73金色のシカ(現代、左近のターン)
松永久秀の襲撃から、ようやく逃れた左近たちは、磁場の乱れのある時空の隙間に気付いたリーゼルが、何やらVR世界に働きかけて、出口を作った。
「さあ! この、時空の隙間にみんな飛び込んで!」
すると、左近が、
「リーゼルよ、ワシらがこの世界を脱出したとして、松永久秀に囚われた月代はどうなるのだ」
「おそらく、彼女はそのままこの世界に残して行くことになるわ。でも、今は緊急事態、一刻も早くこの世界を抜け出して、体勢を立て直さないといけないわ」
「ウム、わかった。さあ、清香、巫女よ、この入り口を潜るのじゃ」
現実世界に三人を送り出した左近は、自分の番になると、
「リーゼル、さあ、行くのじゃ」
「左近、ワタシが行けば、この入り口は閉じてしまうわ。行くならあなたが先よ」
左近は、静かに首を振った。
「いいや、ワシは行かぬ。ここに、残って、月代を連れ戻す」
「たった一人でなんてムチャよ」
「ムチャは承知じゃ。ワシは、それよりも月代を一人でこの世界に置いて行くことが心配じゃ」
「左近、あなたがこの世界で死ねば、もしかすると、すべての世界から存在が消滅してしまうかもしれないわ。それでも、危険をおかして、この世界に残るの?」
「そうじゃ、ワシは残る。残って、月代を救い出す」
左近の覚悟を見てっとったリーゼルは、仕方ないような諦めにも似た表情を浮かべて、
「武士に二言はないわね。わかったわ、ワタシは、現代に戻って、なんとか再びあなたたちを救出する手立てを考えるわ。左近、くれぐれも死なないで」
「ウム、ワシは死なぬよ」
と、左近は、リーゼルの背中を押して送り出した。
――戦場。
リーゼルたちを送り出した左近は、すぐに、月代を捜索するようなことはなかった。
森に身を伏せ、息を殺し、松永久秀が椿井城をから撤退してゆくのを見送り、距離を取りながら戦塵を追った。
跡をつけると、松永久秀の軍は、椿井と同じ平群の里の向かいの居城、信貴山城へ引き上げて行った。
そこまで、見送るとやがて日暮れた。
ぐぅ~~!
夜になると、緊張の糸が切れたのか、左近の腹が鳴った。
信貴山の里には、煙が登って、飯炊きが始まったようだ。
「腹が減った。なにか、食わねば戦はできぬ」
左近は、用心して、山から里へ下りようとはせず、クルミやキノコ、蛇に蛙、川の魚のたぐいまで、森の中で食えそうな物を探した。
しかし、そう簡単に道具もなく狩りなどできるわけもなく、何も収穫はなかった。
仕方なく左近は、川の水をガブ飲みして、腹を満たし、今晩は、森へ身を伏せやり過ごすことにして、木の根を枕に眠ることにした。
夜空に、月が登った。
左近が、腹の虫をなだめながら夜をやり過ごしていると、森の暗闇だというのに、月明かりだとは思えぬ眩しい光が閉じた瞼に射し込んできた。
「なんじゃ?! この光は……」
左近は、光の先を薄っすら目を開け辿った。
光の先には、川辺で水を飲む金色のシカがいた。
「世にも珍しきことじゃ……」
左近は、ゆっくり立ち上がると、息を殺して、金色のシカへと近づいた。
シュパンッ!
いきなり、金色のシカ目掛けて矢が飛んできた。
ビックリしたシカは、水飲みもほどほどに、ピョンピョンピョンと、右に左に、飛び跳ねながら、逃げ出した。
「ほれ、松永久秀様ご所望の金鹿が逃げたぞ、皆の者、罠へ追い込め! 」
四、五人の猟師が、金色のシカを追い始めた。
シュパンッ! シュパン!
猟師の放った一本の矢が、金鹿の後ろ足に刺さった。
(なんと、松永久秀め、神鹿をどうするつもりであろうか……)
息を潜め潜伏する左近は、猟師と金色のシカの攻防を見守った。
やがて、金色のシカは、多勢に無勢、罠へと追い込まれ生け捕りにされた。
それを見ていた左近は、なんだか、見過ごすわけには行かないような気がして来た。
(なんのつもりか分からぬが、松永久秀の考えることは、所詮、自己を利するだけであろう。このまま、霊験あらたかな神鹿をみすみす殺させてなるものか!)
そう決心が決まると左近は、罠に嵌った金色のシカを取り囲み油断した猟師の背後へ回り込み、いきなり襲い掛かり、刀の峯で打ち、次々に気絶させた。
左近は、金色のシカの罠を外してやると、後ろ足に刺さった矢を抜いてやった。
すると、金色のシカは、ピョンピョンピョンと、右に左に、丘を越えて、向こうの森へ逃げて行った。
それを左近が見届け去ろうとすると、金色のシカがこちらを見て、まるで、左近の人となりを見定めるようにこちらを見ている。
左近は、シッシ! と手振りで、逃げて身を隠すように促すのだがシカはこちらを見ている。
仕方なく左近は、猟師の弓を取り、矢をつがえて、金色のシカへ向かって、威嚇の矢を放った。
すると、金色のシカはようやく森の奥に逃げて行った。
「しかし、この松永久秀めの息のかかった猟師どもを打ちのめしたのが知れると、ワシの存在が知られることになる。いっそ、ここで……」
と、左近が腰の刀へ手を掛けた時、
「お父っさん、シカがあっちへ逃げたど~~」
と、猟師の息子らしき子供の声がした。
(いかぬ、無用な殺生をしてはワシも松永久秀めと同じ地獄に落ちるわ。やはり、逃げるか……)
左近は、森の奥へ奥へと、身を消して行った。
つづく