289左近と松姫の出会い
山県昌景の守る駿河国江尻城と甲斐国を結ぶ街道 駿州往還は、富士川に沿って南下する険しい道だ。北信濃海津城を目指すには、一度、ここへ立ち寄る必要がある。
この街道は、甲府から中道往還とともに五街道の一つである甲州街道から分れ南下し、途中山之神(現在の中央市)にて笛吹川を目指して南下する道と南西へ進み釜無川を渡る道がある。
この重要な地には、韮崎城がある。韮崎城は、甲斐国の中央部に位置し、南北に長い。 また、甲斐盆地の南端に位置しており、甲斐盆地と信濃国の境界にあたるため、重要な拠点だ。
韮崎城には、武田信玄の五男、で信濃国森城城主。名門仁科家に養子に入った仁科盛信城が兼務として守っている。元服しているとはいえ、まだ十七歳と若い仁科盛信にとって傅役(教育係)に、仁科氏の被官で、信濃国安曇郡等々力郷の元森城領主 等々力治右衛門はがつけられている。つい先ごろまでは、森城で盛信と治右衛門は寝食を共にし、立ち居振る舞い、ものの考え方、武将としての人の扱い、まるで、父子同然に過ごし実直な治右衛門の実直で有能な手腕を盛信が体得し独り立ちしたのを契機に治右衛門は韮崎城に移った。
盛信は、この度は、織田に不穏な動きはないかと勝頼に呼び出され報告に上がった帰りだ。領国経営は家老 等々力治右衛門に任せておけば心配はないが、久しぶりに治右衛門の顔が見たいのと、預けもの のことが気がかりで立ち寄った。
韮崎城の広間の上座に盛信が座り、治右衛門以下韮崎衆が引き並ぶ。開口一番盛信は、
「爺元気にしておるか」
「はは、盛信様。韮崎は万事滞りなく治めておりまする」
「うむ、さすがは爺だ。そのことは心配しておらぬが、アレはどうなっておる?」
「はあ、妹君の松姫様でございますね」
「そうだ、アレは織田の若殿 織田信忠から武田に返されてから、兄上(勝頼)には手に負えんということで、母を同じくする私に預けられた。松はどうしておるな?」
「いや、それが……」
「あのお転婆は、爺でも手に負いかねるのか、それは困ったのう」
「松姫様は、織田家から返されて日も浅く、いくら武田と織田の同盟婚姻のためとはいえ、側に仕える者の話では、信忠とは案外仲睦まじい夫婦中であったようでございます」
「兄上が、織田と手切れをして織田の領国へも拡大の攻勢にでたからのう。これも戦国の習いとして仕方ないが、松は悲運よのう」
「はい、某も松姫様のお気持ちを思えば、厳しく躾けることも憚られ、御心が休まれるまではここで自由にお過ごしいただいておるのでございます」
「うむ、それも仕方あるまい。して、松の顔が見えぬが?」
「はは、松姫様は、いつもはこの時分にはお顔をお見せくださるのですが、この度はどうしておられるのか、おい、誰か! 殿がございであるぞ、誰ぞ松姫様へお声がけいたせ」
治右衛門の命令に末席の侍が、松姫の元へ向かった、しばらくすると、侍は、手に文を携えて青い顔して舞い戻ってきた。
「殿、一大事でございます! これを」
侍は、治右衛門へ松姫の部屋から持ってきた文を差し出した。治右衛門は、バサリと文を流し読んで、眉を寄せて、信盛へいった。
「殿、一大事でございます。松姫様が城を抜け出し、信忠の元へ帰るとの由」
「なんだと! それではみすみす武田が織田へ人質を差し出すようなものではないか、皆の者! 松は女の脚だ。おそらくはまだ遠くへは行っておらん、今すぐ探し出して、連れ戻してくるのだ!」
韮崎城へ向かって旅支度の野袴(ズボン)、背割り半纏(羽織り)、腰に大小の刀を差す左近と、背に葛籠(箱形のランドセルのようなもの)を背負った従者姿の鳶加藤が、甲州街道や佐久甲州街道、藤川街道などの交通のぶつかる岐路に立っていた。
少し遠く、見ると目と鼻の先に、平山城の韮崎城が見える。石垣は使われず、本丸や二の丸、東西の三の丸などの曲輪や堀、丸馬出しや枡形虎口などの防御施設の備えを固めている。
左近たちは、韮崎城城下の村へ入った。韮崎城の周辺に形成された武田家臣団の長屋を中心にや商人、職人、農民などが住む集落だ。城下町と呼べるほど栄えてはいないが、韮崎は古くから交通の要所であるため一通りの人も物も食い物もそろっている。古くからの藤武神社や願成寺などの神社仏閣があり、信仰や文化もある。
「韮崎はなかなかの町であるな」
「はい、左近様。韮崎は信玄公が信州を征服する時代の拠点の一つでございまして、今は、そのころよりも衰えてはいますが、あくまで忍び者の目で考えれば、もしかすると、ここは、躑躅ケ崎よりも栄える城下となりましょう」
「かもしれぬな。富士川の水運と交通の拠点。物流、水運と都にするには条件がそろっておる、段蔵殿の着眼点には恐れ入る」
「いや、初めての土地で話だけで一瞬で特性を見抜く、左近殿の着眼点には驚かされます」
「互いに、面白き旅となろうさ」
「おや、あれは? 左近様、あちらの露店に人だかりが出来てなにやら騒ぎになっているようにございますな」
「うむ、そのようだな、一度、覗いてみるか」
「はい」
左近たちが野次馬に混じって人だかりを覗くと、露店の簪や櫛を扱う店で、浮世離れした姫御が店主と言い合いをしていた。
つづく
皆さん、こんばんは星川です。
先日、映画館へ宮崎駿の最新作「君たちはどう生きるか」を観てきました。
この後書きは考察ではありませんが、ネタバレを含みます。ネタバレ拒否の方はここでブラウザバックしてください。
今回の話は、複雑な話で理解に苦しみ、ストーリーを一口では言い切る自信がありません。多少、違うかもしれませんが、今作は、宮崎駿を見た夢だと言えるかもしれません。
戦時下を背景に、疎開した少年が不思議の国へ迷い込み、命の輝きとドロドロした部分を経験して、どういきるかを考える話です。
まあ、ようわからんかったんですが、まあ、作中に登場する宮崎駿的人物が微妙なバランスで積み上げた積み木を積んで、「私の後を継いでほしい」と何度も言うわけです。
これは、次世代の日本を生きる人たちへの宿題なんだと思いました。
そして、どのような答えを出すかは自分たちでよ~く考えなさいと。
構造的に、横糸は不思議の国のアリスで、縦糸は火の鳥だったので、宮崎駿は、手塚治虫から受け継いだ日本のアニメ業界を引っ張る庵野秀明や、細田守、新海誠などへ向けた宿題だろうと思いました。
まあ、我々、末端のクリエイターへ「わかるまで考えなよ」と語り掛けていました。
みなさんも是非、お時間があれば宮崎駿の宿題を受取りに映画館に行ってください。私の地元では今週までです。お急ぎください。
では、ブックマーク、ポイント高評価、感想、いいね よろしくお願いいたします。
それでは、また、来週に。