196羽柴家を二分する女の戦い。昌景、お虎父娘も二分される(カケルのターン)
「これ、そこの者……」
誰か女の声が、カケルを呼ぶように聞こえた。
カケルが声に振り替えると、
「これ、そなた。なにか、天下を動かすような大いなる運命を背負っているようじゃ、どれ、ここへ来て私にその顔をよく見せておくれ」
声の主は、ミナミ殿であった。
「ええっ! 俺が天下を二分する合戦を采配するだって‼ ムリ~、ムリ、ムリ~」
ミナミ殿は、カケルの目を真っすぐ見つめて、
「いいや、お前は間違いなく天下を二分する戦で采配を振るうことになる」
「え~、そんなんムリやん。三方ヶ原でお屋形様だって、天下を二分するような戦じゃないんだよ。あの、なんでも見抜いちゃうお屋形様だよ。俺は、まだ、山県のオジサンが何を考えて行動してるかもわかんないのに、絶対ない、ない、ない」
ミナミ殿は、カケルから視線を一切外さずに、
「人の運命は決まっておるのじゃ。お前は天下を二分することは避けられん」
「OK、わかったよ。百歩譲って、俺が天下を二分する戦いをするとして、それは、いつなの?」
「それは、ずっと先だ。天下人となられる羽柴秀吉殿の御子を守る戦いだ」
「え?! それって、石松丸君を守る戦いなの?」
ミナミは、静かに首を振って、
「石松丸ではない。我が子石松丸は、長くは生きられん……」
「どういうことさ?」
「石松丸は大人になる前に死ぬのが定めじゃ」
「実のお母さんが、それは、ないんじゃない? もし、死んじゃう未来があるのなら、なんとかして救う方法を探すのがお母さんの役目だよ」
「運命は避けられん」
「もう、俺が何とかする!」
カケルは、またもや、安請け合いしてしまった。
「馬鹿者‼」
山県昌景に、経緯を報告したカケルは、お虎から大目玉を喰らった。昌景は、クールなもので、眉を少し動かしただけだ。
お虎が、噛みつく、
「よいか左近。私達は、正妻である寧々殿にお世話になっているんだ。それがこともあろうに、問題の側室、ミナミ殿の予言した望まぬ未来を、変えるため、お主が引き受けてどうする。それでは、我らは、寧々さまに顔が立たぬではないか!」
「だから、ごめんって、行きがかり的に、引き受けちゃったの。あるやん、そういうことって」
「なんだと、行きがかりだと! 左近、お前はそんな風にいつもチャランポランだから、少し、美しい女に色目を使われるとスグに誘いに乗って、尻尾を振るのだ。浮気者!」
お虎は、すごい剣幕だ。ここぞとばかりに、日頃の、カケルに対する不満をぶち上げる。
「だから、ごめんて!」
ゴホン!
「お虎、まあ待て。左近の行動は軽率ではあったが、考え方を変えると、これは、我ら武田に好都合やも知れぬ。織田家の城主まで務める羽柴秀吉を、家庭の事情で、足止めできるやも知れぬ」
「父上まで、そのようなことを、あのお優しい寧々様が不憫ではないのですか?」
「不憫では、あるが……」
「父上、私は、父上を見損ないました。父上と、左近が、ミナミ殿に着くとおっしゃるのなら、私は、飽くまで義理を通して、寧々様にお味方いたします。ゆくぞ、大膳!」
「ええ、ワシも行くのか!!」
お虎は、菅沼菅沼大膳を睨みつけて、
「大膳、嫌なのか!!」
「いや、ワシはその……なあ、左近?」
カケルは、困った大膳の心を斟酌できず、アホずらを向けている。
「のう、山県殿?」
「大膳、お前の好きに致せ」
「決まったな。大膳ほら行くぞ!」
お虎は、強引に、菅沼大膳の腕を掴んで部屋を出て行った。
長浜城の羽柴秀吉家は、正妻の寧々派と、側室のミナミ殿派で二分された。
寧々派には、加藤清正、福島正則、片桐且元、脇坂安治、加藤義明、平野長泰ら、秀吉子飼いの武将見習いたちが顔を揃えた。
