精霊界であたしと握手!(対抗番組はプリ○ュアです(3)
――ドクン…
ズキンッ「ッ!!」
「ッ!?Gro.L?」
その瞬間、唐突に鼓動が大きく跳ね上がったかと思うと、次いで刺すような痛みが頭を走り、鼻の奥から熱い物がこみ上げてくる。その痛みに顔を顰め、鼻血が流れ出そうとも拭いもせずに、攻撃の手を休めるような事はしない。
けれどその心意気も空しく、身体の動きが鈍くなっているし、刀の太刀筋にも乱れが生じているのが自分でも解る。そしてそれは、相手にも当然伝わっているだろう、何と言ったのかは解らないけれど、一瞬訝しがった様な雰囲気が伝わってくる。
限界ギリギリまで、過集中を続けた末の時間切れによる弱体化。覚悟はしていたけれど、ここまで反動が大きいとは思わなかった。
当然、その好機を見逃してくれる程、この敵は甘くない。
「GAA.Loo!」ガキンッ!!
「クッ!」
タイミングを見計らって、あたしの攻撃を払いのけた蟲人は、そのまま後方へと跳んで翼を広げて飛翔しようとする。すかさず追おうとするけれど、気持ちが先行するばかりで身体がそれに追い付けず、ここへ来て遂に敵の飛翔を許してしまう。
ほんの少し前まで、相手の初動を読んで行動を先読みし、それがフェイントかそうで無いのかさえ考えてから行動出来ていたのに、今は初動を知覚して反応する事すら出来無い。それどころか、大分無理して酷使していたんだろう、攻撃を弾かれて僅かにあたしの動きが硬直した瞬間、忘れていた疲れが津波のように押し寄せ、全身が鉛のように重く感じられた。
おまけに疲れを自覚した所為だろう、頭痛が更に酷くなって立ちくらみを起こし、その場で倒れ込みそうになったので、刀を地面に突き立てて身体を支える。敵にしてみれば、またとない絶好の反撃チャンスだろう。
なのに仕掛けてくる素振りは無く、空中で羽を羽ばたかせながら、あたしの事をジッと観察していた。恐らく、余りにもあからさま過ぎて、逆に警戒しているんだろう。
実際、ここぞとばかりに勝負を急いで、一気呵成に攻めてきたのなら、逆にカウンターを狙ってやろうと思っていたしね。と言うか正直、こうなってしまったらさっきの様な立ち回りは厳しいから、カウンターを狙う意外に打つ手が無いんだけれど。
ともあれ、攻めてこないのならそれはそれで好都合だ。あたしは、刀を杖の代わりにしながら、大きく息を吐き出すと、早鐘の様に活発に動く心臓を落ち着かせる為にも、大きく深呼吸を数回繰り返し、呼吸を整えながら鼻血を拭い取る。
「UuO.G.hh」
「仕切り直しとでも言いたいのかしら?」
「DD.Dgo?」
「まだ続けるのか…とかかしら?けど悪いわね。本当に何を言っているんだか解らないのよ。」
彼の言葉に対し、苦笑を漏らしながらそう告げてから、杖代わりにしていた刀を鞘へと戻し、再び半身となって片膝を突いて構える。余裕のつもりか警戒してかは解らないけど、敵の施しで僅かばかりの時間が稼げた。
おかげで頭痛も少し和らいできたし、身体も鉛のように重いとは言えまだ動くなら、あたしはまだ戦える。強がりでも何でも無く、元よりこうなる事は百も承知の上で相手に挑んでいるのだ。
肉弾戦で勝敗を決する事が出来るなんて、最初っから思ってなんか居ない。今までの戦闘は、相手の手の内を探る為に必要だった行為だけの事。
正直に言って、相手の手の内を探れたなんて思っていない。余力がまだ十分あるのは見て取れるし、切り札の1つ2つは隠し持ってて当然と見るべきだ。
それでもまだ勝ち筋は残されている。さぁここからが正念場よあたし、死中に活を見出す為にも、全力を持ってあたしが手強い弱者である事を知らしめよう。
