34 あなたの正体が見える。なぞの女、三輪巫女(現代、左近のターン)チェック済み
その日、嶋左近清興は、高校生、時生カケルとして通学していた。朝の一限目から授業を受けて、昼食を学校の学食食堂でいただくところだ。
厨房の窓口から、膳にのったÅランチこと、カリッと揚がったトンカツ定食をうけっとた左近が、テーブルにつくと、カケルの同級生が後を追うように近づいて、
「よっ! カケル久しぶり!」
と、となりに座って声をかけてきた。
むこうはカケルを知っている。だが、こっちは戦国時代からやって来た戦国武将、嶋左近清興だ。まるで、初対面だ。
「お主は、どなたであったかな。どこぞで会ったことがありもうしたかな?」
となりに座った同級生は、左近の腕をつかんで揺さぶって、
「おい、カケル。噂で聞いてたけど、いくら何でも幼稚園からの幼馴染みのオレを忘れるなよ」
そういわれても、姿はカケルであっても魂は、嶋左近だ。間違いなく初対面だからしかたない。
「おお、そなたは確か……すまぬ忘れてしもうた。もう一度、名を教えてくれぬか」
がっかり、と同級生は肩を落として、
「まさか、ここまでひどいとは、今年はクラスがかわって部活も忙しくて、なかなか、一緒の時間をつくれなかったけど、オレとお前、そして、北庵月代はずーーーーーっと、幼稚園の頃からの幼馴染み、いいか頼むぞ、思い出してくれ、オレの名前は、松倉右近だ」
左近は、その名を聞いて、「ほう」と思い当たる節があるようだ。
それを読み取った右近は、左近の腕をとって、
「やっぱりオレのことはわかるのか! だってそうだよな、小学校、中学、高校とずーーーーーーっと、一緒に、サッカーボールを蹴って青春の汗を流したもんな。忘れようったって、忘れるもんじゃない」
こいつは熱い男だ。暑苦しくてまどろっこしいと、左近は思った――。
トンカツを食らって、飯をたいらげたタイミングで、右近が、左近へ額を突き合わせて、ヒソヒソと耳打ちした。
「おい、カケル。むこうの奥の席の女子がお前のことずっと見つめているぞ。もしかして、お前に興味があるんじゃないか?」
と、食堂の隅の女子を指さした。
「ほう」
左近は、右近が指さした方にいる女子へ視線を向けると、その女子はスッと、席を立った。
(なんだ、気のせいであったか……しかし、鋭い目をした女子であった……)
「カケルくん、カケルくん、ねえ、カケルくんてば」
左近が振り向くと、カケルの傍らへ月代が立っていた。
「おお、月代殿ではないか、突然声をかけるからビックリしたぞ」
「なによ、カケルくんたら、一年生の女子を見つめちゃって」
「そんなことはござらぬぞ」
「そんなことはござらぬぞとは、ござらぬぞ! わたしちゃんと見てたんだから、カケルくんが熱い視線であの子を見つめているの」
「すまぬが月代殿、さきほどの女子を知り及んでいるならば、どういう女子か教えてくださらぬか?」
月代はふくれて、
「イ~ヤ! カケルくんの浮気なんて見過ごせないんだら……」
(女心とは難解怪奇なものであるな、現代の月代は愛くるしくもワシに悋気をやいておるわ)
左近は、ふくれた月代をなだめるようにやさしく語り掛けるように、
「ちがうのだ月代殿、かの娘が、ワシをどういう理由かわからぬが、探っているように感じたのだよ」
「ふ~ん、物はいいようね。でも、まあいいわ浮気じゃないなら許してあげる。あの子はね、確か、一年の演劇部の娘で、日本最古の神社、三輪大社の娘で直観が鋭くて、女子の間では、占いで有名な娘よ。名前はたしか……三輪巫女だったかしら」
(やはり、まともな女子ではなかったか……)
と、左近が思いを巡らしていると、月代が左近の目の前で手を振って、
「カケルくん、また、あの娘のこと考えて、もう!」
と、左近の二の腕の後ろをぎゅっとつねった。
「イテテテテ……!」
「いい、カケルくん。わたしはほかの女の子の話をしに来たんじゃなくて、こないだ話した東京への進学どうするかの返事を聞きに来たの!」
「東京へ進学」ときいて、左近と月代の痴話げんかを黙って見守っていた右近が、
「おい、カケル。月代と東京の大学へ進学ってどういうことだ。たしかカケルはオレと一緒にサッカーの強豪大学へ行くって約束だったよな」
(カケル殿にはそんな約束もあったのか、これで、はいそうですかと月代殿の願いを聞き入れることは難しいかもしれぬ。夢と惚れた女を秤にかけるか……これは難題じゃ)
「すまぬ月代殿、右近、その件はまだ母上と相談しているところであって結論が出ておらぬのじゃ、今日のところは返事をまってくれ」
――放課後。
左近は、すべての授業を終えて、帰宅するため、下駄箱で靴を履き替えていた。その時、
「あなたは一体誰なの?」
と、背後から突然、女が声をかけていた。
左近が振り返ると、そこへ、三輪巫女が立っていた。
「初対面のワシに、一体、誰なのとはどういう問いかけにござるか?」
「とぼけてもダメよ。わたしには見えるのよ」
「何が見えるのでござるか」
「あなたの真実の姿が」
「ほう、何が見えるのだ?」
「あなた武将でしょう。それも、かなり名のある武将ね」
「ほう、鋭いな。何が見えるかつまびらかにつづけてくだされ」
「わたしにはすべてが見える。あなたの背後に、大一大万大吉の旗印が見える……これは、たしか、関ケ原の戦いの西軍の大将、石田三成の旗印ね。あなたは巨大な漆黒の馬にのる大男……朱色の槍をもっているわね、それも穂先が十文字……あなたの正体がわかったわ」
「ほう、お伺いもうそうか?」
「あなたの正体は、戦国武将の嶋左近清興!」
つづく




