371『昌景の戦と、奪われた姫(左近のターン)』
鶴岡山に陣取る武田家の山県昌景と岐阜・八王子神社に3万の大軍で陣取る織田信忠がにらみ合う中、昌景の陣を抜け出した信忠一途に恋焦がれる松姫と左近は、南の吉良見に出て明智川の源流を辿って道なき道、獣道を行く。
森に入るとこの山間の東美濃で多くの人間が集まって命のやり取りをしていることを忘れてしまいそうになる。しかし、今は松姫の生家武田家と愛する男織田家が血で血を洗う戦の真っ最中だ。
明智川の源流近くの小川で松姫と左近は、腰かけ代わりの岩に腰を掛けた。
左近は、腰の竹筒に小川の水を汲むと松姫に差し出した。
陣を離れた二人の装いは旅姿だ。左近は、小袖に袴を着用し、足には脚絆をつけ、草鞋を履き。松姫は、頭には市女笠をかぶり、父・信玄から輿入れの時にもらった短刀を差していた。
「松姫様、不慣れな山路歩き、お疲れではござりませぬか」
男の足でも山伝い、さらに獣道など普通歩くことすらない。左近にとってもキツイ山道なのだ。ましてや甲斐国・躑躅ケ崎館に暮らす姫だ。そもそもこれほど自分の足で歩くことなどない。
松姫は、不慣れな山道ですでに腿と脹脛が張って、少し休みを入れないと先へは進めない。
水を渡した左近は、「昼飯に致しましょう。食い物を確保するため少し山に入って見ます」と、松姫を沢に置いて森へ入った。
森は危ない。落ち葉の下には毒蛇・マムシが隠れているかもしれないし、草むらに入れば張り付いて血を吸う蛭がいるかも知れない。さらに、山が怖いのは熊だ。この未開の山にはツキノワグマが棲息している。
もし、大人のツキノワグマに見つかって襲われでもすれば、いくら刀に心得のあるの佐近であっても、腰の物だけでは仕留められるか怪しい。熊を仕留めるには数人がかりで遠巻きで弓や、昨今だと鉄砲を使う。
シュシュシュ!
シュシュシュ!
左近を遠巻きに何者かが、こちらを狙っている気配を感じた。
(これは、獣の用であるが獣ではない)
シュッ!
いきなり左近目掛けて手裏剣が飛んできた。
左近は間一髪で、木の陰に隠れて身を躱した。木に突き刺さった手裏剣を引き抜くと棒手裏剣だ。
(これは、武田忍び”三ツ者”もしや、秋山十郎兵衛か!)
シュ!
シュ!
スパン!
スパン!
次々に、佐近を狙って、手裏剣が飛んでくる。
(松姫様が危ない!)
左近は、松姫を残した沢へ手裏剣を躱しながら走った。
「松姫様、松姫様!」
沢で、足を冷やして疲労を少しでも早く取ろうとする松姫が、左近の声に振り返った。
左近が、松姫を目視し、駆け付けようとしたその時だ。
ザバンと、水面から橙色の忍び装束を着た三つ者忍びが飛び上がって、松姫に飛び掛かり、松姫を水面に引き込んだ。
「松姫様!」
左近は、足を速めて松姫へ駆け付ける。
シュパン!
シュパン!
追手の三つ者の手裏剣は止むことはない。
左近が手裏剣を躱しつつ、松姫の元に駆け付けると、松姫は三つ者に水面に取り込まれてしまった。
残されたのは、松姫が喉を潤した竹筒だけである。
何の目的かはわからぬが、味方である武田家の忍び衆三つ者が、信忠と松姫の再会を阻止したのだ。
おそらく、勝頼の命令ではない。勝頼と松姫、仁科信盛は実の兄妹なのだ。命を奪うようなことはないだろうが、松姫が信忠と逢うことに都合の悪い人物が、武田家にはいるのだ。武田家にはすでに織田家に取り込まれた人物がいる。それは、誰かはわからないが、勝頼の側近くに使える側近、もしかすると、一門衆の誰かかも知れない。
左近は、川下へと流れる明智川を勘を頼りに松姫を奪った三つ者を追った。
鶴岡山では、山県昌景が、手もみをして、織田家の若き当主・信忠との戦を愉しみに待ち構える。北面の山岡に陣取る昌景は準備万端、いつでも信忠の兵と戦える。南の吉良見には、今頃、秋山虎繁がぬかりなく兵を配置している頃だ。
「織田家の若殿のお手並みを拝見と参ろうか」
そう、昌景が、娘婿の三枝昌貞に言うと、「義父上、腕がなりますな。それでは、私は第一陣として配置につきます」と言って馬に飛び乗り自陣へかけて言った。
信忠の軍は山深い霧がかかる夜明けと共に、鬨の声を上げて、武田の赤備えに向かってきた。織田家の第一陣は、鬼武蔵の異名をとる大男、森長可だ。
森長可のその父は、信長に古くから仕え信任厚い部将の父・可成になる。可成は、信長包囲網の浅井氏との攻防で命を落とし、長可は13歳で当主となり、信長の元で養育され戦の手ほどきを受けた。名槍”人間武骨”と呼ばれる十文字槍で、その膂力で叩きつけるように振るうと、兜の上から頭蓋骨をも粉砕する威力をもつ。
「ほう、敵の先鋒は森長可か、たしか、あやつは、信長の乳兄弟・池田恒興の娘婿だったな。さあて、ワシと池田、どちらの娘婿が上か楽しみじゃわい」
昌景は、手もみした手を膝に置いて、どっしりと床几に腰を掛け、武田信玄がそうしたように、軍配を構えた。
つづく
どうも、こんばんは星川です。
ここのところ季節の変わり目で、メンタルが落ち込み気味で不調です。
不調になると、執筆の方にも影響がでます。
「これ、”面白いのか病”を発症しています」
書こうと思えば書けるのですが、自分で書いてて面白いと思えず筆が止まります。
弟子の頃、師匠の言葉が思い出されます。
「わしらは芝居を書くねん。文章のつづり方やない」
頭を抱えています。
この「カケルと左近」は面白いと思って書けるのですが、それ以外を書くときは、400文字くらい書いたところで、やっぱり詰まらないと筆を投げ出してしまいます。
おっと、すみません。つまらないぼやきをしてしまいました。
それでは、
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よろしくお願いします。
それではまた。