59白雷と鬼乃貴(現代、左近のターン)チェック済み
「はっけよい、のこった!」
大阪府立体育館は土俵立つの男たちの熱気で包まれている。
わずか十五尺(四.四m)の円の中で恰幅の良い力士が、力と力、技術と技術、闘志と闘志でせめぎあいぶつかり合う。
相撲は、横綱から前頭十七枚目までおよそ四十二人の幕内力士を東西で分けて戦うルールだ。
なかでも現在の横綱筆頭の白雷の実績は戦後歴代の横綱とくらべても群を抜いている。
この白雷はモンゴル人力士で、先ほど、日本人に帰化し将来の相撲協会を支えていく人物になろう。
しかし、この頃、同じモンゴル人力士同士のお酒の席での、暴力事件が起こり、東の横綱白雷と対をなす、西の横綱日輪富士がその責任を取り引退したばかりだ。
今、相撲界は揺れている――。
現代の高校生、時生カケルと魂の入れ替わった戦国武将嶋左近と母、清美と留学生として時生家へホームステイしていることにしているアンドロイドのリーゼルは、ひょんなことから、横綱白雷と知り合い、ちゃっかり、大阪場所へ招待さた。
花道に露払いの力士に導かれ横綱白雷が入って来る。
土俵に上がると右に露払いの力士、左に太刀持ちの力士を両翼に、横綱白雷の土俵入りだ。
土俵の中央で白雷は身を沈めて、足を土にズリッズリッと踏み開き踏み開き、両腕を翼のように大きく開いた。
「まるでモンゴルの大空を飛ぶ鷹にござるな」
と、左近はもらした。
「あれは不知火型ね」
と、リーゼルがデータを検索し的確に解説する。
「そういえば雷電為三郎も不知火であったわ。ワシも力自慢であったから雷電とよく相撲をとったがとうとう一度も勝てなかったわ。しかしの……」
と、左近は言いよどんで、必死に笑いをこらえている。
「突然笑いだしてどうしたのカケル」
と、話を聞き流していた清美が問いかける。
「しかしの雷電は心優しい男で、一歩土俵を下りれば、毎日、野辺に咲いた赤だの白だの黄色だの、花を摘んでは眺めていた」
「あら、雷電関ステキじゃない」
「そうじゃ、雷電には心に思う女がおっての、毎日、その女へ花を届けておったのだ」
「うわぁ、なんてステキなお相撲さんなの」
「しかしじゃ、雷電の思い女は不治の病での雷電が一人前になると同時にそれを見届けるようにして亡くなってしまったんじゃ。それを追うように次の戦で雷電も戦に散ったのだ」
「悲しい話ね」
「ワシはあの白雷関を見るとどうしても雷電為右衛門を思い出す」
「いいえ、雷電と白雷は別人だわ」
と、冷静にリーゼルが言った。
「ははは、分かっておるよ。ただ、白雷関が、似ておると言うておるだけじゃ」
相撲は、幕内力士の闘いを終えて、三役、小結、関脇、大関の段へなった。
やはり、三役だ、それぞれに得意の技と形があり隙がない。
そして、最後の一番、白雷の登場だ。
白雷の相手は、今場所大関になった鬼乃貴だ。
この期待の日本人力士、鬼乃貴が所属している鬼貴部屋の力士と、先ほど、自主的に引退したモンゴル人力士の日輪富士とのトラブルが影響して、相撲は日本人の物とする鬼乃貴の保守派と、実力を発揮するモンゴル人力士との対立のような様相を呈している。
この白雷と鬼乃貴の一番は、日本の相撲とモンゴル相撲の代理戦争なのだ。
睨みあう白雷と鬼乃貴。制限時間一杯だ。
さあ、行司が軍配を返した。
「はっけよいのこった。のこった」
土俵の真ん中でぶつかり合う白雷と鬼乃貴は力比べのがっぷり四ツの体制だ。
観客からみれば時間の止まったこの力比べも、鬼乃貴が少し腰のまわしの掴む位置を、指先一本単位でジリッジリッと詰めて行く。
白雷が、肩と肩がぶつかる筋肉を少し内へねじ込んだ。瞬間、まわしを掴んで一気に投げに仕掛けた。
渾身の力で投げ飛ばされた鬼乃貴は、部屋伝統の土俵に根を張ると形容される粘りで踏みとどまった。
すかさず鬼乃貴は自分の形の押し相撲へ持ち込む。
万事休す!
そのまま押し出されたかと会場の誰しもが思ったとき、白雷は、土俵際で、最後の投げを放った。
「おお!」
会場は大きなどよめきと拍手に包まれた。
土俵際で白雷に投げられた鬼乃貴は、最後の粘りを見せ、白雷もろともに土俵に顔から倒れこんだ。
二人は受け身もとらず危険をおかして勝負をあきらめなかったのだ。
どちらが勝ってもおかしくない相撲だった。
すぐさま審議が開かれた。
審議委員長の親方がマイクを掴んだ。
「ただいまの一番ですが審議の結果、同体とみなして取り直しでございます」
会場はどよめいた。魂と魂のぶつかり合いともいえる因縁の対決が取り直しとなったのだ。
「こんなに熱い戦いテレビでは感じなかったわ。世紀の取り組みをもう一番だなんてタダで招待されてホントにラッキーだったわね」
清美が感嘆の声を漏らした。
そんな、清美と時生家の面々が土俵に心を奪われている一方で、すっと、怪しいサングラスの男が立ち上がった。
つづく




