197頑固一徹、稲葉一鉄、明智光秀ともめる(左近のターン)
天正二年(一五七四)。
”武田勝頼侵攻する!”の報に明智城へ救援に向かった信長が到着した時には、明智城は、武田勝頼に攻め落とされていた後だった。
信長は、国境の鶴ヶ城の河尻秀隆、小里城の池田恒興に、一層の警戒を命じて、岐阜城へ引き上げた。
信長は、十七歳になる嫡男、勘九郎を元服させ、名を信忠と改め、対武田の軍団長へ指名した。傅役の河尻秀隆、池田恒興の譜代の尾張衆に、美濃衆で浅井攻めで戦死した部将の森可成の跡を継いだ嫡男で、信忠付きの近習だった、若干十六歳の長可らを側近に据えた。
武田への備えを固めた信長は、広間で、朝廷との取次役を引き受ける明智光秀と次なる野望を密談していると、廊下の床板を踏み抜くような強力な足取りで、毛虫が尻尾を跳ね上げたのような太眉の禿げ頭がすごい勢いで入って来た。
「よ、よっ、良いところに参った。幸い明智殿もお、お、る。ここで大殿に、こ、こっ、公平に裁いてもらおう」
と、頭に血が上ると吃音で口ごもる還暦間近の稲葉一鉄が、いきなり、光秀に掴みかからんばかりに、信長の前でドシン! と、腰を落とした。
信長は、脇台に、身を乗り出して、望みを聞き届けるまで梃子でも動きそうにない一鉄に尋ねた。
「どうした、一鉄。お主が、曽根を出てくるのは珍しいの?」
稲葉一鉄は、信長が美濃攻略戦の折、転機となる転籍を果たした、斎藤家の西美濃三人衆と呼ばれた家老の一人だ。
西美濃三人衆は、稲葉一鉄、安藤守就、氏家卜全からなろ。この三人は、三位一体に連携を取り事に当たり、斎藤家においても、織田家においても、重責を成している。
普段、一鉄は居城の曽根城から出てくることは少ない。美濃は織田家の領国として、安定を保っているため、別段、警戒が必要な訳ではない。隣り合う領主も、揖斐川を挟んで、東に、北方城の安藤守就で、南西は大垣城の氏家卜全だ。安心この上ない。
しかし、この稲葉一鉄。昔気質が過ぎるのだ。
武士は、領地と共にあるものと、日夜、村々を回り、領民に声をかけ、困りごとあれば、スグに手当てをし、揉め事あらば領主自ら裁く。そのため、領民からは慕われているが、信長向きの殿中仕事は息子の貞道に任せて、自分は無頓着。もちろん、光秀や、秀吉のように、信長への付け届けなど一度もしたことがない。
その、稲葉一鉄が、なぜ、すごい剣幕で曽根を出て来たのか。
「先年、我が稲葉家の家族、娘婿の斎藤利三をを明智殿に引き抜かれました。利三は、ワシの家族。返していただきたい」
信長は、光秀に左の眉を吊り上げて尋ねた。
「光秀、左様であるか」
「引き抜きだなんて滅相もございません。利三は、姉川の戦で活躍しても、手柄を稲葉殿が一人占めして、活躍に見合った褒美が貰えないことを不服に思い、我が、明智に自ら転籍したのでございます」
信長は、右の眉を吊り上げて、一鉄を見て、
「との、ことだ」
「ワシは、一人占めなどしておらん。姉川では、ワシは手柄は上げて居らん」
それには、光秀も眉をハの字に吊り上げて、
「稲葉様は、姉川の戦において、徳川家康の与力につき、活躍し、浅井勢に押し込まれていた織田本軍を救援までして、大車輪の活躍であったではござりませんか」
「いや、あれは、手柄ではない!」
と、キッパリと重い声で言い切った。
信長も、この一鉄には困り顔を浮かべて、
「そうなのだ光秀。この稲葉一鉄なる男は、手柄は、徳川家康にこそあれ、自分には一切ない。と、ワシも褒美を出すと申しておるのに、大手柄を手柄として認めぬ困ったやつなのだ」
光秀は、一鉄に膝を着き合わせて、
「稲葉様、私も、斎藤利三が手柄を認められないと申して、私に、転籍を申し出た時、今一つ、理由が分かりませんでしたが、今、ハッキリしました。原因は、あなたの頑固さだ」
