37衆道、カケル。半分、契る。(戦国、カケルのターン)チェック済み
「こやつらは武田の間者だと自白した。すぐさま村長(むらおさ様へ使いをだしご判断を仰げ! ええい、何をグズグズしておる飯を下げぬか!」
――作手亀山の里
街道筋を里の奥へ奥へすすむと小高い丘陵がありそこに一際大きな家がある。そこへ、牛に引かせた荷車牢に乗せられたカケルと菅沼定忠と大膳の父子が運ばれて行く。
大善が、苦々しく、
「おい、左近! ワシらもお主のせいでこの様じゃ。まったく、お主に関わるとろくなことがない」
「ごめんてば、大膳さん。お腹がすいたら、この体は頭が働かなくなって失敗ばっかりしちゃうんだ」
「まったく、こんなことなら左近、お主一人で行かせるか、ワシら父子だけで潜入すればよかったわ!」
カケルが大膳に問い詰められ、言葉に詰まっていると定忠がとりなすように助け船をだした。
「まあ、大膳そう申すな、われらは武田へ下ったのだ。今、こうして命長らえているだけでもよいと思わぬか。われらは、お主が今こうして責めているその男、嶋左近に救われたようなものだ」
「しかし、父上……」
そう、大膳がいいよどむと、
「大膳、未練だぞ…」
と、定忠がたしなめた。
三人を運ぶ従卒が、
「おい、お前たち村長の住まいへついたぞ」
と、荷車牢のカケル、定忠、大膳を棒で突き追い出した。
村長の藁葺き屋敷。作手亀山の里を見下ろすように本宅、離れ、蔵をならべている。そこから、見渡す限り田園が街道まで広がっている。
現在は、米の収穫が終わった閑散期だ。それでも、予定の収穫時期よりは早いようで、刈り取られた稲穂に、
所々まだ青が入っている。
カケルがアホみたいに、
「稲穂がまだ青いのに収穫してるんだね」
定忠が、すぐさま窘める。
「これ、左近殿、言葉を慎むのだ。我らはそうじゃなくても捕らわれておるのだ、お主の不用意な発言で更なる窮地へ陥るかもしれぬのだ」
大膳が、呆れて吐き捨てるように、
「父上、こやつ嶋左近という男は”間”がぬけたやつなのだ諦められよ」
と、グハハハハと高らかに笑った。
「おい、囚人どもなにをほたえておるのだ」
と、若い声の澄んだ女の声がした。
カケルが振り返ると、そこへ、女盛りの二五、六歳の娘がたっていた。
「御内儀さま、こやつらが武田の間者の疑いがある者たちでございます」
御内儀さまとよばれた女は、年のころよりは落ち着いた藤色の着物をまとい、畑仕事から戻ったのか、ほっかむりをほどいて、乱れた髪を、白糸で後ろでキリリとしばった。
ツカツカツツカと、カケルの前まで来ると、意思の強いドングリ眼を向けて、
「お主が武田の間者、嶋左近とか申すものか、よくみれば、田峯城の菅沼父子もおるではないか」
菅沼大膳が返した。
「これはこれは、御内儀様ご機嫌うりゅわしゅうござる。その後、ご城主の奥平定能殿はご壮健にあられるか?」
「殿は、壮健にあられるはず……だ」
と、御内義様は眉を曇らせた。
(この御内義様とよばれる娘さんには作手亀山上の奥平定能さんとなにかあるな……)
と、カケルは心へ引っ掛かるものがあった。
御内儀様の取り調べは簡単なものだった。菅沼父子のことは同じ徳川の家臣、奥三河の山家三方衆とよばれるだけあって熟知したものだった。
カケルは武田の山県昌景の直属の臣下だ。じっくりと絞られるかと思ったがこれまた簡単なものだった。ただ、口舌の最後に、
「お主たちへの裁きは、この奥三河が決めよるわ……」
と、言い残した。
――御内儀様屋敷の牢獄。
夜に入って空気が凍んと冷え込んできた。
「まったく、何年暮らしてもこの奥三河の冬は凍みよるわい」
と、大膳がガタガタ震えている。
「大膳よ、このままではワシらは凍え死んでしまう、側へ寄って肌を合わせるのだ」
と、菅沼定忠がいうと、子、大膳を引き寄せた。
男たちで肌をぶつけて身を寄せあう姿にカケルが躊躇していると、定忠が声を強めて、
「左近殿、恥ずかしがっておる時ではないぞ、ワシらと肌を合わせねば寒さで死んでしまうぞ!」
それでも、カケルが渋って躊躇していると、
「ええい、左近殿。ワシには衆道の趣味はないわ! はよう近う寄れ!!」
と、定忠がカケルへ肌を合わせ抱き寄せてきた。
「ワッ、いきなりなにするんですか!」
と、カケルは飛び退いた。
「ええい、左近よ漢らしく覚悟を決めてワシに抱かれよ!」
カケルはハッとして、
「定忠さんやっぱりそっちの話じゃんか」
「ええい、もういいわ、お主はそこで凍え死ねばよい」
父、菅沼定忠にピッタリ肌をあわせたガチムチマッチョの菅沼父子を、冷ややかな目で見つめるカケルに大膳が、
「左近よ、お主知らぬのか、そなたの仕える武田の主、信玄公と、馬場美濃守、内藤修理、そなたの主、山県三郎兵衛尉、高坂弾正の四天王と呼ばれる高坂弾正などは信玄公の色だったのだぞ」
「えっ!? 本当ですか??」
菅沼父子は「そんなことは常識じゃ」とも言いたげに同時に頷いた。
定忠はつづけて、
「戦国の世にあって主君と色ごとの交わりを結ぶべるとは、それだけで喜ばしいことじゃ。ほれ、左近、お主も近う寄れ、お主がその気なら、大膳と契りを結んでもよいぞ」
大膳は頬を朱に染めて、覚悟を決めたように小さく頷いた。
カケルは、大きくかぶりを振って、
「いやいや、いやいやいや、ないから、ないから、絶対にないから」
つづく