45恋の木阿弥。女心はなかなかむずかしい(現代、左近のターン)チェック済み
山間のトンネルを抜けると、そこは、古都奈良だった。
その日、左近は、幼馴染みで親友の松倉右近とともに、住み慣れた山間の里の風情の平群町を飛び出して、奈良の大仏で知られる奈良駅へ出た。
「うわっ!シカがいっぱい、これが奈良の街か!!」
左近の知っている戦国期の奈良は、 ここにある興福寺が守護職(現在の県知事みたいなもの)をつとめていたこともあって国を治める有力な戦国大名はいなかった。
その中で、頭角を現してきたのが興福寺に属する左近の主、筒井氏であった。
筒井氏は、英明な筒井順興が対立していた筒井を含めた大和四家(越智氏、土市氏、橋尾氏)を懐柔または討ち滅ぼし隆盛を極めた。
だが、順興の跡を継いだ子の順昭はわずか28歳で志半ばで病に没する。
その跡を継いだのが左近の主になるまだ2歳の順慶であった。
もちろん順慶はヨチヨチの赤子で、命を取り合う戦国を生き抜くすべなどもたない。
政治は、左近の機転で発案した影武者。死んだ順昭によく似た奈良興福寺そばにある猿沢の池のほとりで見つけた琵琶法師、木阿弥であった――。
ベ~ンベン!
ベ~ンベン!
べべべベ~ベン!
♪祇園精舎の鐘の声~
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛衰必衰の理をあらわす
奢れる人もも久からず
ただ春の夢のごとし
猛き者もついには滅ぬ
偏に風の前の塵におなじ~♪
左近は、猿沢のほとりで琵琶を掻き鳴らす木阿弥に尋ねた。
「法師殿、平家物語かい?」
木阿弥は、よれた僧衣には似つかわしくない凛とした姿勢が垣間見える風情で、白眼を左近の声のする方へ向けて、
「ほう、平家物語をそらんじただけで、それと分かるのは中々のサムライとお見受けするが、お名前を拝借してもよろしかろうかな?」
「拙者は、筒井家家臣の嶋左近清興と申す者にござる」
木阿弥は、まるで左近の未来でも見透かすかのように、白眼でしかと見定めて、
「ワシに光は見えぬが、お主にはいずれこの日本を二分する大将の器量が見える」
「ハハハ、法師殿ご冗談を、それがしなどは、まだまだ筒井家の一介の足軽大将にしかすぎませぬ」
「いいや、ワシには見える。お主の器量はいずれこの日本を二分する器量じゃ」
「法師殿、それは買い被りというもの、某などはどこにでもおる田舎の猪武者にござる。それはそうと……」
左近が言いよどむと、木阿弥は、白眼をかっと見開いて、左近の言葉をさえぎった。
「その話、三年だけなら引き受けよう」
(すべてを打ち明けずとも真意を見抜くこの木阿弥と申す琵琶法師、やはり只者でない……)
左近は、他の野次馬の目もある興福寺参道にある猿沢池での誘いをやめ、
「どうであろう法師殿、御馳走するゆえワシと一緒に店へつきあってくださらぬか?」
木阿弥は、思案するそぶりで、あごをさすって、
「そうじゃのう、どうせ食わせるならば、吉野の平宗の柿の葉寿司が食いたいのう」
左近は、木阿弥へ恭しく居住まいを正して、頭を下げた。
「わかりました法師殿、吉野の平宗の柿の葉寿司を用意いたそう。それでは、籠を用意いたすゆえゆえ。ワシについてきてくだされ」
そうして、この琵琶法師、木阿弥は三年間、死んだ筒井順昭の影武者としてつとめを果たした。
後の世に、”元の木阿弥”という言葉がある。
意味は、大辞林によれば、一時良い状態になったものが、また元の状態に戻ること。とある。
これは、順昭の没後、子の順慶が成長するまで、声の似ていた木阿弥を影武者として、順昭の死を隠した。順昭の影武者の間は大名の生活、約束の三年が来ると木阿弥は、元のヨレヨレの琵琶法師へ戻った故事から来ている――。
左近は、右近と奈良の商店街を抜け興福寺を出でて、猿沢のほとりを巡りながら、懐かしいあの頃を回想していた。
「おい、カケル!あのイケメンの男と歩いて行くのもしかして、北庵月代じゃないか?」
と、右近が、左近の肩口を叩いた。
左近が、目を凝らすと、北庵月代が、背の高い少し年長の大学生ぐらいの男と、猿沢のほとりから商店街の入り口へ店を出る。高速で、ハイよ! ハイよ! どっこいしょのそらしょ! と、モチをつく名人の店先に仲良く立っている。
右近が、
「これは、ほっとけないな。どうだカケル、予防のため、声をかけておくか?」
左近は、
「いや、人にはそれぞれ自由な時が必要にあるから、声はかけずそっと見守ろうではないか」
右近は、不満そうに、
「そうか、カケルがそういうなら見守ろうか」
しかし、
「!!!」
月代の動向を見守ろうと決めた左近と右近ではあったが、その目の前で月代と一緒の男が、高速餅つきでついて丸めて中に小豆を入れた餅を二つ買わずに、一個を半分にして、月代へ渡した。月夜も、一人っ子特有のシェアせず独り占めするはずの個性を隠して半分こされた餅を素直に受け取った。
右近は、バンバン、バンバン、ババンババンバンバン! と、激しく左近の肩口を叩いて、
「これはアカン完全に浮気の予兆や、ほっといたら大変なことになる。いいかカケル、これからオレたちは月代とあいつが不純異性交遊しないように尾行するぞ!」
と、左近の腕を引いて、月代と男の後を尾行した。
つづく