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324 『下間頼廉の強さの秘密』(カケルのターン)

 カケルのいる筒井家に与えられた任務。新堀城と下間頼廉の攻略はなかなか手強い。


 新堀城は、一向宗の本拠である大坂の石山本願寺と、本願寺と同盟を結んだ河内の高屋城を結ぶ城だ。高屋城は、かつて足利将軍家で三管領を務めた畠山氏の拠点で、現在は、主の畠山氏を追放し、その家臣ゆさ 遊佐信教のぶのりが家中を掌握し、主には三好家の一族三好長康みよし ながやすを入れた。一向宗の大阪と、武門の三好家が治める河内の二国を結ぶ城である。そうして、二城は連携して大きな盾となり織田信長に対抗しようとしていたのである。


 石山本願寺と高屋城の間には、信長が押さえた日本一の物流の商人の町堺があり、堺の商人たちの組合、今井宗久を代表とする会合衆は信長に教順している。しかし、今井宗久は商人だ侍のように御恩と方向は関係ない。その行動原理のすべては”利”にある。表では信長に従う素振りをみせながら、裏では本願寺にも武器弾薬を売り、織田家と本願寺両方から儲けを出している。


 この両面政策をとる会合衆の本拠地 堺から高屋城へつなぐのが長尾街道だ。その間の中継地点にあるのが新堀城。ここさえ押さえてしまえば、高屋城への石山本願寺からの補給路は断たれ攻略はそう難しくなくなる。


 だが、この新堀城が中々厄介だ、北と西が川堀であることは先に述べた。南は長尾街道ここには10尺(およそ、3メートル)ほどの土塁で平場から嵩増しその上に木組の柵とそれを中の様子が容易に見えないように樫の木の木板で隠してえいる。おそらく敵を見張るためだろうが、横に一定間隔で、同じ高さののぞき窓がある。東には会合衆の支配していた五箇町がある。この町は、鉄砲つくりの職人たちが集まる町だ。そこに下間頼廉が新堀城の守備に就くと、すぐに接収し、町の周りの土を掘って穴をつくり、木の柵で囲んでしまった。


 下間頼廉が、五箇村を接収したといっても、この頼廉なかなかの知恵者で、会合衆と裏で手を結び、本願寺から接収している間、金を払って借り受けているのだ。それに、職人に鉄砲つくり以外の負担はかけない殺さないと約定を交わしている。「頼廉様がそう約束するのであれば間違いなかろう」と利に敏い会合衆もこの頼廉を信用して了解を与えてしまっている。



 下間頼廉がなぜここまで利に敏い商人に信用されるのかというと、彼は信心深く清廉な人物なのである。


 夜が明けきらぬ前の早朝に頼廉は誰より先に起きだして、自分で布団をたたみ、寝間着をこれもきっちりたたんでふんどし一丁になって井戸へ行き、「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と、冬でも水をひっかぶり己の心を鍛えた。一向宗は極端な話「南無阿弥陀仏」さえ唱えればどんな罪人でも阿弥陀様によって極楽浄土へ導いてくださるという教えだ、何もそこまで自分を律しなくても良いのである。しかし頼廉は、自分は手本とならねばならぬと自分を厳しく律しているのだ。


 そうして、城の門徒たちが起きてくると、彼らはほとんど百姓か漁師か無頼の者、いわば下賤の者でたちだったが頼廉に従って阿弥陀堂に入った。この阿弥陀堂というのもしかっりとした寺のお堂ではない。地面に杭を突き刺しそこに平板をはり、「南無阿弥陀仏」と頼廉が懐から巻物を敬ってとりだして軸に掛ける。頼廉が大事にしている御光を放つ阿弥陀仏の絵の巻物、それが在るところがすなわち阿弥陀堂となるのだ。 


 そうして、師に倣う教えを説いた讃仏偈さんぶつげ、阿弥陀仏の本願、信心と念仏こそが往生の成因、理由だと説いた正信偈しょうしんがを朝夕暇があれば唱えた。


 城に入った者は、そうした頼廉が実践している姿を毎日みている。例え、信心のない下賤の者たちであっても次第に頼廉に魅せられて、仕舞には熱心な一向宗の門徒と化してしまう。


 頼廉の魅力はそれだけではないのだ、頼廉はいつも首から腹のあたりまでかかる小粒の数珠をかけている。その数珠は、数百には及ぼうか、戦のたびに新しくつくっては首にかけていた。


 ある時、盗賊上がりの門徒が、いくら頼廉が高潔な人物であっても、所詮人間、生臭なところがあるだろうと、殺生は一番の生臭だ。頼廉の本性を試そうと



「頼廉様、その数珠はなんですかな派手な飾りですかな?」


 と、失礼な質問を浴びせた。


 すると、頼廉は、否定することなく。


「そうだ、これは飾りだ。だが、こと戦となれば私は一粒一粒の球を大事にしておる」と答えた。


 不埒な門徒は、頼廉の言葉の意味がわからず小首をかしげてまた問うた。


「頼廉様、学問をうけていない俺っちには、意味がわかりません。一体どういうことなんですか?」


「それは、おまえは私にとって大事な人間だということだ」


 不埒な門徒はこの時には意味がわからなかったが、小さな戦の時に同行した時に意味がわかった。


 頼廉は、戦のあとで、戦場へ赴いて敵味方関係なく一人一人「南無阿弥陀仏」とお経を唱えて歩く。その時、一向宗も門徒とであれば、「助六 南無阿弥陀仏だ安らかに極楽浄土へ参れ」と名を付け加えている。


「どうやって、一人一人の門との名を知っているのだと疑問に思った不埒な門徒は、夜中、頼廉が眠った後、枕元にキレイにたたんだ袈裟と、その横に大きな三宝の上に乗せられた数珠と、横長の、線香皿に横たわる二本の線香を見て


「今日こそ、生臭坊主の本性確かめてやる!」と寝所へ忍び数珠を掴み上げた。


 ゲゲゲッ!


 なんと、その数珠の珠の一粒一粒に名前が刻まれている。「稲造、魚吉、武平……」不埒な門徒が、繰り延べて、しっかり確かめたら、見知った名前が並んでいる。


「あああっ!」


 不埒な門徒は、目を疑った。


「これは、俺の名前! 戦で死んだ弟の名前もある!」


「そうだ、その数珠には、この城に籠るすべての者の名前が刻んである。私は、戦に臨むと必ず任された門徒の名前をすべて刻んだ数珠を作るのだ」


 不埒な門徒は、信じられないと言った表情で頼廉を問いただした。


「頼廉様、あんたは確かに清廉にふるまっておるが、人を殺す生臭坊主にかわりない。いざ戦と言えば、死人はつきものだ。いくらでも人が死ぬ戦でなんでこんなことをするのだ!」


「私の配下で門徒が死ぬのは私の責任、できれば一人も殺したくない。それは、敵味方問わずだ。だから、私は鉄砲を使って、できることなら敵に回って向かってくる者は追い払い。それでも向かって来て門徒を殺そうとする者は不本意ではあるが殺さねばならぬ。そこで、私は殺してしまった門徒の名前は数珠に刻んで、せめてその魂を供養して生きようと心に決めておるのだ」


 頼廉の言葉に、不埒な門徒は、生臭坊主の裏の皮をみてやろうとした自分の愚かさ、頼廉の一人一人の命を大切にしようという心に感服して泣き崩れた。


「頼廉様、感服いたしました」



 こうして、下間頼廉という僧を身近で知れば知るほど、門徒の信心は強固となり、頼廉様のためならばと命を惜しまず戦う門徒ばかりになる。これが、下間頼廉が手強い秘密である。


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