361『鷹の目左近と木曾義昌の対立(左近のターン)』
武田家当主、勝頼の使いとして武田家一門衆の木曽義昌が、勝頼の理不尽な折檻で病床に臥す山県昌景に合わせよと無理難題を、陣代を務める昌景の嫡男昌満に吹っ掛けて来た。
昌満は、織田家と武田家で国境を接する明知城・遠山氏をはじめとする東美濃を攻略するため、鶴岡山砦を守る近隣でも「鶴岡山の猛虎」と恐れられる下条智猛を昌景肝いりの軍師・島左近の知略で攻略したところだ。
「木曾義昌殿とお見受けいたす」
左近は、現代にいいる間に、歴史マニアのカケルの部屋で、ゲームの武将ブックで木曾義昌のプロフィールを頭に入れている。これから向かえる長篠の戦の後、武田勝頼を真っ先に裏切り織田家へ転じるのがこの一門衆の義昌である。
左近は、腹の内では、「この裏切り者が」とは思ってはいても、裏切るのは、山県昌景・馬場信春・内藤昌豊が武田四天王の内、対上杉の備えとして残した高坂昌信以外の三人討ち死にした後のことだ、現在の義昌は、もしかすると、すでに織田家との秘密裏の接触はあるかもしれないが、まだ、武田の一門衆であることに変わりない。この場で、将来の裏切りを証明しようにも証明しようがない。
義昌は、面識のない左近に名を呼ばれて、意外な顔をした。
「そなたは、真に武田家の人間であるか!」
逆に、義昌から疑いの目を向けられた。
左近は、動じず首を振った。
「いいや、某は、本来、大和の国・筒井家の家臣にございます」
義昌は、鼻の下の髭をなでながら、「と、言うことは、部外者と言うことだな。今は、武田家の秘事を決める内密の軍議の席、部外者は、この陣屋から下がれ!」
と、義昌は佐近を切れ者と見抜いて追い出しにかかる。
鶴岡山砦を落城させたのは、昌満でも、武田の赤備えでもなく、この左近の知略だ。厄介な来客・木曾義昌が開口一番発した言葉は、病症に臥す、父・昌景に合わせよだ。この後の発言はもっと難題を言いつけえるのは明白だ。鶴岡山砦攻略で、始めは左近の知略に疑問を感じていた昌満も、「さすがは父・昌景が見込んで軍師につけた男・島左近」と信頼をもった。左近の知略なくしては、父を嫌う勝頼の命をうけた義昌の難題には立ち向かえないだろうと判断し、昌満は義昌に言った。
「この者は、確かに大和の国の筒井順慶の家臣ながら、友である父・昌景のため駆けつけた大事な客将でございます。左近は某の判断で陣においています。義昌どの左近の軍議への参加は、面前に織田家の大軍を迎え撃つ、我が山県隊には必要不可欠の人材にございます。父・昌景が不在の間、左近は父の代わり、それが、某に父がキツク命じております。いくら武田家一門衆の義昌殿の申せであっても、陣代の某は、父の命に逆らえません。左近は、陣代の某の判断でここに残します」
と、言い切った。
「ふん、そこまで言うならば、左近の軍議への参加を認めてやる。しかし、筒井の家臣となれば、今は織田家に従属する陪臣の身、いつ裏切るか知れたものではないぞ」
と義昌は、顔に不満が現れている。
(何を言う木曾義昌、歴史によれば、お前こそ武田家を真っ先に裏切り、武田家滅亡の引鉄を引いた男ではないか)
と、左近は喉まで出かかったが、グッと腹の底へ飲み込んだ。
昌満は、義昌が父・昌景に会わせよとの無理難題に困った。
父・昌景は、親友の秋山虎繁の城・岩村城でその妻・女城主と名高いおつやの方が守る中、治療をつづけて動けないのだ。会わせろ、連れてこいと言われてもすぐには準備できない。
義昌は、畳みかけるように言った。
「武田の赤備えは、亡き御屋形様の信任厚い山県昌景あったればこそ”風”の将として先鋒を任されておるのだ。その昌景が不在とあれば、対織田と事を構えるには、昌満、そなたでは器量不足ではあるまいかと、勝頼公は不安をお持ちなのだ」
(なんだと!)
