372『夜陰の密談 、生死を賭ける決断』(カケルのターン)
夜陰に隠れて、カケルは新堀城の人気のないはずれに、菅沼大膳、都築義平と集まって、東樋口仁十郎が火薬庫に火をつけ同時に犠牲になる決心をきいた。
「仁十郎叔父さんは、自分の命をかけて新堀城を落城させるため死ぬ気だなんて、家で夫の無事の帰りを待つお良叔母さんになんて詫びればいいんだ。犠牲になんてできない!」
カケルの子供のようなことばに大膳が古強者のように老齢なことばを返す。
「仁十郎殿は、それほど筒井の、いや嶋家のことを思っておるのだ。左近、侍は戦場に命をかけるものぞ」
義平が、言葉足らずの大膳に付け足すように言った。
「東樋口殿は、嶋家の柱石、このような消耗戦の戦でなど失ってはいけない人物にございます。が、相手は一向宗の中でも強者の下間頼廉、われら筒井が六倍の兵で囲んでも結束堅くびくともしません。返って、筒井の方が攻めつかれて厭戦状態にございます。大殿(織田信長のこと)からの強攻の命令があり、筒井の殿様、その上の大和国の守護原田直政殿様もどれだけ犠牲を払っても攻めに攻め、新堀城を早く落城せねばなりません。まったく、悔しきかぎりでございますが」
と、膝を叩く。
カケルはあごに手をやり沈考した。大膳はカケルが突如閃きを見せるのを何度も見てきたが、義平は初めての経験だ。義平の顔には疑問の色が浮かんでいた。
義平は、大膳を見て尋ねた。
「殿は、いきなり一体なにをされておられるので?」
「義平殿、左近のやり方を見守っておれ。多くの修羅場を潜り抜けてきた漢だ。必ずなにか閃くだろう」
三分、五分、十分……静寂の中で、カケルはあごに手をやって静かに目を閉じた。大膳と義平は息を潜め、カケルの次の言葉を待った。深く息を吸って、大きく息を吐くカケル。しかし、その瞬間、『ぐー、スピスピ……』と寝息をたてはじめた。
義平が、沈考がすぎるカケルの顔に耳を傾け不安を感じ大膳に尋ねた。
「大膳殿、まことに殿はなにか名案をうみだすべく考えを巡らせているのでございますか?」
大膳は、カケルの閃きが生まれる瞬間の悪癖を忘れていた。カケルは考えを巡らせるときおおむね眠りにつく。いつもは同伴するお虎が気がついて起こしにかかるが、このたびの新堀城への仁十郎の奪還作戦には嶋家の兵を率いるため居残りしてもらっていない。
すると大膳は、右手、左手にペッと、つば気を吐いて手もみをして、カケルの頭にガツンと拳骨を食らわせた。
いくら気心がしれたあいだがらとはいえ主の頭に拳骨を食らわす家来があるものかと義平が驚きの表情を見せると、カケルはバチンと目を見開いた。表情にはなにか喜びを浮かべよほどの名案のようだ。
「閃いた!」カケルの声に一瞬の静寂が訪れた。「仁十郎叔父さんが居残って新堀城の火薬庫に火を放つ必要はないよ。他の誰かがやっても同じことだ!」
大膳が食い気味に、「ならば、ワシか義平殿でも火薬庫に火をつけるのはよいのだな」
カケルはピタッと大膳に目を合わせて静かに首を横に振った。
「大膳さんと義平さんはダメだ」
義平が、理由がわからず疑問をていした、「なぜ、某と大膳殿はダメなのでございますか。我らも嶋家のためならば命をかける覚悟がございます」
カケルは、義平の問いに呆れたように答えた。
「だから、ダメなのよ。武勇無双の大膳さんと、兵の信頼厚い義平さんの用兵術は嶋家には絶対に必要不可欠。もちろん政務と家中をまとめる仁十郎叔父さんはなくてはならない人材。こんなところで無駄死にさせられない」
義平が、さらなる疑問を深めてカケルに問い返した。
「それならば他に人間はおらぬではありませぬか」
真面目な顔してカケルに問いかける義平を見て、大膳が突然大笑いをはじめた。
「そうだのう。もう一人おるわ」
義平は、想像もできずに大笑いする大膳を問いただす。
「某、大膳殿、東樋口殿以外に火薬庫に火をつける役目を果たす人間が他にどこにおりますので?」
大膳は、スッとカケルを指さして、「嶋左近、嶋家の御大将がおるではないか」
「ええええー----!」
義平はびっくり仰天した。まさか、一番危険な役目を嶋家の当主である嶋左近ことカケルが自分から率先して引き受けるとは思わなかった。
「それは、なりませぬ。火薬庫の火付けに失敗し下間頼廉の虜にでもなればそれこそ、嶋家の大事。殿あっての嶋家でございます」
すると、カケルは白い歯を見せて義平に言った。
「いいや、義平さん。嶋家はね、仁十郎叔父さん、義平さん、蜜猿さん、オレと旅をした大膳さん、お虎さん、新しく加わった柳生美里さん、北庵月代さん誰が欠けてもダメなんだ。みんなそろって嶋家。一番大事な時に主であるオレが命を張れなくて殿さまになんかなれないよ」
義平は納得がいかない。自分が命を賭けて守るべき主が簡単に自分を犠牲にするという。心の中で自己の忠義が許さなかった。しかし、大膳がその肩をしっかりと掴み、優しく諭すように止めた。
「義平殿、嶋左近という漢は自分の命を張れるから、あの山県昌景殿に認められ、風林火山の先鋒「早きこと風の如く」”風”大将をまかされたのだ。主の命令だ従うしかあるまいよ」
義平は尚も食い下がって、「しかしですな、そのような危険なことを主、自己からおこなうなど嶋家の家宰東樋口殿が認めるはずがありません」
すると、カケルは義平に甘えるように笑って、「オレは嶋家のために誰より命を張るのが務め。義平さん、大膳さんと一緒に仁十郎叔父さんを担いででも先に船で嶋家の陣へ無事に戻ってよ。頼むよ」
義平が、言葉をさらに継ごうとしたとき、大膳が義平の口を手で隠して、「義平殿主の命令でござるぞ。家来は主の無事を願って命令に従うしかあるまい」と話をさえぎった。
月は夜空に輝き、三人の影を長く伸ばしていた。その時、彼らの密談を新堀城の見張り台から鋭い眼差しで見つめる一人の男の姿があった。その男は下間頼廉。嶋家の運命を握る彼の瞳には、冷たい光が宿っていた。
つづく
こんばんは、星川です。
今日の後書きエッセーはお休みさせて下さい。
叔父が急病のため遠方へ行き、執筆する時間が取れませんでした。
ただ、現在、空は青く、海どこまでもつづく、島に来ています。
明日は、5時30分には起きて、バスとフェリーで本島へ戻るため、爆睡します。
応援よろしくお願いしますね。