23籠の鳥(戦国、カケルのターン)チェック済み
武田信玄の西上作戦で、徳川家康攻略の下知をうけた三河方面攻略の大将、山県昌景の先方大将になった嶋左近。後に、関ヶ原の戦いにおいて西軍石田三成の軍師をつとめることになる若き嶋左近と魂が入れ替わった現代の高校生、時生カケルは、山県昌景から、三河の入り口を守る田峯城攻略作戦において、武にはやる城主菅沼定忠の生け捕りを命じられる。
山県昌景から耳打ちされ策を授けられたカケルは、包囲した田峯城へただ一騎乗り込み、城主菅沼定忠と一騎討ちで決着をつけに乗り込むのだが、歴戦の強者の前にあっけなく打ち負かされ、あべこべに生け捕りになった――。
田峯城牢獄――。
土と積まれた川石の地下牢に、暴れないように手を後ろ手で縛られたカケルが、石組の隙間から射し込む光の牢のど真ん中にどかっとあぐらをかいている。地下牢生活で風呂にも、三度のメシにもありつけないのか焦燥の色がぬぐえない。
「うげ~、いくらなんでも1日1食、ごぼうの味噌漬けと、水で薄めたうす~い、うすい、ご飯じゃなくて、なんか分からんけど硬いごはんだけだもんな……オレ、もしかするとこのままココで死んじゃうのかな……」
ピチャリ、ピチャリ。
湿気た牢獄の廊下を、獄卒が、今日のメシを運んでくる。
「左近よ、メシだ食え! 」
カケルは甘えるように、
「おじさん、オレのこの身体見てよ。これっぽっちのごはんじゃとてもじゃないが足りないよ」
獄卒は、カケルの膳のごぼうの味噌漬けを一本掴みムシャリ。
「もりあざみは、なかなかイケルのであるがのう? しかたないお主の口に合わぬというのならワシが代わりに食ってやろう」
と、2本目へ手を伸ばす。
「うああ、おじさん、ちょっとタンマ! 冗談だからごはんをオレに早くちょうだい」
獄卒は意地悪く笑って、
「さっきからお主ごはん、ごはんといいよるが、侍のお主は知らんやも知れぬが、お主が今、食らうておるのは稗と粟じゃ」
「稗と粟って、昔のお百姓さんが食ってたってあれかい? 」
獄卒は呆れた顔して、
「ワシら百姓から年貢を取り上げて、米ばかり食ってるお主ら侍たちにとっては、稗や粟の食事は昔のことでもあろうが、ワシらにはそれを食うのが当たり前なんじゃ! 」
カケルは獄卒のあまりの剣幕に面食らって、
「ゴメンよおじさん、オレは稗や粟を食べたのがホントに初めてだったから」
「そうじゃろう侍は、どおりで、稗と粟を混ぜた粥を食らってはブツブツと、噛んでも味がせんとか、満腹感がないとか、文句をいっておったのう」
「ゴメンよ。ゴメンてばおじさん」
「戦場なら一騎討ちで敗れた侍は、そこで死ぬのじゃ。だが、お主には、武田の大将、山県昌景との交換条件に使えそうだから生かしておるのだ。なにが、好き好んで、ワシらとて食うや食わずで城に籠っておるのに余計にお主へなどメシをあてがうものか! 」
ぐぅぅぅ……。
獄卒の憤りのような剣幕にも、負けない左近の、いや、カケルの腹が鳴った。獄卒によって一時的に後ろ手の縄をほどかれたカケルは、一心不乱に稗と粟の粥を掻き込んだ。稗は白湯でクタクタに炊いても芯が残ったままだ。噛んでも、噛んでも、米のようにいっこうに味わいがおしよせてこない。粟は粟で、よく見るとこれは現代のペットのセキセイインコなどのエサだ。
カケルは、稗と粟を食らうと、なんだか涙が溢れてきた。
(オレはもはや籠の鳥だ……)
そう思うと、稗や粟の粥が最後の食事に思えて、山ごぼうの味噌漬けの赤味噌の辛味と、カリカリの食感が心に沁みた――。
獄中の生活は、メシを食らえばあとは寝るだけだ。土と川石の隙間明かりがやがて暗くなった。ピュ―ッと隙間風が吹き抜けて、背中が冷たい。
(このままオレはここで死ぬのか……)
「(忍んだ声で)左近殿、嶋左近殿、起きて居られるか? 」
土と川石の隙間から声がした。
「その声は、鳶加藤のおじさん! 」
「そうにござる加藤段蔵にござる。山県昌景殿からの伝令にござる。"今から3日後に夜襲の総攻め"に討って出るとのこと、よう心されよ」
「ちょっと待って!」
「では! 」と、鳶加藤が立ち去ろうとするのをカケルが呼び止めた。
「どうされましたな左近殿、あと3日の辛抱にござる。山県殿は必ず救いだすとおっしゃられております。ワシもこのような手薄な警備などなにするもの、時が来れば、スグにでもお救い申し上げますぞ」
「いいや、違うんだ。実は、山県のおじさんの総攻めをもうちょっと待って欲しいんだ」
鳶加藤は、頭をひねって、
「と、申されますと左近殿、なにか良い策でも? 」
「作戦はなんにもないけど、この城の人たちもホントは近所のお百姓さんたちなんじゃないかって、できるなら、なんとかしてこの城の人たちを誰一人死ぬことがないように説得する方法がないかなって思うんだ」
「ほう、おもしろき理由にござるな。しかし、妙案がなければ、ワシも山県殿の総攻めを思い届まるように説得するには、責任がありますゆえ伝言できかねますな」
カケルは頭をひねった。しかし、なにも思い浮かばない。
(うむ、困った……)
「左近殿、左近殿。聞いて居られるか、妙案なければ、このまま帰りますぞ」
「鳶加藤のおじさんちょっと待って! 1日だけ、1日だけ時間を下さい! その1日で妙案を考えるから」
果たして、たった1日でカケルは田峯城をまるごと調略する妙案が思いつくのだろうか?
つづく