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『392 刻の覇者・信長(カケルのターン)』

「お前が嶋左近(魂は、カケル)か。知っておるぞ、お前の過去も未来も」


 信長がそう言うと黄金の臥床する正八角道へ呼び入れた。


「さあ、左近殿、大殿の元へお進みください」


 長谷川秀一が、かしこまって左近を信長に近づくように促す。


 カケルは、秀一に促されるまま、膝で一歩、また一歩と信長ににじり寄る。

 

カケルが近づくのを信長は、じっと黙って、見定めている。


 ジリッ! ジリッ!


 カケルは、畳に袴の裾を引きずり、信長の布団へ一足飛びの間に近づいた。


「左近殿では、大殿にご報告を」


 信長の傍らにいた堀秀政が、信長との間に進み出てカケルにそう声をかけた。


(近づけるのは、ここまでなんだな。ここからだと、ジャンプしても信長さんには届かない。こういう加減が即時に出来るところが“名人久太郎“堀秀政さんなんだな)


「久太郎、構わん。こいつは大丈夫だ。もそっと」


 信長は、カケルの心中すら覗き込むように、射すくめる眼光で、秀政に命じた。


「はっ! しかし……」


 秀政は、信長にもしものことが合ってはならじと、カケルを間合いに居れるのに忠言した。


「かまわぬ。この嶋左近は、そういう松永久秀のような柄ではないわ。心配いらぬ」


 秀政は、大きな鼻息を吹き出すと、一歩、信長とカケルの間に入れた自分の身を引き下げた。


 カケルが、信長の足元まで来ると、信長は、身を乗り出して、手招きをした。


(え? もう、布団の縁まで来てますけど……)


 カケルが、信長の手招きの真意が分からずに、どう進んだものか判断に迷っていると、秀政が言葉を足した。


「大殿の布団へ上がられよ」


「え? 布団に乗ってもいいんですか?」


 秀政は、黙って頷くと、スッと立ち上がって、部屋の入り口で待つ秀一の元へ行き、障子を閉めた。


 カチッ! カチッ!


 南蛮渡来の時計の針が動く音が部屋に聞こえる。


 八角堂の信長の寝所に、二人きり、布団へ乗るように誘われた。


 カケルが、意図がまったく分からずに、布団の縁で迷っていると、胡坐をかいた信長が、布団を開いて、すり寄り、いきなりカケルの顔に左手を添えて今にも口づけでもしそうなばかりに顔を近づけ見定めた。


(はっ、確か、信長さんって男色だったようなことどこかで聞いたような……まさか!)


「嶋左近、そなたは俺好みのいい顔をしておる」


(えええ! これって男色の誘い?)


「いや~、いたって普通の顔ではないかと……」


 カケルは、信長の視線を躱すように届ける。


 信長は、視線を逸らしたカケルの眼の奥を見るように、一層顔を近づけて言った。


「左近、俺のものにならぬか?」


(え、え? 信長さん、確かさっき入口で見た森蘭丸さんとそういう関係あったよな? もしかして!)


「いやあ~、俺、そういうのは……」


 カケルが、そう返事をすると信長が、ペチンッ! と、カケルの額を叩いた。


「そっちではないわ。いくら、ワシでも髭を蓄えた武士もののふには興味ないわ。男は、お蘭のように女子のようでなければ……」


(今、信長さん、サラッと言ったよね。スレスレのこと)


「じゃあ、俺のものにならぬか? の真意は?」


 信長は、カケルの眼を深く見て「わからぬか?」とニタリ笑った。


 カケルは、心中で高速で思案した。どういうことだ。信長さんは俺をどうしたいんだ。


「お主、頭は少し巡りが悪いようだな。計算は苦手か?」


「はい、数学は苦手で……」


 信長は、不敵に笑って、「そうか、数学は苦手か……」と、繰り返した。


「ならば、歴史はどうだ?」


(歴史? え? 信長さん、俺、つい数学って言ったし、今、歴史って言ったよな?)


 カケルが心中で信長の言葉の影をたどっている間も、その不敵な笑みは崩さない。信長、相当に自信があるのだ。


「歴史は……」


 と、カケルは言いかけて、言葉を自己からつぐんだ。


(もし、俺がここで信長さんは、武田家を滅ぼした後、本能寺で明智光秀に裏切られ歴史から消えるよ……、なんて、口走ってしまえば、長篠の戦いを思いとどまり、山県のおじさんの命を救えるかもしれない)


 信長は、沈考する左近に切り出した。


「左近、お前、本能寺のことを考えてはいまいか?」


 と、問いかけた。


 図星を点かれたカケルは、こめかみあたりにじっとりとした妙な汗が流れる気がした。尚も、信長の真意をつかみかけて、口ごもっていると、


「光秀だろう?」


 と、信長の口から出た。


「信長さん、どうしてそれを!」


 信長は、当たり前のことのように、笑って、振り返り枕もとをまさぐり始めた。


「これよ」


 どういう訳かカケルと佐近の魂が入れ替わり、現代のカケルの体で生きる島左近が、戦国時代へ舞い戻った時に、持ち込んだスクールバックに入っていた歴史の教科書を異様に冷たい目で投げ出した。


「これ……」


 カケルは、歴史の教科書を拾って、信長の顔を見た。


 信長は、黙って、先程、北庵法印が調合した煎じ薬を不敵に笑いながら口に含んで頷いた。


「そうだ、嶋左近、ウヌともう一人の島左近が理由はわからぬが、我らの時代に来て、ときの流れを変えてしまったのよ」


「信長さん、どうして……」


信長は、静かに頷いた。


「武田にはすでにワシの放った間者が、深くしみ込んで居る。そやつのもたらした情報と、それを見たらピタリと繋がったのよ。二人の嶋(島)左近がこの時代におることを」


 カケルは、生唾を飲み込んだ。


「だったら信長さん、俺と佐近さんをどうするんですか?」


 信長は、シュッと親指で顎髭を滑らせた。


「簡単なことよ、ワシは天下布武を完成するまで死ねん。いいか、ワシは現在いまを生きておる。だから、定まった未来など存在しておらん。この世を歪める元凶は、お主たち二人だ。ワシが死ぬ未来を変えよ」


 信長は、身をカケルに寄せ耳もとで呟いた。


「光秀の首とともに――」


 そう言って、手に持ったままの戦時薬を飲み干し、黄金に光る眼を輝かせた。


 カケルは、時計の針が、時空を歪めた元凶を断罪するように刻を打つ。首筋に死刑の刃を当てられたように、飲み込んだ唾が刺すように痛かった。



 つづく


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