間章・そして集った者達(2)
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――現在、風の谷武器が保管されていた岩屋前…
遠く、空を覆う邪蟲の雲を穿って天より次々降り注ぐ眷属達を、姉妹達の力を借りて成長した姫華・ヴァルキリーは、強く拳を握りしめながら力強い眼差しで見守っていた。そんな彼女の両肩にソッと手が置かれ、振り返れば微笑むエイミーの姿があった。
「オヒメちゃんのママは、本当に凄いわね。」
「うん!えへへ!!」
優姫が褒められた事がそんなに嬉しいのか、その言葉に姫華は屈託無く無邪気に笑い、再び『流星雨』を望みながら、握った拳を胸へと当てた。
降り注ぐ眷属達が地面へと落ちていく度に、遠くから激しい音が響き土煙が上がり、そして足下からは地響きも届いていた。遠目に見て距離があるにも関わらず、そこまでハッキリと伝わって来る事からも、その威力の壮絶さが容易に想像出来た。
それを目の当たりにして、姫華は胸の内に熱い物を感じていた。そして、いずれ自分も――自分達もと、強い決意を抱いたのだった。
「お~い!エイミーさん!姫華ちゃ~ん!!フェアリーさん達見つけましたよ~!!」
やがて、星屑の最後のひとかけらが落ち、未だ土煙は上がりながらも、次第に地響きが収まり始めた頃、背後から聞こえたアクアの声に、2人は揃って振り返った。彼女達が向けた視線の先には、笑顔で大きく手を振っているアクアの姿と、その背後に隠れるようにして顔を覗かせているフェアリー達の姿があった。
「イザベラ様の読みは正解でしたね!」
「えぇ、その様ですね。」
近づいてくるアクアに同意しながら、徐に中腰になったエイミーは、彼女の背後に隠れているフェアリー達に向かって、優しく微笑みかけて『もう大丈夫ですよ。』と、小さく語りかける。すると、周囲に漂う雰囲気に未だ怯えては居るものの、それでも幾分ホッとしたのか、強張っていたフェアリー達の表情が緩んだ。
それを確認して満足そうに笑顔で頷くと、中腰だった姿勢を正したエイミーが、場を仕切る為に口を開く。
「それでは、私達は当初の予定通り、この場で待機してイザベラ様と合流しましょう。」
「うん!」
「はい!」
「あそこの岩屋が、身を隠すのにも丁度良いでしょうし、そこまで移動しましょう。前方は私が警戒しますから、後方はアクアさんがお願いします。」
「わっかりました!!」
指示を受けたアクアが、元気な返事をしたかと思うと、その場でくるりと振り返りフェアリー達を伴って、岩場へと駆け足で向かって行く。そんな彼女を、エイミーはクスクス笑って見送ると、今度は姫華へと視線を移した。
「オヒメちゃんは、フェアリー達の側で彼女達を護ってあげてね。」
「うん!」
エイミーにそう言われて、勢いよく元気に頷いた姫華は、何の疑問も抱かず素直にその言葉に従い、アクア達の後を追って駆け足で向かって行く。その背中を見送りながら、自嘲気味に苦笑を漏らし他エイミーは、心の中で彼女に謝罪する。
無邪気な彼女は、全く気が付いていないようだが、フェアリー達の護衛とは名目でしかなく、エイミーにとっては姫華も、フェアリー達同様護衛対象だった。彼女の決意を尊重して、先程は何も言わなかったのだけれど、実を言えばエイミーも気持ちでは優姫と同じ立場だったのだ。
精霊としての立場故、いずれ姫華が邪神の軍勢と闘う時は来るだろう。実際、中位精霊で既に前線に立つ個体も、多くはないにしろ存在するのも事実だ。
今は夜天と銀星の力を取り込んで、上位寄りになっている物の、姫華も中位精霊である以上、闘う力はある程度備わっている筈だ。それに、物理攻撃特化の精霊王・ヴァルキリー・オリジン――あの鶴巻優姫の娘なのだから、きっと何か起こしてくれるんじゃないかという期待もある。
けれど、そうは言っても姫華は産まれてまだ一月と経っていない。他の中位精霊が、数百年単位で成長する事を考えれば、彼女の成長速度は明らかに異常だし、成長と共に培うべき経験を度外視しているのは明らかだった。
