221三ツ者秋山十郎兵衛と、甲賀忍の影(左近のターン)
旧、美濃国の守護大名土岐頼芸の復権を狙う役河王の元で金庫番をつとめる金蔵は、頼芸の床の飯と床の支度をすると、小屋を後にして、さらに木々の生い茂った森に入っていった。
「金蔵、来たか」
「おう、秋山十郎兵衛殿」
秋山十郎兵衛、武田家中において武田忍び衆、透波者の頭領加藤段蔵と対をなす忍び集団、三ッ者の頭で、岩村城を任される秋山虎繁の一族に当たる。
髪は白く一見すれば老年にも見えなくはないが、その表情にはほうれい線すらない若い肌だ。ただ、目元には墨を塗ったような深い隈が浮かび上がっている見るからに怪しい奴だ。
「して、残りの金は用意できたか?」
「あと少し待ってくれ、後半年もすれば約束通り二千貫をもって武田に下ることができる」
「勘定方を取り仕切る長坂釣閑斎様は、もう待てないと申して居る」
「もう待てないだと! それだと、先に手付として渡した八千貫はどうなるのだ!」
「知らぬ。釣閑斎様は、後、一週間で金を用意して土岐頼芸とともに武田領内へ下らねばこの話は無しだと申して居る」
「そんな馬鹿な話があるか、十郎兵衛よもう一度、釣閑斎様に掛け合って、待ってくれるように頼んでくれ!」
すると十郎兵衛は、急に白けたような顔をして、
「ならば、さらに、一週間延ばすのに一千貫工面してもらおう」
「何っ! 後、一千貫上乗せして工面せよと申すのか!
「さよう、出来ねば、この話はここで打ちきりじゃ」
「クソッ! 由緒正しに土岐頼芸様を匿うのに、人の足元ばかり見おって、秋山十郎兵衛、過って武田が諏訪と対立している折に、誰が諏訪の背後を突く働きをしたと思っておるのじゃ。それは、土岐頼芸様じゃぞ!」
「覚えておるわ、あの時は先主、武田信玄公は大いに助かった。しかし、現当主の勝頼公は、武田と土岐に挟まれ滅ぼされた諏訪御料様のご子息、土岐には感謝してもしきれぬわ。よいか金蔵、武田がお前たちを下る計らいができるのは、後、二週間しか待てない。それまでに金をよういするのだ」
そういい終えると、秋山十郎兵衛は煙のように消えた。
金蔵の後をつけて、こっそり、様子をうかがいみていた渡辺官兵衛こと嶋左近と、華渓寺の僧、宗傑は目を丸くした。
「渡辺様、金蔵の裏には、武田の影ありますよ」
「そのようだな」
「織田と武田は、美濃国岩村を境に牙を向けあっている時期にございます。このまま土岐頼芸と金蔵をみすみす見逃してよいものでしょうか?」
「これはちと厄介だのう。ワシら末端の者だけでは判断が付きかねるどうしたものか……」
「ならば、我らが力を貸そうかウフフ……オホホ……」
左近と宗傑が額を突き合わせ難渋してると、背後から声がした。
左近が振り返るとそこには橙色の忍び装束の背丈の似通った忍びが二人立っていた。
「お主たちは、その忍び装束をみると、甲賀の者か」
「さよう、ワシらは鵜飼孫六・孫七の兄弟じゃ」
甲賀忍び鵜飼孫六・孫七の兄弟は、甲賀衆の頭領、多羅尾光利の配下にありながら、その実力によって半場、独立した諜報活動が許されている。
「お主、明智の斎藤利三に仕官しておる渡辺官兵衛じゃろう。稲葉のジジイの癇癪で今は稲葉におる」
「ほう、さすがは甲賀衆じゃ、ワシの事情もよく知っておるのう。ならば、お主たちがここにおるということは、この事すでに大殿の耳に入っておるのだな」
「ウフフ……オホホ……さて、どうだかのう?」
「ほう、言葉を濁すということは、まだ、大殿耳には入れてはおらぬと言うことか。ならば、お主たち兄弟の狙いは、土岐頼芸の残りの三千貫を掠めとることが狙いか」
「ウフフ……オホホ……どうだろうのう。どうだろうのう」
「ウフフ、オホホと薄気味悪い輩だぜ。して、忍びが自ら姿を現すということは、我らとなにか取引があるのだろう?」
「ウフフ……オホホ……ご名答。渡辺官兵衛、この一件から手を引け!」
「それは出来ない。ワシは、曽根の領主の稲葉一鉄様より、この一件の解決を申しつけられておる」
「ウフフ……官兵衛、お主が申しつけられたのは、領内で起こった人身御供事件であろう。それは、ワシらも目を協力してやらんでもない。だが、土岐頼芸の話からは手を引け」
宗傑が、左近の袖を揺すって、
「渡辺様、良い話ではございませんか」
「そうじゃのう。こやつらが忍びでなければな」
「鵜飼兄弟が忍びであることの何が問題なので?」
「忍び者は、味方でなければ、名を名乗り姿を見た相手は、事が終われば口封じのために殺すのじゃ」
「なんですって!」
「ウフフ……オホホ……、渡辺官兵衛大丈夫だワシらを信じよ」
そう言った鵜飼兄弟の笑顔は引き攣った明らかな作り笑いだ。それに、目玉が上を向きひっくり返っている。言葉のすべては嘘だ。
「おそらくこ奴らは、土岐頼芸と金蔵を始末し金を自らの懐に入れ、事情を知っている我らを始末し、稲葉殿の領内の不祥事として大殿に報告し、お家を取り潰すつもりだろう」
「そんな惨いこと人間にできますか!」
人を慈悲の心で救済する僧の宗傑には、忍びの世界の非情さはわからない。きっと、先年、山県昌景との道中でカケルたちにそうしたように、左近にもそうするだろう。
左近は、厄介な人間に目を付けられたのだ。
つづく
皆さん、こんばんは星川です。
今回もおた転をご覧くださりありがとうございます。
実は、本日もう1本、アルファポリスにおいて、新作を公開致しております。
(なろうの規約でURLは貼れません)
5/1 0時に目次、0:30分に登場人物一覧、7時に一章を公開致します。
アルファポリスでのペンネームは、林走涼司名義です。
作品名は「池田戦記ー池田恒興・青年編ー信長が最も愛した漢」
です。
アルファポリス歴史小説賞への参加で期間限定毎日一部づつ公開の予定です。
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5月はエントリー期間
6月は投票期間
どうぞ、応援よろしくお願いします。
では、ブックマーク、ポイント、感想、いいね よろしくお願いいたします。
それでは、また、来週に。