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360話『頼廉の救いと仁十郎の決断』(カケルのターン)

 新堀城に潜り込んだ、嶋家の家宰かさい東樋口仁十郎のもとへ、松之介の掴んだ情報を得た小者頭の竹蔵と梅吉が戻って来た。


 しかし、いつまでたっても、五箇荘ごかそう町の職人たちに混じって、さらなる情報の核心を探りに行った松之介が戻ってこない。


(これは、松之介に何かあったのかも知れない)


 仁十郎と、小者頭の竹蔵、梅吉が、焚火を囲んで顔を見合わせていると、そこへ、托鉢僧たくはつそうに扮した下間しもづら頼廉らいれんが、フラッと現れた。


「この高石城の衆をまとめる東樋口仁十郎殿と直接話がしたい」


 仁十郎は、頼廉と初めて会った時は、もちろん偽名を名乗っている。しかし、目の前に現れた頼廉は、真の名前、東樋口仁十郎と姓名まで告げている。これは、松之介の帰りが遅いのも、頼廉に捕まったことを意味する。


 仁十郎は、手元の刀を引きつけた。


 シャリン!


 頼廉は、つえ代わりの錫杖しゃくじょうで、仁十郎が抜刀するのを制し、首を横に振った。


「私は、新堀城の城主である前に、一介の僧侶だ。殺生は好まん、東樋口仁十郎殿、そなたの素性はすべて松之介から聞いた。例え、お主がココで私を殺しても、そなたと100人ばかりの兵は、生きては帰れぬ。悪いようにはせぬ、おとなしく私と二人で直接話したい」


 仁十郎は、頼廉の清廉せいれん潔白けっぱくな人柄は、先に、新堀城に潜入したあるじカケル(嶋左近)から聞いている。初めから死ぬつもりで、潜入した自己おのれはいい。だが、仁十郎に従った、竹蔵、梅吉以下郎党たちは違う。筒井の里に家族を残している者も多い。


「頼廉殿、ワシはどうなってもいいが、何も知らずワシに従った郎党たちの命は保証してくれますな」


 と、問いかけた。


 頼廉は、賢明な目で、仁十郎に静かに頷いた。





 ―新堀城・頼廉の間―


 本丸館ほんまるやかたから少し外れて、小体こていな板葺き屋根やねのあばら屋ある。ここが頼廉の住まい。いや、修行の場である。


 およそ、六畳ほどの部屋に布団を仕舞う押入れと、中央に湯が沸いた茶釜ちゃがま柄杓ひしゃくが乗っている。


 頼廉は、仁十郎と向かいあって、居住まい正しく、袱紗ふくさをほどき、茶道具をとりだし、茶碗ちゃわんに茶粉を入れ、柄杓で湯を注ぎ、茶筅ちゃせんでかき回し始めた。


 出来上がった茶を、スッと仁十郎に、「戦中ゆへ、茶菓子は用意できませなんだが、私も少しは茶道の真似事ぐらいはできます。少し、熱うございますが、ご賞味あれ」茶を仁十郎の前にすすめた。


 仁十郎は、敵である頼廉の出した茶に、思わずつばを飲み込んだ。


(この茶には、毒が入っているかも知れぬ。さて、この茶をどう受けたものか……)


 頼廉の目が光る。


「東樋口殿、毒など入ってござらん。殺す気なら、初めから話し合いの場など用意いたしません。安心してご賞味あれ」


 仁十郎は、頼廉の言葉を半信半疑で聞きながら、茶碗に手を添えて口に運んだ。


 クッ!