そんな状態で、まともに戦えるのか正直不安なのだが、しかし姫華のような前例が在るのも事実だし、邪神とその眷属達に敵意を向けるのは、精霊達にとっては本能と言って良い衝動だ。何よりも、フェアリー達の怯える姿を見て、使命に燃える姫華に水を差すのも忍びない。
そう言った理由から、姫華の想いに沿いつつ、自身が矢面に立って彼女を護ると、エイミーは心に誓っていたのだった。駆け足で向かって行くその背中に優姫の姿を重ね、彼女は人知れずに苦笑を漏らして歩き出す。
「…本当に、あなた達親子は…」
等と呆れながら、しかし嬉しそうに人知れず呟いて、彼女も岩屋へと向かって行った。
彼女達が岩屋の中へと身を隠し、辺りの様子を警戒し始めたちょうどその時…
「おお~い!」
「あっ!イザベラだ!!」
「こ、こら!イザベラ様でしょ!?姫華ちゃん失礼ですよ!!」
「ウフフ。」
上空から呼びかけられて、好奇心で岩屋からひょっこり顔を出した姫華が、顔を輝かせて遠くに見えた高位精霊の名を呼び、その口調をアクアが慌てた様子で咎めた。そんなやり取りを見て、可笑しそうに微笑んでいたエイミーも、姫華の向けた顔の先へと視線を移し、かの高位精霊とその両側に並ぶ精霊達の姿を確認する。
「おお~い!こっちだよ~!!」
「あの御2人は…」
「えぇ、どちらも高位精霊のようですね。」
「イザベラ様~「サフィーネ様にネルネ様も居るよぉ~!!」
手を振ってやって来る精霊――無論、イザベラではなくその隣を飛ぶ1人だが――に手を振り返す姫華の後ろで、エイミーとアクアが確かめ合うようにそう呟く。そんな彼女達の様子を見て、岩屋の中に居たフェアリー達も恐る恐る顔を出すと、パッと顔を輝かせて飛び出していった。
程なく、地に降り立った彼女達に向かって、先に飛び出したフェアリー達の後を追って、エイミー達も向かって行く。
「サフィーネ様!!「怖かったよぉ~!!」
「お~ヨシヨシ!!大丈夫だったか~おまえ達!!ウチ等が来たからにはもう安心だからな!!」
サフィーネと呼ばれた精霊は、笑顔でフェアリー達を迎えて安心させると、その笑顔のままエイミー達へと視線を向ける。
「この子等を護ってくれてありがとうな!ウチはサフィーネって言うんだ、よろしくな!!」
「姫華だよ!」
「エイミー・スローネです。」
「お久しぶりです、サフィーネ様。アクアマリンです。」
「おぉ~久しぶりだなアクア!金色の精霊姫様も始めまして!!」
フェアリー達を抱きかかえながら、終始そんな感じで受け答えしていくサフィーネ。その雰囲気はまさにシルフィードの子供と言った所で、表情もどことなく面影がある事から、シルフィードがもう少し成長していたのなら、きっとこんな風になっていたのかも知れないなんて、そんな詮無き事をエイミーは考えてしまった。
そんな彼女の胸の内など、当然知る由もないサフィーネは、視線を巡らせ姫華を見つめた所で固定し、シルフィード譲りの人懐っこい笑みを向ける。
「んで、キミかぁ~突然現れた火の上位精霊は!よろしくな姫華!!ウチの事はサフィーって呼んでくれな!!」
「うん解った!姫華の事もオヒメって呼んで良いよ!!」
「オヒメ?」
「うん!!ママやエイミーにはそう呼ばれてるんだ!!」
「アハハ!!解ったよオヒメ!改めてよろしくな!!」
対して姫華も、引けを取らない位の人懐っこい笑みで返し、似た様なテンションの2人がそんな感じで盛り上がっていく。そして、一通り挨拶し終えて満足そうに頷くと、サフィーネはその場で振り返った。
「そんじゃ、ウチの姉妹を紹介するな!!イザベラ様はもう知ってるよな?その後ろで隠れて様子見てんのが、ウチの双子の妹のネルネだ!」
そう言って紹介された通り、それまでイザベラの背後に隠れて、様子を伺っていたもう1人の高位精霊のネルネだったが、しかしそれで自分に視線が集まるや、イザベラの背後から覗かせていた顔さえ引っ込めて、完全に隠れてしまった。
「…こら、ネル。挨拶くらいちゃんとしなさい。」
それを見て、呆れながらにため息を吐きながら、イザベラが困り顔で窘める。そして、暫くして再びそこから表情を出すが、長く伸びた前髪が邪魔で表情は良く解らなかった。
