25獄中の妙案(戦国、カケルのターン)チェック済み
――田峯城獄中。
3日後の山県昌景の田峯城総攻めの伝令を受けた嶋左近と魂が入れ替わった現代の高校生、時生カケルは、籠城でかき集められた田峯の百姓上がりの獄卒の話で、そこにはゲームでは感じられない"生"があると知る。
人は飯を食えば腹も減る。食えば心も満たされ一息つけるが、食わざれば心はやさぐれ不満が募る。
現代を生きるカケルは、飽食の世に生まれ、まだ食べられる肉を賞味期限で棄てる世界に生きて来た。明日食うものも事欠く戦国に人の痛みを苦しみを知った。
人には血が流れて、刀で斬れば血を流し、痛みにもがきそして死ぬことを痛感した。
カケルは、そこで初めて、ゲームではない選択。合戦で敵を血を流してやっつけるのではなくて、敵を頭を使って味方へ引き入れる方法は無いものかと頭を巡らせた。
獄中で、後ろ手に縄をかけられた巨体の嶋左近の図体をしたカケルが、腹を決めたようにどかっと胡座をかいて"達磨"になっている。
何日も風呂へ入っていない泥と皮脂あぶらが絡まったようなボサボサの髪を逆立たせ、眉間に深いシワをよせ、奥歯で苦虫を噛み潰すように真一文字に結んでいる。
そのままカケルは川石と土壁の隙間から射し込む朝陽を、やがて訪れた夜の静寂に立ち向かっているのだ。
ヒューヒューヒューと、隙間風が吹き込んだ。
射し込む月明かりの隙間から忍んだ声で、
「左近殿、嶋左近殿、起きてらっしゃるか? 」
武田の忍"透波者"の加藤段蔵こと鳶加藤の声だ。
カケルも口の中でモゴモゴと忍んだ声で、
「鳶加藤さんよく来てくれました」
「左近殿、妙案は浮かばれましたかな? 」
「うん……」
と、返事したもののカケルの頭の中には妙案らしい妙案はなかった。しかし、このまま鳶加藤を返してしまっては、明後日、大将の山県昌景の総攻撃で田峯城へ立て籠る多くの城兵、いや百姓たちの血が流れる。今はウソっぱちでも、鳶加藤を手ぶらで返す訳にはいかない。
カケルは、無い頭をフル回転してなけなしの口からでまかせを言った。
「実は、鳶加藤さん、妙案と言うのは……」
と、カケルが鳶加藤へ口からでまかせを口走ろうとしたとき、牢獄の通路に灯りが近づいて来た。
「左近殿、人影ですな、明晩参ります。それでは失礼! 」
鳶加藤はとっさに月明かりに紛れて去って行った。
「左近よ、どうしておるな? 」
ぬっと顔を出した灯りの主は田峯城主、菅沼定忠である。
菅沼定忠は、獄卒に松明を持たせ、自己れは、脂のしたたる骨付きの鶏肉をむさぼっている。
カケルは、クンクと鼻腔をかすめる醤油と肉の焼けた香ばしさに、
グゥ~! っと腹を鳴らした。
菅沼定忠は、一口、肉を噛みきってムシャムシャと、
「おお、おお、我等を兵糧攻めにしておる武田の武士も腹を空かせては手も足も出ぬか」
カケルは、菅沼定忠を嘲笑うかのように不適にニヤリと笑う。
「何がおかしい!? 嶋左近よ! 」
「まったくもって田峯城の主様は可笑しゅうござる」
「何故に笑う。お主は捕らわれの身ぞ! お主の首なぞワシがその気になればこの場で撥ね飛ばすなぞ造作もなきこと」
「御城主殿は自己れが寄って立つ足元が見えておられぬ」
「どういうことじゃ? 」
「田峯の民は腹を空かせてござろうに……」
「それがどうした! 」
「自己が一人腹を満たして民を省みない御城主殿の勇気には、真にこの嶋左近感服いたした」
「強き者が奪い、弱き者が這いつくばるは戦国の常、腹が減っては戦は出来ぬわ」
グゥ~!
腹の虫が鳴った。カケルではない。もちろん菅沼定忠ではあろうはずもない。獄卒の腹が鳴いているのだ。
「これはおかしい、これはおかしい」
カケルは高らかに菅沼定忠を笑った。
「ええい、このバカ者が! 」
菅沼定忠は、腹が鳴いた獄卒を力いっぱい殴りつけた。
「ひいぃ~、お許しくだせぇ~」
「ええい、バカ者! バカ者! バカ者! バカ者! バカ者! バカ者! バカ者!……」
菅沼定忠は、殴りつけられ地面へ這いつくばる獄卒を湿った泥の付いた草履でケリつけた。
「殿様、お許しくだせぇ、お許しくだせぇ、お許しくだせぇ……」
獄卒は泥だらけになった。体には草履で肌が切れた切り傷とアザができる。
「アハハハハ、御城主殿は弱い者イジメがお好きと見える」
カケルに痛いところをつかれた菅沼定忠は、キリッとどす黒い睨みを送って、カケルへ標的を移した。
「獄を開けよ!」
「へい! 」
獄卒は、菅沼定忠に言われるがまま、獄門を開け、カケルを引きずり出した。
後ろ手に縄をかけられたカケルは、地面に顔をつけて倒れている。
グッ! グググッ!
「どうじゃ、左近よ。ワシの草履はウマイか? 」
菅沼定忠は、地面に顔をつけるカケルの顔面を泥だらけの草履で踏みつけた。
カケルは、上半身の体躯の力を振り絞り、菅沼定忠の踏みつけた足を押し返した。
「踏みつけられれば、踏みつけられるほど、弱き者は犬っころ草のように、しつこく、しつこく、何度踏まれようとも根をはやし立ち向かってくるものにござる」
菅沼定忠は、力を込めて、カケルの顔面を踏みしごき、
「逆らう者は、何度でも、踏み潰すまでよ」
カケルは、渾身の力を込めて、顔面で菅沼定忠を押し飛ばし、リンと、草原に根をはやした猫じゃらしのように居ずまいを正して、
「弱き者は決して諦めませぬ。いずれこうして刃向かうにござろうに」
カケルに飛ばされた菅沼定忠は顔の泥を払って飛び起きて、
「ええい、小賢しい奴! こやつを痛めつけて、三度のメシも抜きそのまま打ち捨てておくのじゃ、よいな! 」
カケルの胸を蹴りとばした。
蹴り跳ばされたカケルは、何か閃いたように不敵な微笑を浮かべていた。
つづく