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325 智林の雑巾がけ(左近のターン)

満昌寺に小雪が降り始めた。


石畳の参道にも、脇の一位の木にも雪がかかっている。


満昌寺は、遠山氏の菩提寺で建長寺派の禅寺だ。禅宗様を基調とした明知の里において遠山氏の武威を示すような武骨な三間二階二重門で下層は吹き出し、上層部には仏壇を備えている。屋根は入母屋造銅板葺で、二階正面中央には軒唐破風を設けている。そこから石畳の長い参道を進むと、総本山・建長寺を模した三門、仏殿、法堂はっとうなどが一直線に並ぶ。中国式の伽藍がらん配置が特徴である。


本堂は、如意観世音菩薩像が禅道場を見守っている。


僧主は、現在の遠山家当主・遠山一行の叔父にあたる遠山景行。仏門に入った名を烈景という。


烈景は、出家してわずか1年も経たないうちに先代の僧主が急死したため、この満昌寺の僧主の座に就いている。


僧主といっても、修行や経営にはあまり関与せず、寺の一切は、京の都の建長寺派の総本山・建長寺から派遣された40歳を少し超えた壮年期の充実した僧宗林が取り仕切っている。



二頭体制の満昌寺は、政略的な決定権と人事はすべて烈景が握り、禅の修行だけを宗林が担っている。


あくまで、遠山家の分家くらいの意識の烈景と、生真面目な禅僧の宗林は、寺の方針をめぐって、しばしば、意見が対立する。


烈景とすれば、遠山家の政略上都合の良い家臣の子弟や、人質を子飼いとして養育する。子飼いとして育成することで、自然と遠山家を主とする御恩と奉公の忠義心が生まれることを狙っている。宗林は違って、人間本来の目的を見つけ悟りを覚え一己の人間として完成することを目指している。



修行においても、烈景の息のかかる小坊主は、古くから宗林に学んだ僧を下に見る向きがある。というのも宗林が弟子に取るのは、人柄重視で武士や百姓身分を問わない。己が一心に禅を組み修行に明け暮れ悟りの境地に近づきさえすればそれでいいのである。


対して、烈景は遠山家の家臣の序列や家柄を重視した人事を執り行う。修行の境地など二の次なのである。


満昌寺の僧主に烈景、副僧主に宗林が並ぶだけで、後の役職は、遠山氏家中の序列で皆決まっている。多少それ以外の者もいるがそれは、禅の道場の監督だけでのことで身分は低い。



「智林、廊下の雑巾がけくらいさっさとこなせ!」


満昌寺の長い縁側を頭を丸めた小坊主の智林こと鶴岡山の猛虎と恐れられる下条智猛の嫡男 智千代(以降、智林)が、悪い右足不格好に扱いながら廊下に雑巾をかける。


智林は、桶に入った凍るような水に雑巾を浸し、しっかりと絞り、廊下に雑巾をかける。


智林の兄弟子の李念りねんは、遠山家当主・遠山一行の側近である父より、下級でありながら遠山家一の武勇と近隣でも評判の智猛の跡継ぎである智林が気に入らないのだ。李念は智林と一緒になると、仕事を智林に押しつけ自分は縁側で焚火をして手をかざして暖をとるようにサボって手伝うこともない。


「智林、早くしないか。お前はまったくのろまだな。お前がトロトロしてると、また宗林様が見回りに来て、俺がしかられてしまう」


と、そこへ、噂をすればなんとやら、宗林が見回りにやってきた。


宗林は、副僧主を務めるほどの高僧ではあるが、智林や李念と別段変わらない同じ袈裟をまとっている。着ている物の質だけならば、遠山家での家格の高い家臣の子弟である李念の方が上質な袈裟を着ているくらいだ。


宗林は、つま先から頭まで一本の糸で吊るしたような凛とした姿勢で、李念を見据えて教え諭すような落ち着いた声でいった。


「李念、お前はまた自分の仕事も智林に押し付けてしまったのか」


李念は、悪びれもせず、さも当然と言った口調で反論する。李念とすれば、満昌寺での修業は、遠山家の武士として、書を学び教養を身に着け、戦場で活躍するための通過点ぐらいにしか思ってない。


