327 丁か半か? 烈景の丁半博打(左近のターン)
満昌寺の山門を遠山家の丸に六本格子の旗を背負った使者が本堂へ向かって潜り抜ける。
境内の太い一位の木の枝で様子を窺っていた左近は、スルスルと木を降りてきて、寺の者に気づかれぬように足音を潜めて、使者が入った離れの床下に忍び込んだ。
左近は、地を這うヤモリのように足音を追って、ピタリと止まった一室の床下で耳を澄ました。
「烈景さま、明知の殿よりの伝令です」
と、縁側で使者が跪き、障子の中へ呼びかけた。
「うん、ちと待っておれ」
そういって烈景は四半時ほど、米小雪が降るなか使者を待たせた。
「入ってよいぞ」
次に、烈景が声をかけた時には使者は寒さで震え、肩には雪が積もっていた。
呼ばれた使者が障子を開くと、部屋には、半丁博打の勝負が一旦片付いたところであった。
この時代、寺は、朝廷や幕府、領主から認められた収入源である荘園のほかに、寺独自に在地の庄屋や商人に、商売の種銭を貸したり、儲かっている者を集めては賭場を開いて寺銭を稼いでいた。
この時の烈景もご多分に漏れず寺銭を稼ぐため、在地の庄屋や商人を集めて賭場を開いていたのだ。
賭場へ入った使者は、まだ、戦に突入していないのか、額に汗こそかいてはいるが、鎧も旗にも血はおろか汚れもついてはいない。
使者は、片膝を着いて、手短に報告し始めた。
「烈景さま、明知の殿さまからの伝令です。明知は武田家の赤備えに囲まれた、至急、挟撃のため軍をすすめられたし」
と、言って明知城の主・遠山一行からの書状を差し出した。
烈景は、報告の間中、丁半博打の二個の賽の目を左手で転がして遊んでいて、報告を聞いているのかいないのかわからない。
「う~む、武田の赤備えということは、あの山県昌景が相手か、う~ん」
と、鈍い答えをした切り、書状を受け取ろうとはしない。
使者も、遠巻きにではあるが赤備えの山県昌景に囲まれている脅威をわかっている。少しでも味方が欲しい明知城を守るため、烈景の援軍の了承を持ち帰らねばならない。手ぶらで、帰れば、主の遠山一行にどんな目に合わされえるかわからない。言い分をもらうまで帰らぬ覚悟だ。腰の脇差を引き抜いて、腹でも切らん覚悟で目の前に置いた。
「お言葉をもらうまでは帰れませぬ」
しかたない。と、烈景は、左手に握る二つ賽の目を壺にいれた。そうしておいて、使者を試すように、
「半か丁か?」
と、問うた。
使者は、烈景の人格でも疑うように目を剥て問い返した。
「戦の援軍の依頼を丁半博打で決めるとは真でございますか?」
烈景は、真剣な目で使者を見返して、
「いかにも、勝ち目のない戦の合力だ。明知に味方するか、それとも、山県昌景に下るか、これも博打。まずは、城に籠る人間の運を試さねばならぬ」
と、答えた。
使者は、震えた。劣勢必死の明知城の戦だけでも震えるのに、頼みの味方であるはずの烈景にまで試されるのだ。しかも、この丁半博打の結果次第では敵の山県昌景に降ると申している。遠山一行から伝令を任される使者だ。いくら下級といっても、戦の間だけ雇われる百姓使者とは違う。歴とした遠山一行の家来の使者なのだ。
しかし、所詮使者。責任ある重臣の駆け引きなど考えたこともなければ、務めたこともない。いきなり烈景に戦の勝敗を左右しかねない援軍要請の合否を丁半博打で決めると言われ怖気づかないわけがない。己の運次第でお家の大事が決まってしまうのだ。使者は、額から嫌な脂汗が流れるのを感じた。
烈景は、意地悪く身を乗り出して、さらに問うた。
「ここには、明智の庄屋衆、商人衆が集まっておる。明知城の主・遠山一行が表の顔ならば、我らは、明知城の経済を預かる裏の顔、勝ち目のない戦に、一行は簡単に合力致すとでもおもっておるのか。裏の顔を預かるワシへの合力依頼を小間使いの使者風情に任せる愚鈍な一行への言い分など丁半博打で決めるのが丁度よいわ。さあ、半か丁かどっちだ!」
と、烈景は使者を追い詰める。
「うぬぬ……それは……」
使者は、言葉が出ない。
烈景は、意地悪さを増して、
「黙っておっても、戦はつづくぞ」
そういって、壺を振った。烈景は、使者を追い込むように、
「半か丁か!」
使者は、思わず息を飲み込んだ。使者は覚悟を決めて、
「丁!」
と、答えた。
烈景は、ニヤリと笑って、
「明知の皆の衆はどちらへお賭けになるか?」
と、問うた。
「半、半、丁、半、丁……」
集まった庄屋衆も、商人衆もこの丁半博打には目の色が変わった。この博打の結果次第で、明知の里を牛耳る人間と秩序がひっくり返ってしまうのだ。烈景の開いた賭場は自分たちの将来を賭けた命懸けの博打になった。
烈景は、部屋に居る一同を睨み据えて、
「さあ、勝負!」
と、壺を開いた。
「シゾロの丁!」
シゾロの丁とは、二つの賽の目が四と四と揃ったことを指す。勝負は、伝令の使者が勝った。
伝令の使者がホッと胸をなでおろしたが、烈景はすかさず。
「満昌寺の合力は決まった。では、返答に入るが、使者風情のお前では報告にならん、スグに帰って一行に伝えよ、戦後の知行について話があるゆえ、真にワシの合力が欲しくば、己が出向いてこい! とな」
そういって、烈景は、使者を追い返した。
すべてを聞き終えた左近は、髪にクモの巣をつけて床下からはい出した。
「お侍様、そこで、なにをしておいでなのです?」
との声に左近が顔を上げると、そこに庭の落ち葉集めをする智林が立っていた。
つづく
どうも、こんばんは星川です。
この一週間、なんにもしたくない病を患っています。
なんにもしたくない病と言っても平日は、ゲームのシナリオも書いています。食事も作れば、お風呂にも入りますし、やってるっちゃやってるんですが、なにをやっても面白く感じない。
好奇心と言うのでしょうか、本も全く読みませんし、映画・ドラマも見ても心が動きません。
まるで、人の来ない山奥の古寺にある池のようです。
苔むして緑の水面。
ただ、回りの木々の移ろい行くさまを映すだけの鏡のようなものです。
心に波紋が広がらないのです。
現実世界も空虚ならば、虚構の世界まで空虚に感じるのです。
実を感じないのです。
表面だけ飾って、どんどん消費だけしてゆく世界に生きているようで、虚しいのです。
もっとこう、生の実感を感じたいのですが、ダメなんです。
ほら、今日なんて特に私の言葉に心がございませんでしょう。
いったい、なんなんでしょうね。
もしも、私が太宰治ならば、「人間失格」なんて書いちゃうのかしらん?
いや、読んだこともないのだけれど、なんとなく、伝え聞いた太宰のイメージからそう思う。
あー、ダメだダメだ。つまらない話をしました。
五月病かな?
GWなかったけど(笑)
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それでは、また来週チャオ!