181通政の勇気(左近のターン)
「この船には、たとえ、侍だろうと、オレに逆らう奴はいないよな、ここは、オレの船だ!わっはっはっは~」
今そこで、瑞希に乱暴を働こうとする鯱三の暴挙を、そこにいる長年の瑞希の仲間の水夫も、力に劣る侍の寺本通政も止めに入らなかった。いや、彼らは鯱三の力の支配に屈したのだ。
鯱三は、瑞希を押し倒し、馬乗りになり、仲間たちの面前で女を奪おうとしている。
と、そこへ、出港の荷物の確認に、寺本の報告を聞きに、林通政が、甲板に上がって来た。林通政は、鯱三が、瑞希に乱暴を働こうとするのを目撃した。
いつもの林通政だったら、女が乱暴な目に会おうと、巻き込まれまいと、見て見ぬふりでやり過ごすところであろう。しかし、この時の林通政は違った。
これまでに何度も渡辺勘兵衛こと嶋左近の漢らしい人柄に触れ、今のままの不甲斐ない自分の士道を恥じていたところだ。
通政は、この間、渡辺勘兵衛こと嶋左近がしたように刀を抜いた。しかし、誰が見ても腰が引けたおっとり刀だ。
それを見つけた鯱三が、通政を威嚇するように、「刀なんぞ抜いて、どうするつもりだ!」と吠えた。
通政は、鯱三のその一言で射すくめられ、今にも刀を放り投げて、逃げだしたい気持ちに支配された。
「林様、鯱三を成敗下さいまし!」
必死で、鯱三に抵抗し、藻掻き暴れる瑞希の必死の言葉に、通政はなんとか逃げ出したい気持ちを押さえつけ、刀を握りなおした。
すると、鯱三が、通政の弱くなった心を見透かしたように、
「おい、林様、まさかその刀でオレに切りつけようってつもりじゃね~よな。オレは、この船で、何百って人間を殺してきてんだぜ、たとえ、その数が一人増えたってオレは一向にかまわねぇんだぜ」
脅して来た。
それを聞いた通政は、刀を持つ手がガタガタと震え、今にも打ち落としそうだ。
「通政様、及ばずながら御助成いたしまする」
この騒動は、元をただせば寺本通政が武士の面目を鯱三に潰されようとするのを、女伊達らに瑞希が代わって横暴な鯱三に立ち向かったのが原因。勇気を振り絞って、林通政へ助勢した。
「おお、寺本、よくぞ立ち上がってくれた、恩にきるぞ」
「我らは吏僚ゆへ、戦場を駆ける柴田様のような武勇には劣ります。けれど、我らも武士の端くれ、荒くれ者を恐れて、尻をまくって逃げたとあれば、武士の面目が立ちませぬ。わたしはここで、通政様と共に死ぬ覚悟でございます」
と、キリッと刀を構えて並びかけた。
寺本の加勢で勇気百倍、林通政の震えは止まって、鯱三を睨みつけてこう言った。
「鯱三、覚悟は良いな、この刀で成敗致す!」
そう言って、通政は、鯱三目掛けて切りつけた。
パッキ~ン!
鯱三は、刀を抜くでもなく、腕に巻いた鉄籠手でなんなく受け止め、返す刀で、通政の刀の腹へ思いっきり籠手の着いた腕を振り下ろし、通政の刀を真っ二つに折ってしまった。
通政は、その反動で、よろよろと、二、三歩下がって、腰砕けに尻もちをついた。
「林様!」
寺本通政は、林のその光景を見て、今にも刀を放り出して逃げ出したい気分だ。しかし、そこはなんとか武士の意地。刀を失った通政の前に立ちおっとり刀で、鯱三前に立ちふさがった。
鯱三は、ゆっくり馬乗りで押さえつけていた瑞希の上から立ち上がった。
「なまくら侍にしては、いい度胸だ。オレの楽しみを邪魔したんだキッチリと落とし前はつけさせてもらうからな」
と、ゴリッゴリッと握り拳を鳴らした。
ゴクリッ!
寺本も、通政も、鯱三に殺されるかもしれないと、額に冷や汗がしたたり、恐怖で顔が青ざめ、生唾を飲み込んだ。
おりゃ~~~!
鯱三が力一杯、寺本に殴りかかって来た。
寺本は恐怖のあまり、刀を神社の神主が加持祈禱をするときに使う、大幣のごとく体の正面で握りしめ、天に祈って目を瞑った。
エイヤ―――!!
ドサリ!
声に驚いて、寺本が薄っすら目を開けると、鯱三が大の字に投げ飛ばされ気を失っていた。
「これは!」
「ご安心召されよ、寺本様、林様。悪漢はこの渡辺勘兵衛が懲らしめておきました」
と、笑顔で白い歯を見せ、「さあ!」と、尻もちをついて腰の抜けたままの林通政に手を差しだした。
「渡辺殿、かたじけない」
「甲板の方が騒がしいので様子を見に来てみれば、この騒ぎでございます。きっと、こないだ騒いだ隻眼の水夫が騒いでいるのだろうと目星をつけて来てみれば、やはりそうだ。よくぞ、女の危機に勇気をみせられましたな」
「いいや、やっぱり此度も、渡辺殿のような真の武士にはなれなんだわ」
と、折れた刀を見せて、
「この始末だ」
と、折れて二本になった刀を両手に掴んで寂しく笑った。
左近は、それでも立ち向かおうとした林通政の勇気と、一緒に立ち向かった寺本通政をあたたかく、優しい瞳で「よくぞ、漢をみせられましたな」
と、褒めたたえた。
「林様、危ないところをありがとうございます」
瑞希が駆けつけ通政に頭を下げた。
「すまぬ、ワシの力ではお前を助けてやることは出来なんだ。礼を言うなら、この渡辺勘兵衛殿に申すべきじゃ」
左近は、静かに首を振って、
「いいや、林殿、寺本殿の勇気がなければ、たとへ、ワタシが来てもこの娘は乱暴された後だったでございましょう。すべては、林殿の勇気ある行動の結果にござる」
「そうか、そう言って下さるか、渡辺殿。すまぬ、すまぬ……」
そう言って、林通政は、折れた刀を掴んで船室に下がっていった。
つづく
吏僚、林通政。言わば、企業の経理です。長年、経理畑を送って来て、三十代、四十代中場を過ぎたあたりでしょうか、そこで、突然、営業に部署移動を命じられたとしましょう。
「できるわけがない!」
会社に首を無言で言いつけられた気持ちになるでしょう。きっと、通政、林家に起こったのは、こんな状況です。
卑怯な会社、卑怯な信長の仕打ちです。
通政は、その逆境に向きあっているのです。
今夜も、ありがとうございました。
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では、また、明晩。