40左近、ターニングポイント!(現代、左近のターン)チェック済み
ピッーーー。
レフリーの長いホイッスルが吹かれサッカーの紅白戦の前半が終わった。
左近と右近の息の合ったコンビネーションで、1、2年生の守備陣を切り崩し、大量点での勝利となった。
「ふ~ん、あの10番と11番なかなかやるね。どうれ、ボクも交ぜてもらおうっと」
グランドの隅で、ビシャモンテ尼崎の中岡将志監督と試合を見ていた目深にフードをかぶった少年がコートを投げ出して駆け出した。
「監督、オレは弱い方に入るね」
「おい、バカ! 太陽、お前は昨日の試合で使ったから、今日は体を休めなきゃダメだろう」
「へっへん、ゴンちゃん。これぐらいへ~いきだよ~」
ビシャモンテ尼崎、背番号10、若干16歳でチームのエースナンバーを背負う草薙太陽。太陽は、ボールを奪うと、左近と右近のゴールへ"挑戦状!"とビシッと指さした。
「行っくで~!」
太陽は、ポンと軽くボールを蹴りだした。
「太陽のドリブルは魔法だな」
と、中岡はもらした。
ボールを持った太陽が、左近と右近の守るゴール目掛けて駆け出すと、あれよあれよと、まるでグランドを魔法使いがホウキに乗ってディフェンス陣を潜り抜けていくようだ。
左近は捕まえたかと思うと一瞬で魔法のように手の間からすり抜けて行く太陽に、プロになる人間とアマチュアで終わる者の違いを思い知った。
「これがプロの実力か……」
太陽の魔法のようなドリブルを目の当たりにした右近は夢が終わったような気がしてうなだれた。
太陽はガックリとうなだれる右近の背中へ手をおいて、
「11番の選手、サッカーの試合中は下を向いちゃいけないよ。それにサッカーは楽しむものでしょ。エヘヘ」
プロの実力を目の当たりにして夢を砕かれた右近であったが、この屈託のない太陽の天真爛漫さに救われたような気がした。
「そうだな、サッカーは楽しむものだな」
右近は、太陽の参加でいとも簡単にひっくり返された試合を、高校3年間の青春の集大成を全うしたのだ。
試合は決した。左近と右近のOBチームはボールに必死に食らいつき善戦したがそこまでだった。
右近は、太陽へ自ずから握手をもとめた。
「ありがとなビシャモンテ尼崎の背番号10草薙太陽選手。お前のおかげで、この先のサッカーライフへのモヤモヤしてたものが吹っ切れたよオレの心は決まった」
と、言うと右近は左近へ寄ってきて、手をつきだした。
「カケル、お前とオレの夢を追いかけるのは、今日この日をもってピリオドだ。これまで、ありがとなカケル」
左近は突然の右近の決心に戸惑いつつも、
「右近よ。サッカーをあきらめてこれからどうするな?」
と問うた。
右近は笑って、
「オレは経営者になる!」
とニッカっと無邪気に笑った。
「経営者か、どのような会社じゃな」
「オレはネット通販サイトを始めて女優を彼女にしてプライベートジェットで世界をまたにかけ、ロケットで宇宙へ飛び出し、そして、今度はプロサッカーチームを買い取る!」
「ほう、大きな夢じゃのそれはよいのう」
右近が、左近へ同じ質問を聞き返した。
「カケル、お前はこれからどうするんだ?」
左近は答えに困った。カケル当人の意思を確認してないのもある。
(カケル殿はまだ、サッカーへの未練を残したままやも知れぬしの……)
「おい、平群高校のエース!」
女の声に振り替えると、保存用パックにハチミツへ浸したレモンのスライスをもって、北庵月代が立っていた。
「月代殿、見に来てくれたのか」
と、左近が言うと、月代はわざと意地悪に左近を無視して、
「はい、松倉くん」
と、爪楊枝へさしたハチミツレモンのスライスを渡した。
「おいおい、月代殿もう許してくだされよ、こないだの三輪巫女とのいきさつは誤解であるな」
月代は膨れて、左近へハチミツレモンのスライスを差し出し、
「平群高校の10番も食べて疲れをとりなさい」
左近は、女心というものがよくわからんと思った。心の舞って居る時期はあんなに可憐な娘が、一つ機嫌を損ねるとこの始末だ。
これが、戦国時代ならば、左近は月代を捨て置くだけでことは済むのだが、この現代では、男一人に女も一人、側室を持つことはかなわない。いや、左近は戦国の世にあっても、妻は、月代一人を愛しぬいた。しかし、戦国の世の月代は左近へこんな意地悪など申したことがない。
(現代の娘というのはあの月代であっても自由気ままに育つのだな……なんだか可笑しい)
左近は、月代からハチミツレモンのスライスを受け取ると、
「月代殿、来てくれてワシは嬉しいぞ」
と、口へ放り込んだ……。
「すっぴゃ~~~~~~~~!なんじゃこれは!!」
月代は意地悪に笑って、
「カケル君、浮気した罰よ。それはただのレモンのスライス。甘いハチミツにはつけてないわ。ウフフ」
左近と、月代はすぐに打ち解けた。
心配して二人のやり取りを眺めていた右近が、
「カケル、月代。やっぱりオレたち幼稚園からの幼馴染だな。うんうん、カケルと月代の痴話喧嘩はこうじゃなけりゃ。あはは」
と、そこへ、
「平群の10番、11番。中々、良いプレーだったぞ名前はなんていうんだ?」
と。男の声だ。
左近と右近、月代の三人が振り返ると、ビシャモンテ尼崎FCの監督中岡将司が声をかけてきた。
右近が緊張気味に、
「オレが松倉右近で、こっちは時生カケルです中岡監督」
「11番が右近、10番がカケルか、君たち高校卒業後の進路は決まっているのか?」
右近はきっぱりと、
「オレは今日の試合でプロになる夢に破れました。これからは経営者となってサッカークラブを買い取り経営の道に進もうと思っています」
中岡は、左近へ話をふって、
「君は?」
左近は、またぞろ返事に困っていると、中岡将司監督の脇から、ひょっこり、草薙太陽が顔を出し、
「カケル! また、オレとサッカーしようね!」
と、屈託なく左近の手を取って握手した。つづいて、中岡が、
「どうだろうカケル君、それに、右近君。君たちが良ければ一度、ビシャモンテ尼崎FCの練習に参加しないか? ウチは今、まだ選手を集めてる段階なんだ。どうだろう君たちもウチの1月13日のレセプションへ参加してはどうだろうか?」
と、言い残して去っていった。
帰り道、右近と別れて、左近は月代と二人になった。
月代は、思い切って切りだした。
「カケル君、わたしもお願いがあるの。1月13日中岡監督と同じ日なんだけど、わたしと東京へ来てほしいの」
つづく