237 リーゼルの推理2(左近のターン)
「二つ目のミッションは、稲葉領内で金蔵が金にした芙蓉さんを中心にした娘たちを取り戻すね」
「リーゼルよ、確かに、稲葉領内の娘を取り戻すことは、一鉄殿にも頼まれては居るし、宗傑殿とも幼馴染みの芙蓉殿を取り戻すと約束したのだ。命令されずとも、娘たちはなんとしても取り戻す!」
「それが、それだけじゃ済まないの。芙蓉さんを歴史の流れ通りに宗傑さんと一五七九年七月までに一緒にしないと歴史が狂っちゃうの」
「芙蓉と宗傑は、ただの娘と一介の僧ではないか、それがなにゆえ、歴史を狂わせるのだ」
「歴史はDNAの螺旋構造のように折り重なっているのよ、人と人の出会いと別れ、協力、恩讐、そのすべての要素が絡み合って、人は生まれてくる」
「と、言うことは、芙蓉と宗傑の間に生まれてくる子供が歴史を動かす人物であるのか?」
「ううん、そうじゃない。芙蓉さんと宗傑さんが重要なの」
「どう重要なのだ」
「芙蓉さんと僧傑さんの子共が、同じ一五七九年七月生まれた斎藤利三の娘と身代わりになるの」
「それは誰なのだ?」
「お福、後の三代将軍徳川家光の乳母、春日局よ」
「春日局知らぬ名だ。して、その者はなにものなのだ」
「関ヶ原の戦いで果てた左近はその後の歴史は知らないわね」
「ああ」
「関ヶ原の戦いに敗れた西軍の大名は、勝利した徳川家康によって改易、厳封されるの。それによって大量の浪人が日本各地にあふれて、彼ら浪人を糾合して起こった戦が、豊臣秀頼の大坂の陣」
「うむ、その辺の歴史は、現代にいる間に学校の教科書を読み学んだ。そして徳川の江戸幕府へとつながるのだな」
「そう、徳川幕府の将軍は、家康、秀忠、家光とつづく、三代将軍家光の乳母が春日局なの」
「将軍の乳母などいくらもおろう。一鉄殿の孫娘がどうしてそれほど重要なのだ?」
「徳川家光は、春日局を見初めた徳川家康の最後の実子だったのよ」
「それは誠か!」
「うん、シンギュラリティーを迎えた世界でわかった事実だけど、この戦国、カケルくんの生きる現代でもその事実は異説として扱われているわね」
「そうか、稲葉一鉄殿の孫娘は、徳川家康の三代将軍になる息子を産むのか……」
「そう、家光は、その後の江戸幕府の支配体制の基礎になる政策、各地の大名を経済的に制圧する参勤交代、経済・対外国的には、鎖国・長崎貿易をしおよそ二六四年つづく大政権を築くわ」
左近は、腕を組み目を閉じて、ふーっと、大きく息を吐いて、
「ならば、協力は出来ぬ!」
「なにを言い出すの左近、あなたが戦国でカケルくんと協力して、正しい歴史を日本が歩めるようにしてもらわないと、その後の世界は大変な事になる!」
「知らぬ! ワシは、石田三成殿の守りたい天下、豊臣の天下を実現するために動く‼ すまぬがリーゼル、その後の世界はワシにはあずかり知らぬ事、豊臣の天下を簒奪する徳川には協力できぬ」
と、言って左近は、リーゼルの話し途中で、天守閣を降りてしまった。
「左近、まだ、三つ目が!」
天守を下る階段を降りてゆく左近の肩にヒューッと、アレックスがとまった。
「おい、左近、話しを聞かなくていいのか?」
「かまわん、ワシには関係ない後の世の世界の話しだ」
「そうかい、俺はかまわんがな。それはそうと現代からこちらの世界にやってきた月代はどうする?」
「月代殿か……、今はわからん」
「月代も、カケルも現代の高校生という身分だ。左近、お前が匙をなげたら力のある者が正義、血で血を洗う戦国ではどうなるだろうな?」
「今の成長したカケル殿ならば、己の力でなんとかするであろう。それに、ワシの師である山県昌景が着いて居る」
「ほろほろホロロ~」
「アレックス何がおかしい?」
「知らないのか左近、山県昌景はもうじき死ぬぞ」
「なんだと、あの強く、凜々しく、高潔な、我が師山県昌景が死ぬだと!」
「そうだ、歴史は動き出した。武田信玄の後を継いだ勝頼が、『山県昌景が戻るまで!』と家臣の内藤昌秀、馬場信春、高坂昌信の止めるのも聞かず遠江国高天神城を奪取した」
「なんだと、長篠の戦いが近づいておるのか!」
「そうだ、側近の金庫番を務める長坂釣閑斉なる者の進言と、その意を受けた一門衆の穴山信君、木曽義昌の後押しで、遠江国高天神城攻略を強行したようだ」
「理由はなんだ?」
「信玄以来武田家の軍資金を支えた甲州金山の枯渇だとよ」
「それで、たった一満貫の軍資金欲しさに斯波氏復権を企む金蔵を利用したというのか! 勝頼様なんと愚かな事よ。御館様の死を隠した遺言の三年と言うのは、駿河の港を制して、金山頼みの領国経営を、商人を利用した経済を盤石にして織田家との決戦に備えろ! との意であるのに」
「それは勝頼もわかっているだろうよ。それ以上に、武田家の内部での主流派争いが激しいってことさ」
「長坂釣閑斉とは何者なのだ? ワシの知っている歴史では、勝頼公の側近と言えば、跡部勝資殿であったぞ。かの者は、文武に秀で了見鋭く、そのような軽率な侵略などせぬ者であったが」
「左近、金の力だ。長坂釣閑斉は、金の力で、一門衆を籠絡し仲間に引き入れ、信玄の宿老たちや跡部勝資に反論出来なくしているのだろうよ。戦も、所詮金だ」
「そうか……あの無謀な長篠の戦いは近いのか……」
つづく
皆さん、こんばんは星川です。
今日は、朝から映画に行ってきました。
「ツルネーはじまりの一射」
高校弓道部のお話。
五人の団体戦でオチ(最後の射者)になった主人公が早手(引き手を早く離してしまう)のスランプに陥る。
師匠の指導でも、助言でもなく、事故で居なくなってはじめて、自分たちは孤の戦いではなく団体戦、仲間を信じてたたかうことに気がつく。その時、主人公の目が開かれ、放たれた矢は的をとらえる。
心に一閃の矢が走るような、心地よい作品でした。
弓道の練習場が、能舞台のような静寂と緊張があり、一弓の閃きで、心に波紋を広げる。
作品では、矢が走る心の後を、新緑の葉が舞う姿で表現しています。
弓矢が走った後に残るのは、まさに、新緑の葉なんです。見事なモンタージュです。
もうね、美しいんです。
漢臭い僕には逆立ちしても書けない。原作見てないので作者知らないんですが、きっと、女性かと。とにかく、青年期の力強い男性性とは無縁の優しい強さ。
作者の才能と感性がうらやましいです。
みなさん、現在公開中ですので、機会があれば是非ごらんください。
(いやさ、ワンピース見ようと思ったけど、行列ができるほどお客さんいたから、変更して、ツルネ。静かで穏やかな話だけどさ、頭の中に風を吹かすよい作品でした)
では、本日はこんなところでブックマーク、ポイント高評価、感想、いいね よろしくお願いいたします。
それでは、また、来週に。