「いいえ、宗林さま、私の分の廊下の雑巾がけをしたいと申したのは智林でございます。本来でしたら私も早く悟りを開くため修行したいのですが、智林のたっての望み故聞き届けました」


宗林は、大きなため息をついて、智林に話しかけた。


「智林、お前は、本当に李念が申すように、己から李念の分の雑巾がけもしたいと申し出たのか」


智林は、屈託のない笑顔を向けて答えた。智林は、小身ながらも遠山家の要の城・鶴岡山を任される父・智猛と母・信代の薫陶を受けて育っている。例え、遠山家の武士となるための教育機関としての意味合いの強い満昌寺にあっても、宗林は建仁寺から派遣された立派な人間だ。貪欲に学べるものは全て学び取ろうと言う姿勢だ。それに、生まれつき右足が不自由なこともある。戦場で槍働きだけの侍になれば、どうしても劣るのを自覚している。自分にできるのは頭を使った戦であると見定めている。だから、李念のムチャな仕事の押し付けも我慢して熟している。


「はい、私が李念の兄弟子に申し出ました」


宗林は、糺すような口調で、


「よいか、智林、お前の心がけは素晴らしいが、例え、毎日の雑巾がけとはいえ、これも、李念にとっては大事な修行なのだ。それを、お前がしてどうする」


智林は、雑巾で額の汗を拭きながら笑って答えた。智林は、生まれつき右足が悪いことで、健康な人間の2倍も、3倍も、努力しなければ一人前にはなれないと思い込んでいる。だから、たとえ、李念にイジメられても苦ではない。むしろ、その逆境を撥ね退けることこそに達成感と喜びすら感じているのだ。


「私は足が不自由ですからまともに道場で禅の修行もできません。私が李念さんの代わりに雑巾がけをすれば、その分、李念さんは道場で禅の修行ができます」


宗林は、呆れたと言った口調で答えた。


李念は、いくらイジメても素直に立ち働く智林の性格も気に入らない。そこを気に入った宗林が、智林になにかと気にかけて細やかな対応をするのも気に入らない。李念は、宗林の至誠一貫とした姿勢には尊敬と羨望を、智林には嫉妬に似た複雑な心を抱えている。


「智林、人が良いのもお前の美徳ではあるが、お前の心を真に理解しているのであれば、李念は、縁側の焚火になどあたって暖をとらずに、道場で禅の修行をするだろう。その証拠に李念は、横で自分だけ、凍るような水で雑巾がけをするお前を眺めて暖をとっているではないか」


それには、慌てて李念が、言葉を挟む。


「宗林さま、それはあまりにもなおっしゃりよう。私は、智林と交代で雑巾がけをするつもりで、私が雑巾をかけている間、智林が寒かろうと思って焚火をしたまで、私の心には一点も疚しいところなどございません」


宗林は、李念の口先三寸くちさきさんずんの詭弁を厳しくたしなめるように一言しかりつけた。


「李念、黙らしゃい!」


温厚な宗林にしかられた李念は、地面に平伏した。李念は、三男坊で側室の子だ。実の父からはしかられたことなど一度もない。守役の家臣には腫物を触るように育てられた。しあし、ここに来て宗林が、愛情をこめて李念をしかりつけてくれる。李念はそれがうれしくもあり宗林の言葉には素直に従う。


「申し訳ございませぬ、宗林様」


宗林は、教え諭すように、李念に言い含める。


「李念や、私はなにも、家格のある部門の生まれのお前を押さえつけようとしておるのではない。いずれ、お前は還俗して本家へ戻る身なのも承知しておる。それにしても、たくさんの命を預かる大将が、自分より身分の低いものを道具のように扱っていては、強兵は作れぬ。それは、お前の父上の願いにも反するであろう」