「DgolPP.BEdqa…DA.Zxvb!」
未だ戦意が健在と悟ったのか、それともただ単に、準備が整うのを待っていたのかは解らないけれど、あたしの構えを見て何やら告げると同時、蟲人の周囲の空間に揺らぎを感じ取った。この反応も予測通り、敵は1度無防備に飛び込んで、腕一本を代償にしているんだから。
いくらあたしが目に見えて疲弊していたとしても、その事があるから簡単には飛び込めない。けど、だからと言って睨み合って、あたしの体力が回復するのを待っていられる筈がない。
それに、外界の情報を遮断して既に30分以上。そろそろ外の様子も気になる頃合いでしょうね。あたしにとって、ここが正念場であるのと同じ様に、彼にとってもここが勝負所に他ならない。
迂闊に飛び込めないのなら、相手にとっても得意の眷属を召喚して、数の猛攻であたしを圧倒してくる筈。それも、様子見で4~5体けしかけるのでは無く、彼が呼び出せる最大人数の蟲人達を。
歪みの数が、徐々に増えるのに併せて、自然と手にした刀に力が籠もる。集中力を高めていた状態なら、1カ所につき3~4本召喚して、確実に射殺していた所だけど、今は操れて2~3本が限界だから焼け石に水ね。
歪みの数が5を越え6越え、その場所から一回り小さい蟲人がヌッと姿を現していく。更に7・8・9と空間に揺らぎが生じ、予想していた10を過ぎ最悪な状況として想定していた15を越えた所で、自然と身体が強張り、背筋に冷たい物が流れ落ちる。
そして――
「…嘘でしょ。この期に及んで悪い冗談だわ。」
――都合35体の蟲人達を前に、強がりと言うよりも自嘲から薄笑いを浮かべ、内心自分の詰めの甘さに舌打ちする。今まで、多くて5体までしか出そうとしなかったから、恐らく10多くて15と勝手に予想していた。
その位ならこちらも、地の利と眷属を駆使した立ち回りで、どうにか食らい付けると思っていた。けどこの数を相手にするとなると、立ち回りで来たとしても体力が保たない可能性がある。
この戦力差のままでは、折角ここまでお膳立てして見えてきた勝ち筋が、数の猛威の前に塞がれてしまう――
「ddRT!!」
「「Gar.A!!」」
35体の蟲人達の中央に位置する、身体中傷付いた一回り大きな3本腕の個体が、あたしを指差し号令を発する。それに呼応したその他の蟲人達が、一斉にあたしに向かって跳びかかってくる。
その光景をあたしは、構えを解いて自然体と成って見据え、眉間に皺を寄せて深々とため息を吐いた。別に、絶望的な戦力差の前に、抵抗も無駄だと悟って諦めた訳では無い。
――このままでは――ね。不意に、どこからともなく緑色の小さな光が飛来して、まるで意思を持っているかのように、あたしの身体に纏わり付くかのように飛び回る。
実際、その光には意思があり、あたしはずっと見ないふりをしていた。シルフィードから受け取った力が、あたしの中に眠る兼定に吸収された後、意思を持ってあたしから飛び立った微精霊。
彼女はずっと、あたしの心に語りかけてきていた――自分に名前と依り代を頂戴――と。そうすれば戦えるからと、あたしの役に立てるからと。
巫山戯るなと、思わず叱りつけたい気持ちを飲み込んで、その子の願いをあたしは、ずつと聞かない振りをして通してきた。けれど、そうも言っていられる状況を、どうやら通り越してしまったらしい。
出来れば、これだけは使いたくなかった。せめて、みんなで彼女の誕生をお祝いして、それからなんのかんの騒ぎながら彼女の名前を決めたかった。
