38粉雪舞い散るサッカーグランド、左近、駆ける!(現代、左近のターン)チェック済み
粉雪舞い散るサッカーグランド――。
歓喜のスタジアムを背番号10を背負う小柄なサッカープレーヤーが、ドリブルで敵のディフェンダーを次々にかわしてゴールへ突き進む。
ドリブルするサッカープレーヤーより頭一つ高い長身の最後のディフェンダーを、足のかかとでボールを頭越しに舞いあげるあざやかなヒールリフトで抜き去る。
キーパーと一対一になったサッカープレーヤーが、キーパーかわしてシュート!
カーン!
上部のゴールポストへ当てゴールを外した。
転瞬。サッカープレーヤーはゴールを諦めず、ゴールポストに弾かれ舞い上がるボールへ食らいついて、オーバーヘッド。
ゴール!
歓喜に包まれるスタジアム、背番号10のサッカープレーヤーは、ベンチのスーツ姿の監督へ向かって胸の心臓を叩いて合図を送った。
ピッピッピー!
試合終了のホイッスル――。
――カケルの部屋。
カーテンの向こうはまだ薄暗く夜が明けきらない。
ベッドで眠る左近は明日のサッカーの紅白戦へ向けて、たまたまやっていたJリーグの試合のテレビ中継を見てから眠りについた。
試合は、片やJFL(日本フットボールリーグ)のご当地チームの奈良グレートブッディスFC、それに対するは、同じくJFLから兵庫県のビシャモンテ尼崎FCとのJ3(Jリーグ)参入をかけた最終節の試合だ。
奈良グレートブッディスは、今シーズンから監督にJ1の元・横浜マリンズの名選手で日本代表でも「アジアの壁」の異名をとったディフェンスリーダー、井川正龍率いる堅守が自慢のチームだ。
対するビシャモンテ尼崎は、「炎のストライカー」の異名をとった同じく元・日本代表のFW中岡将志率いる攻撃的サッカーのチームだ。
この2チームは経営面でも対照的で、グレートブッディスのオーナーは、江戸時代の享保元年(1716年)創業の奈良県の老舗工芸メーカー果心居士商店で、当代の13代果心居士は奈良の歴史と伝統を継承しつつ未来へつなげるを信念にしている。
対するビシャモンテ尼崎は尼崎出身の大富豪で、センサー機器の世界的企業キーセンスの代表を務めるオーナー瀧本光がオーナーだ。世界の有り様を変えるとの信念の基、この下町の工場地帯の街にサッカークラブをポケットマネーで誘致した。
しかし、どちらのチームも共通して地元の選手を採用しているのが特徴的だ。
試合は、やはりこの好対照の両チーム奈良グレートブッディスがよく守り、始終、ビシャモンテ尼崎が攻める展開であった。
均衡が破れたのは後半ロスタイム。後半30分に元・日本代表のFW 播道英二に交代して投入された背番号10 草薙太陽若干16歳の高校一年生だ。
太陽は、グランド中央でグレートブッディスの選手から強引なスライディングでボールを奪うと、ゴール目指して駆け出した。あれよあれよとドリブルで抜き去って見事、決勝ゴールを奪い去った。
サッカーの試合を初めて見た左近は、草薙太陽のプレーにドギモ抜かれた。この草薙太陽という少年は、左近が転生した時生カケルと同じまだ高校生なのだ。カケルは来年の進路を迷う高校三年生で、聞けば草薙太陽は中学卒業と同時にビシャモンテ尼崎と契約したプロ選手というではないか。
左近は、この草薙太陽という少年に興味をもった。それに、同じ試合にビシャモンテ尼崎の左サイドでプレーするMFに、
”島左近”
自称19代目がいるではないか、しかも見れば見るほど、
「ワシの若いころにそっくりじゃ」
明日の紅白戦を、ビシャモンテ尼崎の中岡将志も見に来るという噂だ。
「試合で活躍すればもしかすると、スカウトの目にかなってプロ入りもあるかもしれんの……」
と、昨夜、左近は不埒な想像を膨らませながら眠りについたのだ。
――奈良県立平群高校グランド。
昨夜、霜でもおりたのか、土のグランドは水気を含み湿気ている。一年生は早くからグランドへ出て水溜りをスポンジで吸い出してグランド整備に余念がない。
遅れて、松倉右近と一緒に左近がやって来た。
「カケル、今日の紅白戦にはコーチからの情報によればビシャモンテ尼崎の中岡将志も見に来るって噂だから、活躍すればプロのスカウトのメガネに適う。オレたちの子供の頃からの夢がかなうかもしれないぜ」
左近は、カケルと右近の夢がサッカー選手であったのは初耳だ。
(カケル殿にはそんな夢があったのか……)
左近は、右近と共にスパイクに履き替えボールを蹴りだした。
左近は初めてサッカーボールを蹴るのだが、短いパス交換は、生来の運動神経で難なくこなせるようだ。
グランドにパイロンを並べて、ジグザグにドリブルでかわして行く練習も難なく体が動いた。
少し長い距離を離れてロングボールによるパス、センターリング、フリーキックの練習にも問題はない。むしろ……。
「カケル、ナイスパス! 現役の頃よりパスの精度あがってるぞ!」
サッカー初心者の左近が操るカケルの身体が、この数か月の間に馴染んできたのか自由自在に操れる。今やまさに、左近の身体だ。
左近は天賦の才に恵まれた漢だ。生まれた時から一度目にしたことは、たやすくやりこなしてしまう。剣術、槍術、弓術、乗馬、馬上槍、なにをやらせても瞬間で熟練者のそれとみがまうような一級品の腕をもつ。
今、こうしてサッカーをも自在にこなしてしまう。
「カケル、今日の出来だと、北庵月代もお前に惚れ直すかもしれないな」
などと、右近が冷やかすくらいの出来だ。
(カケル殿が、月代殿と東京への進学を選ぶか、はたまた、プロサッカー選手を目指すかはわからぬが、ワシは今、時生カケルとして出来うることを精一杯務めてみようではないか)
と、左近は靴紐を結びなおしてグランドへ駆け出すのだった。
作中に登場するサッカーチーム、ビシャモンテ尼崎FCの活躍を描いた拙作「オフザボール」もよろしければどうぞ
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