成し各国で警戒に当り、可能であるならば風の谷に向けて援軍を出せ』とな!!」

「ハッ!」

「冒険者ギルドにも連絡!!銅等級以上に向けた緊急討伐任務を配布させろ!それ以下の冒険者達には、街の警戒任務の依頼を出させろ!!」


 王自らが陣頭指揮を執り、檄を飛ばす事で兵士達の士気を高めていく。それだけで、国を挙げての一大事である事が、容易に伝わって来るというものだ。


 そんな王城の様子を、隣に建てられた見事な造りの教会の一室から、観察している者の姿があった。金銀の刺繍が施された純白の豪華なドレスを身に纏った、透き通るような白い肌をした、灰色がかったショートヘアーの女性。


 この世界の女神の一柱、イリナス・オリジンその人だ。彼女は、窓から見える城の様子を、憂いを帯びた表情でジッと見守っていた。


 ――コンコン


 丁度そんな折り、来訪を告げるノックが室内に響き、彼女は窓の外に向けていた視線をドアへと移すと、それまで浮かべていた憂いの色を消して表情を引き締めた。


『お入りなさい』

「失礼します。」ガチャ…


 来訪を告げる音に対し、空間を振動させて木霊のような音を発し入室を促す。程なくして扉が開き、入室してきたのは精霊教の修道服を身に纏った侍女だった。


 外の喧噪などまるで起こっていないのでは無いかと思うような、静々とした動作で一礼すると、女神を前にしているというのに、全く物怖じした様子も見せずに、イリナスの前へと進み出る。


「錬金協会の方々がお見えに成られました。」

『解りました』『通って構いませんよ』


 侍女は淡々とした様子で要件を告げ、それにイリナスが応えると、開け放たれたままのドアから、魔術師風の老人がまず最初に入室し、その後に続いて大きな箱を持った人物が5名程入室してくる。


 箱を持たされた者達は皆若く、女神を前にして緊張したのだろう、ガチガチに固まった様子でその動きはぎこちなく、手にした箱を落としてしまうのでは無いかと心配する程だった。一方先頭に入室してきた老人は、そんな素振りは全く無い様子だった。


 侍女が道を開けて軽く会釈すると、彼もまた物怖じした様子無くイリナスの前に進み出て、長く白い顎髭を手で扱きながら、人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「お久しぶりですなぁ女神殿。」

『貴方も壮健で何よりです』『セドリック老』


 その老人――セドリックに対し、イリナスは柔らかく微笑んで応じる。その笑みは彼に向けられたものだったのだけれど、その優しげな笑みを見てか、箱を持つ若い者達の緊張がほぐれたようだ。


 しかしそれも一瞬の事で、すぐさまイリナスは表情を引き締めると、彼等の間に自然と緊張感が走る。


『急に呼び付けるような真似をして申し訳ありませんでした』

「ホッホッホ、何の何の。我等が女神イリナス様の為とあらば、この老体に鞭を打ってでも、地の果てであろうと馳せ参じて見せましょう。」

『感謝致します』『では早速例の物を』

「そうですな。ほれ、おまえ達…」


 挨拶もそこそこに、イリナスは早速本題を切り出し、それに厭な顔1つ見せずセドリックも応じる。そして、後ろに控えた者達に指示を出すと、若者達は手にしていた箱を慎重に床へと置いて、その蓋を開け放つ。


 その箱の中に収められていたのは、宝石かと見まごう程美しい、色とりどりの魔力の塊――


「ご所望の精霊石、我が協会で所蔵分の全てにございます。どうぞ、お収め下さい。」


 そう言って彼等は、イリナスに対し膝を付いて傅き、仰々しく頭を垂れる。それに対してイリナスは力強く頷くと、精霊石で満たされた箱の前へと歩み寄っていく。


 精霊石とは、精霊王から産まれる意思なき微精霊が、長い年月を掛けて結晶化した、言うなれば魔力の塊その物である。その利用用途は多岐にわたり、ほとんどの場合は魔道具等の材料や燃料として使われるが、装飾品としても利用される事が多い為、市場価格も安定して高水準だ。


 少なく見積もっても、この部屋に運び込まれた量の精霊石で、小国の1年の国家予算に相当する。それが何故、こうしてイリナスの元に持ち込まれたのかというと――


『無理なお願いをしてすみません』『ですが』『これだけあれば結界の修復に十分な魔力を得る事が出来ます』

「お役に立てて、何よりでございます。」


 一般には知られていないが、精霊石は精霊達とっての力の源になり得る鉱石なのだ。それは、精霊達の始祖たる精霊神、イリナス・オリジンにも言える事で、精霊石に込められた魔力を吸収する事こそ出来無いが、一時的にその魔力を利用し術を行使する事が可能なのだ。


