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182羽柴秀吉と山県父娘(カケルのターン)

 その頃、山県昌景とお虎の父娘は、近江おうみ国今浜城下に入った。眼前にはどこまでも果てない海のような琵琶湖が広がっている。


「父上、ここが天下に名高い近江海にございますね」


 山県虎が、目的地は間近と心躍らせて少女のような喜びの声を上げた。


「ああ、我らの旅はここからが本番じゃ」


 ここは、日ノ本最大の湖、琵琶湖から宇治川を京の都、さらにその先の淀川を下って大坂、大阪湾まで船でつながる水運の出発地点だ。


 岐阜と近江の国境不破の関がある竹中半兵衛の領内、垂井たるいでカケルと別れた山県昌景は、しばらく、ここに逗留して、合流してくるカケルたちを待つことにした。


「瀬田に武田の旗を立てよ!」


 山県昌景は、甲斐の虎と呼ばれた武田信玄の遺言を守って、宇治川のほとり瀬田(現在の滋賀県、大津市)へ向かう旅だ。


 武田の旗が、瀬田にたなびくということは、武田氏が織田家を駆逐して、足利将軍家を補佐するという日ノ本津々浦々へ向けての宣伝になる。


 死んだ武田信玄は、その死を伏せている現在いま、”瀬田に武田の旗を立てる”ということは、いずれ再び武田信玄は、ここまで攻めて来るという強烈な意思の表示だ。


 この行為によって、織田信長は、東の武田信玄の動向を常に神経を尖らせておかなければならず、大坂に根を張る石山本願寺、とその信者たちが織田領内のあちこちで予測不能に起こす一向一揆にも頭を悩ましつづける。武田信玄が瀬田へ攻めるという意思表示だけで、織田信長は、東に武田信玄、西に石山本願寺、領内にゲリラ戦を仕掛ける一向一揆や、浅井・朝倉の残党に頭を悩ませつづけるのだ。


 それに、信玄亡き後の武田全軍の軍配者に選ばれた山県昌景本人がその目で織田領内を観察しておくことは、要の兵を指揮する有力家臣団の配置、連携、大量の物資を運びうる街道、裏道をつぶさに調べ、昌景の脳裏を巡る用兵術に磨きをかけることになる。



「おい、知ってるか、この度、ご城主様の木下秀吉様が、また、名を替えられて、此度の近江攻めで中心をなされた織田家家老の丹羽長秀様から””の字を、三番家老の猛将、柴田勝家様からは”しば”の字を貰って、調略と武勇にたけた”羽柴はしば秀吉ひでよし”様に改名されるようじゃ」


「ほうほう、おれも噂を聞いたぞ、その羽柴様が治めるこの今浜の町も、大殿様の織田信長様の長い繁栄を願って”長”の字を一字貰って、”長浜”と変えるそうな」


「おうおう、そうなれば。この近江も、いよいよ、織田家の一部になったってことじゃのう」


「そうじゃ、そうじゃ、ワシらも口上手に世間を渡って、羽柴秀吉様にあやかりたいもんじゃ」


 と、今浜の町から長浜の町に名を替えた露天商が店先でうわさ話をしている。


「父上聞きましたか? この城の主、羽柴秀吉の噂を」


「うむ」


「ずいぶん調子のよい男で農民から主の織田信長の草履取りから立身出世して、ここ長浜の城主にまで収まったそうですぞ」


「うむ、そのようじゃな」


「父上、ずいぶん気のない返事にござりまするな」


「うむ、あれじゃ」


 と、山県昌景は、今浜城の方を指差した。



 城の方角から大成瓢箪ひょうたんを槍に突き刺した幟を賑やかに、大成瓢箪の目立つ前立て兜に、金地に朱色の花をあしらったド派手な小男が馬に乗って行軍を率いて、沿道の領民たちに銭や餅をめでたく振りまきながら現れた。


「あれが羽柴秀吉」


「たぶん、あやつだろうな」


 織田信長の下知で、伊勢長島一向一揆討伐へ出陣する羽柴秀吉の一軍である。


 天真爛漫な領主を演じることを厭わない羽柴秀吉は、浅井長政からその領地を奪って間もないこの時期に、銭の力で自分の力を示し、それを大判振る舞いすることで領民を懐柔してゆくのだ。


「貧しき者は、目先の銭にすぐに飛びついて、良い殿様じゃと首をたれよるでな」


 と、秀吉は、美濃国、墨俣すのまた一夜城作戦以来の側近で気心の知れた河並衆(川を根城にした賊)の蜂須賀小六にペロッとおどけて舌を出した。


「ん?」


 そうしながらも、秀吉は、つぶさに沿道の領民の顔色に目を光らせ、なにかを見つけた。


「ありゃ~、たまらんのう~」


 秀吉は、チンパンジーのような長い腕で沿道の一方向を好奇の目で指差した。


 それを見た蜂須賀小六は、ゴリラのように「あちゃ~」と顔を覆い。


「殿の悪い虫が出ましたな」


 と、頭を抱えた。


 秀吉は、手を上げて行軍を止めたかと思うと、沿道に紛れて観察していた山県虎の前までトコトコと馬で乗りつけて、


「おい、おみゃ~さん、名をなんという?」


 沿道の大衆に紛れてその他大勢にいたハズのお虎だ、事もあろうに秀吉から直接声をかけられたのだ。


 お虎は、あまりの驚きで、嘘がサラリと浮かばず、「お虎にござります」と、本名を名乗った。


「そうか、お虎か」


 秀吉はそういうと隣の山県昌景に目を移し、


「おみゃ~さんが、父御ててごか?」


 と尋ねた。


「左様にございます」


「うむ、それでは父御に相談じゃが、娘に男はおるのか?」


 山県昌景も、秀吉のこの質問の意味を計りかねた。


「はて?! 娘に男がおるとはどういうことで?」


 と聞き返した。


 すると、秀吉は、急にモジモジして、


「父御の前でなんじゃが、ワシはお虎に心を奪われちゃったのじゃ」





 つづく

羽柴秀吉。農民の木下藤吉郎を皮切りに、出世魚のように名前を変えながら、信長の元で、立身出世を繰り返し、果ては、天下人、関白、豊臣秀吉にまで登り詰めます。

この秀吉さん、女好きで有名です。

今回は、山県昌景の娘、お虎に一目ぼれし求婚しています。

顔貌が美しく、健康的な若い娘であれば、片っ端から求婚してしまうような秀吉さんですが、彼の目的は一つだけ、跡継ぎが欲しいのです。

精力絶倫、バイタリティーにあふれるの秀吉さんですが、中年になっても、我が子が産まれません。

正妻の寧々さんに問題があるのかわかりませんが、数々の浮名を流す秀吉さんですが、生れた子供の記録はどれも怪しいもの。これから、秀吉さんの浮気が物語に絡んでまいります。

それでは、また、来週に。

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