「それの何が悪い! 手柄は軍を指揮する大将のもの、それを、与力風情が、己の手柄としてどうする。武士の風上にもおけないことを云うものだ」
光秀の言葉に、一鉄は、まったく、自分のどこに落ち度があるのか、わからぬ素振りだ。
「ふふふ、ふふ、ふふふ……」
話を聞いていた明智家の末席に控える渡辺勘兵衛こと左近が、あまりの一鉄の無欲さに吹き出した。
信長が、左近に気付いて、
「なにが、おかしい?」
「いや、大殿。我が主、明智様と稲葉殿の考えがあまりに違いすぎて、可笑しゅうなりました」
「であるな、わかった一鉄。この件は、ワシが預かった。後日、追って沙汰成す。一鉄、今日はおとなしく帰れ」
「梃子でも動きません!」
頑固一徹。この言葉の語源は、この稲葉一鉄の人柄から来ている。一鉄は、このように、相手の身分がどうであれ、一個一個の人間として、自分の思いは貫き通すことから来ている。
これには、信長も困った。こうなると、一鉄は、ホントに自分の願いが聞き届けられるまで梃子でも動かない。この男には、忖度や、空気を読むなどはないのだ。
「ふふふ、分かりました」
末席の左近が、また、口を開いた。
「分かりました。こういうのはどうでしょう? 大殿の沙汰が決まるまで、この勘兵衛が、代わりに、稲葉家に仕えるというのは?」
この、言葉に、一鉄も勘兵衛に興味を持ったのか、立ち上がって、ドシドシと、床板を踏み抜くように、左近の目の前ま来て、まじまじと、顔を近づけて、
「よし!お主、大殿の沙汰が成すまで、お主を預かった」
つづく
どうも、こんばんは星川です。
昨日、ギックリ腰になりまして、今週は執筆をサボりました。(ストック一話減)
そんなプライベートはさておいて、本日の主役は稲葉一鉄。
作中でも述べましたが、頑固一徹の故事にもなった人物です。
この一鉄さん、評判は高いのですが、実際にどのような用兵術を奮ったかは資料がありません。
ただ、強かった。
そこで、物書きの出番なのです。
私、星川が描きたい人物は、今、現在、三人います。
一人は、春先から夏の終わりに公募用に描いた人物(伏せときますが目立たない織田家の武将。完成してます)
もう一人が、三国志の呉の武将(これも詳しくは伏せときます。プロットだけあります)
そして、最後の一人が稲葉一鉄(描きたい思いだけ)。
私、星川は、才覚はあっても、性格的に不器用な人が、大好きです。
他人には分からない己だけの価値観で、判断、行動する変人が好き。
エリートは嫌い、叩き上げの不器用な偏屈オヤジが好きなんです。
世襲するような生まれながらの勝ち組、学問の階段を順調に進んだ利口な人物、持って生まれた肉体的強者、、、そんな、英雄に、知恵と、度胸と、人柄だけで歯向かい、己の境遇をひっくり返してやりたいじゃないですか。
だって、己の力とは別に、踏みつけられつづけられる人生なんて悔しいじゃないですか、だから、描くんです。
私の描く本作の左近も、未発表の織田家の武将も、三国志の武将も、稲葉一鉄も同じ、納得出来ないことで、踏みつけられる人生に歯向かうんです。
だって、大馬鹿者なんですから(作者が)
おっと、脱線して本編並に書いちゃった。想いが溢れてしまいました。途中ですが、雑記はこの辺で。
それでは、皆様、星川作品を変わらず応援してあげてください。ブックマーク、ポイント、感想よろしくお願いします。
ほんとにその小さな応援が、私を、貴方を、励ます力を生むかも知れない。
歯を食いしばって頑張りましょう!
頑張ります。
明日は、少し良い日にしましょう!
それでは、また、来週会いましょう。
今夜も、ありがとうございました。