98決戦、三方ヶ原!その1(カケルのターン)
――元亀三年 十二月二十二日。
軍議を終えた武田の軍は、それぞれの隊に戻り、お館様(武田信玄の事)の作戦を、各隊の配下へ伝達した。
第一陣を司る武田の赤備え山県昌景では、昌景が伝えた作戦で、家中に悲鳴があがった。
「殿、真にそのような作戦を決行されるおつもりでござりますか?」
いつもは冷静沈着な家老の孕石源右衛門が、真っ先に悲鳴をあげた。
「そうじゃ、我ら武田は浜松城は攻めぬ」
「城を攻めぬのは、京への上洛までに無用な戦をして兵を減らさぬという、お館様の御心でしょうが、浜松城の鼻先をわざと、掠めて通り過ぎるなぞ背後が危険極まりありませぬぞ」
「いや、徳川家康めは、一言坂でワシに寸前のところまで追い詰められ、命からがら逃げだして、腰が引けておる故な、そう易々とは、城を撃って出る勇気はあるまい」
「殿は、家康はもはや腰が引けてる故、城は撃って出てこないと思し召しなので?」
「そうじゃ、家康めは、越前の朝倉義景、北近江の浅井長政に同盟者の織田信長が手を取られておる故、援軍を望めない。透破者(忍者集団)の加藤段蔵の知らせでは、信長の援軍は気持ちだけ、宿老の佐久間信盛と、平手汎秀、と新参者の滝川一益なる者を援軍によこしたそうだ。いわば、捨て駒じゃな」
昌景の言葉を聞いた付け家老の広瀬景房が、顎に手をやり思案顔で、
「なれば、計算高い信長の事、徳川に寄こした援軍も、”退き佐久間”と謳われる佐久間信盛を大将に寄こしているぐらいです。あわよくば、徳川を見捨てて、織田勢だけで撤退戦を仕掛けて来るやもしれませぬな」
「だろうな、あの狡猾な信長ならばそれぐらいの腹づもりであろうよ」
「しかし、義父上、織田譜代の家老の佐久間と平手の役割は分かりましたが、新参の滝川一益なるものの役割がわかりませぬ」
と、娘婿の三枝昌貞が疑問の声をあげた。
「滝川一益なる者の情報は、新参者から、瞬く間に、侍大将まで駆け上がったということくらいしか情報はあがっておらぬ」
「山県のオジサン、滝川一益だったら、たぶん鉄砲隊だよ」
と、嶋左近と魂が入れ替わっている現代の高校生、時生カケルが声をあげた。
「これ、左近、大事な軍議の席じゃ、新参者のお主の出る幕ではない!」
カケルの目付に付けられている山県昌景の娘、山県虎が、カケルをたしなめる。
「鉄砲か、構わぬ左近申してみよ」
「滝川一益って人は、出生は不明なんだけど、元、忍者だったとかいわれていて、織田家でも重責を担う人物になるはずなんだ。それに、織田家へ仕える前は、忍者だったからか、流浪の間に身に着けたかわかんないけど、鉄砲の名手ってことらしいんだ」
「ほう、滝川一益なる者は、さような生い立ちがあったのか……」
と、カケルの情報を聞いた昌景は思案顔で髭をたくった。
同じ情報を聞いた山県虎は怪訝な表情で、カケルを見つめて、
「お主、いつの間に、そのような情報を手に入れたのじゃ? まさか、お主、織田と通じてはおるまいな?!」
「んなわけあるか~い! 歴史マニアの間じゃ有名な話だよ」
「歴史マニアとは聞かぬ言葉じゃ? どういう意味だ?」
「う~ん、歴史の本をめっちゃ読んでて詳しいってことかな」
「これ、お虎。左近は、出会った時にワシも徳川の間者と疑った。だが、岩村、奥三河の山家三方衆の調略、一言坂、伊井谷、二俣城攻略と、共に、戦場を駆け巡って、すでに、左近めには、とてもじゃないが、二心はないのは知れて居る。それに、徳川や、織田、他国の間者であれば、もはや、ここにはいないだろうよ」
「しかし、父上、左近めは透破者の加藤段蔵でもしらない、滝川一益なる者の生い立ちを知っておるのですぞ怪しすぎます」
「それは、大和の国から共に来た医師の北庵法印殿とともに、あちらや、こちらへ行くうちに、知りえた情報だろうよ。なあ、左近よ」
と、昌景は、お虎が疑いの目を向けるカケルへ助け舟を出した。
「です! そうです。山県のオジサン、北庵先生と旅をしている間に、色々知りました(やべ~、戦国時代。現代の知識を普通に話したらえらい事になりそうやんけ。こんどから気をつけよう)」
山県昌景は、”風”の一番隊、嶋左近ことカケルと山県虎を飛ばして、”林”二番隊の孕石源右衛門、”火”三枝昌貞、広瀬景房に作戦と配置を伝える。
「三枝昌貞よ、此度は、お主が左近と虎に代わって”風”の一番隊を務めよ」
「はっ!」
「父上、此度の戦では、ワタシと左近では風の一番隊は荷が重いとの思し召しで?」
「ハハハ、掛かったなお虎よ」
「なにが、おかしいのです父上。急先鋒を務めるワタシと左近が大事な戦でその任を外されるのです。こんな、不名誉なことがありますものか」
「まあまあ、虎さん。よかったじゃん、戦に参加しなくてすんで」
「なんじゃと、左近。戦場を駆けるは武門の誉れ。その任を解かれて喜ぶバカがおるか!」
お虎にこっぴどくやり込められるカケルを、昌景はニヤニヤと手招きして、
「おい、左近、まだ話は終わっとらん。ほれ、ちと、耳を貸せ」
カケルはなんの屈託も用心もなく昌景に耳を寄せた。
「ええーーーーっ! 今度の戦では、オレは最後尾の武田信玄の隊に入るだって!!」
山県昌景はニヤニヤと、
「そうじゃ、お主の隊は最後尾じゃ。後の指示は、お館様に直接うかがえ」
つづく