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189第二次伊勢長島一向一揆攻略、織田家諸将の活躍と、孤独の通政(佐近のターン)

 海上で一向宗の襲撃をうけた林通政の船は、必死の抵抗を見せたが、船員の切り込み隊長である鯱三の裏切りにあい、船内の物資という物資をすべて奪われた。

 犠牲者も多く、切り殺された者は、林家の郎党のおよそ半数が不慣れな足元の船上での戦いで力を発揮しきれず殺された。


「なんてことだ……」


 船は、明朝には、信長と落ち合う伊勢長島へ着く。通政が運んでくる補給物資が無いとなれば、信長の戦略の見直しも迫られるだろう。


 思いつめた林通政は、腹を捲って短刀を腹に突き立てようとした。


「いかぬ、林殿、死んではならん」


 嶋左近こと渡辺勘兵衛が、刃を持つ手を掴んで、通政の自決を止めた。


「止めんでくだされ渡辺殿、ワタシはどうせこの失態で、大殿の前に出れば叱責され切腹を命ぜられる。家宰である林家の面子は丸潰れだ。もはや、腹を切って詫びるほかない」


 左近は、しっかり、通政の目を見て、


「通政殿、戦は、思わぬことが起こり計画通りには行かぬ物、敵の襲撃に合い物資を失うなどよくあることだ。それで一々、責任を取って腹を切っておっては、今に、織田家には家臣はいなくなる」


「では、渡辺殿は、ワタシにどうしろと言われるのだ?」


「戦場で手柄を立てて、此度の失態を帳消しにすればよろしかろう」


「それこそ無理な話だ。ワタシは筆と紙が専門の吏僚だぞ。先ほども見たであろう、ワシが刀を持って戦えば、情けなく鉄刀がポキリと折れてしまう。そんなの無理じゃ」


 左近は熱い目で、通政の目を見て、


「無理ではござらん。漢が心を決めればなんだってできる。それに、ここに、この渡辺勘兵衛がござる。通政殿が兵権を与えて下されば、ワシが手柄を立てて見せよう」


「渡辺殿、まことにござるか?」


「ああ、ワシが命を賭けて請け負う」




 元亀四年(一五七三)九月二十四日。


 岐阜城を出た信長は大垣を通り、揖斐川を船で二十五日には海津へ陣を取った。


 佐久間信盛、羽柴秀吉、蜂屋頼隆、丹羽長秀を中心とする近江勢は、二十六日に、一揆伊勢が立て籠もる西別所を攻撃する。


 本来の伊勢方面の司令官である柴田勝家、滝川一益は、坂井氏、近藤氏の城を次々に攻略した。


 一方、京方面で発起した静原山の一揆を明智光秀が攻略した。



 ここまでの戦に、林通政は一切関わっていない。通政の戦力も補給物資も、信長も、他の諸将もはじめから誰も当てにしてなかったのだ。


 通政の苦労は独り相撲だったのだ。


 次々に諸将の活躍が報告に来る信長の陣で、林通政は落ち着かない。


 通政の不始末を信長は責めはせぬが、補給物資を奪われたことを報告してから、信長は詫びることすら許さずに、


「林は、下がっておれ!」


 と、命じた切り、陣屋の隅っこ扱いを受けている。


「ちと、厠へ」


「また、ですか?」


 大垣城の城主で竹中半兵衛重治の舅になる安藤守就あんどうもりなりが、声をかけた。


「どうも、悪い物でも食ったのか、腹が痛みますのだ」


 そう言って、諸将の活躍に対して、不始末だけが残る林通政は、胃がキリキリと締め付けられるように痛んで何度も陣屋を外しているのだ。


「勘兵衛殿、渡辺勘兵衛殿。ワシはどうすればいい?」


 と、林家の営舎へ駆け込んできた。


「大殿よりの出陣の下知が無ければ、待つしかありませぬ」


「待つとは、どのくらいじゃ。陣屋へは、佐久間や柴田、林と同格の家老衆の活躍の報告が次々に来ておる。このままでは、林を置いて、戦は終わる。出番がなくなってしまう」


 床几に座った左近は、膝に手をついて身を乗り出して、


「何度、申されても、待つしかござらん」


 と、どっしりとした声で応じた。


「そうか、待つのだな」


 その度に、通政は不承不承のていで、信長の陣屋へ引き返して行く。


「柴田勝家、滝川一益殿が、一向一揆の北勢四十八家をことごとく打ち破りましたぞ!!」


 と、伝令が入った。


「よし! 勝家と、一益めやりおったな!」


 これには、信長も膝を叩いて立ち上がった。


 しばらくすると、巨漢の鬼髭おにひげ柴田勝家と、もう一回り大男の滝川一益が兜首を数珠つなぎに担いで陣屋へ入って来た。


 ドンッ!


 と、信長の前に首を置いて、


「大殿、見事、北勢四十八家を平らげましたぞ。これで、伊勢の一向宗もおとなしくなりましょう」


「うむ、勝家、一益、褒美をとらす。誰ぞ、大盃を持て!」


 信長が、小姓に命じた。


 小姓はスグに赤い大盃と酒樽を持って信長の傍らに置いた。


 信長は、木槌で樽を割って、大盃になみなみと酒を注いで、


「勝家、一益、飲め!」


 と、突き出した。


「大殿、自らありがたき幸せ」


 勝家、一益、順に飲み干した。


「西別所から、佐久間様、羽柴様、蜂屋様、丹羽様が戻られました」


 信長は、近江勢が戻ると、やはり、勝家と、一益にしたように大盃で酒をふるまった。


 通政の隣にいる安藤守就は知らぬであろうが、手柄を挙げたのは、皆、通政と同じ、尾張以来の家老衆だ。尾張衆で手柄を挙げていないのは通政一人だ。


 通政は、勝ち戦で諸将の手柄を聞くだけでいたたまれない。消えてしまいたいような気持になった。


 しかし、戦が終わってしまえば、再び、手柄を挙げる機会はない。


 通政は、補給物資の調達にこの勝ち戦でただ一人負けた”しくじり者”の烙印を押されるのだ。


 通政は、戦勝の輪の中で一人孤独に苦しんだ。



 つづく

どうも、こんばんは星川です。

林通政、とうとう、伊勢長島一向一揆攻略戦で、まったく、手柄も挙げられず、しくじり者として集結してしまいました。

これが、現代のサラリーマンの立場ならどうでしょう。プロジェクトを任された課長が、競合相手の企業に出し抜かれる。

その後の会社の評価を思うと、胃がキリキリ痛み、居場所はないですね。

そうなると、現代ならば、退職して身を引くーー。

いったい、通政どうやって、自己の身を処すのでしょうか。作者ならずとも気がきじゃありません。



皆様、ブックマーク、評価、感想などよろしく。それが、結構、作者のモチベーションに繋がるんでよろしくお願いします。


それでは、皆様、また、来週に。

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