 この世界にとって精霊石とは、地球で言う所の化石燃料である。その精霊石の管理は、全てイリナス指示の元、彼等錬金協会が一元管理を行っていた。


 言うなれば独占に近い状態なのだが、今回のような有事に備えて、どうしても一定量の精霊石を、確保しておかなければ成らないのである。無論、それを快く思っていない者も多く居るのだが、精霊石の源となる各精霊王達が、イリナスの言葉以外を受け入れる筈も無く、結果的に黙認せざるを得ないのである。


 精霊石の収められた箱を前にしたイリナスは、納められている物をまるで壊れ物でも扱うかの様に、愛おしそうにソッと触れる。彼女にしてみれば、それらは子である精霊王達から産み落とされた、意思を持たぬ生命の源と言って良い代物だ。


 世界の発展の為にも、ある程度の流通は仕方無いと割り切ってはいるが、精霊の始祖たる存在としては、やはり思う所もあるのだろう。


『皆』『ご苦労でした』『(わたし)これより精霊界に戻り儀式に取りかかります』

「ハッ!」


 その場に居合わせた者達に、再度労いの言葉を掛け終えたイリナスは、直ぐさま精霊石を伴って自身の世界へと移動する。それまで、教会の一室だったそこは、次の瞬間には様々な草花が咲き乱れる楽園へと変貌する。


 そのただ中で1人佇むイリナスは、徐に右腕を翳した。


「…『祖たる我が前に、汝等真の姿を取り戻せ。』」


 紡がれたその言の葉に導かれ、彼女と共に世界を渡った精霊石が、色とりどりの光を放ち宙に浮かぶ。そして、まるで氷が溶けるかの様に、結晶だったそれらが元の姿である微精霊へと戻っていく。


 それらは、色鮮やかな光の奔流となり、舞い上がった花びらとともに女神を優しく包み込む。その光景はただただ幻想的で、息を呑む程美しい。


「シルフィー…それに優姫。もう暫く待っていて下さい。」


 光に包まれた女神は、愁いを帯びた表情で呟く。今回の事態を招いた責任は、全面的に自身にあると彼女は自覚している。


 もう1柱の精霊神、クロノスの指示があったとは言え、今の彼女に残された力で、異世界人と精霊となり得る宝具を召喚し、更に精霊化の術式を掛けたらどうなるかが解らぬ程、彼女は愚かな女神では無い。その尻拭いを、子であるシルフィーや孫の精霊達、更に一番の被害者である優姫とエイミーに、させる結果となったのだ。


 よほどの厚顔無恥でも無い限り、罪悪感を抱くのは当然だろう。


 ならば何故、前もって精霊石を使用し、異次元の封印を強固にしなかったかという話になるのだが、そもそも有事に備えて一元管理する事を、強引に認めさせた部分が大きいのだから、有事の前に精霊石を使用したら、着服したと思われても仕方が無い。更に下手を打てば、それが原因で優姫の存在が知れ渡る可能性だってある。


 そうなれば、軍国がその事を引き合いに出し、戦力増強を言い訳にして、大手を振って異世界人召喚を再開するだろう。そうなれば他の国にもその流れは波及して、彼女の手に余る事態にまで発展するだろう。


 彼女は正しく、この世界に降臨し崇められている神の1柱だ。しかし、この世界に住まう全ての人に、崇められている訳では決して無い。


 付け加えて言えば、彼女を女神とする根拠は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。十全に女神としての力を振るえた神代の頃ならば、神としての威厳を示せただろう。


 しかし今の彼女に、当時の力は欠片程しか残っていないのだ。それでも彼女が女神として認知されているのは、世界の守護者である精霊王達と、そして世界最強戦力である龍王が、彼女こそ女神だという証言があるからなのだ。


 女神は1人、花園に佇み物思いに耽る――神代の頃の力があれば、あの頃の様に自分も前線に立つ事が出来るのに――と。当時の十全で無くても良い、その半分もあったのなら、少なくとも無関係な少女を異世界に召喚しなくて済んだだろうし、このような事態になる事も無かったのに――と。


 しかしその力は既に無く、恥知らずだと解っていても、優姫の力を借りるより他が無いのが、()全能の女神イリナス・オリジンの現状だ。


 それだけ、この世界は追い詰められ、後が無い状況なのだ。


 とは言え、そんな元全能の女神にしか出来無い事が、確かにある――


「『祖たるイリナス・オリジンの名の下に――』」


 ――であるならば、その身が風の谷に無かろうと、ここがきっと彼女にとっての戦場なのだ。


 祝詞を紡ぐその唇は力強く、その意志に従い微精霊達がざわめき出す。そして、彼女の翳した手の平に、色とりどりの光の奔流が渦を巻いて全て集まると、それは次の瞬間黄金の輝きを放ち始める。


「『――光よ!』」


 その言葉と共に、翳した手の平を天へと向けると、それに併せて黄金の光も天高く上昇していく。それは高く高く、どんどんと高度を上げていき、やがて世界を書き換えるだけの力を帯びたその光は、解ける様にして空間を渡り、現実世界へと顕現するのだった。

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