オヒメはあれが良いだとか、これが良いだとかきっと言うだろう。夜天は眠そうにしながらも、きっと付き合ってくれるだろうし、銀星も真面目だから、きっと色々考えてくれるだろう。
そんな風に、生まれたばかりの彼女を中心に、3人の姉妹達が取り囲んで居る姿を、あたしとエイミーが見守っている――それがあたしの些細な願いだ。
そんな些細な願いさえ、許されないどころか、1日に2度も子供を闘わせる決意を強いられるなんてね…ほんと、恨むわ異世界。
そう心の中で呟いてみた物の、この恨み言はお門違いも良い所だろう。今ここに立って居るのはあたしの意思で、こんな状況になっているのは、自分の詰めの甘さと不甲斐なさが原因だ。
ならば、言い訳の理由を探して、罪悪感から逃れようとするべきじゃ無い。これは、あたしが負うべき責任で業なのだから。
「…来たれ。」ブンッ…
迫る蟲人達を見据えたまま、あたしは一振りの眷属を召喚する。それは、今あたしが手にしている茜丸同様、この風の谷で入手した大ぶりの中国槍――青龍偃月刀。
それを手にした瞬間、余りの重さに取りこぼしそうになる。それをなんとか堪えて右手で持ち、左手の平を上にして差し出すと、そこに止まり木に寄り添うように緑色の光が降り立った。
「ッ!GGG.Ik!!」
魔力との親和性の低い蟲人達が、この子を目視出来た訳じゃ無いだろう。だけどあたしの行動に3本腕の蟲人は、この期に及んで何かやらかすと察したらしく、怒号を上げて他の蟲人達に指令を出し、それに呼応して迫る蟲人達の速度が上がったのは言うまでも無い。
それをあたしは、妙に落ち着き払った胸中で見据えていた。所か、これから自分が何をしようとしているのか、産まれたばかりのこの子に、一体何をさせようとしているのか、それもこれも全部解った上で、冷静で居られる自分に嫌気がさす。
だけどあたしは…それでもあたしは、こんな所で倒される訳にはいかないのよ!姫華にエイミー、夜天に銀星達だってきっとそうだし、アクアだってシルフィーだって、あたしの無事を信じてくれている筈だから。
それに何より、今この子に名と依り代を与えてしまったら、次に蟲人達に狙われるのはこの子だ。そんな事に成ったらあたしは、自分で自分を許せない余り、死んでもきっと死にきれない。
だから――
「『ヴァルキリー・オリジンの名の下に!』――」
――無様だろうとカッコ悪かろうと、たとえ地べたを這いずり回ってだって勝って生きる!!
「――汝に御名と依り代を与える!!風を制し槍の乙女よ!『一刀を胸に』勝利の風を導き出でよ!!」
宣誓と同時、あたしの身体から青みがかった銀色の微精霊があふれ出し、ドーム状となって周囲に渦巻き始める。それと同時に、生まれたばかりの微精霊と偃月刀にも纏わり付き始め、その内に吸い込まれていく。
新たな権能『属性武具作成』――それに必要な物は、属性の核となる微精霊と、それを受け止められるだけの能力を秘めた武具。そしてもう一つ、その触媒となるのがあたしの魔力だ。
あたしの魔力に包まれた微精霊と槍が、惹かれ合うように段々とその距離を縮めていき、その間に吸い込まれていくかのように、周囲に渦巻く魔力の奔流が出来上がる。程なく、重なり合った2つが1つとなり、流れ込んでいく魔力の分だけその輝きを増していく。
「…不甲斐ないママでごめんね。だけど、どうしても負けられないのよ。だから力を貸して――」
周囲にあれだけあった魔力を全ての見込み、光の繭が消えるとそこには、蟲人達の姿が目と鼻の先にある。けれど、そんなのどうでも良いと言わんばかりに、目映い輝きの向こう側に向けて呟いた。
そして叫ぶ、彼女の名を――