 頼廉の茶を飲んだ仁十郎は、自己おのれが斬られて、膝から崩れ落ちるような気がした。


 頼廉の茶は、今まさに血で血を洗う筒井家との戦の最中であるのに、実に清廉せいれんで味わい深く、身体の芯に染み渡るような茶だった。


 仁十郎は、この一服で、頼廉との人間の格の違いを見せつけられた。


 頼廉の茶を飲み干した仁十郎は、「感服いたした」と深々と頭を下げた。


 頼廉は、静かに首を横に振り、「いいや、東樋口殿の覚悟に比べれば、拙僧の茶など足元にも及びませぬ」と謙遜けんそんする。


 仁十郎は、頼廉の前では、どんな嘘をならべようとも通じないと思い正直に自己の役目を吐いた。


「ワシは、筒井家嶋左近が配下、東樋口仁十郎と申します。こうなっては、ワシの郎党にも家族がございます。勝手ながら、どうか無事に国に返してやりとうございます。ここで、腹を切るゆへ、郎党共は生かして返して下さらぬか」


 と、深々と頭を下げた。


 頼廉は、仁十郎の心の内を見通したかのような目を向け、静かに首を横に振った。


「東樋口殿、ここで死ぬことは、僧侶である私の目が黒いうちは許しませぬ。私が望むのは、ただそなたの主・嶋左近の計略がどのようなものか素直に教えてくだされば、東樋口殿を含めて郎党全てを生きてお返しするのも、やぶさかではございません」


 仁十郎は、スッと頭を上げ、頼廉の目を真っすぐ見て、首を横に振った。


「ワシも嶋家の家宰の身、御恩のある主を裏切れませぬ。やはり、ここで黙って殺してくだされ」


 と、また頭を畳にこすりつけた。


 頼廉は、仁十郎の考え違いを教え諭すように、「東樋口殿、私は、向ってくる敵は仕方なく槍を取り、火の粉を払うがごとく、本願とは裏腹に命を奪うこともありますが、できることなら誰一人、敵も味方も殺したくはないのです。だから、東樋口殿、素直に嶋左近の計略を教えて下されば、郎党含めて皆、生きてお返しすると申しておるのです」


 仁十郎は、俯いた。頼廉は、敵であっても本来、敵になる人間ではない。人の命を奪うことで領地を得る侍の価値観で生きてはいないのだ。あくまで頼廉は僧侶、人の心を救済する人間だ。


 仁十郎は、唇を引き締め、重い口を開いた。


「主の計略を、頼廉殿そなたに白状したなら、もうワシは嶋家には帰れん。だが、郎党たちには罪はない。後は、下間頼廉殿。そなたの僧侶としての人柄を信じるしかない」


 と、まっすぐ頼廉を見つめた。


 頼廉は、静かに大きく頷いた。


 仁十郎は、ポツリポツリと、語り始めた。




 翌日、北花田に陣取るカケルたち嶋左近の陣に、白旗上げて、無傷の松之介に率いられ、仁十郎の郎党たちがわらの衣服を着せられ丸裸まるはだか同然で帰ってきた。


 出迎えたカケルは、松之介に尋ねた。


「仁十郎義叔父さんの姿がみえないけど?」


「左近様、申し訳ございません」


 と、松之介、竹蔵、梅吉が深く頭を下げる。


 カケルは、ビックリして、「いったい、どうしたんです?」


 松之介が、重い口を開く。


「仁十郎様は、偽装を見破った下間頼廉に、我らを生かして返す代わりに、一人残って人質になられました」





 つづく



どうも、こんばんは星川です。


年末、家族に不幸がありまして、バタバタしてストック頼りの年末になっております。


『カケルと左近』の10あるストックを6まで使い。


現在、カクヨムコンテスト10に出品中のポジラーの毎日連載を10月から書き溜めておりましたから、表面上は毎日連載を続けられておりますが、大晦日までに書き上げる予定が、13日遅れて今日第四部を締めくくりました。


明日より、最終章全9エピソードを執筆してまいります。


初めから執筆スケジュールを十分確保していたから、なんとか締め切りまでには間に合いそうですが、予測不能の事態も起こったり、やはりスケジュールは自分の執筆速度の2倍くらいとらない。


と、実感した学びの多い一年でした。


皆さま、本年も多大なる応援ありがとうございました。


新年も、引き続き連載はつづくと思われますのでよろしくお願いいたします。

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