32左近の親孝行(現代、左近のターン)チェック済み
前32話は、言葉遊びと、おふざけが過ぎ、芝居がおろそかになっていましたので、新しく32話を新エピソードと差し替えました。
現代の高校生、時生カケルと魂の入れ替わった戦国武将の嶋左近は、時生家において魂入れ替わりのヒントを探しているのだが、現状わかったことは、どうやら、カケルはゲームの世界に居るようであるということだ。
しかし、誰が、何の思惑で、左近とカケルの魂を入れ替えたのかはわからない。左近は、カケルとして、高校三年生の進路に頭を悩ませるしかないのか……。
――時生家、十七時。
「痛たたたっ!」
スーパーから帰って来た、母、清美が、玄関先の通りで、買い物袋も投げ出さんばかりに、かかとを押さえて倒れこんだ。
「どうしたのじゃママ上!」
たまたま、タイミングよく、学校から左近が帰って来た。
「よかった、カケル。さっき、道で危ない自動車を避けようと、飛びのいて転んでから、かかとに違和感があって、もう、家まで歩いて帰れないのよ」
「見せてみなされ」
左近は、清美の押さえているかかとを、靴下を脱がして触診した。
「痛むのは、ここにござるか?」
「そう、そこそこ、かかととアキレス腱の先」
「う~む、これは、歩くのには、ちとやっかいな箇所を痛めておられるな」
「ひどいのかしら?」
「そうじゃのう、ワシは義父殿から多少、医術の教えを請うたから、診たてじゃと三月は養生が必要じゃろうの」
清美はスマホを取り出して、
「救急車呼ぼうかしら?」
と、左近に問いかけた。
すると左近は、清美が投げ出した買い物の荷物を拾い集めて、転んでいる清美にしゃがんで背を向けた。
「ほれ、ママ上、スグそこまでのことにござる。ワシの背中へつかまりなされ」
「カケル、わたし案外重いわよ」
と、清美は、痛めたかかとを庇いながら、左近の背中へしがみついた。
左近は、何事もなくヒョイっと背負いあげた。
「ママ上、戦場でまとう甲冑にくらべたら、どうってことござらぬよ」
と、笑った。
「ありがとうカケル。大きな背中になったわね」
清美は、成長した息子の優しさがうれしくて、なんだか、頬に熱いものが流れた。でも、なんだか恥ずかしくって、清美は黙って、左近の背中に頬を擦り付けるように顔を埋めた。
「オロッ、ママ上、どうしたのでござるか、少々、背中がこそ痒うござるのう」
「いいから、カケル、わたしを連れて帰りなさい」
――同じ週の日曜日。
「カケル、道はこれでイイのかしら? わたし、神戸の有馬温泉へドライブするのは初めてだから、道を間違えたかも知れないわ」
左近は、清美の運転するワンボックスカーの助手席に乗り、有馬温泉へと向かう川伝いの山道に、見覚えでもあるのか、なにか、思い出すものを感じている。
やがて、車は、山道の二又道に差し掛かった。
「困ったわね、右かしら、左かしら? 有馬の山道へ入ってからカーナビが調子悪いのよね」
左近は、髭のないカケルのアゴを、髭をつまんでさするような仕草をした。
「そうじゃのう、確か太閤殿下の湯は、右である」
「そう、カケルは昔っから歴史に詳しいから信じるわ」
清美の運転する車は、山間を登って、下って、ぐるりと回ると、やがて、川から湯気あがる開けた里へ出た。
すると、左近は、車のパワーウィンドウを下げ、クンクと、里の香りを嗅いだ。
「おおココじゃ、ココじゃ、懐かしい硫黄の匂いじゃ」
「ホントだ、硫黄の匂い。ここが有馬温泉ね」
川沿いの駐車場へ、清美と左近は、車を止めた。
車を降りた清美と左近は、風呂桶と石鹸とシャンプー、まるで近所の銭湯へでも行くかのように、湯気あがる川沿いを爪先上がりの坂道を登ってゆく。
「アッ、痛い」
「やっぱり、痛むのでござるな」
「大丈夫よカケル、昨日、あなたの言う通りにスグにお風呂で温めたからだいぶ楽になってるわ。それより、有馬温泉楽しみね」
「左様にござるよ、ママ上。有馬温泉は、かの太閤殿下も愛した名湯でしてな、なかでも、金泉は、我ら侍には怪我はつきものにござれば、傷の治癒はもちろん、腰痛、関節痛には、効果覿面にござる」
「そんなに、いいの?」
「ママ上、この嶋左近を……いや、時生カケルを信じて下され」
――有馬温泉公衆浴場、金の湯
湯上りの清美と左近が、公衆浴場の二階の休憩所の広間へ上がって来る。
「ママ上、ママ上、こちらにうつ伏せで横になって下され」
「いいわ、恥ずかしいわ、カケル」
「何を申しております。ママ上は、手負いの身にござる。さあさ、足を出して、横になって下され」
と、左近は、多少、強引に清美にバスタオルをたたんで枕にして、うつ伏せに寝かせた。
「ママ上、よいでござるか、全身の力を抜いて、このカケルに身を委ねて下されよ」
すると、左近は、うつ伏せの清美の足の裏を掴んで、ギュ! ギュ! と、両の手へ力を込めて揉み始めた。
「いかがにござるママ上、ここに、ござろう」
「そう、そこよ、そこ」
「こうして、かかとを痛めた者には、温泉でしっかり芯まで温めた後、足の裏からはじめて、かかと、ふくらはぎと、足の後背部を揉みほぐすのにござる。さすれば、かかとにつながる足の腱と筋肉が伸びて楽になるのにござる」
左近は、清美のアキレス腱をしっかりと伸ばすため、足の爪先をひっくり返さんばかりに立ち上げて、グーッと伸ばした。
「ママ上、いかがにござる。かかとがグーッと伸びて気持ちようござろう」
「そうねカケル、なんだか効くわ」
「こうやって、毎日、手当を重ねればママ上は、まだ、若こうござれば、スグにようなりますぞ」
「若いだなんて、わたしは、もう、五十歳よ」
「いやいや、ママ上、かの信長公も人生五十年と敦盛を舞って唄われたが、ワシがみると、ママ上は、三十路を過ぎたばかりにしか見え申さん。まだまだ、この時生カケル(ワシが、カケル殿の代わりに出来ることは)に親孝行させて下されや」
「カケル……」
清美は、息子の名前を呼んだが、後を次ぐ言葉が、胸から込み上げてくるもが溢れてきて、言葉にできなかった。ただ、バスタオルの枕に顔を埋めて、ハッキリとは言葉にもならない。
”ありがとう……”
を、伝えた。
「ママ上、ここはいかがにござるか?」
と、左近は空気を読まず、清美の急所を同じタイミングで摘まんで、清美が悲鳴をあげたのは、ご愛敬である。
つづく
未熟な作者故の過ち(差し替えでした)。応援してくださる皆さま、申し訳ござりませんでした。
この、エピソードはいかがでしょうか?