44どんな悪人だって一部の情けはある(戦国、カケルのターン)チェック済み
「ご主人、これは心付けだ。これで娘たちに作手亀山でとれた米を炊いて、新香とあったけぇ味噌汁を食わせてやってくれ。娘たちはこれでこの里の味は二度と味わえないのかもしれないからな」
「旦那、良いとこあるじゃないですか、妄八なんてヤツは妄八ってぐらいだから女を食い物にする義理も情もない薄情な野郎だって思ってましたぜ」
妄八は作手亀山の里を見下ろしながら、湯気あがる茶をズズッと吸い上げて、ポツリと、
「オレも人の子さ……」
と、そこへ葦の原から短刀を引き抜いたカケルが飛び出した。
抜き身を見せるカケルを一目見た忘八は、それと悟って、
「だんな、金が惜しくなってオイラを殺しにきたのかい?」
カケルは肩で息をしながら、静かに言葉もなく頷いた。
忘八は、懐刀を引き抜いた。
「野郎! 侍ってやつはこれだから信用できないんでぇ」
カケルはいきなり短刀で忘八へ向かって、ウムを言わせず斬りかかった。
ブンっ!
サラリとかわした忘八はカケルの切っ先に勝機を見出して、
「旦那、もしかして、殺しは素人ですかい?」
図星である。
カケルはいくら嶋左近の肉体をまとっているといっても、魂は現代の高校生、時生カケルにすぎない。カケルって男は現代では部屋に現れたゴキブリすら殺せず母を呼んで始末してもらう。それまで逃げ惑うばかりだ。そんな甘ちゃんの男が人を手にかける。
ブンっ!
ブンっ!
ブンっ!
袈裟切り、薙ぎ払い、突いても引いても、カケルの刀は空を切る。
忘八の鼻筋に影が射し込んだ。
「旦那、今度はこっちから行きますぜ」
ブン!ブン!シュッ!
忘八の突きがカケルを掠める。どんどん、カケルは追い詰められ崖っぷちへ追い込まれた。
「旦那、もう逃げ場はありやせんぜ、ご覚悟ください」
忘八が、追い詰められたカケルのどてっ腹めがけて体ごと突っ込んできた。
ドスッ!
カケルのどてっ腹から赤いものが流れた。
忘八は、ニヤッとカケルを見上げて、
「悪運の強ぇお人だ」
忘八は、そのままがけ下へ真っ逆さまに落ちてった。
その、忘八が落ちた影から、
「左近殿、危ういところでございました。遠目から、ずっと跡をつけていてようございました」
「あ! その顔は松倉右近?」
「え!左近殿わたくしをご存じで?」
カケルは、この松倉右近という侍を知りも知っている。だって、現代での幼馴染み松倉右近と同じ顔だもの。
「なんだ、右近もこっちの世界へ来てたのか」
右近は、カケルの言葉の意味が分からず。
「はて、こっちの世界? いえいえ、わたしは左近殿のお噂を存じておりますが会うのは初めてでございます」
「いやいやいや、だって、松倉右近でしょ? 右のお尻にホクロあるでしょ?」
右近はハッとして、
「左近殿、なぜ、母上とわたくししか知らぬ秘密を」
「いやいやいやいや、だってオレと右近ちゃん幼稚園からの幼馴染だものそれぐらい知ってるよ」
「ふ~む、どうやってわたくしを知りえたか、謎ではござる。が、まずは左近殿の命を救えてようござった。さればでござる、そろそろ、筒井家へ、武田家の甲斐の徳本殿のもとでの修行した医者の北庵殿が復帰なされます。その護衛につかれている左近殿もそろそろ筒井家へ復帰なされるよう伝えに参ったしだいにござる」
「筒井家へ復帰ってどういうこと?」
「実は信貴山へ根をはる松永久秀に不穏な気配があるのです。殿はスグに左近殿に帰参して欲しいと願っておられる」
「えっ、筒井家へ帰参って、オレは今、武田家の赤備え山県昌景の先鋒隊長として徳川攻めで三方原の戦いへ向かっているんだ。今は、この陣を離れられないよ」
松倉右近は、難しい顔をして、
「左近殿、お家の危機ですぞ!」
「そう言われても……」
「わたくしは、これから甲斐へ向かい、武田信玄公へ面会して、北庵殿の帰参と左近殿の帰参を合わせて願い出るつもりです。しばし、時はごさいます。筒井には左近殿が必要でございます。どうか必ず!」
そうして、カケルは右近と別れた。
――作手亀山の里。
カケルは、作手亀山の娘たちを連れ戻し、お内義様に面会した。
「左近よ、よう、娘たちを取り戻してくれた。礼を言うぞ」
カケルは、お内義様をうかがうように、
「オレ、一人、人を殺しちゃった……」
「あやつは、死んで当然の男じゃ。お主は、憐れな境遇の娘たちを救ったのじゃ気にいたすな」
「でもさ、あの妄八さん、イイ人だったんだ」
「どういうことだ?」
「あの妄八さん、娘さんたちに温かいご飯を食べさせてくれたんだ」
「それでもあやつは、悪人には違いない。死んで当然だ」
「でも……」
お内儀様は、眉間を筋立てて、
「ええい、嶋左近、漢が人、一人殺めたぐらいで女々しいことを申すな、(すっと、胸元から作手亀山の絵図面をさしだす)約束だこれを受け取れ」
カケルは、お内儀様の手から差し出された作手亀山城の絵図面へ手を伸ばすと、ふと、疑問が浮かんだ。
(いくら、オレが村の娘を救ったからと言って、お内儀様にとっては危険な賭けになる裏切りを何故するんだろうか……)
カケルはお内儀様の目をじっと見つめて、
「お内儀様、どうして敵であるはずのオレを信じてご城主様を裏切って、武田へ与するので?」
「決まっておろう。わたしは、ご城主が許せぬのだ」
「どういうことですか」
「ご城主様はわたしの息子の仇なのだ……」
つづく