194憧鑑とミナミ殿の秘密(カケルのターン)
「これは、不吉だ黒い影を払わねばなるまい。そのためには呪術に使う道具を揃えなければならない。それには、一貫(およそ一万二千円)かかるスグに用意するのだ」
憧鑑は、長浜の町で、紫の法衣を纏い、十人ばかりの弟子を引き連れ、裕福な商家に勝手に乗り込んでは、不吉な影があると脅して、一貫から十貫を相手をみて吹っ掛けて歩いている。
憧鑑のあまりの横暴に、商人が反発すれば、
「ワシは、長浜の殿の御嫡男石松丸君の伯父にあたる。そのような口を利いてただで済むと思うなよ」
と、忖度を促す極悪ぶりだ。
憧鑑から銭を巻き上げられた商家は、一軒や、二軒ではない。秀吉の威光を借りた悪鼠は、長浜の商家という商家から銭を巻き上げている。
それでも、かたくなに拒んだ商家には、そこの娘、なり女将、看板娘を、
「お前には、疫病神がついている」
と、因縁をつけ、人質同然に連れて行く。
憧鑑を黙らせるには、金を払うしかないのだ。
「へへへ、お頭、今日も、かなりの銭がたまりましたな」
「どれ、右衛門、お前にも小遣いをやろう。これもすべて、お前が竹生島の巫女だったミナミを誑かしたことがツキのツキはじめじゃ」
と、憧鑑は、子分の右衛門に一貫わたした。
「お頭、ありがてぇ」
右衛門は一貫を押し頂いて受け取った。
「俺たちは、このまま、ミナミを操って、秀吉に取り入り、この長浜を己が都とするのだ」
「へえ、佐々木次郎様」
「右衛門、その名で呼ぶな」
部屋の天井から、憧鑑と右衛門の会話の一部始終を聞いていた嶋左近と魂の入れ替わった現代の高校生時生カケルは、天井板をそっと戻し、庭に下りた。
ストンッ!
「左近殿、いかがでございました?」
カケルの背後の暗がりから声をかけるのは、忍び装束の武田忍びの棟梁、加藤段蔵こと鳶加藤だ。
「山県のオジサンの狙い通り、やっぱりだよ」
「人の心を惑わし銭をせしめる者に碌な野郎はいませんからね」
「だよね、織田家の領内はどこへ行っても、なにか問題はかかえてるね」
「尾張一国の大名から、畿内を治める大大名まで急拡大したんです。政治と、そこに暮らす人間との間で、必ず、軋みが生まれる者です。武田家も、甲斐から、信濃を領有した時はそうでございました」
「え?! あのお屋形様(武田信玄のこと)でも、そんなことあんの?」
「さよう、信玄公も、信濃を統一するまでに、信濃をまとめる諏訪氏を亡ぼしました。中心を奪えば、それで、国は武田の思い通りにすげ代わるどころか、小勢力が反発を強め各地で小競り合いが続きました」
「お屋形様はどうしたの?」
「お屋形様は、滅んだ諏訪家の娘、諏訪姫様を側室に迎えられ、生れた子を諏訪家へ養子に入れられました。それが、勝頼様でございます」
「ええ、若殿は、養子に出ていたの?」
「さようにございます。諏訪勝頼として、傍流として生育されたため、嫡男として生まれた武田家の正統、義信様の裏切り、切腹は、お屋形様も予想外の出来事でございました」
「でも、どうして、若殿は、山県のオジサンにあんなに競争意識があったのさ?」
「それは、日陰の道を歩いた者にしかわからない、日向の道を歩く者への嫉みのようなものでございましょうな」
「日陰の道を歩いた者の嫉みか、奥が深くて、俺には、わかんねぇ~や」
「わからなくて、結構で、ございます。憧鑑も心のどこかが捻くれた日陰の道を歩く者だとだけ心に止め置かれればけっこうです」
「おい、左近! そっちはどうだった?」
やって来た菅沼大膳が、カケルに声をかけた。
「こっちは黒だった。ミナミ殿はどうだったの?」
「それがな……」
菅沼大膳は、ミナミ殿の部屋に忍び込み、不審な点がないか探った。
ミナミは、朝起きて身支度をすませると、白衣に着替え、線香を炊き神事をはじめ神に祈りをささげる。昼には、川の水で身を清め、また、神に祝詞をあげる。夜も然りだ。どこをどう切り抜いても、ミナミが竹生島の巫女だということに疑いの余地はなかった。
「では、残る疑問は、石松丸が、ホントに、羽柴秀吉の子供かどうかだね」
「そうだな、そればっかりは、ミナミ本人から聞き出すより他あるまい」
「とりあえず、山県のオジサンに報告しなくちゃだね」
「うむ、それならワシがやっておく。左近殿は、このまま、鳶加藤と、ミナミ殿本人から、石松丸が真に秀吉の子であるかを確かめる方法を考えるのだ。それではな」
菅沼大膳、そうカケルに言い残すと、さっさと、山県昌景の部屋へ向かって行った。
「ずるいよ、大膳さん……」
カケルが、ガックリ肩をおとして、鳶加藤の忍んだ陰に顔を向けると、すでに、どこかに身を隠した後だった。
「……俺、一人やん!! みんなズルいーーーーーー‼」
カケルは、その場に、ドンと座って、胡坐をかき、月を相手に、思案を巡らせるのだった。
「これ、そこの者……」
誰か女の声が、カケルを呼ぶように聞こえた。
カケルが声に振り替えると、
「これ、そなた。なにか、天下を動かすような大いなる運命を背負っているようじゃ、どれ、ここへ来て私にその顔をよく見せておくれ」
声の主は、ミナミ殿であった。
つづく
立身出世、華やかな成功の階段を駆け上がる人間の周りには、清濁併せもつ人間であふれています。
秀吉の元には、清流の骨頂のような竹中半兵衛もいれば、川の盗賊、河並衆の蜂須賀小六など、多種多様な取り巻きが出来るものです。
その二つの川の水を清濁併せのみ、己が器量で、その腹で加減をする。
その天才が、羽柴秀吉、後の、豊臣秀吉であったかもしれません。
この秀吉には、子供がいなかったと伝わりますが、三人の男の子が生まれたと伝わっています。
一人が、本編の南殿が産んだ石松丸です。
登場するミナミ殿が巫女であったというのは創作ですが、神なる島、竹生島の女性ではあったそうです。もちろん、憧鑑も創作の人物ですが、神職には、それに仕える者がいる。出世頭の秀吉に近づくからには癖のある人物に違いない。。。と、いうところから登場させました。
はたして、羽柴秀吉家中に根を張った憧鑑はどんな悪い働きをするのでしょうか、作者にもわかりません。
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それでは、また来週お会いしましょう。おやすみなさい。