対する、ミナミ殿派は、憧鑑、そして、石田三成がついた。
三成は、もちろん、寧々に他の子飼い武将たちとともに養育されたはずである。この男は、頭が切れる。義理ではなく、主、秀吉の心に沿ったのだ。
そう、秀吉は、何にも増して、我が子が欲しいのだ。
それが、例え、血のつながりの確証は薄くとも、秀吉は、自分の子供だと呼べる男子が欲しいのだ。
ゆらり、庭からの風に蝋燭が風に揺れた。
ミナミ殿の部屋に、石田三成が詰めている。憧鑑は、また、長浜の商人からせしめた金で、遊郭に入り、女と酒に狂って遊び惚けているのだろう。
「ミナミ殿、石松丸様の養育は、このまま、憧鑑がなされるので?」
憧鑑の言葉には、ミナミ殿も眉を曇らせて、
「なんとかせねばならぬとは、思っておる」
女の業だ。おそらく、石松丸は、秀吉の子ではない。従兄を名乗る憧鑑が、秀吉と関係のあったミナミ殿をたぶらかし、自分の色にしたのだ。
女は、情が深い。一度身体を許せば、そう簡単に自分を抱いた男を裏切れるものではない。そこが、ミナミ殿の弱みだ。
三成は、もちろん、そんなことぐらいはすでに見抜いている。見抜いていながら、道理はとうさず、秀吉の望みを通すつもりなのだ。
「ミナミ殿、名案がございます。今、こちらの屋敷に、廻船問屋の政吉申す者たちの一行が泊っております。その者たちを使って、憧鑑をなんとかいたしましょう」
「それは……」
ミナミ殿の女の事情だ。憧鑑は色ごとにかけては手練手管。一時として、失いたくはないのだろう。
「ミナミ殿、未練ですぞ」
そう言って、三成が、ミナミ殿の肩に手を回す。
「すいません。夜分遅くにすいません。廻船問屋の政吉の使いで左近が参りました」
と、障子の向こうから声がした。
三成は、ミナミ殿の肩にかけた手をさっと引いて、
「ミナミ殿、お覚悟召されい。それでは、私は……」
と、言い残して、カケルと入れ違いに出て行った。
「なんだ、あのあ白いやつは、感じ悪いな?」
ミナミ殿は、よれた肩口を直して、
「左近殿何用です」
と、迎え入れた。
つづく
どうも、こんばんは星川です。
秀吉の子を産んだ南殿実在の人物なんですね。でも、その生涯は色々な話があって、どれが真実かは分かりません。
南殿の生んだ石松丸は、真に秀吉の子供だったのか、はたまた、今回のお話のように、憧鑑のような怪しい男の種だったのか、現代のようにDNA鑑定でもなければわかりません。
でも、秀吉は、そんなの関係ないと考えるような人物だったような気がします。
秀吉は、親族中から子供を召しだして、子飼いの武将を生み出します、彼らは、秀吉の死まではよく使えました。
そう、秀吉は、養育から始めて、血縁がたとえ薄くても自分の子として育てることで、家族を増やした人なんですね。
だから、石松丸が他人の種でも秀吉は自分の子供として育て跡継ぎにしたはず。
まあ、子飼いの武将たちは寧々さんが育てたともいいますから、母親として南殿が女の意地を通せば、今回の対立する関係も生まれたかもしれません。
まあ、現代を生きる者で戦国時代から生き続けている人間はいませんから、私達のような物か気が、戦国を生きた人々の魂の声を聞いて、青森のイタコのごとく物語に紡ぐしかありませんね。
おっと、長く書きすぎた。
それでは、ブックマーク、ポイント、感想などありましたらよろしくお願いいたします。歴史好きのお友達などいらっしゃいましたら、
「胸熱な話があるんだぜ、騙されたと思って、一度、読んでみてよ」
と、おすすめ下さい。
すると、コーエーテクモさんの「信長の野望」が売れて、作者も仮想プレーして、物語が重厚になります。
それでは、また来週に。