「…ネル…ネ。あ、の…フェアリー、守ってくれて…あり、がと。」
「うん!!えへへっ!!」
聞こえるか聞こえないか解らない様な声でそう呟いたネルネに対し、姫華は嬉しそうにして大きく頷いた。それを受けて、彼女の口元が僅かに緩んだと思ったが、すぐに再びイザベラの背後に身を隠してしまった為、笑ったのかどうかを正確に確認する事は出来無かった。
「…すみません。この子は重度の人見知りでして…」
「なぁ~!あれでウチと同時に生まれただなんて思えないよな~!!」
「こらサフィーッ!!そんな事言うんじゃありません!!」
申し訳なさそうに謝罪するイザベラは、あっけらかんとしたサフィーの物言いに、すかさず眉をつり上げて注意する。すると、それがよほど気に入らないのか、子供っぽく口を尖らせて分かり易くふて腐れる。
「フ~ンッだ!ネルばっか甘やかすんだからさ!」
「また貴女は、そんな事を言う…私にそんなつもりは在りませんから。」
ぷいっと横を向いて拗ねるサフィーネに、ヤレヤレと言った雰囲気のイザベラが、疲れた表情でため息交じりに呟いた。そんな身内の話全開な彼女達に対し、エイミーやアクアは勿論、流石の姫華でさえあっけにとられた様子で、どう反応して良いのか困っている様だった。
丁度その時だった――
「「ッ!?」」ズズズズ…
地響きにも似た重苦しい音が辺りに響き、その場に揃った一同が空を見上げる。そして、見上げた先に目にした光景に、それまで辺りに確かに存在していた筈の、あの和やかな空気は一瞬で吹き消されてしまい、代わりと言わんばかりに緊迫した空気が横たわる。
彼女達の緊迫した雰囲気の理由、それは見上げた先――未だ空に開いたままとなった亜空間の穴から、それまで出現していたはずの邪蟲の他に、人型とおぼしき黒い影を幾つも目の当たりにしたからだ。
「…どうやら、恐れていた事態が起こってしまったようですね。サフィーネ!すぐにフェアリー達を精霊界に送りなさい!!」
「はいよ!!」
「ネルネ!貴女にも働いてもらいますよ?」
「う、ん…ウチ等の、おうち…護るの、頑張る…!」
そうと知って、すぐさま行動に移ったのは、この中で尤も長い年月を生きた精霊であるイザベラだった。彼女の命を受けて、威勢良く返事を返したサフィーネは、返事を返した次の瞬間には、怯えていたフェアリー達共々その姿を消し、ほんの瞬き位の時間で1人となって現れる。
一方、イザベラの背後に隠れていたネルネも、彼女にそう言われて意を決したのか、口をへの字に結んでエイミー達の前に姿を現した。相変わらず長い前髪に隠れて、その瞳は見えないけれど、やる気に満ちている様子なのはちゃんと伝わってきた。
「邪蟲の侵攻が収まったと思ったらこれですか…どうやら、期待していた応援は間に合わなかったようですね。」
そんな風の姉妹達を余所に、地獄の穴から這いずり出す亡者の群れの様な光景を、険しい表情で見つめていたエイミーが、誰にともなくぽつりと呟く。それを耳にし、アクアやサフィーネの表情も思わず強張る。
しかし、対照的にイザベラの表情は明るい。何故なら…
「ご安心下さいエイミー様。どうやら、たった今その応援が到着したようです。」
「えっ!?」
イザベラの言葉に、エイミーは驚きの声を上げて彼女に顔を戻した。そして、そんなエイミーにつられて、その他一同の視線も一気にイザベラへと注がれる。
彼女は、その視線を一身に受け止めると、未だ険しい表情では在る物の、口元を緩めて視線を横へとずらす。それを視線で追うと、その先に幾つもの赤い微精霊が現れている事に気が付いた。
その微精霊達が1カ所に集まり、やがて人の形を取ったかと思うと、そこに現れたのは…
「あっ!!ルージュ!!」
「やぁ姫華、久しぶりだね。」
赤いドレスの上から、銀の胸当てと右腕にのみ手甲をはめた、ワインレッドの髪をした長身の女性――イフリータ戦の際に、エイミーや姫華と友好を交わした炎の高位精霊ルージュが、姫華の呼びかけに対して柔らかく微笑んで答えた。