左近は、心中で叫んだ。難攻不落の鶴岡山砦を昌満は左近の働きもあって、見事、その実力は証明したではないか。それを、ここに来て山県隊の陣代を誰に変えようというのだ。
副将の三枝昌貞が苦言を呈す。
「お待ちくだされ、義昌殿。我ら山県隊は、義父が不在でも、昌満殿を中心に、鶴岡山砦を見事攻略して見せたではございませんか、昌満殿の実力は証明済み、それを防備も整えはじめ、山県隊は、織田家の援軍を迎え撃つ準備を始めております。それを、ここに来ていったい誰を、昌満殿の代わりに陣代とするつもりなのでございますか」
当たり前の質問だ。山県昌景の率いる「赤備え」は武田家中でそれを超える部隊はない。昌景なくとも、次に「赤備え」を率いるならば、昌満を補佐して、亡き信玄も認めた三枝昌貞もいるのだ。それに、優秀な家老の広瀬景家、孕石元泰もいる。そこに、未来を知る左近もいるのだ。他の誰も、昌満以上に代役が務まる物かである。
義昌は、昌貞の話を髭をさすりながら、聞くふりをして、右から左に聞き流し、ポツリと言った。
「若殿は、昌満では、対織田家を迎え撃つには、不安ゆえ、側近の長坂釣閉斎殿を戦目付として派遣すると申しておる。
「長坂釣閉斎だと!」
昌満、昌貞、景家、元泰が、同時に聞き返した。
長坂釣閉斎は、諏訪氏を名乗っていたころからの勝頼の側近ではあるが、生前、信玄は、「あの者は、勘定や兵站には非凡な物はあるが、利に敏すぎて一軍を任せる大将にはむかん」と言って良くて小荷駄隊を預かることが多かった。
それでも、一度だけ釣閉斎が信玄にすがって、「某も一角の侍なれば、ぜひ一度、戦で兵を操る様を示しとうございますと」四天王や諸将の前で、土下座までして頼むものだから、一度だけ陣に加えたことがある。だが、信玄の予想通り、釣閉斎の隊はすぐに崩壊し、命からがら釣閉斎は敗走し、昌景がそこを埋めるように動かねば、武田家総崩れの原因にもなりかねない戦下手である。
こともあろうに、勝頼は、戦下手な長坂釣閉斎を、大軍の織田信忠の軍勢を相手にする大将に据えようというのだ。
この命令は、山県隊の全滅を事実上受け入れることになる。長坂釣閉斎が戦目付になれば、事あるごとに、金のことに絡めて、昌満に口出しして備えを渋りかねない。そうなったら、戦どころではない。
それまで黙って、話を聞いていた左近が、口を開いた。
「若殿の御配慮はありがたきことなれど、長坂釣閉斎の目付は必要ござらん」
義昌が眉を顰めて聞き返した。
「なんだと、部外者の分際で、若殿の命令に背くのか!」
と、怒鳴りつけた。
「いいや、そうではございませぬ。ただいま、山県隊の真の主・山県昌景はこちらに向かっているところにございます」
「それは、真か!」
軍議の場にいる、義昌も昌満たちも皆が驚いた。
普通に考えれば、勝頼の折檻はそれほど酷く、誰がどう見てもまだ動けるわけがないのだ。
一同が、左近の次の言葉を注目するなか、左近は、自信をもって断言した。
某の手の者の報せでは、「高遠城を守る仁科信盛殿の元に居られる松姫様が、昌景殿の様態を心配めされ、甲斐より「甲斐の徳本」を召喚され、共に、岩村城に入り、秘薬を昌景殿に飲ませ、回復しこちらへ向かっているところにございます」
義昌が眼を見開いた。
「甲斐の徳本といえば、御屋形様がお亡くなってから、責任を取り甲斐を離れたと聞いていたが、戻っておったのか」
左近は、いかにもと言った表情で返す。
「甲斐の徳本様は、山県家が治める駿河江尻城にご滞在でありましてな、それを松姫様がどこからか聞き及び、呼び寄せ、昌景殿のもとに駆け付けてくださったのでございます」
義昌は、怒ったような顔をして、捨て台詞を吐いた。
「ふん、ならば、昌景に伝えておけ、対織田の最前線の指揮は任せた。武田本隊は、いまだ恵那をはじめ他の東美濃攻略があるゆへ援軍は期待するなとな!」
つづく
どうも、こんばんは星川です。
只今、カクヨムコン10【長編部門】に参加している『異世界で大逆転ポジラー』の残りエピソードが2つを残すばかりとなりました。
『異世界で大逆転ポジラー』https://kakuyomu.jp/works/16818093087328359644
はカクヨムオンリーの作品なので小説家になろう様では、今のところ公開予定はありませんが、結果によればこちらでも投稿するかもしれません。
12万字の長編です。
『カケル×左近』とは違った完全な異世界転生物ですが、星川のおっちょこちょいなコメディー要素、複雑に絡み合う人間模様、戦国物で鍛えた大戦と、星川亮司の集大成のような作品です。
よろしければ、そちらもレビューポイント、ブックマーク、イイねなど、よろしくお願いします。
締め切りは2月3日。残りエピソードは2つ。年末年始返上で執筆しております。どうか皆さま、応援してください。
それでは、『カケル×左近』の連載を飛ばさずこれからも精進致します。