271 秋山十郎兵衛と武田信玄の死の秘密(左近のターン)
秋山十郎兵衛は卑劣だ。
ただでさえ、死んだ人間を秘術 木偶人形で生きた屍として死を冒涜する。今度は人質だ。自分たちが望まぬままに遊郭に売られ金に換えられた不憫な稲葉の女たちだ。
秋山十郎兵衛に捕らえられた稲葉の娘たち五人は、目隠しをされ、後ろ手で縛られ、一人も逃げられないように、数珠繋ぎに縄に縛られている。
「……六つ、……七つ、……八つ、……渡辺勘兵衛まだ姿を現さぬか、いいだろう、オレは優しい男だ。お前にオレの優しさというものを教えてやろう」
そういうと秋山十郎兵衛は、胸元から短刀を取り出して白刀を抜いた。
シュッ!
いきなり稲葉の娘の一人の白腕をめくって、短刀で切りつけた。
「いやぁ~!」
娘は目隠しで視界を奪われている。それが突然、腕を刃物で切られたのだ。これからどんな悲惨な目に合うか分からない不安と恐怖に支配された。しかも、五人の娘は飛散して逃げられないように数珠つなぎだ。怯えと恐怖が連鎖する。
鮮血が、ポタリ、ポタリと命の時を刻むように流れ出した。
「渡辺勘兵衛、娘を早く止血して手当をせねば、このまま血を流して死んでしまうぞ。ワシは、娘が死んでも手駒が増えるだけで一向にかまわぬがな」
木の上の渡辺勘兵衛こと嶋佐近には思案する時間も与えられない。娘たちが数珠つなぎに縛られている以上、木の上から、娘たちを一人づつ救い出すこともならない。今回ばかりは、奥山休賀斉や徳川忍の疾風の応援も望めない万事休すだ。
しかしだ、秋山十郎兵衛には死んだ人間を生きた屍とする木偶人形の秘術があるはずだ。娘を一人一人傷つけて佐近をおびき出すような回りくどい事をせずとも、いっそ、娘たちを全員殺して全員木偶人形にして佐近の追っ手にしてしまえば良い。それとも、秋山十郎兵衛には、なんらかの理由で佐近を生かして捕らえねばならない理由でもあるのか?
「……九つ、……十。渡辺勘兵衛、時間切れだ。残念だが娘たちを全員殺さねばなるまい」
佐近は、木の上から居場所が特定できるような大声で、
「待て、今、そこへ行く、だから、お主が傷つけた娘の止血をやってくれ」
「わかった」
秋山十郎兵衛の蛇眼が煌めいた。
「渡辺勘兵衛よ。お前が素直に出てくれば、オレも娘たちに手荒な真似をせんでも済むのだ」
そういうと、秋山十郎兵衛は手下の武田忍 ミツ者の下忍に娘の手当を命じた。
「へい!」
下忍は、年嵩がました人間なのか、ヒゲタ声で応じた。
「渡辺勘兵衛よ約束は果たしたぞ、さあ、おとなしく姿を現せ!」
娘の腕の止血が済んだのを木の上で確認した佐近は、太い木の枝につるした縄に身体を引っかけて、秋山十郎兵衛の元に舞い降りた。
佐近に蛇眼をむける秋山十郎兵衛が、今にもツルリと蛇舌でも出して舌なめずりしそうな顔を向けて、
「お前が、渡辺勘兵衛、いや、嶋左近なのだな」
佐近は、正体を指摘されたが、慌てる様子は見せずに冷静に、
「ほう、秋山十郎兵衛、お主は、秘密をなにか知っておるな?」
「ふっ、面白い世の中だ、俺たちの現実は現であって、現でない。お前は、知って居ろう?」
「ほう、精しいな秋山十郎兵衛」
「いや、佐近、オレはお前と議論するつもはないのだ。オレに課せられた役目は、お前を生け捕りにすることなのだ」
佐近は、合点がいかず首を捻って、
「分からんな、秋山十郎兵衛。お前はすでにワシの正体を知って居ろうから明かすが、織田家の一侍大将の身分でしかない渡辺勘兵衛になぜそこまで執着するのだ」
「理由は知らない。オレに死んだ者を生き返らせる木偶人形の秘術を授けてくれた”Z”がお前を生きて捕らえろというのだ」
「聞いたことがあるぞ、たしか”Z”とは、ワシが現代から戦国へ来るきっかけになった時空歪みをつくった組織であるな」
「そうだ”Z”だ。あいつ達は、なんらかの理由でお前を捕らえたいようだ。オレは死んだ好いた女を蘇らせてくれたあいつらに協力して、今は生きた屍である女を生身の生きた人間にしてもらうため協力しておるのだ」
「秋山十郎兵衛、お主は、自然の摂理を無視して、一度死んだ人間を生きた屍として操るだけではなく、生身の生きた人間にしようというのか!」
「ああ、オレの愛した女は不幸な女だ。どこかの国から攫われてきた他人であっても、忍びは、幼き頃から兄妹のように育てられる。しかし、あいつ操は不憫なやつでな、忍びとしての才能はあるのだが、どうしても身体だけが弱くてな先年オレを置いて先になくなってしもうた」
「ほう、秋山十郎兵衛、お主が、武田忍の透波衆の頭領 加藤段蔵を追い落とし、主の武田勝頼に急接近したのも、好いた女を蘇らせることが目的か」
「そうだ、オレは御館様に忠義など無い詰まらん男だ。目的のためなら手段を選ばない。目的の為なら先の御館様にしたように毒を盛ることだってかまわない」
「なんだと、三方ケ原の戦いの陣中で、御館様が病に罹られ急激に体力を落としていったは秋山十郎兵衛、お前の仕業だというのか!」
「そうだ、嶋左近、お主が味方する、先の御館様に勝たれては困るのだだからオレが殺した」
「なんだと、信玄公の死の秘密はお主の仕業であったのか!」
「そうだ、武田には唆のかさずともオレに協力してくれる木曽義昌のような一門衆もおってな近づくのは簡単であったよ。おっと、話しすぎたようだ。嶋左近、おとなしくオレの縛に就け!」
と、秋山十郎兵衛はいうと手を上げて下忍に命じて佐近を捕らえた。
つづく
皆さん、こんばんは星川です。
今週も後書きお休みさせてください。
どんな状況でも書くのが物書きですが、私は弱い人間。だから、誰よりも強い嶋左近のように強く生きたいと思い”強い漢”を描いております。
ですが、母の体調が不安定になり、そのことで予測不能なタイミングでリアクションを求められ、精進の足りない私は心が乱れて、原稿に向き合えません。
下手な原稿しか書けないのは存じております。それでも私は原稿に向かうときは、体調を出来得る限り
整え臨んでいます。
心乱れてその姿勢になれないのです。
ひそかに、後書きを愉しみにされてらっしゃる人もおられるとおもいますが、ご勘弁ください。
では、ブックマーク、ポイント高評価、感想、いいね よろしくお願いいたします。
それでは、また、来週に。