李念は、額を地面に擦り付けるように宗林に詫びる。


「宗林様、心得違いを致しておりました」


そういうと、智林の雑巾を取り上げて、冷たい水で雑巾を絞って、廊下の雑巾がけを始めた。


宗林は、智林にしっかり目を合わせ頷くと、また、道場へ戻っていった。


宗林の姿が、道場へ帰って見えなくなると、それまで懸命に雑巾をかけていた李念が、立ち上がって、雑巾を智林の顔面に投げつけた。李念は、宗林の自分に向けられた愛情が、すぐに智林に奪われるのが憎かった。


「おい、智林、お前が宗林様に上手く言わないから、オレが冷たい水で雑巾がけをすることになったではないか。オレが、もし冷たい水で風邪でも引いたらどうする」


智林は、顔にぶつけられた雑巾を拾って、冷たい水の桶で洗い、また、雑巾がけを始めた。


「すいません、李念さん、私は不勉強でして、鋭い宗林様を言いくるめるすべを持ち合わせておりません」


李念は、身分の高い父より武勇で評判の智林の父・智猛も、足が不自由なのに武士になることをあきらめない智林も気に入らない。なにより尊敬する宗林が眼をかけるのが癇に障る。キッと目で智林を睨みつけたかと思うと、いきなり桶の水を智林の頭からぶっかけ去っていった。


智林は、李念に頭から凍るような水をぶっかけられても怒るそぶりも見せず、仕方ないなあとでもいった表情で、廊下の水たまりを拭き上げる。コツコツ、コツコツ、コツコツと……。




「うむ、あの智林とか申す小僧がどうやら智猛殿の嫡男らしいのう……賢い子だ見込みがある」


智林のいきさつを、一位の太い木の枝に乗ってみいていた左近が呟いた。


と、そこへ、明知城の方角から速足で使い番が駆けてくる。


左近は、顎に手をやり、


「どうやら、動きがあるようだな」


と、一人呟いた。



つづく



どうも、こんばんは星川です。


およそ1ヶ月ほど体調不良(頭が真っ白状態)で何も書けず。ストックを消化する日々でしたが、今日、ようやく、執筆できました。


それまでは、このあとがきでエッセーも書いてたのですが、まだ、そこまでの体力は回復していません。


不調になると、書けないのはもちろん、本を読めない、映画を見れない、創作活動が何も出来なくなります。


あ〜あ、亮司困っちゃう……古すぎて、元ネタもわかんねーよな(涙)


私は、なんの解決にもならんので、出来るだけ弱音や不満を吐かないように心掛けていますが、ホントにこの1ヶ月、


「ああ、もう、書けなくなった。筆を折ろうか……」


と、何度血迷ったか知れません。

(たまに、弱音吐いてる時もあるから許してちょ)



しかしですよ。


今日、ようやく回復の兆候で、少し調べ物できました。


拙作の読者の皆様ならご存知のことと思いますが、鬼島津!


ご存知でしょうか?


そう、鬼島津こと、島津義弘。


あまり、知らなかったのですが、たまたま、どこかで見かけて、


島津義弘めっちゃ好きだわ♡


と、なりました。


と、言うのも島津義弘さん、


島津義弘が大好きになった。


関ヶ原の戦いで、わずか300人で中央突破で逃げ切ったのは有名ですが、強いだけではない!


朝鮮の役で、淋しいので猫ちゃんを連れてったり、奥さんに「会いたいよ〜」とせっせと手紙書いたりするラブリーな人。


いっちゃん、好きなエピソードは、老年に入って、食が細って死にかけのときに、

「殿、戦にござる!」

と、言えばムクリと復活する。


私の両親は鹿児島出身の薩摩隼人!

(……奄美大島だけど、まあ、細かいコタどーでもいい)


大事なのは、この島津義弘の不撓不屈の魂です!


戦闘民族なのです!


島津義弘を見習わなくちゃだわ。


オレ、いつか、島津義弘書くかも知んない!


つか、左近はいつ関ヶ原へ行くんだか、まだ、長篠の戦い終わってないもの(汗)




それでは、皆様、


☆5つ!

ブックマーク!

いいね!


「星川、がんばれ! オレはカケルや左近、菅沼大善とお虎、山県昌景が好きだ! もっと、活躍させてくれ!!」


など、応援コメントまってます!


それでは、また、来週にアデュー!

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